「……え? い、いや、最近まではいた筈だよ。あ、でもここ何日か見てないかも」
 そのマルテの答えは、アウロスの気になる事の一つだった。
 デウスの傍に、ティア達がいない。
 不自然な事だった。
 ルイン達を捕まえるべく暗躍しているのではと推察もしたが、フレアはともかくルインがあの四人に
 遅れをとるとは思えない。
 そもそも、力ずくで抑える理由もない。
 デウスがアウロスの地下進入を確認した時点でチャーチに『伝声遠応』で連絡を入れ、チャーチが
 ルインに『戻ってこい』と連絡を入れれば話は終わる。
 仮にルイン達が先に地下室への入り口を見つけた場合は、現在のルイン達とアウロス達の立場が
 逆になっていただろう。
 どちらが先に見つけても、大きな違いはない。
 よって、ティア達が暗躍しているとは考え難い。
 なら何故、彼女達はこの場にいないのか。
 他の仕事をしている可能性もあるのでいなくても不自然とまでは言えないが、デウスの部下である
 彼らが行動を共にしていないのは引っかかりを覚える。
 この場にデウスだけしかいないのならまだしも、ゲオルギウスを従えているところがこの疑問を
 余計に浮き彫りにしていた。
 グオギギを連れてくる役を何故ティア達ではなく彼が担ったのか――――と。
「チッ……ま、これに関しちゃ気付くだろうとは思ってたがな」
 隠すつもりはなかったらしく、デウスはあっさりと認めた。
 現在、ティア達が自分の傍にいない事を。
「お前をここへ呼んだ理由は、まさにそれだ。教会に何者かが潜入、となれば何かしらの動きを
 見せるかと期待してたんだが」
「……まさか」
「そのまさかだ。揃いも揃って行方不明なんだよ」
 つまり――――ティア、サニア、トリスティ、デクステラの四人が姿を眩ましている事になる。
 彼らの忠誠心はアウロスも嫌というほど見てきた。
 自発的にデウスの元を去るとは考えられない。
 デウスのいるエルアグア教会に侵入者が現れた今も。
 明らかに異常な状態だ。
「何者かが俺を脅す為にあいつらを誘拐した可能性が高い。何しろ身に覚えがあり過ぎる。
 まして、このグオギギ=イェデンを誘拐してる訳だからな」
 ゲオルギウスが連れてきた、今にもこの世から消えそうなほど年老いた稀代の魔術士。
 彼の身内が、彼の身と引き換えにすべくティア達を誘拐したとなれば、一応筋は通る。
 そうでなくても、デウスを脅したい勢力など山ほど存在する。
 当然、誘拐が事実なら手紙なりなんなりで要求を叩き付けてくる筈だが――――
「だが、身代金の請求も立候補の取り下げ請求もグオギギ=イェデンの解放請求も、何もない。
 こう見えて実は困ってる」
 困ってはいるが、手を貸せというつもりはないらしく、デウスはただ肩を竦めていた。
 幾らアウロスがつっついたとはいえ、見せる必要のない弱味を見せた格好。
 当然、そこにも理由はある。
 デウスが疑っているのは――――

《言っとくけど、ボクはやってないよ。それはもう証明してるよね?》

 チャーチでもないらしい。
 グオギギの身内である彼女が真っ先に疑われるのは当然。
 既に話は済んでいるようだ。

「当然、今更お前を疑ってはいないさ。そもそもお前にそんな力はない」
「……って事は」
 チャーチでもない。
 アウロスでもない。
 ならば――――
「もしかして、私ってば疑われてる?」
 ラディは割と本気で焦っていたが、その言葉に誰も反応しなかったのは言うまでもない。
「うう……やっぱりこういう緊迫した場面、苦手……」
「あの、面識ほとんどない人にこういうの言っていいかわからないですけど、黙ってた方がいいんじゃ……」
 マルテだけがある意味優しい対応を見せる中、アウロスはそのやり取りを無視し、デウスを睨んでいた。
「最初から、こっちが本命だったんじゃないのか?」
「まさか。お前が俺の元に来れば、この件をお前に一任する事もできた。俺は選挙活動を
 しなくちゃならんからな」
「……相変わらず、二手三手を一度に動かすのが上手いな」
「お前もな」
 アウロスはデウスを認めていた。
 そしてデウスもまた、アウロスを認めている。
 だからこそ、成立する会話だった。
 そして――――約束だった。
「あの……よくわからないんだけど、何がどうなってんの?」
 当然といえば当然のラディの問いかけに、アウロスは疲れた顔で首を左右に振る。
「どうやら、論文は入手可能らしい。ただし、その為にはこの男の大切な部下の居場所を
 見つける必要がある。交換条件だ」
「え、そんなやり取りしてなかったでしょ?」
「したんだよ」
 アウロスは、デウスがティア達をどれだけ大事にしているかを知っている。
 グオギギ誘拐という重要案件を任されていたのだから、信頼も置いているだろう。
 一度四方教会を解体したように見せたのも、彼らが水面下で動きやすくする為なのは明白だった。
 実際には、見捨てるという選択肢はない。
 そんな背景を知っているからこそ、約束に言葉は余り必要ない。
 最低限で十分だ。
「……自分は反対です。何故、彼に頼むのですか? 理由が見当たりません」
 そんな中、ゲオルギウスが意を唱える。
 彼の立場上、当然の事だった。
「ティア=クレメンら四人の行方は自分が調査しています。引き続き自分にお任せ下さい。
 必ず突き止めます」
「そうだな。お前にも期待している。だが、探す人数は多いに越した事はない」
 しかしデウスは認めない。
 姉を殺してまで忠誠を誓ったこの男を、デウスは一切認めていなかった。
「……私がエルアグア教会の人間だから信用できないと言うのですか?」
「そんな敵を見るような目で見るなよ。自分の可愛い部下を一刻も早く取り戻したい親心、わかってくれ」
 おどけたようなデウスの言葉に、ゲオルギウスは怒りのやり場を失い歯軋りしながら俯いていた。
 激情家という一面が垣間見える。
 その点においては、姉とよく似ていた。
「そんな訳だ。アウロス、俺は暫くここから動かない。後は頼む」
「……ああ。暫く、だな」
「そうだ。何しろこの【エルアグアの刻壁】は壮観だからな。見ていても飽きが来ない」
 そんなやり取りをした後――――アウロスはマルテに顔を向けた。
「マルテ。お前に聞きたい事が幾つかあったんだけど……一つに絞るから答えて欲しい」
「えっ」
 突然の問いかけに戸惑うマルテを気遣いつつも、アウロスは質問を続けた。
 かつての自分と似ている少年に。
「俺と来るか? 危険かもしれないけど」
 余りに単純明快なその問いかけに――――
「うん!」
 マルテは一切の躊躇を見せなかった。
「決まりだ。デウス、息子を借りる」
「構わんが、何をさせる気だ? 役立つとは思わんが……」
「それは親が決める事じゃない」
 アウロスの即答に、デウスは目を微かに見開き――――
「……中々悪くない気分だ」
 これまで何度も見せて来た笑みと同じ種類の弛緩を、表情の中に見せた。
「ラディ、マルテ。行こう。やる事は決まった」
「いやいやいや……決まったって言われても、こっちは何が何だかサッパリわからないんだって」
 アウロスはラディとマルテがついてくるのを背中に感じながら、【エルアグアの刻壁】を構える
 その空間から足早に出た。
 そして暫く無言で通路を進み――――
「……ふぅ」
 ある程度進んだ所で大きく息を吐き、立ち止まる。
「げきょっ!」
「あうっ」
 慌てて後を追いかけてきたラディとマルテが、暗闇の中アウロスの背中に激突。
 ラディは顔を抑えながら、姿の見えないアウロスに非難の目を向けた。
「あ、あのね……なんなの一体。説明してよ。っていうか、まず照明……」
「照明は不要だ。声も抑えろ」
 アウロスの声は――――緊張感を伴うものだった。
「二人とも、俺の裾でも掴んでろ。進みながら話す。今からする事を」
 その声に戸惑ったらしく、二人は反論もせず取り敢えず言う通りに行動。
 アウロスの服の裾を二人して摘んだ。
 それを確認し、アウロスは灯りのない通路を歩き出す。
 壁すら伝わず、正確に。
 そして――――説明を始める。
「ティア達を誘拐した主犯は恐らく……ゲオルギウスだ」
 それは、余りにも唐突な見解だった。








  前へ                                                             次へ