目的――――これまで幾度となく、相手や場所を問わず語ってきたデウスにそれを問い掛ける
 アウロスに対し、デウス本人ではなくゲオルギウスが怪訝な顔を覗かせた。
 実際、ゲオルギウスだけでなくマルテやラディすら首を捻る。
 デウスの目的など、例え本人の口から発せられていなくとも誰もが理解できるだろう。
 彼は現在――――
「次期教皇の立候補者に対して、今更それを問う意味がわかりかねるな」 
 ゲオルギウスの冷ややかな声が地下に響きわたる。
 尤も、天井の高いこの空間にそこまで特殊な聴覚的効果はないが。
「そ、そうだよアウロスのお兄さん。とう……この人の目的なんてわかりきってるじゃん」
 狼狽すら覚えるマルテに、アウロスは敢えて応えずデウスを睨み続ける。
 その様子に、ゲオルギウスが微かながら警戒を強めていた。
「……不可解な言動で場を乱し、隙を見出す。ありがちな方策ではある」
 そして、警告を込めそう告げてくる。
 それでもアウロスの視点に変更はない。
 変更の必要がないからだ。
 ゲオルギウスの言う方策は、場の支配者を動揺させて初めて成立する。
 この場の支配者は当然、デウス。
 彼に動揺の様子が見られない時点で、アウロスの目論見は失敗――――ゲオルギウスは
 そう踏んでいた。
「なら、聞き方を変える。お前の『最終目的』は何だ?」
 しかし、アウロスの質問が変わったこの瞬間、認識が書き換えられる。
 ゲオルギウス本人が動揺した訳ではない。
 感情を波打たせたのは――――
「……」
 質問をぶつけられた張本人、デウスだった。
 明らかに、これまで見せた事のない強張りが顔に出現している。
「それがある限り、お前と組む訳にはいかない。仮定の段階で遜るつもりもな」
「そこまで……辿り着いたか」
 デウスは少し大きく息を吸い、そのまま吐いた。
 その深呼吸で強張りは消え、残ったのは凪の海にも似た静けさ。
 感情の制御は完璧に近い。
「辿り着く人間がいるとすれば、それはロベリア=カーディナリスくらいだと思っていたんだが」
「あの人は気付いてると思うよ。父親だからな」
「……」
 本来の感情とは異なる衝動的な笑みを浮かべ、デウスは我が子に視線を向けた。
 マルテを見下ろすデウスの目に、先程宿した闇はない。
 これまで、デウスはマルテに対し特別な目を、顔を見せる事は一度としてなかった。
 しかし――――その必要はもう、なくなっていた。
「今後、お前が俺を信用する事はないんだろう。ならば交渉は決裂だ」
 デウスのその発言は、最終決断を意味していた。
 同時に、次なる舞台への狼煙でもある。
 デウスにとって、オートルーリングは必須の技術。
 最低限、専用の魔具を入手しなくてはならない。
 しかも、もうそれほどの時間的猶予はない。
 ならばどうすべきか――――
「……」
 それだけを考え、ゲオルギウスが戦闘態勢を作る。
 力ずくで奪う――――そう判断したからだ。
「控えろ。ゲオルギウス」
 だがその行動は、デウスによって止められた。
 この場にいる戦力を考えれば、最も単純ながら最も効率的な方法であるにも拘らず。
 その意図を視線に宿し、ゲオルギウスはデウスを見やる。
「そんな不満そうに睨むな。この場を盗聴してる存在を忘れたか?」

《盗聴なんて人聞きの悪い事言わないでよね。そっちが望んだ事なんだから》

 デウスとアウロスにしか聞こえない声が、チャーチの元から届く。
 仮にここでデウスとゲオルギウスがアウロスを屠り魔具を手に入れれば、その一部始終を
 チャーチが知る事になる。
 察しの良いチャーチなら、音だけでも直ぐに何が起こっているかを理解するだろう。
 チャーチはルンストロムと面識のある人間。
 デウスの蛮行を知れば、選挙に多大な影響が生まれる可能性は十分にある。
「その男はそこまで読んでいるからこそ、敢えて教会に乗り込んで来た筈だ。罠と知っていながらな」 
「……まさか。自身の論文を取り戻す一心で無謀な潜入をしたとしか思えません。考え過ぎでは」
 アウロスへの評価を変えようとしないゲオルギウスに、デウスは空虚な笑みを浮かべたまま――――
「何故そう楽観的な見方をする? この俺が警戒する魔術士に対して」
 一瞥し、そう返す。
 威すのではなく、叱りつけるかのように。
「失礼……しました」
 ゲオルギウスはエルアグアにおいて最高級の力を有した魔術士。
 そのゲオルギウスをして、デウスの一睨みは身を縮ませるほどの脅威に満ちていた。
「さて、邪魔が入ったが……アウロス。どうして俺がチャーチにお前の監視を依頼したか、わかるか?」
 デウスはチャーチとの繋がりを正式に認めた。
 アウロスがロベリアについている事を知っているのは間違いないだけに、その発言の意味は
 決して小さくない。
 それでも話したのには、相応の理由がある
「俺の動きを知る事で、他の立候補者の動きを見たかったんだろ」
「無論、それもある。お前はロベリアだけでなくルンストロムとも接点があるし、お前自身が
 よく動き回るから周囲に波風が立ちやすい。監視するにはもってこいの人材でもある」
 しかしそれだけではない。
 そう含みを持たせた間を空け、デウスは続きを語る。
「だが、そんなのは副次的なものでしかない。俺が監視をつけたのは、お前をこの場に呼ぶ為だ」
「……」
 この場に呼ぶ――――つまり、自分が仕掛けてここへアウロス達をおびき出したとデウスは
 先程も主張した。
 だがこれは、一見するとおかしな主張だ。
 教会への潜入はあくまでもアウロスが自分一人で決め、チャーチ達に協力を仰いだ形なのだから。
 それでもアウロスが納得しているのは、デウスがロベリアの屋敷に訪れた際の発言が主な理由だ。
 チャーチを介しアウロスの動きを把握していたのなら、アウロスがロベリアの屋敷を訪れていると
 知っていた事は間違いない。
 デウス自身は『ここにいればお前が来ると思っていた』と発言していたが、実際には『思っていた』
 ではなく『確信していた』訳だ。
 そして、デウスはその場で自分がオートルーリングの論文を保管していると示唆した。
 更に、これから選挙で忙しくなるという事も。
 これら全ては、アウロスを教会に潜入させる為の餌撒きだったと解釈すれば、矛盾はない。
 あの場で勧誘できていればそれでよし。
 そうでなくても、この餌撒きによって無駄足ではなくなる。
 デウスらしい周到な用意だった。
 ただ、問題は『どうして教会へアウロスをおびき出したか』。
 その狙いを、アウロスはまだ完全には掴み切れていない。
 そしてチャーチの目的も。
 何故デウスに協力しているのか。
 或いは、協力させられているのか――――
「お前をここへ呼んだ意味を理解しきれていないか?」
「……ああ。推測はできても、確証は持てない」
「なら検証だ。研究者とはそういうものだろう」
 挑発するようなデウスの言葉には、自分の思惑通り事が進んでいる余裕が見て取れる。
 わかっていた事だ。
 アウロスはこのエルアグア教会へ潜入すると決めた時点で、相手の懐に飛び込む覚悟でいた。
 デウスの掌の上に自ら乗ったようなものだ。
 問題はない。
 重要なのは、自分の目的へ近付く事。
 踊らされようが笑われようが、知った事ではない。
「その必要はないな。ただ一つだけ、気になる事がある」
 そこまで告げ、アウロスはマルテに目を向けた。
 ずっと沈黙しているのは、話についていけてないから――――だけではない。
 マルテは明らかに何かを気にし、不安になっていた。
 そしてそれは、容易に想像できることだった。
「フレアなら心配ない。傍にルインっていう強い魔術士がいる。人質にとられてる訳じゃない」
「そ、そうなんだ……よかった」
 先程、デウスがフレアの名前を呼んでから、ずっと不安そうにしていた。
 マルテにとって、フレアはアウロス同様今や身内に近い存在。
 心配するのは当然だ。
「ところでマルテ。四方教会の面々がここにはいないみたいだけど……前からいなかったのか?」
 そう――――身内が傍にいなければ。






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