「今、このデ・ラ・ペーニャは未曾有の危機に瀕している。それは"平和"というこの上ない危機だ」
 アウロス、ラディ、ゲオルギウス、そしてグオギギが聴衆となり、デウスの演説が始まった。
 平和こそが危機――――この発想は、ある意味危険思想とも言えるが、この国に関して言えば
 決して突飛なものではない。何故ならデ・ラ・ペーニャは魔術国家であり、魔術の殆どは攻撃性を
 含んだ『対人兵器』だからだ。
「ガーナッツ戦争でこの国は隣国のエチェベリアに大敗を喫した。当然、国力も相当低下している。
 どうにか取り繕ってはいるが、一度破綻すれば崩壊はあっという間だ。そして、その破綻となる
 きっかけが既に起こっている。親父の死だ」
 デウスの言葉に、グオギギの老体が微かに蠢く。
 彼にとって、デウスの父親であるゼロス=ホーリーは遥か年下。
 先に逝かれた事をどう思っているのか――――推し測る事は難しい。
「教皇を失ったこの国は、新たな指導者を選ばなければならない。もしこの選択を誤り、力のない、
 そして危機を感じ取っていない愚人を選べば、確実にこの国は破滅へと向かうだろう。
 特に、己の保身や元老院の顔色ばかり伺うような人間ならな」
 それが誰を指しているのか――――その場にいる全員がわかっていた。
「デ・ラ・ペーニャがデ・ラ・ペーニャとしてこの先復権していく為には、攻撃魔術の重要性を世界へ
 向かって訴えていく必要がある。いや、重要性では生温い。世界最大の宗教団体アランテス教発祥の
 地として、世の模範となるべき我が国が相応しい地位へ回復するには、攻撃魔術が世を支配する
 可能性を提示すべきだろう」
 それはつまり、圧倒的な戦争力の保有に他ならない。
 争いはどちらにも勝者の可能性があるからこそ成立する。
 敗者の未来しかない戦争などただの無謀であり、勝者の未来しかない戦争などただの陵辱に過ぎない。
「しかし平和の世の中が続けば、いずれ攻撃魔術は戦乱への呼び水とされ、忌避されるだろう。
 当然、復権の為の力の誇示を行う機会も奪われる。今この国に必要なのは、平和からの脱却。
 勇気ある"平和からの撤退"だ」
 僅か四人の聴衆に対し、デウスは熱弁を振い続ける。
 否――――
「お前の父親も、その事は理解しているようだ。フレア=カーディナリス」
「……え?」
 驚きの声と共に、マルテがキョロキョロと辺りを見渡す。
 しかし、その視界に名を呼ばれた少女――――フレアの姿はない。
「お前の母親もそうだ。ルイン=リッジウェア。人体実験を繰り返し、魔術の研究を強引に推し進めたのは、
 目先の戦争や自身の地位向上ばかりが目的ではない。そうしなければ、これから先魔術士が時代に
 取り残されると思ったからだ」
 今度はルインの名前が踊る。
 やはりその姿は見えなかったが――――
「お前の高祖父も、臨戦魔術士として魔術士の為に尽力した一人だ。誇りに思うがいい、
 チャーチ=イェデン」

《そう? そんな責任感があるジジイとは思えなかったけど》

 不意に、アウロスの頭の中に飄々とした少女の声が響く。
 離れた場所にいる特定の相手に声を届ける、『伝声遠応』と呼ばれる特殊な魔術。
 使い手は当然、声の主――――
「チャーチか」

《わあっ、声だけでボクだってわかったんだね! やっぱりアウロスさんとボクは赤い糸で
 結ばれた運命の……》

「そこにルインとフレアもいるんだな?」
 声を遮り、問いかけるアウロスに対しチャーチは一瞬黙り込んだが――――

《いるよ。ボク達の愛の語らいを嫉妬丸出しの目でじーっと見てるねー》

「ほう。アウロス、お前も中々隅に置けないな。女などまるで興味がないという顔をしている割に」
 微笑を携え、デウスが冷やかす。
 彼の耳にもチャーチの声は届いているらしい。
 つまり、チャーチの持つ『神杖ケリュケイオン』にデウスの魔具が登録されているという事になる。
「この魔術も、ある意味魔術士の地位向上に役立つ技術だ。昔、邪教集団と共同で生み出した
 邪術のようなものだが」
「さっきアンタも言ってたけど、邪術……って、何? 怪しげな響きだけど」
 耳元に近付き、コソコソと聞いてくるラディに対し、アウロスは説明すべきか一瞬迷ったが――――
「邪術とは、法律で使用を禁じられている魔術全般を指す。使用禁止の理由は様々だ。
 中には古代ルーンを使用する魔術もある」
 一足早くデウスが補足を入れてきた。
「へえ……って、なんかヤバげな話になってきた気が」
「そうでもないさ」
 デウスはラディへ向けて肩を竦めてみせ、その視線をアウロスへと移動させる。
「どうやら、チャーチを怪しく思っていたのはお前だけではなかったようだな。流石は有能な魔術士の
 子供達、といったところか。一人は血が繋がっていないようだが」
「そういうお前も、最初からルイン達を聴衆の頭数に入れていたみたいだな」
「無論だ。どちらの親も、俺が王になった後でしっかり働いて貰うつもりだからな。当然、その子供にもだ」
 その言葉は、果たして自分の息子にも向けられていたのか――――
 マルテは押し黙ったまま、不安そうな目をアウロスへ向けていた。
「さて、本題だ。俺はかねてからデ・ラ・ペーニャ全域を旅し、魔術の本質を探っていた。魔術を
 行使する者、される者、研究する者、商売にする者……様々な目線で見てきた結果、
 やはり自分の考えに間違いはなかったと確信した」
 演説が再開される。
 聴衆たるアウロスは、敢えて異論や批判は封印し、デウスの話に耳を傾けた。
「魔術の本質は"人間の理想"だ。欲望の解放、と言い換えてもいいだろう。一定水準を上回る
 魔力量を持つ、選ばれた人間だけが使える力。それで人間は何を成し、何を掲げたか。
 あらゆる聖地で、あらゆる地域で魔術とは『攻撃魔術』を指していた。これが答えだ。
 人間の理想とはすなわち――――強い己。その集合体が"強い国"だ」
 魔術の研究に携わってきたアウロスにとって、そのデウスの結論は半分耳が痛く、
 半分憤りを覚えるものだった。
 しかしそれでも、反論はしない。
 目の奥に火傷しそうな程の熱を持ち、続きを待つ。
「デ・ラ・ペーニャは強い国でなければならない。魔術国家とは、そういう事だ。ならばこの国に必要な
 魔術とは何か? 当然、強い魔術。それも圧倒的な畏怖を生み、他国への脅威となる魔術。
 それがあって初めて、この国は復権する。本来あるべき姿へ戻る」
「ま、まさか……それが邪術って言いたい訳?」
 ラディの言葉に、デウスは口の端を大きく吊り上げる。
「前政権では扱いきれなかった、魔術の可能性。それを邪術と呼ぶのは怠慢に過ぎない。俺なら、
 俺が王となれば有効に利用できるだろう。そう考え、この国のあらゆる邪術にまつわる資料を探した。
 当然、今も探し続けている。アウロス、お前にも手伝って貰ったな」
 それはつまり――――四方教会の活動内容を指していた。
 四方教会。
 東西南北、この世界の到る所へと蔓延る事を冠としたその名前の行き先は、過去か未来か。
「その中で、俺が一番可能性を感じたのが、この地下に眠っていた邪術だ。管理していたミラー家も
 快く協力してくれた。約一名ほど、目指す道を違ってしまったが」
 いち早くその言葉に反応を示したのは――――アウロス。
 ゲオルギウスはここにいるが、その姉クリオネの姿はない。
 それが何を意味するのか、アウロスは理解せざるを得なかった。
「エルアグア教会に古くから伝わる、封印されし魔術――――融解魔術。この世のあらゆる物を
 溶かし尽くすこの魔術こそが、デ・ラ・ペーニャ復権の切り札となる。そして……」
「そして、選挙に勝つ為の切り札になる、か」
 ずっと口を閉ざしていたアウロスが、演説の締めの言葉を横取りした。







  前へ                                                             次へ