以前、四方教会の面々と共にエルアグア教会に侵入したのは、深夜の時間帯だった。
 そして今回も同様に、夜間の侵入。
 だが侵入経路は前回とは異なっている。
 今回は――――
「あーらよっと」
 礼拝堂に隣接した休憩用の小部屋。
 その暖炉から縄ばしごがぶら下がり、それを伝って小さい鞄を背負った
 ラディが降りてくる。
 既にアウロス、ルイン、フレア、チャーチも潜入済み。
 これで小部屋に五人が揃った。
「さて、問題はここからだけど……どーすんの? まさかノープランって
 ことはないでしょね? こんだけの人数で潜入するのに」
 お尻をパンパンと叩きながら尋ねてくるラディに、アウロスは
 頷きもせず目で肯定した。
 そろそろ付き合いも長い。
「まず目的の確認だが……」
「マルテを探す」
 フレアの言葉に、アウロスは小さく頷く。
「仮にもマルテはデウスの実子だ。何処か別の場所に監禁する可能性は低い。
 ちゃんとした待遇かどうかはわからないけど、この場所に閉じ込めていると
 見るべきだ」
「四方教会の人達も、ここに出入りしてるみたいだしね」
 この数日、アウロスはラディにエルアグア教会の見張りを依頼していた。
 意外にも、四方教会の面々はコソコソ動くことなく、堂々と
 教会を出入りしていたらしい。
 つまり、デウスの教会内での地位が上がったことを意味する。
 部下を教会内で自由に動かせるくらいに。
「その部下がマルテの世話をしている可能性が高い。となると、
 このエルアグア教会が監禁場所でほぼ間違いないと思う」
「でも、あの元教皇のダメ孫を今更連れ戻してどうするのかな?
 アウロスさん、暫くほっとくみたいなこと言ってたよね?」
 今度はチャーチが疑問を口にする。
「ああ。実際、暫く放っておいただろう。何かデウスの弱味になりそうな
 ことを耳にするくらいの時間は」
「……なるほど。親子だし、それくらいの会話はしてるかもって算段か」
 納得したようにチャーチは何度も頷いていた。
「ただし、マルテだけじゃない。今回この教会で見つけるべき対象は
 あと二つある」
「……二つも?」
 眉をひそめるルインに対し、アウロスは顔すら動かさず――――
「グオギギ氏と俺の論文だ」
 そう答えた。
 同時に、チャーチの目が見開かれる。
「……ジジイ、ここにいるの?」
「恐らくな。マルテと同じ理由だ。丁重に扱うべき相手はそう扱う。
 デウスはそういう人間だろう」
 何より、いずれグオギギには無事な姿で表舞台に出て貰う必要がある。
 デウスが王となる上で、グオギギ誘拐事件が自分の仕業ではないと
 証明する必要が出てくるかもしれないからだ。
 ルンストロムは事の真相に気付いている。
 であれば、彼が表沙汰にする可能性は高い。
 その際、グオギギを誘拐したのは自分の指示ではないし、部下の
 仕業でもないと証明しなくてはならなくなる。
 とはいえ、工作は容易だ。
 グオギギは既に高齢も高齢、大往生間近の人物。
 誘拐されたことを自覚している可能性は低い。
 つまり――――
「自分達が誘拐犯から助けた、とグオギギ氏に吹き込んでいる筈だ」
 グオギギは最低でもチャーチとの意思の疎通ができる。
 まだ意思を発信する術はある。
 なら、グオギギを上手く懐柔しておけば、それで工作は完了だ。
 デウスが誘拐事件を自作自演した事実は、四方教会の面々以外では
 ルンストロム側の人間とアウロスしか知らない。
 グオギギ本人の意思と、デウスと敵対している人間の言葉の
 どちらが信憑性が高いかなど、論ずるまでもない。
 そして、この仮説が正しいならば、やはりグオギギはこのエルアグア教会に
 いる可能性が濃厚だ。
 誘拐犯から救い出した国の重鎮を丁重に扱うのは当然なのだから。
「論文は正直、あるかどうかはわからない。あるとすればデウスの部屋、
 でもそこに入れる可能性は低いだろう。封術で施錠してるだろうから。
 優先順位としては、今は一番下にしておくしかない」
「いいの?」
「もし邪魔が入らないのなら、一晩かけて封術を破りたいところだけどな」
 ルインの確認に対し、アウロスは肩を竦めて答えた。
 現在、エルアグア教会の深夜警備は以前より厳しい可能性がある。
 原因は言うまでもなく、アウロス自身も参加した四方教会の侵入劇。
 夜に忍び込まれる危険性をデウス自ら指摘した形なのだから、
 デウスがそれを実践しない理由はない。
「ルインとフレアは人の気配が読める。二手に分かれてマルテとグオギギ氏を
 探そう。俺と……」
「私ね」
 ルインが即座に割り込んできた。
「ううん、魔術士は分かれて貰うよ」
 それを即座にチャーチが否定。
「ボクがここに残って伝達係をやるからね。一方の状況を伝達して貰って、
 それをもう一方に伝える。ボク経由で情報を共有するんだよ。だから、
 二組のどっちにも魔術士がいてくれないと」
 チャーチの『伝声遠応』はケリュケイオンに登録した魔具を媒体にする。
 よって、魔具の持ち主であるアウロスとルインは分かれる必要がある。
 ちなみに、既にルインの魔具も登録済みだ。
「そうだよね? アウロスさん」
「ああ」
 得意げなチャーチに対し、アウロスは大きく頷く。
 一方、ルインはあからさまに不機嫌になっていたが――――
「なら私はこの子と組もうかしら」
 納得したらしく、フレアの肩に手を置いた。
「あれま、そちらさんをご指定。じゃ私はロス君とってことね」
「ええ。貴女よりはこの子の方が使えそうだし」
「あーら、そうなの? その子に聞きたいことがあるってだけじゃないのー?」
 挑発に乗るラディ。
 図星だったのか、眉を吊り上げるルイン。
 一触即発の雰囲気――――
「俺とフレアはこの教会内の地理に詳しい。分かれるのが妥当だ。
 それじゃとっとと始めよう」
 ――――を無視し、アウロスは小部屋の扉に向かい歩き出した。
「うっわ、女の戦いを無視しやがった。こういう時はオロオロするのが
 男の役目でしょーに。ったく、面白くないヤツー」
「……本当に」
 本気で言い争っている訳ではない――――と悟ってのことだったが、
 二人には不評だった。
「なんかこわい人ばっかりだ」
「だよね……ボクも大概口が悪いって言われてるけど、ここにいると
 なんかフツーな感じだし」
 年少者二人は若干怯えていた。
「気配察知係、仕事しろ」
「変な呼び方しないで頂戴」
「私もそれなのか。不本意だ」
 文句を言いながらも、ルインとフレアは精神を集中させ、
 扉の向こうに人の気配がないかを探る。
 結果――――
「問題なし」
 両者同じ答え。
 アウロスは首肯し、躊躇なく扉を開けた。
 相変わらず、エルアグア教会の廊下にはランタンの炎が揺らめいており、
 夜間であっても光源は確保されている。
 窓がないため、不気味さも以前のまま。
「俺とラディは東側……こっちだ。ルインとフレアはそっち。まずは一番奥へ行って、
 そこから引き返す形で探してみてくれ。奥から順番に探せば、何処を探した、
 何処を探していないといちいち確認しなくても済むから。それじゃチャーチ、
 伝達係をよろしく頼む」
「任せといてよ。不穏な空気になったら真っ先に逃げるけど」
 神杖ケリュケイオンを抱くように持ちながら、チャーチは力強く微笑んだ。
「さてと……行きましょうか」
「わ、わかった」
 促され、フレアが先に歩を進める。
 ルインは振り向きもせず、その後ろへとついて行った。
「まーだ機嫌悪いのかな、ルイルイ」
「お前はあいつをそう呼んでるのか……?」
「なんかさー、いい呼び方が見つかんないのよ。ない? いい感じの」
「普通に呼べばいいだろ……さっさと行くぞ。俺らも一番奥からだ」
「へいへい。にしても、不気味な教会だねー」
 無駄口を叩きながら、アウロス達も廊下を歩いて行く。
 一人小部屋に残ったチャーチは――――
「……どっちでもいいから、がんばって見つけてよね。アレを」
 こっそりと口の端を吊り上げていた。









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