シュバインタイガー家の牢獄。
 戦場。
 場末の酒場。
 大学近隣の飲食店。
 墓場の地下。
 教会。
 振り返ってみれば、居住場所がどんどん広くなっている――――
 アウロスはそんなことをボンヤリと考えながら、新たな自室となった
 ロベリアの屋敷西側の個室、ベッドの上で天井を見上げていた。
 アウロスは毎朝、目を覚まして直ぐに現状を整理し、目的を再確認している。
 そうすることで、ブレない自分を作り出していた。
 この第一聖地マラカナンに足を運んで以降、状況は常にめまぐるしく
 変動してきたが、いよいよ収束に向かいつつある。
 まず、主目的。
 アウロス=エルガーデンの名前を歴史に刻む。
 魔術国家デ・ラ・ペーニャに革命を起こした人物として。
 オートルーリング、すなわち【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】は
 アウロス=エルガーデンという魔術士が発案し、そして実用化された。
 これを歴史認識に組み込ませることで、必ず主目的が達成される。
 だが、現時点においては問題が発生している。
 オートルーリングを発明したのは、アウロス=エルガーデンではなく
 ミスト=シュロスベルというウェンブリー魔術研究大学の教授という
 誤認識が広まっている。
 正す為には、強い影響力をもって否定し、且つ自分こそが発案者だと
 それなりの場で宣言しなければならない。
 必要条件は四つ。

 一、論文の原本を手元に取り戻す。
 二、ミストの計画を頓挫させる。
 三、一定以上の発言力を得る。
 四、否定と宣言を行う発表の場を得る。
 
 一は、論文の筆跡から『自分が論文の執筆者だ』という証明になる為、
 三および四を満たす最低条件。
 同時に、二とも大きく関与している。
 ミストの計画は『次期教皇(王)にオートルーリングの技術を売る』。
 これによって、教会移籍への足かがりを作ることだ。
 その為に、回りくどい方法を用い、デウスが論文を利用しやすい形で
 デウスに原本を送ったと考えられる。
 現在、デウスの手元には論文の原本がある。
 デウスはこれを使い、様々な策略が立てられる状態にある。
 例えば『オートルーリングの開発は自分が発案した』と公言することもできるし、
 ミストの顔を立てて『全面協力した』と留めることもできる。
 原本が彼の手元にあることの意味は大きい。
 研究に関与した証拠とさえ言える。
 無関係の人間が論文の原本を入手するなど、盗みでもしない限りは不可能だ。
 また、デウス本人がオートルーリングに興味がなくても、目をかけている研究者がいれば
 その研究者にオートルーリング開発の手柄と功績を譲渡することもできる。
 それほどまでにオートルーリングを自由に利用できる立場にある。
 教皇選挙においてどのように活用するかはデウスの考え一つだ。
 当然、アウロスが正当なオートルーリングの発案者および開発者だと主張する上で、
 デウスに『自分が発案した』と公言されるのは防がなければならない。
 次期教皇立候補者の発言力は、一教授のミストを遙かに上回る。
 アウロスに挽回の余地はない。
 デウスの息がかかった研究者に『自分が発案した』と公言されるのも、同様に厳しい。
 そもそも、こういった事態を防ぐ為、アウロスはマラカナンまで論文を取り戻しに
 やって来た。
 本来なら、持ち主が判明した時点で一刻も早く取り戻さなければならないのだが、
 デウスはそのアウロスの弱味を知っている。
 だからこそ、取引ができると考えているのだろう。
 自分の所に招き入れて、アウロスの所持しているオートルーリング専用の魔具を
 手に入れようとしていた。
 自分の部下なら、例え力ずくで奪ったとしても、それほど問題にはならない。
 教皇選挙への立候補者という立場上、それ以外の立ち位置にいるアウロスを
 力ずくで――――とは中々できない事情がある。
 余裕綽々に見えるデウスも、実際には行動をかなり制限されている状態だ。
 だが、一を実行に移すには、余りに情報不足。
 デウスが何処に論文をしまっているかがわからない以上は動きようがない。
 それに、三と四も今のところ全くアテがない。
 アウロスには、研究発表会の席でオートルーリングを実際に使用した実績がある。
 更に、現時点ではまだ試作品の段階でしかないオートルーリング専用の魔具を 
 所持していることも、研究に大きく関与していた証拠。
 それでも今の段階で『オートルーリングは俺が生み出した』と声高に叫んでも
 単なるミストの部下の暴走にしかならないのは、発表会で証明済みだ。
 よって、これからのアウロスの行動は『デウスの所持する論文の在処を探る』、
 そして――――
「大胆な策に打って出たものね」
 何の前触れもなく突如、耳元で囁き声。
 アウロスは思わず身を震わせ、声のした右側へ振り向いた。
 一切の気配を感じさせず、寝室に侵入し尚且つ傍まで接近していたのは――――
 ルインだった。
「お前……な……」
 呆れようとしたアウロスの目に、先程の囁きより強い刺激が飛び込んでくる。
 いつぞやの、料理店【ボン・キュ・ボン】で見せた給仕の格好とは
 少し違う、別の種類の給仕の服装に身を包む死神を狩る者がいたからだ。
 給仕服というと、紺を基調とした服に白いフリル付きエプロン、
 白いカチューシャといった構成が一般的だが、
 今ルインが着ている服は赤紫色が目立つ。
 頭の三角帽子には、謎の悪魔笑いを浮かべた顔のようなものが
 飾りとして付けられていた。
「ここで暫く世話になる以上は、何か手伝うのが人間として最低限の務め。
 その為の作業着として、この屋敷の給仕服を借りたのだけれど、何か不満でも?」
「他の給仕と服が違うように見えるんだが」
「旧型。予備がこれしかなかったそうよ」
 恐らく、フレアを引き取る前のロベリアの趣味なのだろう――――
 そう推察は容易にできるが、頭が中々受け付けてくれない。
 アウロスはマラカナンに足を運んで以降、最大の頭痛に襲われた。
「それにしても、大胆」
「いや、お前の方がずっと大胆だろ……」
「?」
 ルインはアウロスの発言の真意をまるで理解していなかった。
「よくわからないけれど、枢機卿に肩入れすることに決めたのは
 発言力を得る為なのでしょう? 貴方がオートルーリングの発案者だと
 これから『訂正』していく為の。自己弁護の為に国内二位の権力者を
 手込めにするなんて、随分と策略家なのね」
「……皮肉か? そもそも、俺はロベリアにそんな頼み事はしていない」
「そうなの?」
 ルインの指摘は概ね正しくはあった。
 ロベリアの協力要請を受けた理由は複数ある。
 その中の一つが、三および四を満たし実行する上での打算だ。
 ロベリアが礼代わりにオートルーリングの発案者だという
 アウロスの主張を後押ししてくれることは期待できる。
 枢機卿の後ろ盾があれば、発言力も発言する場も問題なく確保できるだろう。
 だが、そこまでの確たる算段はない。
 そもそも、それが確実ならロベリアに協力を要請された時点で
 交換条件として契約を交わしていただろう。
 何より、それならデウス側についても問題はなかった。
 デウスは元教皇の実子なのだから。
 それをしなかったのは、ミストとの戦いを経験したからだ。
 約束事は必ず果たされる――――その前提で動いていたら、酷い目に遭う。
 発案、開発を行った研究者が論文を奪われてしまうというあり得ないことが
 実際に起こり得る世界で、アウロスは契約を信じるのは危険だと学んだ。
 現段階で、自分の弱味に繋がりかねない部分は見せられない。
 アウロスは、ロベリアをミストよりは信用している。
 だが、ロベリア自身が言っていたように、どのように優れた人格者でも
 道を誤ることはある。
 なら、誤らない所まで歩みを進めた時点で打診するのが正しい方策だ。
「……もしロベリアの『教皇になる』という目的にとって俺の存在が邪魔になれば
 俺はまた落とし穴にはめられるかもしれない。でも彼が実際に教皇になれれば、
 その時点で俺を即座に裏切る必要性はなくなる」
 石橋は叩いて渡るべきではない。
 叩いたことで耐久力が落ちる可能性だってある。
 必要なのは、石橋だろうと木げた橋だろうと、落ちない橋を見極めることだ。
「これから俺がすべきことは、デウスの持っている論文原本の在処を探る作業。
 そして、ロベリアを教皇にすることだ」
「随分と……」
 ルインは驚いたというより、呆れ顔で瞬きをした。
「大きく出たものね。貴方にそこまでの影響力があるとは思えないけれど?」
「当たり前だ。俺にできるのは、他の候補者を蹴落とすことくらいしかない」
 デウス=レオンレイ。
 ルンストロム=ハリステウス。
 この両名が、教皇選挙管理委員会から選出されない理由を作る。
 これらの目的を果たす為に――――
「まずはデウスのいるエルアグア教会に潜入だ」
「また教会に潜入するのね」
「ウェンブリー教会の時は、お前から誘ったんだったな」 
 そう嘆息混じりに話し、アウロスはベッドから腰をあげた。
 そして、ルーリング。
 緑魔術で風圧を生み出し、扉へ向かって衝撃波を放つ。
 結果――――
「ふぎゃっ!」
「あれれーっ」
 聞き耳を立てていたラディとチャーチが、扉の受けた衝撃で発生した
 轟音に驚き廊下側へ転がっていった。
「お前ら……」
 廊下に出て仁王立ちするアウロスに、ラディとチャーチの顔色が変わる。
「い、いやあのね、なんというか……」
「それより! お前から誘った、ってどういうこと!? 卑猥! アウロスさん卑猥!」
「卑猥なのはお前らの素行だ」
 幸い、寝起きなので疲労はなく、悪癖が出ることはなかったが――――
 ラディとチャーチは朝食抜きの刑に処せられた。

 なお――――

「……これ、なんだ?」
「厨房にいたカサカサ動くのと、庭に生えてたキノコっぽいのを焼いただけだけれど。
 食べるでしょう? 食べるのよね? 食べないと一日の活力が……」
 結果として、不幸なのは食卓についた方の人々だったという。








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