「俺がミストと最初に会ったのは、五年……いや、もう少し前だったか。
 ヤツがまだ大学に入る以前の話だ。ヤツの所属するパーティーには
 中々の臨戦魔術士がいてな。噂を聞きつけてこっちから出向いてみたら、
 随分と頭の切れる野心家がいた」
 それがミスト――――説明を受けるまでもなく、アウロスは次の展開も読めた。
「向こうは俺の肩書きに興味があったみたいでな。それ以来、お互いの動向には
 目を配ってきた。情報屋を介してな」
「ベリー・ベルベットか」
 コクリと頷き、デウスは自然な所作でアウロスの右手を指差した。
 そこにあるのは、オートルーリング専用のリング型魔具。
「ルーリングの高速化および自動化は不可能だと言われていたが、どうやら
 それが実現できそうだ……そんな話を聞いた時は、正直身震いがしたもんだ。
 俺が求めている技術が、こんなに早く世に出るとは思わなかった。
 その開発に携わっている10代のガキがいると知ったのは、その少し後だ」
「携わっている、じゃない。あれは俺の研究だ」
「だが、ファーストオーサーはミスト=シュロスベルとなっている」
 反論したアウロスに対し――――デウスの告げた事実は
 核心を突くものだった。
 単に事実を述べているだけではない。
 自分がオートルーリングの論文を所持していることを示唆している。
 尤も、既にアウロスがルンストロムと接触し、この件について
 大きなヒントを得ていると見越しての『先回り』だろう――――
 そう判断し、アウロスは敢えて口を挟まなかった。
「お前は俺に用があるはずだ。そして、俺を抜きにお前の目的は果たせない。
 一度離れてわかっただろう。お前は、俺の掌の上で足掻いていたに過ぎないとな」
「そんなことはどうでもいい。言いたいことがあるなら早く言え」
 勝ち誇るつもりもない、ただの言葉遊び。
 しかし今のアウロスは、それにつき合う気分ではなかった。
「そうだな……なら単刀直入に言うぞ。俺の所へ戻れ」
 それは――――極めて予想通りの要求。
 ここまでの説明にしてもそうだが、デウスにしては余りにもわかりやすい話の
 流れがここまで続いている。
 それだけに、アウロスの頭には警戒を促す声が響き続けた。
「正直言うとな、俺は今のミストに余り魅力を感じていない。何故かわかるか?」
「……教授だからか」
「流石にわかっているな。その通りだ。魔術士は闘えて、闘ってこそ存在意義がある。
 昔はヤツもそうだった。例え研究者の道を選んでも、牙さえ研いでいればまだいい。
 だが今のヤツには、その牙すら見えん。裏でコソコソと政治活動をするだけの
 つまらない男になっちまった。あれじゃ、ルンストロムと同じだ」
 デウスは嘆息混じりに舌打ちした。
 その態度だけでなく、これまでの言動、更には部下であるティア達を見ても、
 闘う魔術士――――臨戦魔術士を重宝、尊重しているのがわかる。
「これからの時代、闘えない魔術士は必要ない。俺たちは敗戦国だからな。
 そこから新たに道を開拓していくには、闘って切り拓くしかないんだぜ」
 それは、誰に向けての言葉だったのか――――
「なあ。枢機卿のダンナよ」
 直ぐに判明した。
 敵意も殺気もない人間の気配を敢えて察知する必要はないので、
 足音で判断したのだろう。
 そう読みながらも、アウロスは怪訝な顔で、隣のフレアは目を見開いて
 応接室の扉がゆっくり開いていくのを眺めていた。
「……私はやはり、お前が苦手だ。デウス。立候補者の家に堂々と押しかけてくる
 その非常識ぶりは到底、受け入れられるものではない」
 扉を開いた張本人――――ロベリアの顔は、既に疲労感に満ちている。
 それは仕事の疲れだけではない。
 声が言葉以上に雄弁に語っていた。
「とはいえ……お前に聖下の面影が僅かでもあれば、それも我慢できたのだろうが……」
「ほう、俺はそんなに元教皇には似ていなかったのか」
 敢えて『元』を強調するデウスに、ロベリアは険しい顔で奥歯を噛む。
 枢機卿であるロベリアは穏健派。
 三人の次期教皇立候補者の中で唯一、元教皇ゼロスの意思を汲む立場だ。
「だが……これからの時代を担うならば、お前くらい攻撃的でなければならないのかもしれんな。
 幾ら私達が敗戦国である事実から目を背けても、周囲の国はそうは思うまい」
「その通り。それをわかっていない候補者が約一名、いるみたいだがな」
 デウスの口振りは、ロベリアを指している訳ではなくもう一人の
 立候補者を揶揄するものだった。
 そんな二人のやり取りを、アウロスは半眼で睨み――――
「……わかっていたのか?」
 デウスに問う。
 当然、ロベリアがこの日この時間に帰宅することを知っていたかという意味だ。
 デウスは口の左端のみを吊り上げ、肯定の意を示した。
「彼は今日、総大司教ミルナ=シュバインタイガーとの会談を予定していたんでな。
 総大司教がこのエルアグアにいることはわかっていたし、ならお帰りはこちら、って訳だ」
「総大司教と……」
 アウロスの頭に、ルインの母であるミルナの顔が浮かぶ。
 エルアグア教会で遭遇した彼女は、以前より生気に溢れていた。
 過去に大いなる過ちを犯した身とはいえ、その地位は剥奪されてはいない。
 ならば、彼女の存在、支持表明は教皇選挙に少なからず影響を与えるだろう。
 エルアグアにいる間に面会しようと試みても不思議ではない。
「この時間に帰宅するとまでは予想できなかったがな。芳しくなかったか、
 逆に意思の疎通が円滑だったか……どちらにせよ、会えて何よりだ。
 エルアグア教会での会談は中途半端だったからな。あらためて、言わせて貰うぜ」
 デウスは威勢よく立ち上がり、ツカツカと扉の前のロベリアへ近づいた。
「俺は、次期教皇としてのお前を心許なく思っている。臨戦魔術士としての
 力不足、この疲弊しきったデ・ラ・ペーニャを導く為の指導力の不足。
 穏健派としての波風立たない穏便な政治に対する期待も薄い」
 接近がてら、暴言に等しい言葉と――――
「だが、悪くないとも思っている。身内からの信頼度、人格、戦闘力不足ながら
 率先して戦場へと赴く軽快なフットワーク、この国の今を見据えた現実的な視点。
 いずれも国の長として必要なものだ」
 評価する言葉を羅列しながら。
 ロベリアは反論することなく、目前まで近づいたデウスを凝視していた。
「以前、アルマセン大空洞で魔術売買の粛正を行っていたのも、教皇選挙において
 有利に進めるための準備。あの時は凡庸な計画だと思っていたが、魔術売買の
 取り締まりと称して『闇に流れた邪術の文献』を回収していたのだとしたら、
 悪くない行動だ。俺も同じことをしていたしな」
「……」
 沈黙は肯定。
 ロベリアは顔色を変えず、自分より遥かに恵まれた体型のデウスと睨み合っていた。
「今回の教皇選挙、鍵を握るのは邪術だ。デ・ラ・ペーニャが他国へ向けての
 脅威を示す為には、ただの魔術では足りない。そこまでの読みは正しい。
 その点で、ロベリア=カーディナリス。俺はお前を買っている」
「まるでもう教皇になったかのような口振りだな。デウス」
「間違えるなよ。俺がなるのは王だ。戴冠の際には、アランテス教会は解体する。
 国家とは切り離し、新たな形での再構築を行うつもりだ。その長にお前を
 任命するつもりでいる」
「世迷い言を……」
 普段の温厚な顔つきとはまるで違い、ロベリアの顔は獰猛さを有していた。
 アウロスの隣に座る娘、フレアが思わず身を竦めるほど。
「枢機卿に言いたいことはこれだけだ。あとは……アウロス」
 ロベリアの怒気を、まるでそよ風が吹いただけと言わんばかりに
 意にも介さず、デウスはアウロスへその目を向ける。
 そして、吐いた言葉は――――
「お前が俺の元へ来れば準備完了だ。戻ってこい」
 雰囲気作りなど微塵もない、無骨な誘い文句だった。










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