魔術国家デ・ラ・ペーニャには長き歴史が在る。
 その多くは研究と戦争に彩られているが、近年においては刺激的な出来事は
 影を潜めており、比較的穏やかに時流を綴っている。
 その要因となったのは、隣国エチェベリアとの大戦における歴史的敗北。
 ガーナッツ戦争と揶揄された、九年前に起こった戦争の惨敗は、
 魔術という技術がもはや現代戦争において脅威ではなくなりつつある、
 という認識を世界中に広めてしまった。
 これ以来、デ・ラ・ペーニャはめっきりと覇気をなくしてしまった。
 魔術国家の名の下に、各国に魔術を広め、魔術で世界を支配しようと
 目論んでいた時代もあったが、現代においてはただ魔術で有名な国、という
 位置づけとなっている。
 明らかな、国力の低下だ。
 このまま時が進めば、大陸内における地位の低落は免れないし、
 そうなると国家間における発言力、更に国内総生産の成長率まで低下しかねない。
 それらが国の衰退に繋がるのはいうまでもない。
 当然、デ・ラ・ペーニャを治める立場の人間にとって面白いはずがない。
 見せつけなければならない。
 魔術国家デ・ラ・ペーニャが健在であることを、世界に。
 あらためて認識させなければならない。
 魔術という技術の恐ろしさ、そして意義を。
 現教皇、ゼロス=ホーリーの逝去はその好機だった。
 歴史が変わるのは、国の頂点に立つ人間――――すなわち国の象徴が変わる時。
 どの国においても、どの時代においても共通する転換期だ。
 デ・ラ・ペーニャは今まさに、その時期へと突入した。
「天に召されたか」
 その報を受けたデウス=レオンレイの顔に、一切の寂寞はない。
 まるで余所の家の訃報を聞いたのと同じように、小さく呼吸を整えるだけに留まった。
 死には、例え自分と無関係のものであっても襟を正そうとするだけの力がある。
 敬意を表するだけの。
 だが、逆に言えば――――それだけのことでもあった。
「……悲しまれないのですね。お父上……この国の父と言うべき方がお昇りになったというのに」
 ランプを持ちながら報告したティアの顔は、教皇の死へのものとは異なる悲しみに溢れていた。
「仕方がないだろう。嫡子なら多少は愛着もあろうが、所詮は庶子だ。
 接した機会そのものも僅かとなれば、親と認識する方が難しい。更に言えば、
 身内という観点を外せば、無能な教皇だったと言うしかない。この国の現状を
 作ったのは紛れもなくあの男の力不足だ。いや……教皇という制度そのものが、
 もはや前時代の産物でしかない。今更言うことでもないがな」
 実際デウスは四方教会を設立し、現体制を痛烈に批判してきた。
 いわば敵の親玉がいなくなったようなもの。
 諸悪の根源とさえ言えるのかもしれない。
 それでも、デウスの顔に満足感はない。
 喜びも、悲しみも、どちらも生み出さない。
 親が、敵が消えても。
 これほど悲しい現実が、他にあるだろうか――――
「……」
「テメェらなあ……辛気臭い顔してんじゃねーよ。こうなることは、
 とっくの昔にわかってただろうが。そもそも、親は子より先に死ぬんだよ」
 ティアだけでなく、その場にいる四方教会の幹部全員――――
 デクステラ、サニア、トリスティに向かって、デウスは笑顔を作った。
 笑顔とは、そのためにある。
 デウスはそう定義していた。
「これから、俺らはこの国を変える。そのためにお前達を俺の元に置いておいた。
 感傷は不要だ。未来のために叫べ。道を作るために歩け。いいな?」
「はい!」
 誰より早く返事をしたデクステラ――――彼には、苗字がない。
 家がない、ということになる。
 売られた訳でもない。
 最初から、人間ではないモノとして生み出された存在だった。
 魔術の才能は、遺伝の要素が濃い。
 例えば遺伝性疾患、或いはそれに準ずる病のように、親から子へ、子から孫へ引き継ぐ。
 健常者とは異なるという観点でいえば、魔術もある意味病気のようなもの。
 ならば、どういった病気を引き継いで生まれてくるのだろうか――――
 そういう実験が行われた時代があった。
 決して遠い昔ではない。
 何しろ、15年近く前まで行われていたのだから。
 近年では、赤、青、黄、緑の4つの攻撃魔術には、それぞれ独自の才能が存在し、
 それが遺伝と大きく関わっているというデータが有力視されている。
 なら、例えば赤魔術を得意とする魔術士同士が子をもうければ、
 より豊かな赤魔術の才能を有した魔術士が誕生する。
 実にシンプルな仮定だが、実証しなければ仮説の域を出ないのも事実。
 結果――――実験は行われた。
 実験のためだけに生まれた子もいた。
 デクステラが、その一人だった。
 彼の名は人間のそれではなく、便宜上のものだった。
 他の三人には家族がある。
 それが幸せなことかどうかは、倫理的な観点でいえばわからない。
 少なくとも、親はこう言うだろう。

「君を生んだのは、確かな愛が私たちの間にあったからだ」

 これほど白々しい科白が、他にあるだろうか。 
 そして、両親にそれを宣告された子供は、果たしてどこまで不幸なのか。
 ティアにも、サニアにも、トリスティにもわからない。
 彼らは当時、まだ何も知らない子供だったのだから。
 わかっているのは――――自分が望まれて生まれた事実と、それが必ずしも
 幸せの証となり得るわけではないという、残酷な現実。
 ただ魔術のデータのためだけに生み出された存在だという、悲痛な自問自答。
 しかし今の彼らに、絶望はない。
 光と寄り添っているからだ。
「いいか。俺がこれを言うのは、今回が最後だ」
 デウスは再度、静かに、力強く告げる。
 脇に一冊の書物を抱えながら。
「お前らは俺と共に国を変えるためにここにいる。それ以外の理由はない。わかったな?」
「はい!」
 今度は全員が競うように返事。
 軍隊のようだが、軍隊とはまるで違う。
 彼らは、母国を倒そうとしているのだから。
「……」
 その四方教会の面々を、複雑な心境で眺めている人物がいる。
 彼の名は、マルテ。
 マルテ=レオンレイ――――とは名乗っていない。
 デクステラと同じように、だがデクステラとは全く異なる事情で。
 そのマルテに、デウスは視線を移した。
 四方教会の面々へ向ける目とは違う、かといって実の子へ向ける目とも違う目で。
「俺がこの国の本当の意味での恥部を知ったのは、お前が生まれる少し前のことだった。
 放浪と称して、この国の聖地全ての内情を片っ端から調べる旅に出る時には、まだお前は
 この世に生を成していなかった。知ったのは……割と最近だ」
 デウスは初めて、マルテに対し父として語りかける。
 父の顔ではなく、他人の顔のままで。
「……今の話を聞いて、わかりました」 
 マルテもまた、デウスに向かって子の言葉を使わなかった。
「僕も今更、貴方のことを父親とは思えないし、そう思わせないようにしてきたんですよね。
 僕は庶子の子供。一応、血筋では教皇の孫。それだけが、貴方と僕を繋ぐ唯一の接点なんですね」
「驚いたな。ここまで物わかりがいいとは思わなかった。俺がガキの頃より
 賢いかもしれねーな。どうだ、やっぱり子供は放任主義が一番なんだよ。カッカッカ」
「お師……」
「デウス師匠……」
「デウス師……」
 ティア以外の全員が、それはダメだろという目をデウスへ向ける。
「ったく、冗談のわからねー連中だな。とはいえ、だ」
 デウスは笑顔を消し、マルテを意図的に睨みつけた。
「俺は謝らない。謝れば、俺はお前の父親にならなければならない。
 だが、それはもう不可能だ。俺はもう、この国の王になると決めている。
 親としての愛情をお前に注ぐことは無理だ。そしてお前も、そんなことは
 不要だと思っている。そうだな?」
「はい。僕に父親はいない。天国の母だけです」
 マルテの目は、その場にいる全員を驚かせるほど――――真っ直ぐだった。
「それに……僕には兄もいますし。親は違いますけど」
「……何?」
 更に、デウスの目が色を変える。
 全く想定していない発言だった。
「デウス様……?」
 これには、ティアも目を見開き顔面を引きつらせる。
「ど、どういうことだ? 俺は……待て、ちょっと待て。いや、でもな……」 
 毒物にも等しいティアの視線を受けながらデウスが回想に耽るなか、
 マルテにサニアが近づく。
 今は終始、戦闘時の口調と表情だ。
「すまないと思っておる」
 サニアの顔は、沈痛を絵に描いたように陰を帯びていた。
「我々の存在がなければ、或いはデウス師はお前のことを……」
「それは違うよ、サニアさん」
 マルテは静かに首を横に振った。
「僕は戦争孤児だから。九年前の戦争で母を亡くして、一人で生きてきたってだけ。
 そんなの、他にもいっぱいいるよ。僕だけが苦労してる訳じゃないんだ」
 そう微笑を浮かべ明るく断言するマルテに、サニアは何度も首を傾げた。
「……一体どうしたことだ? 最初に四方教会につれて来られた時とは別人のように
 随分と達観しているではないか。あれから、まだそう時間は経っていないというのに」
「そ、そうかな」
 マルテも首を傾げる。
 本人には、その自覚はなかった。
 兄と慕う人物の影響を、とてつもなく受けていることに。









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