「これから……この教会は戦場と化す」

 アウロスにとって、デウスが王に足る人物かどうかなど、どうでもいい話。
 重要なことは、別にある。
「俺がそこに寝てるご老体を拉致するって手筈になってるからな」
「……何? 今、何て言った?」
 驚きというより、訝しそうにアウロスを睨むチャーチ。
 既にアウロスから作戦内容を聞かされていたマルテも、ここでいきなり
 それをバラしたことに愕然としていた。
「そういう計画が立ち上がっている。ルンストロムを陥れる為にな。
 俺はそれを実行しなくちゃならない」
 アウロスにとって、デウスの失脚は情報網を失うことと等しい。
 だが、ラディがいる今、その痛手はそこまで大きなものとはならない。
 ただしアウロスはデウスを監視する必要がある。
 デウスはアウロスのオートルーリングの技術をかなり買っていた。
 或いは、デウスがアウロスの論文を何処かの時点で入手している可能性もある。
 現時点で、次期教皇の候補者三人全員から目を離すことはできない。
 よって、今回の計画を無視し、デウスと袂を別つのは得策ではない。
「ただし、俺の役割はあくまで拉致を実行するだけだ。それ以外の行動を
 起こしたところで、問題はない」
 無論、上手くやればの話だが。
 少なくとも、デウスや四方教会の面々に動きが把握されないように。
「安全保障の為の協定を結ぼう……って言いたいんだね。そっちの見返りは?」
「成程。確かに察しの良い話し相手との会話は気分がいいかもしれない」
 妙に納得し、アウロスは頷いた。
「……それって、僕が察しの悪い相手だって皮肉ってる?」
 半眼で拗ねているマルテは無視し――――
「誰が教皇になろうと、俺にとってはどうでもいい。俺が欲しいのは……」
 キッパリと告げた。
「ルンストロムと話す機会だ」
 自分の目的のための、極めて利己的な答えを。
「へー、結構大胆だね。自分を売り込む気?」
「生憎、政治活動には興味がない。目的を言う気も」
 その上で、条件として釣り合いが取れているか否か判断しろ――――
 アウロスがこの言葉に含ませた真意を、チャーチは無言で暫く咀嚼した。
 その結果。
「ま、受付が何を企んでようと、ボクには関係ないし……別にいっか。
 それじゃ、商談成立ってことで」
 長考には及ばず、チャーチは握手を求めてきた。
「商談とは違う気がするけど……」
 マルテが首を傾げるも、アウロスは特に気に留めることなく手を握り返す。
 握手という行為に深い意味はない。
 ただ単に、友好的な立場である事を内外に知らせる為の行為。
 それでも――――チャーチは妙に嬉しそうだった。
「で、ルン爺が有利になる話って、具体的にはどうなの?」
「ルン爺……仮にもこの国でトップクラスの偉い人を……」
 絶句するマルテを背に、チャーチの目はキラキラ輝いている。
 早くその話を聞きたい――――というよりは、予定外の出来事に対して
 心を躍らせているようにアウロスには見えた。
 その手の童心がまるでないアウロスにとっては、眩しい目。
 きっと、アウロス=エルガーデンはそういう目をしながら壁越しに夢を語っていたに
 違いない――――そんな想いが一瞬よぎる。
「ここから先を話せば、もう引き返せない。いいのか?」
 だが、火花がいつまでも輝くことはないように、直ぐに消えた。
 代わりに鋭さを帯びた目が、チャーチを一瞬怯ませる。
「も、もちろん。別にビビッてないし? 早く言っちゃってよ」
「ならいい」
 毒を吐き散らす不遜な相手に対し、アウロスはこなれた会話で主導権を握った。
 尤も、余り意味はないが。
「今回の三者面談は、当然それぞれの思惑がぶつかる機会になる。自分が有利に、他の2人が
 不利になる為に何かを仕掛ける舞台としては、これ以上ない機会だから当然だ」
「ってことは、ルン爺を有利にするってより、他の2人を不利にするって流れ?」
 かなり察しがいいチャーチに、アウロスは思わず心中で舌を巻いた。
 大して年齢が変わらないであろうマルテに目を向け、すぐ戻す。
「何さ今のリアクション! どうせ僕は察しが悪いですよ!」
「いや、今のでわかるなら寧ろ察しが良い部類だ」
「っていうか、邪魔だから暫く黙っててくれない? アホ孫」
「ひ、酷い……」
 マルテは涙目でフラフラ2人から遠ざかって行った。
「今回の三者面談で一番仕掛けやすい立場にいるのは、当然ウチのボス……デウスだ。
 ここはあの男のホームだからな。他の2人もいろいろ考えては来てるだろうけど、
 まずはデウスが何を仕掛けるかが気になっている筈」
「まさか、具体的にその仕掛けってのを教えてくれるの? だったらありがたいけど」
「ああ。教える。その代わり、手伝って貰う事があるけど、問題ないな?」
「……内容次第だね」
 特に不満のないチャーチの返事に対し、アウロスは小さく頷いた。

 


 その後――――
「……本当によかったの? これで」
 アウロスの話を聞き終え、満足げに去って行ったチャーチの残像を追うように
 目を細めて扉の方を睨みながら、マルテがポツリと呟く。
「立場的にはあの子、敵でしょ? 信用できるとは思えないけど」
「別に敵じゃない。あのチャーチって子供が俺の論文を奪おうとしてるのなら敵だけどな」
「そりゃそうだけど……」
 マルテの顔には、不満がありありと出ていた。
 それが、自分を軽んじていたチャーチの態度への不満なのか、
 純粋にアウロスを心配しているのか、それとも――――父親と敵対する立場のチャーチへの
 警戒心から来る態度なのか。
 その全てがマルテの表情の中に含まれているように見えた為、アウロスは敢えて
 マルテの額を軽くポンと叩いた。
「な、何さ」
「マルテ。敵だから信用しないっていうのは、味方だから信頼するっていうのと同じくらい
 危なっかしい考え方だ。一般人が生きていくのには問題ないけど、お前の立場の場合はな」
「……え?」
「立場や態度で信用の有無を決めるな。というか、誰も無条件で信用するな。もちろん、俺もだ」
「そ、そんな」
「人間である以上、誰もが裏切りの種を持ってる。俺もだ。だから、相手が人間なら常に
 裏切られる覚悟は持っていろ。その上で、裏切られてもいいって思える相手を信用しろ。
 もしくは、裏切られても支障のない用意をしておけ。俺はそれを怠ったせいで苦労してる」
 実感の伴ったアウロスの教訓に対し、マルテは反射的にため息を吐いていた。
「僕も結構疑り深い性格だけど……まだ足りないのかあ」
「まだまだだ」
 そして自分も――――そんな思いを心に隠し、アウロスは医療室の扉を開く。
 時間的には、そろそろ合図があるはずだった。
 現在、この部屋にはアウロスとマルテの他は、グオギギ=イェデンしかいない。
 本来彼を守るはずの玄孫チャーチは、アウロスとの交渉によってこの場を『敢えて』離れたばかり。
 今回エルアグア教会に集まった護衛の面々は、あくまでも三者面談に参加している
 次期教皇を守るための面子なので、グオギギに対して特別な護衛を用意している訳ではない。
 そもそも、この状況で次期教皇でも何でもない、いつ老衰してもおかしくない
 グオギギの命を狙う意味はないのだから当然だ。
 そこに意味を作り出す。
 それが、デウスの作戦――――
 
「敵襲だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 
 突然の咆哮。
 それが元四方教会の幹部、デクステラの声と気づく人間はかなり限られるだろう。
 説法で鍛えた喉が、城中に響きわたる警告を可能とした。
 そして、それが始まりの合図。
「え? こ、これってもしかして……」
「そういうことだ」
 アウロスはゆっくりと右肩を回し、人差し指に光る指輪――――魔具を視界に入れた。
「ぼ、僕に手伝えることある? なんでもやるよ!」
「適当にアタフタしているのが一番自然な感じが出て、ありがたい」
「え、えええ……」
 戦力外通告にションボリするマルテを尻目に、アウロスは次の時を待った。
 すると――――
「わあああああああああああああああああっ!?」
 マルテの傍にあった医療室の扉が、突然粉砕される。
 エルアグア教会に現れた敵が、ここを襲ってきた――――という状況だ。
「……取り敢えず、最初のシナリオは予定通りか」
 アウロスは落ち着いた様子で、飛び散った扉の破片と共に床に転がっているマルテを一瞥した。
 
 突然の敵襲によって、三者面談は中断。
 教皇候補3名はアクシス・ムンディの面々に護衛され、速やかに安全な場所へと移動する。
 当然、この医療室はガラ空きとなる。
 そこへ、元四方教会の面々が現れ、グオギギの身柄を確保。
 元々はデウスの部下だった彼らが、なぜグオギギを?
 彼らの目的は一体……?

 ――――これが、デウスのシナリオの第一幕。
 当然、登場人物となるのは元四方教会の魔術士だ。
 アウロスと共に、グオギギの身柄を確保する役として現れたのは――――
「……どうしてお前らがここにいる」
 明らかに、配役とは異なる人物。


 フレア=カーディナリスだった。


「前言撤回。シナリオは破綻した」
「もう!?」
 勢いよく立ち上がるマルテを無視しつつ、アウロスは久々の再会を心から疎んだ。







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