「マルテと婚約することで発生する得ってのは、何だ?」
 積極的に話に介入することを決めたアウロスは、チャーチに向かって
 早速質問を投げかけた。
 目的があって、マルテと接触を試みたんだろう?
 だったら、俺が円滑に事を進めてやる。
 その代わり、俺にとって得になる何かを見出させて貰う――――
 そんな意図を乗せて。
 普通は、このような少女相手に交渉混じりの質問なんてしない。
 してもまず意図に気づくなんてことはない。
 だが、このチャーチという少女なら、問題なく気づくだろうという判断があった。
「まず、マラカナンの保守派の一部を籠絡する手段を得られる、ってところかな」
 チャーチは何の疑問も挟まず答えることで、アウロスの意図に応えた。
「勿論、そう上手くはいかないでしょうけど、血縁ってのはジジババになればなるほど
 重要視するし、選挙の投票をするヤツらはジジババばっかりだから、有効だよね、きっと」
「異論はない。ただし、教皇の求心力が低くなっている今、得ばかりとは言えないんじゃないか?」
 そんなアウロスの指摘に対し、チャーチはジト目を向けた。
「ま、そうだけど。でも投票する連中はきっと、国民の支持よりしがらみを
 大事にする古い考えの人達ばっかだよ。だから、差し引きでも得になると思うな」
 それは――――アウロスの見解と一致していた。
「それに、教皇の孫を得たら恩恵は他にもあるし。デウス、だったっけ。ここの
 教会にいる後継候補の一人。その息子なんでしょ? コレ」
「物扱い……あんまりだ」
 ついには涙目になったマルテに対し、アウロスは沈黙を促した。
 口でマルテが勝てる相手じゃない。
「息子をこっちの味方につければ、人質も当然。デウス一派への牽制にはなるよね。
 保守派のロベリアの票を削って、デウスにも楔を打ちつける。お得でしょ?」
 ニッコリとマルテに微笑みかけるチャートの目は、まさに蛇だった。
 黙っていれば、健康的で愛らしい少女だというのに。
「……それだけじゃないだろ?」
 だが、アウロスはまだ彼女が仮面を被っていることを見透かしていた。
「他にも何かあるの? だったら教えてくんない? お得なことは
 どれだけあっても困らないし」
「教える必要はないな。とっくに知ってるだろ。マルテはお前が連呼している通り、
 教皇の孫なんだから。当然――――」
 組んでいた腕を解き、アウロスは俯く。
「――――教皇に対しての人質にも、なる」
 それは、別に発言の重大さを思ってのことではない。
 単に同じ体勢で少し疲れただけのことだった。
 ただし、発言そのものは、もし他人に聞かれていたら大問題とさえ
 いえるような、過激な内容だ。
 マルテの存在が、デ・ラ・ペーニャの頂点たる現教皇への脅しになる。
 そう指摘しているのだから。
 国家にケンカを売っているようなものだ。
「……」
 流石に、これまでのような軽口の叩き合いとはならず、
 チャーチは笑みを薄らと浮かべ、沈黙していた。
 代わりにアウロスが続ける。
「教皇自身がマルテをどう思っているのかは、俺らにはわかりようがない。
 マルテ本人もな。ただ……その孫が元総大司教の血縁者と結婚するとなると、
 教皇本人の思惑以前の問題が生まれる」
 世襲制ではないとはいえ、教皇経験者の血族はデ・ラ・ペーニャにおいて
 特別な存在になる。
 次期教皇に対しての影響力も少なからず残る。
 もし、マルテがチャーチと結婚すれば――――その影響力に、チャーチの
 一族、つまりイェデン家が介入することになる。
 ウェンブリーの権力者が。
 第一聖地マラカナンを守護する教皇の一族にとって、面白くない事は間違いない。
 ならば当然、婚約には反対する立場となるだろう。
 だが、元総大司教の一族相手に力技でどうにかしようとすれば、
 それは泥仕合覚悟でなければならない。
 もしそんなことになれば、財力をはじめとした力の多くを失い、
 次期教皇への影響力もかなり減衰してしまう。
 それを避けるためには、穏便に事を進める必要がある。
 つまり、条件を出して結婚から撤退して貰う。
 見返りを与え、マルテを解放してもらう。
 すなわち――――人質だ。
「つまり、もしルンストロムの派閥がマルテを得れば、他の候補者にダメージを
 与えるだけじゃなく、現教皇から何かしらの恩恵を頂く機会を得ることになる。
 後継者争いにおいて、これほど有利な状況はない。そこまで考えての『結婚』のはずだ」
 そんな、アウロスの見解に対し――――
「……ふう」
 チャーチは大きく息を吐いた。
 呆れている素振りはなく、心底感心した様子で。
「ま、そこまで読まれてるのなら、否定する方が不自然だよね。そ。
 一番の狙いは、今の教皇からの得。これがデッカイんだ」
 不敵に微笑み、チャーチは物扱いしたマルテに視線を向ける。
 その姿を眺めつつ、アウロスはポツリと問いかけた。
「婚約破棄するって言っていたけど……そう簡単にできるのか?」
「簡単でしょ。こんなヘッポコ孫をポイ捨てするくらい」
「ヘッポコ……」
 そろそろ言葉の暴力で死にそうになっているマルテに同情したアウロスは――――
「無理だな」
 キッパリと結論を告げて、会話を切り上げようと試みた。
「……無理? どうして?」
「簡単な理屈だ。仮にルンストロムが後継者争いで勝利し、教皇になったとする。
 目的は達成した。もう教皇や他の候補者に対しての得はなくなったし、
 マルテと結婚する意味はない。だから婚約は取り消し……」
「そうだよ。何か問題ある?」
「取り消したら、どうなるか。俺はルンストロムという人物の性格は知らないが、
 少なくとも現教皇、仮定の中では前教皇となった人物の影響力を
 最小限に留めたい、若しくはなくしてしまいたいと思う可能性は高いだろう」
 前任者の影響力ほど煩わしいものはない。
 それはどんな身分の人物でも思うことだ。
 この国で最も偉い教皇となった人間が、そう思わないはずがない。
「多分ね。だから結婚を取り消すんだ。そうすれば、縁が切れるワケじゃん。
 影響力だって最小限になるでしょ?」
 チャーチの発言は、一見すると辻褄があっているように感じられる。
 だが――――
「ところが、そうはいかない。縁が切れたってことは、その相手を思いやったり
 庇ったりする必要がなくなるってことでもある。例えば、共有していた秘密裏の
 情報を暴露したり、失った権力を取り返すために過激な手段に出たり。
 それらの負の可能性を最小限にすることを、ルンストロムには第一と考えるだろう」
 つまり、前教皇の影響力を小さく押さえつつ、その行動を封印する形が好ましい。
 その形とは――――
「自分の血縁ではないが、ウェンブリーの権力者で一応仲間ではある
 イェデン家との繋がりに留めておくことで、影響力は弱めにできるし、
 味方という体裁が反乱の目を摘む。要するに、結婚を維持するのが最良」
 アウロスの指摘に、チャーチは手にしていた杖を両腕で抱くようにして
 俯いてしまった。
 これまで常に強気だった彼女が見せた、初めての姿。
 マルテはかなり驚いているようだったが、アウロスは寧ろ納得した。
「チャーチだったか……アンタは政略結婚を受け入れるつもりなんだろう?
 今の俺の指摘に驚きもしなかったのは、覚悟していたからだ。
 婚約破棄なんてできない、と」
「……」
 図星だったのか――――チャーチは反論しなかった。
「……この杖、どう思う?」
 代わりに、突拍子もない質問をアウロスに投げかける。
 これはアウロスでも予想できるはずもなく、思わずマルテと顔を見合わせた。
「カッコいいでしょ? そう思わないかな?」
「まあ……デザインとしては優れているとは思うが」
「でしょ? これ、そこの腐れかけジジイから貰ったんだ」
 素直に答えたアウロスの言葉が思いの外嬉しかったのか――――
 チャーチは顔を上げ、少し微笑んでいた。
 皮肉げな色は微塵もなく。
「昔から頭がよかったんだ、ボク。だから周りの大人がバカに見えたし、
 それを隠すこともしなかった。生意気なガキだって、きょうだいも両親も祖父母も、
 みんな思ってるんだろな。別にどうでもいいけど」
 本当はどうでもよくないからこそ、そんな事を言葉にしている――――
 そう指摘するのは容易だったが、アウロスは声に出さない選択をした。
「このジジイだけなんだよね。ボクを可愛がってくれるの。ボクが自分に似て
 優秀だから、って。ほとんど目なんて見えてない割に、人を見る目はあるんだ」
「もしかして……おじいさんの為に、僕との結婚を?」
 ずっと黙っていたマルテが、訝しげな顔で問う。
 もしルンストロムが教皇となれば、その原動力とまではいかないが
 大きな手助けとなる選択をしたイェデン家の未来は明るい。
 だが、チャーチは家族の誰からも愛されていないと言う。
 ここにいる、もうどれだけ生きられるかわからない老人以外には。
 誰のために――――最早、説明など必要はない。
「こういう政略結婚もあるってことだよ。アホ孫」
 チャーチは杖を抱えながら、そう悪態づいた。
 悲しげに。
「……で、どうなの? 老人に優しくて、将来社交界最高の美人になること
 間違いなしのボクと結婚する気になった?」
「いや、それとこれとは話が別だし……」
「は? この流れで断わる気? このアホ、もしかして空気も読めない?
 アホで空気読めないボンボンって、クズ以外の何者でもないんだけど」
 徐々に毒々しさが回復してきたチャーチに、マルテは再び怯えだした。
「あ、アウロスのお兄さん! もう僕わけわかんないよ! どうして僕が
 こんな目に遭わなきゃならないのさ!?」
「俺に聞くな。ここは教会だし、神様にでも聞け」
「そんな!」
 信頼する兄のような存在に見捨てられ、マルテは崩れ落ちた。
「ま……結婚はともかく」
 それを見届けた後、アウロスはチャーチに声をかける。
「取り敢えず、今回の三者面談でルンストロムを有利にしたいのなら、
 良い話が一つある。乗るか?」
「……得のある話なら聞くよ」
「十分ある。ただし、その前には大騒動が待ってるけどな」
「大騒動?」
 眉をひそめるチャーチに対し、アウロスは軽く頷いた。
「これから……この教会は戦場になる」







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