グオギギ=イェデンとグランド=ノヴァは、互いに切磋琢磨するライバルだった。
 その関係は実に、90年もの間続いているという。
 第一聖地マラカナンの臨戦魔術士として、デ・ラ・ペーニャの治安保持に努めていたグランド。
 第二聖地ウェンブリーの臨戦魔術士として、積極的に他国の内戦に参戦していたグオギギ。
 その生きざまは異なるものの、同じアカデミー出身とあってお互いが常にお互いを
 意識し、また同時に認め合う仲だったとのこと。
 尤も、現在はグランド=ノヴァが表に姿を出さなくなった為、過去を懐かしむことも
 できず、心の張りを失ったグオギギはここ数年で急速に衰えたそうだ。
「……いや、普通に老衰でしょ」
 エルアグア教会の一階奥、医療室のベッドですやすや眠るグオギギを
 マルテは強張った顔で眺めていた。
 何しろ、既に顔の筋肉の殆どが萎み、半ばミイラと化しているような状態。
 105年生きれば人はこうなる運命にあるのだが、死と隣接した位置にいる人間に
 免疫のないマルテは瞳の中に恐怖を抱いていた。
 一方、アウロスは――――
「そちらさま、そこの教皇の孫の護衛か何か? だとしたら退席してくんない? 邪魔だし」
 瞼を半分ほど落として冷淡に告げるチャーチに、ほぼ同じ目線を返していた。 
 元総大司教の玄孫という肩書きは、彼女を言い表すには不十分だ。
 相応しい言葉は――――生意気な小娘。
 受付で会った時に、既にその片鱗を見せてはいたが、現在は悪ガキという
 言葉が似合うほどに捻くれた表情を浮かべている。
 年齢は、マルテより若干下と思われる。
 しかし態度はこの場の誰より大きい。
 医療室の椅子にふんぞり返るようにして座る姿は、尊大そのもの。
 ただ、自分を少しでも大きく見せたいのか、小柄な体型の割に白いローブの
 サイズはブカブカで、逆に幼さを強調している。
 そんな彼女の右手には、杖が握られている。
 尖端は翼のような飾りがあり、杖全体を二匹の蛇が絡み合うような形状になっている。
 神秘性を有したその杖は、やはり彼女には似合っていない。
 ただ、アウロスはその杖とチャーチの共通点を一つ発見した。
 彼女の目は、何処か蛇を思わせる獰猛さがある。
 愛嬌たっぷりな顔をしながらも、目だけは常に冷たく、隙なく光っている――――
 そんな印象だった。
 グオギギの現在の顔からは若い頃の姿は想像できないが、かなり好戦的な
 性格だったと言われている。
 彼の名前は様々な文献に顔を出しており、魔術の研究をしていると
 知らず知らずの内に性格まで知るところとなってしまう。
 アウロスもその一人だ。
 よって――――
「高祖父似、か」
 そう結論付けた。
「そうかも。一家の中でこの腐りかけジジイと気が合うのボクくらいだし」
 チャーチは冷笑しつつ、肩をすくめる。
 表情も仕草も、10代前半の少女とはかなりかけ離れている。
 まるで――――
「……」
「何? その生暖かい目。もしかして危ない趣味の人? だったら尚更とっとと
 出ていって欲しいんだけど。言っとくけど、ボクのかわゆさはまだまだ
 こんなモンじゃないよ? 今は長旅で肌が荒れてるし唇もカサカサだし。
 リフレッシュして全力出したらそちらさま、発狂するんじゃない?」
 明らかに年上のアウロスに対し、しかも今日初対面の相手に対し、この言動。
 甘やかされて育った、という次元の話ではない。
 マルテはすっかり怯えてしまい、身体が縮こまっていた。
 対照的に――――
「確かに長旅だったみたいだな。肌荒れも目立つが、顔がむくんでいる」
 口の悪い女に対し、アウロスはこれ以上ないほど免疫ができている。
 顔色一つ変えずそう指摘した結果、チャーチの顔が一気に引きつった。
「……小顔が可愛いなんて風潮、ボクには理解できないなー。
 まあ、今のボクはご指摘通り、むくんでるだけだけど。仮にそうじゃなかったと
 しても、別にボクの美を損なう理由にはならないけど」
「確かに。俺も理解できない。重要なのはバランスだからな。何事も」
「そうそう。なんだ話がわかるじゃない、そちらさま。そんじゃ、
 別にいてもいっかなー。ここで追い出してもつまらないし?」
 アウロスと、その遥か年下の少女の間に、火花のようなものでも見えたのか――――
 マルテはカクカクと震え、怯えだした。
「それより何より、大事なのはそこのキミよ。教皇の孫」
「ま、マルテです」
「名前なんてどうでもいいから。教皇の孫、それが重要なの。わかる?
 ボクがキミに求めているのはその一点。その一点だけでも、ボクの結婚相手に
 相応しいって評価してあげるんだから、ありがたく思うことね」
 吐き捨てるような物言いで、チャーチはそんな言葉をマルテへ投げつけた。
「……?」
 当然、マルテは困惑する。
 結婚――――そんな言葉が何の脈絡もなく出て来たのだから。
「何すっとぼけた顔してんの? キミ、もしかしてアホの部類?」
「いやいやいやいや! 何さも僕の方がおかしいように言ってるのさ!
 おかしいのはそっちじゃんか! 結婚? え? 何それ?」
「男女が夫婦となるための誓い、って当たり前の答えが聞きたい訳じゃないね?
 ならボクが答えてあげる。結婚ってのは、お互いを高める契約」
 あどけなさの残る顔立ちの少女が、そんな事をしれっと告げた。
「政略結婚なんてその典型ね。要は得するための契約よ。家族を持つなんてのは
 結婚の形に過ぎない。本質は、それによって得するかどうか。違う?」
「……ち、違うでしょ。っていうか、貴女様は一体何歳なんでしょうか?
 そんな達観ってより荒んだ考え方してる人が年下なんて思いたくないんだけど……」
 すっかり狩られる直前の小動物のようになってしまったマルテの問いに、
 チャーチは心底呆れたという顔で大げさにため息を吐く。
「女性に年齢を聞くなんて……教皇の孫のくせに作法がなってないこと。
 ま、その方がこっちも利用しやすいけど。オホホホ」
 一切喜や楽の感情を乗せず、チャーチは笑う。
 そんな一連のやり取りを、アウロスは特に見ることなく小休止していた。
「ちょっとそこの教皇の孫の使いっぱ」
「違う」
「じゃあ、受付。これなら正解だよね」
 特に否定する理由もないので、アウロスは受付と呼ばれることを受け入れた。
「受付はどう思う? 結婚。ボクの定義、間違ってるって思う?
 家族にはウケが悪いんだよね」
「間違ってはいない。寧ろ、本質を捉えた卓見だろう」
 そんなアウロスの評価に、チャーチは半眼でニマーっと笑う。
「その割に、褒めてる人間の顔してないけど?」
「褒めてはいない。俺の意見を求められたから、答えただけだ」
「あっそ。そちらさま、子供に優しくない大人だね」
「子供に優しい大人なんて、この世には誰一人いない」
 腕組みしながら呟くアウロスに、チャーチは――――初めて楽しげに微笑んだ。
「ふーん……なんか面白いヤツ見つけた、って感じ。もし今回の件がなかったら
 もう少し掘り下げて会話したかったけど、時間ないしなー。んじゃ本題、いい?」
「へ? 僕?」
 コロッと表情を変え、再び皮肉げに笑うチャーチに目を向けられたマルテは
 思わず身体をビクッと震わせた。
 まさに、天敵に睨まれた蛙のように。
「要は、さっきも言ったけど政略結婚なんだよ。教皇の孫と婚約したってなれば、
 ウチの派閥が一気に箔を付けられるでしょ。あ、モチ役目終わったら破棄ね。
 キミが結婚したくなるような男ならともかく、残念! って感じだし」
「失礼だ! アウロスのお兄さん、この人死ぬほど失礼だよ!」
「俺に話を振るな。極力関わり合いになりたくない」
 ただでさえ、別の口の悪い女のことで悩みを一つ抱えているのに、これ以上
 厄介ごとを抱えるのは御免。
 アウロスはマルテを見捨てた。
「そんな! っていうか、派閥って……君、教皇の後継者争いに関与してるの?」
「アホ。今日ここに来てて関与してないヤツがいるかっての」
「う……」
 チャーチの冷めた目に、マルテは胃を押さえながら蹲った。
「ボク、っていうか……ここで寝てるこの腐れかけジジイは、腐っても
 ウェンブリーの元総大司教様。当然、ルンストロム派って訳よ。
 もし第二聖地のウェンブリーから教皇が誕生したら、ウェンブリーが
 第一聖地になる訳だし、得は山ほどあるワケ。わかる?」
 蹲ったマルテに、チャーチは容赦なく詰め寄った。
 チャーチの持論は、極端な意見ではあった。
 教皇のいる場所が第一聖地――――そういう定義は特にない。
 仮にあったとして、ルンストロムが教皇になったとしても、聖地の序列が変わる可能性は低い。
 幾ら国家最大の権力者がウェンブリーから生まれたとしても、ウェンブリーに
 ルンストロムが留まり、そこを拠点とするとは考え難いからだ。
 ただ、全く可能性がない訳ではない。
 教皇の権力をもってすれば、第一聖地と第二聖地を入れ替えることはできないこともない。
 もし、そういう公約をルンストロムが掲示するのであれば、可能性は一気に上がる。
 同時に――――マラカナンの投票者の票を全て失うだろう。
 よって、公約として掲げる可能性は皆無。
 あるとすれば、秘密裏にそういった動きをしているというだけだ。
 尤も、マルテを教皇の孫と知っている時点で、少なからず情報に精通している
 ことは間違いない。
 この少女が果たしてどこまで選挙戦の裏事情を知っているのか――――
「ふふん」
 鼻で笑うその顔には、造形としての幼さはあっても、中身が滲み出た幼さはない。
 一体、どんな環境で育てばこんな少女が生まれるのか。
「気が変わった」
 ポツリと、アウロスがそう漏らす。
「極力関わり合いになりたくないと言ったさっきの発言を取り消す」
 そして、目の前の奇妙な少女の存在価値を、自分の中に認めた。








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