その後も、受付には個性的な面々が次々と現れた。
 二番目にやって来たのは、やはり先程のチトル同様『アクシス・ムンディ』の人間。
 今度は三人組で現れた。
「受付はここでよくて? 随分とみすぼらしい受付ですけど」
 一人は、絵に描いたようなお嬢さま口調の女性。
 緑色に染め上げた髪の毛を、両サイドでお団子結びにして、尻尾を二つ作っている。
 異常な外見と言わざるを得ないが、顔が整っているため奇妙に均衡が保たれている。
「ヘッ、シケてやがんな。次期教皇が集まる面談会場の受付とは思えねえぜ」
 その背後には、長い金髪を後頭部でまとめ、背中に垂らしている吊り目の女性。
 言葉遣いは荒っぽいが、声はハスキーではなく高いためヘンに可愛らしい。
 左頬に斜めに傷が入っている辺りは、護衛組織らしさが出てはいる。
「だからあーし言ったっしょ! 着飾ってこなっくてもいーって!
 また着替えるのチョーめんどーし! めんどーし! キッキッキ!」
 そして最後に、面妖な笑い声をあげるのは――――やはり女性。
 伸ばし尽くした茶色い髪の量がやたら多く、前髪も長いため顔が見えない。
 横のボリュームもかなりのもので、アウロスは思わず大学時代の『毛』を思い出した。
「とりあえず、恐れ入りますがこちらにご署名をお願いします」
「……なんであーしの前に出したし?」
 首を捻りつつも、毛の女版は素直に著名した。
 名前は――――セスナ=ハイドン。
「次」
「……なんかもう用なし、って感じっしょ。イラっとするっしょ」
 特に毛の関係者ではなかったセスナという名の女性の次に記入したのは金髪の女性。
 トゥエンティ、とだけ記した。
「偽名と判明したら後々酷い目に遭いますけど、よろしいですか?」
「ヘッ。やっすい脅ししやがって。おれ様がそんなんでビビるかってーの」
 アウロスの警告に対し、トゥエンティという偽名臭い名前の女性は鼻で笑った。
「わかりました。5歳くらいの子供を集めて毎日お菓子をせがみに行かせますので
 その際には対応をお願い致します」
「な、なんでおれが子供苦手だって知ってんだよ!?」
「あー、僕もなんとなくわかるなあ」
 その手のタイプ、としか言いようがないトゥエンティに、
 マルテもウンウンと頷いていた。
「全く、下々の会話は長くていけませんわね」
 そして最後に緑髪のお嬢さまが記名。
 フェム=リンセスという名らしい。
「ありがとうございました。では所持品の検査を致しますが……」
「なっ! このあたくしが殿方に検査をされると言うのですか!?」
 男が苦手らしい。
「……あくまで所持品検査なので、触れたりはしませんが」
「そ、そうでしたの。あたくしともあろう者が取り乱してしまいましたわ。
 お詫びに舞を一つ」
 咳払いをした後、フェムと名乗る女性は急に優雅に舞い出した。
 奇行かと思いきや、その踊りはまるで風になびく髪のように自然かつしなやか。
 どうやら名のある踊り子のようだ。
「どう? 褒め言葉ならいくらでも受け付けていてよ」
「天才は風と共に現れ、風と共に去りぬ……といったところでしょうか」
「よくってよ、よくってよ! おーっほっほっほ!」
 アウロスの適当な社交辞令に満足したらしく、フェムは風と共に去り
 建物の中へと入っていった。
 他の二人も慌ててそれを追う。
「……あしらい方が上手だよね、お兄さん」
「一応、半分は本当に思ってるんだが」
 そうこう言っている間にも、続々と来客。
『アクシス・ムンディ』の面子以外にも、ロベリアやルンストロムの関係者、
 面談後の会食に招かれているという貴族や富豪など、予想以上の人数が集まった。
 ただ、やはり際立って個性が目立つのは護衛の為にやってきた連中だ。
「クワトロ=パラディーノである。我が守ると決めた時、もう対象者は守られているのだよ」
「ユイって言うにゃ。自然国家ライコフから来たのにゃ。よろしくにゃー」
「全ての基本は中和。中和こそ愛、そして湖。ピート=シュピオーンです」
 順に――――
 オールバックの黒髪がやたら脂ぎっている細身の優男。
 頬に三本の付けヒゲを、両手に拳の4倍はある籠手のような何かを付けた女。
 銀髪を逆立てた、引き締まった身体付きの好青年。
 そんな外見の面々がまとめて記入し、最後に――――
「大体よぉー、この世界にゃ女が多すぎんだよよぉー。なあ、つーかよぉー、お前どう思う?
『アクシス・ムンディ』にゃ5人も女がいるんだぜ? 8人中5人が女の護衛組織って
 異例すぎんだろーがよぉー? ムチャクチャだぜ実際よぉー。女が多い所帯は面倒ごとが
 多くて困るってんだよぉー。女は自分勝手っつーか、人の話聞かねぇからよぉー、
 俺がテキパキ『お前はここ、お前はここ』って護衛エリア指定してんのによぉー、
 現場に来たらまた聞き返すんだぜ? だったら最初に説明したの無駄じゃねえか。
 それを非難したらよぉー、『隊長の話は長いから聞き飽きる』とか意味不明な
 供述始めちゃってよぉー、説明っつーのは懇切丁寧にすれば長くなるに決まってんの
 によぉー、女は自分の感情でしか物言わねぇから、俺がどんだけ合理的に
 説明してやってっかわかってねぇんだよぉー。なあお前どう思う? こんな俺が
 隊長としてまとめていってるこの組織、お前どう思う?」
「恐れ入りますが、こちらにご署名をお願いします」
「……ったくよぉー。受付の兄ちゃんまで人の話聞きやがらねぇとはよぉー。
 俺はホント、ついてねーなぁ」
 ――――最後に、白髪を伸ばし派手なコートに身を包んだ、隊長と名乗る男が
 ダラダラダラダラと愚痴をこぼしながら記名した。
 シャハト=アストロジーという名らしい。
 だがアウロスは、彼を男ラディと心の中で呼ぶ事にした。 
「ったくよぉー。組織の頭ってのは、苦労ばっかりだぜぇ」
 最後までブツブツ言いながらエルアグア協会へと入っていくシャハトの背中を
 マルテはウンザリした顔で眺めていた。
「……なんか、ラディお姉ちゃんの男版って感じだったね」
 考えることはみんな同じらしい。
「でも、これでアクなんたらって組織の人達はもう終わりだよね。
 よかったよー。これでやっと普通の受付ができ……」
 安堵しながら息を吐いていた途中で、マルテは目の前に現れた
 明らかに『まとも』な世界の住人とは言い難い空気をまとう団体に
 身体を硬直させた。
 その隣のアウロスは、逆に瞼を落とし嘆息する。
 知人――――と言えるほどの関係性はないが、見た事のある顔が並んでいたからだ。
 あれは、魔術士殺しの名簿を盗むためにルインと共にウェンブリー教会へと潜入した時のこと。
 司祭のウェンデル=クラスラードに発見され、離脱を試みた際に
 追っ手として二人を追い込んだ面々――――聖輦軍と呼ばれていた、
 教会の特殊部隊6名の姿がそこにあった。
「つーか……見知った顔があるんすけど」
 その中の一人、細目の男が呆けた顔で受付の方を凝視している。
 今更隠れることも不可能と悟り、アウロスはもう一度ため息を吐いた。
「恐れ入りますが、こちらにご署名をお願いします」
「むう……もしや、受付に化けて奇襲、我らを一網打尽にするつもりでは……」
 細目の男の背後から、頭髪に恵まれない男がニュッと顔を出す。
 余りに顔面に力が入っている禿頭の眼力に、アウロスは思わず顔をしかめた。
「化けてないですし、アンタらをどうにかする必要はこっちにはないんで」
「確かに。もう争う理由はないですね」
 今度は鷲鼻の男が前に出てきて、すまし顔で頷いていた。
 彼らの上司だったウェンデルは既に失脚済み。
 当然、部下である彼らも以前の役職にいないのは明らかだ。
「しかし……我ら聖輦軍が失脚した原因を作った男が目の前にいるというのに
 報復すらできぬとは……我らがルンストロム様の護衛を任されるまで名誉を
 回復させるのに、どれほどの時間と労力を費やしたか……だというのに、
 その男の前で頭を下げ記名など……おのれ、なんという屈辱! ぐぬぬぬぬぬ……!」
「最早過去の遺恨。鎮まることが唯一の意地」
 頭髪に恵まれない男の憤怒を、髭面の男が宥め賺す。
 相変わらずむさ苦しい集団だった。
「そんなわけで、もうお前のことは襲ったりしないから、後ろから不意打ちとか
 止めてくれよな。お前の魔術、他で見たことがないから不気味なんだよ」
「……」
 優男が笑顔で、角刈の男が真顔で記名を始めた。
 それに倣い、他の面々も渋々アウロスの前で名を書いていく。
 ちなみに、彼らの名は――――
「おおっ! グオギギ様がおこしになされたぞ!」
「なんと! まさかまだご健在とは……!」
 突然起こった歓声に、受付の周囲にいた全員がその声のほうを向く。
 歓声は、エルアグア協会の入り口手前に止まった、最高級の馬車から出て来た
 老人に対して送られていた。
 ただし、老人は自力で歩行してはいない。
 少女の背中に抱えられている。
 アウロスはその老人の顔は知らなかったが、名前には聞き覚えがあった。
 グオギギ=イェデン。
 齢105。
 ぶっちぎりで世界最高齢の魔術士であり、元ウェンブリーの総大司教でもある翁。
 グランド=ノヴァが表舞台から姿を消したことで、ここ100年のデ・ラ・ペーニャの
 歴史を知る唯一の生き字引として、出身や派閥に関係なく尊敬を集めている人物だ。
 尚、最後に『賢聖』の称号が授与されたのが94年前。
 彼はその時、すでにこの世にいた。
 まさに生きた化石だ。
「どいてどいて! 見ての通り、ボクの高祖父はもう骨と皮だけの
 枯れ葉みたいな生き物なんで、話しかけたり触ったりしないで!」
 自分をボクと呼ぶ人物――――明らかに10代前半と思しき体型の子供は
 グオギギを抱えながら、受付の方に向かってジリジリと歩いていた。
 既に筋肉も脂肪も殆どない老人だからこそ抱えることができているが、
 彼女自身は華奢で力は余りありそうにない。
 白いローブを身にまとい、頭には白いフードを被っていて、
 顔立ちも優しげなので外見はとても清楚。
 だが、高祖父を背負っているためか必死の形相になっており、
 その顔は妙に凶悪に見える。
 なので、男の子か女の子かわからない。
「ふう……やっとこ着いた。この骨皮筋爺、玄孫にメンドーな苦労させないでよ」
 そんな表情にやたら似合った言葉を呟きながら、魔術士最高齢の老人を
 背負った子供は受付の前に立ち、ふーっと息を吐いて――――
「えっと、チャーチ=イェデンとグオギギ=イェデン。以上二名で」
 これまたやたら似合うジト目をアウロスへと向けた。






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