アウロスの策は、本人の予想以上に明確な情報をもたらした。
 ラディの調査によると、ウェンブリーの情報屋であるベリー=ベルベットと
 接触した四人の小間使いの内、一人がロベリア派、そして三人がルンストロム派だった。
 デウス派の人間は接触しなかったようだ。
「つまり、デウス派の人達はロベリアと魔術士殺しの繋がりに
 あまり価値を見出してない、ってことになる」
 エルアグア教会の個室にて、アウロスはラディとマルテ――――
 現時点における味方二人に対し、再度説明会を開いていた。
「くぁ……」
 自分が足を使って入手した調査結果に対し、ラディは然程興味ないらしく、
 欠伸しながら関節を伸ばしている。
 一方――――マルテは片腕を賢明に動かし、メモをとっていた。
 本気でアウロスの力になりたいという意思が、ありありと見て取れる。
 ラディはそんな隣の少年に視線を向け、優しい眼差しで微かに微笑んだ。
「誰が手紙出したんだ、と狼狽えているロベリア派が一名。ただしこいつは
 ロベリアとそこまで深い関係じゃない人物だ。本当にロベリア派でも
 大丈夫なのか、という心配をしているだけの保身に過ぎない」
 つまり、ロベリア派も関心が薄いことがわかる。
 もちろん、両派閥とも警戒心を強めているという可能性もあるし、
 実際にそれが行動の抑制につながっていると見るべきだが、リスクを冒してでも
 ロベリアと魔術士殺しの関係の効力を知りたい、手紙の主を特定したい、
 という意識はないらしい。
 だが、ルンストロム派は違う。
「時間と距離の関係から算出したベリー=ベルベットと接触したと思われる三名は、
 全員が有力なルンストロム派の人物だ。しかもその中の一人は、首都ベルミーロから
 わざわざ足を運んでいる可能性が高い。私用の馬車を使って最短距離で走った場合、
 大体これくらいの時間になる」
「ってことは……えーっと」
 マルテは自分で答えを出そうとしたが、上手くまとめきれていない様子。
「その三人は『大いなる野心を抱きし先鋭なる人物』はルンストロムかも……
 と疑った人たち、ってこと……だよね? だって、ルンストロム派ってことは、
 ルンストロムって人の思惑を知る手紙の差出人が気になるはずだもん」
「正解だ」
「おー、偉い偉い」
 ラディはどうにか理論を組み立てたマルテの頭を撫でた。
 どうも、この年下の少年を撫でるのがラディの最近のマイブームらしい。
「この三人は、ウェンブリーに魔術士殺しがいる、若しくはいた事を知っている。
 ルンストロム派だから当然といえば当然だけどな。ただ、三人が同時に反応を
 示したのは、かなり過剰だ。まして、遠く離れた首都からここまできて
 情報屋に問い合わせをするくらいだ。過敏になってるのは間違いない」
「魔術士殺し、ってのに過敏になってるってこと?」
 マルテの問いに、アウロスはゆっくり頷いた。
「ってことは、対魔術士殺しのためにオートルーリングを入手したがっている
 可能性がある。論文の最終的な着地点がルンストロムになる可能性が……出てきた」
 最もアウロスが知りたかった情報が、ようやく入手できた。
 だが、あくまで可能性。
 ミストはクリオネ=ミラーとロベリアに、それぞれ偽者と本物の
 論文を受け取ってもらう予定だったことは明らかだ。
 その通りに流れ着いた可能性の方が高い。
 しかし、その過程でルンストロムが『横取り』した可能性も出ていた訳だ。
 数奇なことに――――現在、教皇の後継争いを繰り広げている三者の
 いずれにも、アウロスの悲願であるオートルーリングの論文を持っている
 可能性がある、ということになる。
「なんか……面倒なことになってるみたいね」
 ようやく現状を理解できたラディが、呆れ顔でポツリと呟いた通り。
 アウロスが論文を取り返すには、この三候補の内の二人と接触し、
 論文を返してもらわなければならなくなった。
 現時点では、デウスおよびロベリアとはつながりがある。
 デウスに関しては、今すぐにでも会える。
 しかし当然『論文を持っているだろう、返せ』といって素直に返す筈がない。
 デウスはオートルーリングに執着しているのだから。
 或いはロベリアなら、素直に渡してくれるかもしれない。
 フレアを危険な目に遭わせた負い目はあるが、会うことはできる。
 ただしその場合、デウスを完全に敵に回すだろう。
 一度報告なしに接触しようとした時点で、相当危ない橋を渡った。
 にもかかわらずお咎めがないのは、アウロスを手元に置いておきたいからに
 他ならない。
 オートルーリングの使い手であるアウロスを。
 しかし、二度もロベリアと接触すれば、最早敵と見なさざるを得ない。
 そこまでされてお咎めなしでは、デウスの統率力に大きく影を落としかねない。
 それは『王』を目指す人物としては致命的だ。
 二度目はない。
 敵となった相手から論文を奪うのは、不可能に近いだろう。
 ましてデウスは戦いにおいては無敵とさえ言える強さを誇る。
 正面から挑んで、アウロスが勝てる相手ではない。
 よって、現時点でアウロスはデウス、ロベリアの両名から論文を取りもどす術を持たない。
 ならば――――
「……デウスの敵にならずに、ルンストロムと接触する方法を考えよう」
 勿論、ルンストロムと接触するのも、ロベリアと接触するのも、
 本質的には同じ。
 他の次期教皇候補者と接触した時点で敵とみなされる。
 だが――――前科がある為にかなり警戒されているロベリアとの接触とは
 違い、ルンストロムとの接触はまだ可能性がある。
 ウェンブリーにいるルンストロムと直接接触するのは不可能。
 それ以前に、論文はルンストロムの手元にあるとは考えにくい。
 論文は、ここマラカナンに流通しているのだから。
 もしルンストロムが入手したがっているとしても、現時点ではマラカナンの
 ルンストロム派の誰かが入手ののち、自分で保持しているだろう。
 或いは――――ベリー=ベルベットと接触した三人の中の誰かかもしれない。
「じゃ、じゃあ……その三人と会うの?」
 アウロスの説明が一通り終わったところで、恐る恐るマルテが訪ねる。
 三人。
 そして、ここにいるのも三人。
 手分けすれば、一度で済む――――そう思い、自分が頭数に入っていると
 勝手に判断してテンパっている様子が、アウロスには手に取るようにわかった。
「心配しなくても、お前に直接連中の家を訪ねさせるつもりはない。
 そもそも、俺もそんな不毛なことはやらない」
「そりゃま、そーよね。直接『論文持ってる?』とか聞かないだろうし、
 当然そこは駆け引きで情報引き出すわけだし。ロス君か私くらい弁が立たないと」
「……お前も頭数に入ってないんだが」
「ぬぁにーっ!? 乱心だ! ロス君ご乱心!」
 自分に対する信頼度が低いと思ったらしく、アウロスじゃなくラディ本人が乱心した。
「生憎、俺が訪ねても同じだ。それに、デウスだってバカじゃない。そんな動きしたら
 一発で敵認定されるに決まってるだろ」
「それもそうだよね……でも、だったらどうするのさ」
「機を待つしかない」
 マルテに対し、アウロスは堂々とそう告げた。
 無論、楽観視しての発言ではない。
「今俺には『エルアグア教会へ送り込まれたロベリアからの間者』って
 潜在的な肩書きがある。もっと言えば『デウスの敵となる萌芽』だな。
 もちろん、デウスの用意したシナリオ内での話だが」
 デウスがエルアグア教会に切り捨てられない為の作戦。
 アウロスはその一翼を担っている。
 当然、その翼を指示通り羽ばたかせる必要はどこにもない。
 アウロスはデウスの味方ではないのだから。
「この立場を利用すれば、いつか必ずルンストロム派と対峙する。
 そこで論文を持っているかどうか、確認できるはずだ。
 手紙の主は自分だ、と明かせば食いついてくる」
「あー……成程ねー。そのための手紙でもあったの」
 単に論文を持っているかどうかの確認なら、それこそカマかけでも出来る。
 だが、カマかけは成功するかどうかは相手の胆力次第。
 もし軽くいなせる相手だと分が悪い。
 しかし事前に怪文書とはいえ手紙という形で布石を打っていれば、
 食いつき方は全く違ってくる。
 何より、自然な流れで交渉ができる。
 これはかなり重要なことだ。
 アウロスが多方面に出した手紙には『論文を所持しているかどうかを把握する』
 だけではなく、『交渉の席につかせる為の布石』でもあった。
「けど、その『いつか』って、いつ来るのさ」
「わからないから、いつかなんだよ。それまで待てばいいだけの話だ」
 マルテの懸念にアウロスが説いたのは――――忍耐。
「待つのは得意だから、問題ない」
 地下の牢獄にずっと閉じ込められたり、大学内で不遇な扱いを受けていたアウロスは、
 耐え忍ぶことに慣れていた。
「最後に顔向けできれば、それでいい」
「……誰に?」
 その問いには答えず――――アウロスは説明会を終了した。








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