翌日――――
「……」
「……」
「……」
「……」
 四方教会の拠点に戻ったアウロスを待っていたのは、覇気のない8つの目。
 大黒柱を失った――――いや、概念そのものを失った組織の末路だった。
 そこに同じ物を提供できるような力は、アウロスにはない。
 元より、そのつもりもなかった。
 何故なら、アウロスにとって、四方教会の復活は特に関心事ではないからだ。
「で、アウロっち。オレっちたち、これから何をすればいいのさ?」
 辛うじて、やさぐれた物言いでトリスティが展開を促す。
 とはいえ、それも『滞った状況を動かそう』という意思ではなく、
 持て余した時間を埋める為の催促。
 この中で一番子供のトリスティは、この中で一番、その時間が苦痛なだけ。
 そこまでを確認した後、アウロスは第一声をあげた。
「代表代理として、これからのあんた等の行動を説明する。
 目的はマルテ奪回。失敗はあいつの命を危険に晒す可能性もあるから、集中するように」
 事務的に告げるアウロスに、8つの目がそれぞれ異なる形へと変わっていく。
 共通しているのは――――希望の光。
「それは御主人様の手伝いをするという事なのですか!?」
「えっ!? そうなの!? オレっちたち、師匠に見捨てられたんじゃないの!?」
「察するに、君はお師と接触し、お師の指示を受けている。そうじゃないか?」
 ティア、トリスティ、デクステラの3人が、同時に身を乗り出し、アウロスに迫ってくる。
 サニアだけは変わらずぼーっとしているが、それでも視線の向きは他の3人と重なっていた。
「……デウスがどうして一時的にここを抜けたのか、少し考えればわかる事だろ。
 見捨てられたと判断するのは感情的過ぎる」
「それは、その通りだ。ティアの動揺が我々にも伝染したのかもしれない。
 お師が我々を見放す訳がないのだから」
「なっ……私の所為ではありません! 私は沈黙を守っていただけで、
 取り乱していたのはトリスティじゃないですか!」
「えーっ? オレっちはみんな暗かったから、少しでも明るくしようって思って……」
 今度はデクステラ、ティア、トリスティの順に、責任をなすりつける。
 ただ、それは活気が戻った証拠。
 デウスの存在は、彼らにとって活力そのものだと、アウロスは再認識した。
 それは、ぼーっとしているサニアも例外ではない。
 態度も表情も変わらないが、視線だけは熱を帯びている。
「……ちょっと黙って貰えるか」
 ただ、活気がありすぎるのも考えもの。
 アウロスは耳を塞ぎたい気分で顔をしかめ、沈黙を促す。
「……済まない。少し気が緩んでしまった」
「いえ。それじゃ、待望のデウスの指示を発表するんで」
 その後、嘆息は敢えて胸に残し、説明に取りかかった。
 
 マルテ誘拐事件――――
 そう題名を付けるべきこの騒動における注視点は4つ。
 まず、『誰が誘拐したのか』。
 次に『何の目的で』誘拐したのか。
 更に『何処に』監禁されているのか』。
 そして、『デウスが一時的にとはいえ四方教会を離脱した理由』。
 
 最後の理由は、実に単純だ。
 四方教会は、曲がりなりにも『アランテス教会を倒し、この国を治める』という
 目的を持った組織。
 公的ではないが、一定の認知と波及力を有している。
 もし、その代表たる人物が、『マルテ奪回の為に四方教会を動かした』となれば、
 公私混同となる事は言うまでもない。
 デウスが、自分の子供を助ける事を優先させ、行動するという事は、
 今後この組織を運営していく上で、大きな足枷になる。
 組織の代表ともなれば、行動には常に影響力がある。
 そのままで息子を助ける事は困難という判断は、自然であり、妥当だ。

 ただ、アウロスは他の可能性もほぼ確信していた。
 デウスは部下に真実を伝えていない。
 子供がいる事だけでなく、『デウスが教皇の子供』という事も。
 言えば、『結局はアランテス教会の身内、回し者――――と思われる』等という
 心配は、デウスがする筈もない。
 真実を明かさない理由が気遣いだという可能性は、この場合考慮すべきではない。
 デウスは、この国の覇者を目指す人物なのだから。
 アウロスの頭の中には、ミストの歪んだ笑顔が映っていた。
 あの大学での経験で、ハッキリ理解した事。
『上を目指す人間は、梯子を使って人生を登っている』
 常に踏み台を見ながら進んでいるという事だ。
 そこに躊躇はない。
 気遣いなど、ある筈がない。
 デウスは常に、自分の目的の為に他人があると考えるタイプ。
 なら、沈黙もまた、その行動理念は目的に起因するという考えが極めて妥当だ。
 素性を明かさない理由。
 それは――――いつか袂を分かった時の情報漏洩を防ぐ為。
 情報は『デウスが教会の子供だ』という事に限らない。
 あらゆる重要な情報が、部下には伝えられていないと考えるべきだ。
 事実、本来なら誘拐の後に必ず届く『脅迫状』が、この四方教会には届いていない。
 当然だ。
 ロベリアがそうしたように、極めて重要な手紙はデウスのみが閲覧できるような
 システムになっているのだから。
 既に、彼がその脅迫状を持っている事は明白。
 デウスがロベリアの元を訪れたのは、裏を取るだけのことに過ぎない。
 マルテの居場所は、とうにわかっている筈だ。
 しかしそれは、四方教会の他のメンバーに知らされる事なく、現在に至っている。

 アウロスは確信していた。
 この『一時的な離脱』は、一時的ではないと。
 デウスを盲目的に慕っているこの目の前の4人は、最初からデウスの眼中にはない、と。
 それは、ミストとの戦いを経て身につけた嗅覚。
 今、この空間は、かつてのミスト研究室の状況と少し似てた。
 尤も、アウロスはミストの事を全面的に信頼していた訳ではなかったが。
「それじゃ、作戦を伝える」
 この確信を、アウロスは口にはしなかった。
 する理由がない。
 アウロスが『デウスはアンタ達を裏切るつもりだ』と言ったところで、
 誰も信じる筈がない。
 今しがた、それを確認したばかりだ。
 つまり、告発は無意味。
 そもそも、それをする義理もない。
 ただ――――

『なんで、戦争なんてしたんだろうね』
  
 そう漏らしたマルテに、アウロスは責任を感じていた。
 自分と接点を持った事で、危機的状況に陥ったのかもしれない。
 そもそも、あの戦争に自分が参加した事で、何かがマルテの周りに影響したかもしれない。
 いずれも客観的に見て、無意味に近い責任。
 それでも、アウロスはマルテを助ける事を密かに誓っていた。
「マルテを拉致したのは、グランド=ノヴァの一派と断定。放置するのは四方教会の
 沽券に関わる為、総力をあげて奪還する。決行日は――――」 

 

 

 第一聖地マラカナンには、他の聖地以上に数多くの教会が存在する。
 アランテス教会の総本山として君臨する、皇帝の住処『オリンピコ大聖堂』
 をはじめ、『トラッフォード大聖堂』、『メアッツァ聖堂』、『スタンフォード教会』
 など、世界的に有名な教会も複数あり、世界各国から巡礼者を招き入れている。
 そして、『エルアグア教会』もまた、その中の一つ。
 日中は、ひっきりなしに巡礼者が訪れ、その美しい様式に頭を垂れる。
 だが――――夜間となると、まるで違う顔を覗かせる。
 静寂に包まれたその空間は、異質な何かがそこにあって、その影響で病的な空気が
 生まれていると錯覚するほど、一種異様な空気が漂っていた。
「……ふぅ」
 雰囲気に耐えられなくなったのか、ティアが吐息を漏らす。
 その隣にいるのは、アウロスだけ。
 2人1組での侵入――――それが、デウスの掲げた『マルテ奪回作戦』の大前提だった。
 夜間の侵入調査は、必ずしも定石ではない。
 寧ろ、昼間の方が隙は多い。
 しかし、それは組織にもよるし、建物の性質にもよる。
 教会の場合、巡礼者が多くいる昼間は、ある程度の緊張感をもって警戒されている。
 この施設に関しては、夜間の方が侵入しやすい。
 事実、アウロスと四方教会の面々は、容易く教会内に侵入する事が出来た。
 そしてこの後、デウスの提唱した作戦では、以下のように行動する予定となっている。

 現在、教会内に侵入しているのは、デウス他、アウロス&ティア、サニア&トリスティ。
 デクステラは、教会の周辺で待機している。
 彼は『逃げ道』を作る為の布石だ。
 そして、侵入組の仕事は、主に2つ。
 1つは『マルテの探索』。
 そしてもう1つは『状況への対応』。
 後者はかなり広義を含んでいる。
 例えば、自分達がマルテを確保した場合、それを他の連中がわかるような合図を
 何かしらの方法で出し、更にマルテと共に教会外へと逃げなければならない。
 他の誰かがマルテを見つけた場合は、それを把握次第、速やかに離脱。
 場合によっては、戦闘の可能性もある。
 更にもっと言えば、他の仲間を逃がす為の囮となる必要もあるかもしれない。
 この作戦においての最優先事項は『マルテの奪回』となっている。
 ティアやデクステラは、この事に異を唱える事はなかったが、
 トリスティはやや不満げだった。
 年の近いマルテが妙に贔屓にされているのが気にくわない、言わんばかりの。
 代表の息子なのだから、当然の事――――とは割り切れない年代だ。
 ただ、組織として、この件は不可解に思うべきではある。
 本来優先されるべきは『四方教会の利益と存続』。
 マルテさえ無事ならいい、というのは、この条件とは符合しない。
 だが、この作戦自体、マルテを奪回する為のものであって、マルテ奪回が
 最優先事項というのは、一応の筋は通っている。
 そうでなければ、そもそも奪回する意味すらないのだから。
 だからこそ、異を唱え難い。
 デウスの作戦は、巧妙だった。
 それは組み合わせにも現れている。
 2人1組は、侵入調査を行う上では基本中の基本。
 ただ、誰と誰が組むという統合要項に対しても、デウスは自由を与えずにいた。
 アウロスとティアを組ませたのには、当然明確な意図が見える。
 ティアの得意とする黄魔術は、合図を送りやすい魔術だ。
 それはサニアの赤魔術も同じだ。
 一方、トリスティの青魔術は、足止めしたり、敵の行動を防いだりする術には
 長けているものの、遠方に合図を送るような魔術は余りない。
 その意味では、妥当な組み合わせと言える。
 しかし、それだけではない。
「遅いですよ。早く来て下さい、エルガーデン様」
「……はあ」
 純粋な体力。
 アウロス、トリスティは、それが余りない。
 一方、ティアとサニアは身体能力も高い。
『マルテを発見した際、場合によってはどちらかが背負う必要がある』という事を
 加味した上での組み合わせだった。
「私達は2階の担当です。早く階段を上がって下さい、エルガーデン様」
「そのわざとらしい呼称、止めて貰えると助かるんだけど」
「気に留める必要はありません、エルガーデン様。これは決して敬意の現れではありませんから」
 ティアの返答に、アウロスは何となく、かつて自分に向けて毒舌の限りを尽くしていた女性を思い出した。
 近頃、やけにその機会が多い事を自覚する。
 そして、それが自然だという事も自覚していた。
「……この状況で顔を緩ませる神経がわかりかねます」
 極めて冷たいティアの言葉に、アウロスは心中で思わず苦笑し――――
 2階へ続く階段を上りきった。


 






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