自動、高速のルーリング。
 未知の戦略。
 高い戦闘優位性。

 デウスは、それを求めた訳ではない。
 オートルーリングそのものを、求めた。
 つまり――――元から、オートルーリングの存在を知っていた。
 アウロスの質問は、それを問うものだった。
「やはり、俺の慧眼は確かだったな」
 それは、事実上の肯定だった。
「アランテス教会を探らせている情報屋が、以前話していた事だ。
 ウェンブリーの教会幹部が、奇妙なルーリングを使用する大学の魔術士に
 身も心もボロボロにされ、兄弟共々左遷された。そして、ウェンブリーの
 別の幹部が、そのルーリングの生みの親と接触を持ち、技術の独占を目論んでいる……と」
「生みの親……ね」
 それがミストを指している事は明白。 
 尤も、デウスがその事実を知る筈もなく、当然そこには『アウロスが教会の幹部と接触している』
 という憶測が成り立つ。

 つまり――――

「俺が教会と太い繋がりを持っている、と思ってた訳か」
 それこそが、四方教会にアウロスが招かれた理由。
 そして、固執された理由。
 結論を付けるには、十分な内容だった。
「そういう事だ。そして、俺がここにいる理由はわかるな?」
 ゆっくりと、デウスが立ち上がる。
「俺はマルテを助けなければならない。だが、連中……教会との取引に応じれば、
 今後四方教会の活動、勢力拡大は絶望的だ。それが連中の狙いだからな」
「だから、先にマルテの居場所を突き止めて、実力行使で取り戻す」
「そうだ。その為に、動きが制限される四方教会代表の座を降りた。
 四方教会は俺が作った組織だが、俺が絶対条件の組織ではない。
 俺の理念が残存してさえいれば、それは四方教会だ」

 意味するのは――――無理してまで戻る必要はない、という事。

 それは、他の四方教会の面々の願望を完全否定する言葉だった。
「……なんで、息子がいる事を黙ってた? マルテを保護した時点で
 自分の子供だって言えばよかっただろ」
「子供がいると知れば、俺の信念が子供によってグラつく可能性があると
 思われるかもしれない。それによって、一枚岩の四方教会そのものがグラつくのは
 避けたかった。結果的に、そうなってしまったがな」
 自嘲気味に笑い、デウスはアウロスの席へと近付いて来る。
「お前が教会関係者と密接な繋がりがある……そう思っていたからこそ、
 お前の行動を逐一、部下に見張らせていた。お前が利用していた、俺の情報網に関しても同じだ。
 尤も、簡単に尻尾を出すタマじゃない、というのは直ぐにわかったがな」
「元より、尻尾なんか持ってない。人間だからな」
「そうかもしれん。だが、違う可能性もある。枢機卿の娘とも、仲良くしているみたいだしな」
 デウスの目が、テーブルの上に顔を乗せて眠るフレアに向けられる。
「お前が野心を持ち、アランテス教会への入会を目論んでいるのならば、
 その娘は最高の縁故となることは間違いない」
「……だから、敢えてコイツを拠点に置いたのか? 俺を試す為に?」
 半眼で問うアウロスに、デウスは薄く微笑む。
 会話や行動の多くが罠であり、駆け引き。
 それが、四方教会における日常だった。
「で、仮に俺が教会と繋がりのある人間だったとしたら、どうするつもりだったんだ?」
「当然、最大限利用する。丸め込めるなら丸め込み、情報を吐かせる。知っている事全部だ」
「けど、それを見極める前に、マルテが誘拐された。俺を疑ってるのか?」
 それこそが、デウスがここにいる理由――――アウロスはそう解釈していた。
 だが、その指摘に対し、デウスは表情を変えず、首を横に振る。
「お前は俺と似ている部分もあるが、悪行には徹する事ができない。
 もしそれができるなら、とっくに四方教会を離れているだろう。
 つまり、お前はマルテの誘拐とは関係がない。教会との癒着までは否定できんがな」
 その解析は、極めて妥当性の高いものだった。

 ならば、何故失踪していたデウスがこの場に現れたのか――――

 残る理由は、一つしかない。
「まさか、目的はこいつ……?」
 アウロスが、半眼でラディを指差す。
「そうだ。お前はこの件には関与していない。枢機卿の娘も、誘拐後に姿を消す事なく
 お前の周りをウロチョロしている時点で、無関係。俺の情報網も、今のところ
 マルテの居場所を特定する事はできていない。だから、別の可能性を模索した。
 お前がアランテス教会に取り入ろうとしているのであれば、雇う情報屋は当然、
 教会の情報に明るいという事になる。今回の誘拐の件について、知っている可能性は、十分ある」

 ここで――――ようやく、デウスの目的がはっきりした。

 それを受け、アウロスは心中でほくそ笑む。
 勿論、デウスの推論は、『アウロスが教会と癒着している』という誤認識が前提。
 実際には、それはミストであって、アウロスではない。
 その事実を突きつける事は容易かったが――――
「……なら、条件がある。こっちの質問に答えてくれたら、お前の望み通り、
 この悠久のバカ情報屋に協力させる」
「誰が悠久のバカだーっ! 勝手にヘンなの追加すんな!」
 寝たフリをしていたラディがガバっと起き上がる。
 それに然したる驚きは見せず、デウスはアウロス達が囲むテーブルに手を置き、
 じっとラディに熱い視線を向けた。
「美しい」
「……へ?」
「まさか、こんな所に貴女のような美の女神がいるとは。悠久のバカ情報屋……
 それは貴女の為の二つ名とは言い難い。絢爛の情報屋とすべきだ」
「な、な、な」
 突然の、デウスの歯の浮くような言葉に、ラディは明らかに動揺していた。
 褒められ慣れていない事の証。
 アウロスは呆れつつ、頬杖を付いた。
「で、条件は呑むのか?」
「無論だ。こちらのリクエストは、この美しい情報屋の耳にも届いていただろう。
 そっちの質問とやらを受け付ける」
 照れるでもなく、ただただ狼狽えるラディを尻目に、アウロスは
 暫し瞑目し、頭の中を整理した。
「……ラディ。あの論文発表会の席で、俺と対立した教会の幹部の名前、調べてるか?」
「はえ? あ、あー……ちょっと待って。確かチェックしてたから。えっと……」
 ようやく我に返ったラディは、荷物からメモ帳を取り出し、パラパラ捲った。
「あった。ミハリク=マッカ司教」
「流石。いい仕事するな」
「そ、そんな!? こんな素直にロス君に褒められるなんて……」
 明らかに、デウスの褒め言葉の時とは違うリアクションで驚きを表現する
 ラディから早々に視線を外し、アウロスはデウスと向き合った。
「ミハリクってのは、ウェンブリーの司教だ。かなり高い位だから、
 お前なら知ってるだろう。枢機卿と旧知の仲って事は、アランテス教会の
 かなり深い所に足を突っ込んでた筈だからな」
「御名答」
「そのミハリクが所属してる派閥の長は、誰だ? 当然、このマラカナンの誰かだと思うが」
 その質問に対し、デウスは笑みを消し、アウロスを睨むように眺める。

 暫しの沈黙が続き――――

「グランド・ノヴァ。言わずと知れた、最高齢の首座大司教だ。尤も、今は活動できる年齢ではない。
 実権は、ミラー姉弟の姉、クリオネが握っている」
「その連中と、一番露骨に敵対している派閥は?」
「そこにいる娘の父親だ」
 つまり――――枢機卿ロベリア=カーディナリス。
 アウロスはその答えに満足し、一つ大きく頷いた。
 もし、アウロスが立てた仮説が正しいなら。
 偽の論文の行き着く人物は、クリオネ・ミラー。
 本物の論文を受け取る人物は、ロベリアという事になる。
 アランテス教会で上を目指すなら、ウェンブリーの教会だけではなく、
 第一聖地マラカナンの人脈も築いておかなければならない。
 そして、ミストなら、それを早急にやる。
 アウロスは、そう読んでいた。
「了解。それじゃラディ、この男前の質問に答えてやれ」
「……私の意思は? ってか、交換条件の時点で、私何にも得してないんだけど」
「さっき奢ったろ。前払いだ」
「え!? あれってそういう事だったの!?」
 勿論、そんな筈がなかった。
「うう……でも超美味しかったし……ま、いっか。で、何を聞きたいのかね、ロス君の新しい上司さん」
「ああ。依頼したいのは、俺の息子、マルテを拉致した連中の事だ。恐らくは
 ロベリアの差し金だと思うが……奴等の足取りを知りたい。
 拉致を目撃した奴等は、口を封じられている。ロベリアが有事に利用している
 隠れ家的な施設はないか、調べてくれ」
 そんな依頼に対し。
「あー、無理。私、教会にはコネないし。全然無理」
 ペラペラて手を振りつつ、当然と言えば当然の答えが返ってくる。
「……」
 デウスの際立って整った顔が、恐ろしく無表情になる中――――
 アウロスは次に起こすべき行動について、あれこれと模索していた。









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