その後、暫し昔話に花を咲かせる――――等という事もなく。
「じゃ、取り敢えず論文の流れそうなルートを検索かけてみましょ。
 一週間くらい時間くれる?」
「出来るのか? 結構難しいみたいだけど」
「任せなさいって。人間関係以外なら、このラディさんは無敵。
 そこらの情報屋が出来ないからって、私に出来ないなんて言わせない。
 人間関係以外はカンペキなんだから」
「それ、情報屋には割と必要な所だろ……」
「兎に角! 任せろったら任せろ。私がお金稼がないといけない理由、知ってるでしょ?」
 それは、それなりに説得力のある言葉。
 舌を出しながら席を立つラディを、アウロスは口元を抑えながら見送った。
 何気に――――この展開は、ある程度の予測は出来ていた。
 幾つかの独自調査の中に、アウロスは一つ、論文関係以外の『他の件』を含めていた。

『自分を知る情報屋がいたら、連れてきて欲しい』

 つまりは、『一度慣れ親しんだ相手との、再結成』。
 その目的は、取り敢えず達成された。
 自分がそう望んでいた事は、意地でも教える気はないが――――

「ま、仕事に関しては信頼してるさ。前々から、な」
「……あ、そう」
 矜持を擽られ、ラディは照れた。

 と、そんなこんなで――――
 アウロスは三度、粘着質な情報網を得た。
 

 

 最高の形とは行かなかったものの、目的の一つを果たしたアウロスは、
 一定の満足感を糧に、仕事に励んだ。
 すなわち、古書の収集。
 これに関して、デウスは『反体制組織の失敗の歴史を知る為』と述懐していた。
 しかし――――それを明かしておきながら、その記述に限定した書物を……
 というリクエストはしていない。
 変わらず、『古書』という広い指定のままで集めさせている。
 不可解、という訳ではない。
 つまりは、別の理由が存在している、というだけの事。
 それをアウロスが知る術はないが、いずれにせよ、デウスが味方すら欺き、
 王への道を邁進している事は、間違いなかった。
 それは、かつての上司の姿と重なる。

 以前、アウロスは大きな失態を犯した。
 長年追いかけた目標が目前に迫った事で、舞い上がり、リスク管理を怠った。
 その結果、足下をすくわれた。
 無論、ミストが『辞めろ』と言えば、直ぐに辞めなければならない立場にはあったが、
 それを言わせない方法は幾らでもあったし、実際そこに辿り着くまではそうして来た。
 アウロスは自覚する。
 自分の心の中の何処かに、甘えがあった事を。
『今の自分を切る事は、ミストには出来ない』と安易に決めつけていた事を。
 今度は、その失敗は許されない。
 信頼というのは、得る事も非常に難しく、取り返す事も難題だが、
 自分がそれを寄与するという事も、同様に困難を極める。
 それを間違えた為に、アウロスは今、こうして窮地に立たされている。
 だからこそ、既に信頼を寄せているラディが現れた事は、僥倖だった。

 同時に、課題も浮き彫りとなった。
 デウスが果たして、信頼を寄せて良い人物なのか、否か。
 デウス以外の四方教会の面々はどうか。
 それこそが、今のアウロスにとって、最も重要、且つ厄介な課題だった。

「御協力ありがとうございます」
 そんな事を考えながら、20冊強の古書を譲ってくれた
 民家に住む老人に、深々と頭を下げる。
 一冊一冊は、然程分厚くもない本なので、重くはない。
 ただ、それが何十冊もとなってくると、アウロスの体力では
 中々運搬が難しくなって来る。
 既に50冊以上を数えるその荷物を、大きめの革袋に入れ、
 紐を手にし、背負う形で担いでみた。
「……」
 トリスティと二等分した前回時より、重い。
 集め過ぎた事を後悔しつつ、アウロスは顔を終始しかめながら、
 重い足取りで辻馬車の停留場を目指した。
 寒冷地でありながら、吹き出てくる汗の量は、尋常ではない。
 身体も徐々に悲鳴を上げて行く。
 それでもアウロスは、歩き続けた。
 今までそうしてきたように。
 一人で、黙々と――――
「半分寄越せ」
 不意に、肩に担いだ革袋が、何者かによって奪われる。
 既に握力が弱っていた為、紐もスルリと手から抜け落ちた。
 奪った本人は、その前の声と口調で、想像は付いていた。
 それでも、半信半疑で振り向いたそこには、やはりフレアがいた。
「……何のつもりだ?」
 訝しがる余裕すらなく、ただ純粋に疑問を投げかけたアウロスに、
 フレアは目を合せる事もせず、自分の荷物入れに古書を無造作に入れる。
 その仕草からも、余り器用な人間ではない事がわかった。
 無論、アウロス本人も、同じ性質ではあった。
「見てられない。見苦しい」
「それは……否定できないけど」
「だから、持ってやる」
 不器用な分、この上なく明快。
 その点は、アウロスとは真逆だった。
 同じ性質でも、目的や環境、立場が違えば、人はここまで違ってくる。
 疲労困憊ながら、アウロスは苦笑したい気分に駆られた。
「……ま、いいか」
「何がだ」
「アウロス=エルガーデンは荷物持ちもロクに出来ない虚弱な男。
 そう父親に報告されても別にいいか、って言ったんだ」
「……」
 そのアウロスの言葉に、フレアは驚きこそ見せなかったが、
 古書を入れる手を止めた。
「なんで、私が監視してる事がわかった」
「お前の立場上、俺に付きまとう理由は他にないだろ。ま……監視役らしい行動を
 一切排除した斬新さが邪魔した分、わかり難かったけどな」
 しかも、それを狙ってやった訳ではない、という点がこの上なく厄介だった。

 フレアという人物の、行動理念。
 父に迷惑をかけたくない。
 仲間に認められたい。
 フレアという人物の、特徴。
 世間知らず。
 行き当たりばったり。
 そして――――行動的。
 そこから導き出される答えは一つしかなかったが、その一つを確信できたのは、
 今この瞬間だった。
「ちなみに、監視役は自分が監視してる事を相手にバラしちゃ、絶対ダメだ」
「……それくらいはわかってる。私からはバラしてない」
「認めてもダメだ。同じ事」
 そんな当たり前の事を教えざるを得ない、そんな女の子だった。

 ただ。
 もし、人を信じるなら。
 もう一度、最初から信じるのなら。
 こんな人間だろうな――――と、そんな事をアウロスは考えていた。
 そして。
 それが、邪念となった。
「……!」
 何かの衝撃が、頭を貫通するかのような勢いで突き抜ける。
 次の瞬間、意識が急激に薄れていった。
「……ダメ……だ……!」
 心中でそう叫び、必死に収束しそうな自我をかき集める。
 ここで気を失えば、あらゆる事を『し損じる』。
 この衝撃は、何によってもたらされたのか。
 誰がそれを実行したのか。
 それを見極める事が、この状況下における最優先事項。
 自分の身に起こった事の確認を、自分の身より優先しなければならない。
「なに……?」
 ここで、フレアがようやくアウロスの変調に気付く。
 それは、この衝撃の実行者が、フレアではない事を意味した。
 アウロスは、どうにか保ち続ける意識の中で、安堵する。
 自分でも、意外な感情だった。
 それが結果的に、刺激となったのか――――アウロスの意識は途絶える事なく、
 ギリギリのところで踏み留まった。

 しかし、その代償は大きい。
「痛っ……!」
 本来は、意識を遮断する事で、どうにか受け入れる事の出来る痛み。
 その自然の法則に逆らった事で、その激痛をアウロスはそのまま感じてしまう。
 それは、頭が割れるような痛みだった。
「おい、どうした。何があった」
 そうフレアに問われても、返答する余裕すらない。
 それでもアウロスは、強引に瞼を開け、薄い目で周囲を見渡した。
 だが――――見えない。
 視界がぼやけてしまっている。
「フレア!」
「な、なんだ」
 突然名前を呼ばれた事に、フレアは動揺を隠せなかった。
 だが、その事をとやかく言う余裕も、アウロスにはない。
「周囲を見渡せ! 誰か怪しい人間がいないか、確認しろ!」
「怪しい……?」
 そう返しつつも、フレアは直ぐに周囲に目を向けた。
 命令される事には、慣れている。
 そういう対応だった。
「こっちを見てる町民はいる……けど、怪しい訳じゃない。逃げてる人間もいない」
「……良い報告だ」
 世間知らずなだけで、頭が悪い訳ではない。
 その事が、この襲撃事件の唯一の収穫――――そう諦めかけた、その時。
「お前、頭、焦げてるぞ」
「何……?」
 改めて、アウロスは自分の左側頭部に手を置き、髪の一部が妙に縮れている事に気付いた。
 それが、何を意味するのか。
「……雷撃、か」
 現在、天気は晴れ。
 つまり、魔術以外はあり得ないという事。
 更に言えば――――死ぬ程の威力ではない魔術。
「お前、魔術士に怨みでも買ってるのか」
「まあな」
 様々な可能性を模索しつつ、その全てが厄介ごとに繋がっている事を
 確認し、アウロスはゆっくりと頭を垂れた。







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