少年は走った。ひたすら、ただひたすらに走った。
  自分の速度が増せば、それだけ周りの景色は見え難くなる。
  承知の上だった。視界から消え、後ろへ流れて行くものに未練はなかった。
  決意の日、少年は誓いを立てた。
  奇跡を起こしたり、神に祈ったりはしない。
  やれる事をやる――――そして、やり遂げる。
  アウロス=エルガーデンの名前を世界に刻む。後世に残す。
  それだけをやる。
  その為に必要な事だけをやる。
  アウロス=エルガーデンと名乗る。
  魔術士の資格を取る。
  研究員になる。
  オートルーリングのシステムを構築する。
  それを世に広める。
  その為だけに生きると、決めた。
  それからは、様々な闇が訪問してくるようになった。
  偽善、自己満足、押付け――――自分の中から沸いて出る声。
  無能、場違い、不良品――――自分の外から漏れて来る声。
  そして、それら全てが事実であると言う現実。
  毎日のように削られる精神は、直ぐに限界を通達して来た。
  少年は考えた。そして最も楽な方法を選んだ。
  名前だけでなく、自分そのものを摩り替えた。
  人の人生を借り生きるのは、かなり楽だった。
  自分を客観的に見る事が出来る。どこまでも無茶出来るし磨耗しない。卑怯な生き方だった。
  誰が責めるでもない。咎めるでもない。本人にはもうその力がない。本当に卑怯な生き方だった。
  少年は常に思う。これで良いのか、これは彼の為になる事なのか、と。
  アウロス=エルガーデンは喜んでくれるのか、と。
  逡巡は標準化され、脳の一部となった。
  一年、二年と経つ間、身体の成長に比例して大きくなった。
  内なる声は日増しに高まる。
  お前は何をやっているのだ?
  そんな事で彼が喜ぶと本当に思っているのか?
  誰が褒めるでもない目標に意味などあるのか?
  本当は――――早く楽になりたいんじゃないのか?
  少年に頷くだけの強さはなかった。
  認める事も出来なかった。
  初めての友達の為に。
  初めての対等な他人の為に。
  初めての温もりの為に。
  少年は、それだけを胸に生きていたかった。
  そうある事が自分の望みだと信じていたかった。
  涙を流す事も、笑う事も、殆どなかった。
  不必要な感動は出来るだけ処分した。
  人として得られる喜びは大抵破棄した。
  唯々、がんばった。
  そして、少年が少年ではなくなった頃――――

『喜ぶんじゃないの?』

  護るべきものが増えていた。




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