(驚いた……いや、必然か)
  幾ら貴族とは言え、そう簡単に女性を自分達の地位に招き入れる程、他の総大司教達は
 寛容ではない――――リジルの発言には、ミストの持つ認識を肯定する成分が含まれていた。
 ある意味、死神を狩る者の親が死神に取り憑かれていると言っても過言ではない。
(皮肉ではあるが、同時に救いでもある、か)
 思想を一通り紡ぎ終えると、ミストは次に自らの身の振り方について再考する。
(となると、連中がここで総大司教……いや、彼女を糾弾した所で無意味。それどころか、素晴らしく
 精巧な疑似餌に釣られて吊るし上げられるのは目に見えている)
  構図は単純だった。総大司教と言う地位にいる人間は、その傘に入っている者を除けば、
 基本的には邪魔な障害でしかない。何事にも派閥はあるが、教会はその最たる例。
 よって、自身の上司以外の権力者は排除の対象だ。
 つまり、現在の構図は、かつてミスト自身が教授の地位を得る為に行って来た事と
 そのまま重ねる事が出来る。
  しかし――――教会は大学ほど甘くはない。
(距離を置く必要がある、か)
  ミストの決断は早かった。何が自分の目標にとって最適か――――それを見極める能力こそが、
 彼の凄まじいまでの誇りを満たす唯一の手段であった。迷いなどある筈もない。
「どうやら貴様もその子供とグルのようだが……ミスト教授の発表を邪魔し、場を混乱させるのが
 目的である事は明白。自ら退場する意思がないのなら、この私が捕らえてやろう」
  そんなミストの思考など知る由もなく、未だに自らの脚本を有効だと信じて疑わないミハリクは
  未だに動けない一人の部下は放置し、残りの一人に目配せをする。
 老人にとって、武力行使は好みの手法らしい。
「お待ち下さい」
  それを諌めるミストの声に、ミハリクの顔が緩む。無論、そこに敵意など微塵も感じてはいない。
 まるで恋人に良い所を見せたい若者のような、年齢に似つかわしくない不細工な顔だった。
「ミスト教授……ここは私に任せられよ。何、こう見えてもまだまだ若い者に遅れを取りはせん」
「いえ。貴方にお任せする謂れはございません」
  明らかな拒絶を示すその発言に、老人の顔色が変わる。
 この手のタイプは、一度気に入った人間が離れると執拗なまでに追い詰めるのだろう――――
 そんな事を考えながら、ミストは言葉を待った。
「……どう言うつもりだ、若造」
「私はこのような状況になるとは知りませんでした。それは、神のみぞ知る事であって、
 私のような若輩者には啓示の一つも聞こえて来なかったからです」
  陳腐な憤怒に対し、敢えて言葉を包み込んで返す。状況を把握しきれない聴衆は
 完全に置いて行かれていた。
「神の御意思に従わない背徳者に未来などないぞ?」
「一つ知恵を授けましょう、御老人」
  ミストの顔は何処までも冷ややかだった。
「神にも序列があるのです」



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