完全に裏をかかれた格好のアウロスは、悠然と見下ろして来るミストの目をただ眺めるしか
 なかった。
(参ったな。まさか解雇しておきながら名前を残しているとは)
  しかもアウロスの謀反を読んで、その理由に必要な順列に配置していた。
 完全にミストの掌の上で踊らされた格好だ。
  今回の仕掛けはそれ自体は読まれて然るべきものだった。アウロスの反撃の機会はこの場しか
 ない。この発表会が最後の抵抗の舞台である事は余りに必然だったし、寧ろそれを読んで貰い、
 この席を設けて貰う事で成り立つ構図だった。しかし、結果的に手の内まで読まれていた。
  アウロスは、マスターが三十代に拘っている理由をようやく理解した。
  三十代は肉体こそ衰え始めるものの、精神面では野心と勢いと落ち着きと柔軟さが最も優れた
 バランスで成り立っている、最高の状態と言っても過言ではない時期だ。それを目の当たりにし、
 アウロスは表情を変えずにいるのが精一杯だった。
「あの……どうしましょう、か?」
「本来は、私が事前に処理する問題でしたが……手間を掛けさせて申し訳ありませんが、
 退場を促して頂けませんか?」
 本人にその意思を確認させる事すらせずに、ミストは静かに、丁寧に牙を剥く。
 何か策は――――動揺や狼狽を必死で抑えながらこの場に留まる術を模索していたその時。
「ではその役目、私が承りましょう」
 聴衆席にいた老人が挙手した。アウロスはその人物と一切面識がないが、その豪華な出で立ちから教会の上位者である事は容易に判断できた。
「アウロス=エルガーデン。上司に対する不満、私怨をこのような崇高な場に持ち込むなど、
 誇り高き魔術士の風上にも置けぬ振る舞い。速やかに退場なされよ。さもなくば……」
  その老人の右に座っていた標準体型の若者が、少し大きめの虫を見つけた子供と同じ目で
 近付いて来る。アウロスはその方に顔を向けつつ、視線はミストに向けた。その表情からは
 窺い知れないが、彼の性質を二年近く見て来たアウロスには、この状況までを計算しての
 一連の流れであると言う主張が見えた。
「力ずくで――――」
  課せられた自分の『役目』を果たせる。そんな歓喜にも似た声が耳の届く中、アウロスは
 指輪を光らせた。ここでこの部屋を追い出されたならば、もう扉は二度と開かない。
 抵抗は必然。
 なら、どのように――――?
(大したプレゼン能力だな、全く……)
  切羽詰ったアウロスがこの場でオートルーリングを使用し、抵抗する。
  そして、その効果を聴衆全員が感嘆と驚愕を交えて見守る。
  この上ないデモンストレーションだ。
「出て行って……え?」
  アウロスはミストに視線を残したまま編綴した。その指には、研究の結晶は嵌められていない。
 何処にでもある普通の指輪型の魔具から放たれた光が指を包み、十一の文字が宙に並ぶ。
 生まれたのは――――蛇に似た形の影だった。
「うおっ!?」
  机と人が高密度で並ぶ場所において、編綴の速度より早く数メートルの距離を縮められる人間は
 まずいない。蛇の影は床を這い、アウロスを追い出そうと近付いて来た男の足を正確に捉えた。
「ぐっ……これは……」
  魔術に束縛され動けなくなった男からアウロスは視線を切り、それをミストに向ける。
「……」
  表情は何処までも変わらない。まるで変える事を恐れているかのように、自然な反応すら
 見せない。アウロスの知る上で、ミストがこのような状態になるのは、自分の思い通りに
 事が進んでいない時だった。
「な、何だ今のは!?」
「見た事ないぞ、あんな魔術!」
  突然の魔術による攻撃がこの日一番の喧騒を生む。アウロスは僅かに滲み出た勝機に
 沸き立つ気力を半ば強引に抑えながら、努めて冷静に口を開いた。
「静かに」
  その効果は十分だった。
  たかだか十代の研究員、それもこの場では狼藉者に等しい人物であるにも拘らず、
 アウロスの一声は強制力を発揮した。静まり返る会場で、その中心に位置するアウロスは
 動けない魔術士を指し、高らかに吼えた。
「今この方が私に言った言葉。『魔術士の風上にも置けぬ』。これは誤りです」
  そして、ある意味奥の手として保存して来た事実を躊躇なく述べる。
「私は魔術士ではありません。既にその資格は剥奪されています。この【ヴィオロー魔術大学】で。
 調べて貰えれば直ぐにわかります」
  この宣言は諸刃の剣だった。これによって、アウロスには本当に後がなくなった。
 魔術士でない事が公になった以上、何処であっても魔術の研究において次はない。
 退路は完全に断たれた。
「おかしな話だと思いませんか? 私は魔術士でもないし、技術者でもありません。
 それなのに何故、ミスト教授の論文に著者の一人として名前が載っているのでしょうか?」
  後は進むしかない。アウロスにとって賭けと言っても良い攻撃が、ミストへと突き付けられた。
「あの、時間が……」
「良いじゃないですか。興味深い論争になって来ましたし」
  司会役の男を制したのは、この場における最高権力者の総大司教だった。何か考えが
 あっての事なのか、単純な興味本位なのかは定かではないが、アウロスにとっては追い風だ。
「折角ですもの、お続けになっても良いのでは?」
「はっ」
  会場は、完全に発表会の色を消した。



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