(……!)
  聞き覚えのある声。自分の柔らかい部分に直接触れてくる、そんな声。
  数十種類のスパイスを使った料理のように、聴衆席のルインの顔は複雑極まりない表情になった。
  アウロスの隣にいる人間。それは――――
「総大司教……と言うよりも、彼女は……」
  出入り口に最も近い席に座っていた男――――リジルがポツリと漏らす。総大司教の入室後に
 この場に赴き、まだその事実を知らないでいた周りの人間も、その声に反応を示し、
 周囲が再びざわめき始めた。
「驚きましたね。まさか彼女がこんな所に来ているとは。貴女が便宜を?」
「……」
  ルインは首を横に振った。
「となると、御自身で、と言う事ですか。成程、僕との取引を断る筈ですよ。僕よりも遥かに有力な
 相手が既に傍らにいるのなら、僕と組む理由はない。本当にあの人はいつも予想の斜め上を行く」
  リジルの感心に満ちた声の一方で、ルインの表情は晴れない。どうして良いのか、何を
 思えば良いのかすらわからないと言った顔で、アウロスの隣にいる人物を見ていた。
「御気持ちはお察しします。こんな状況で母親と再会と言うのは、色々と複雑ですよね」
「母親……? お前総大司教の娘だってのか?」
「……」
  空気を読まないラインハルトの不躾な質問は、すでにざわめきが強くなっている事もあり、
 周りの人間には聞こえていなかった。
「これで戦局は一変しました。彼女が後ろ盾として控えているとなると、ミスト教授はおろか、
 彼と仲良くしているあちらの方々も容易に介入が出来ない。尤も、あの老人が仕掛けた可能性も
 ありますが……」
  リジルが視線で差した方には、ミハリク司教が厳しい表情で待機している。その顔からは
 推測以上のものを汲み取る事はできない。老獪と言う言葉が相応しい程に。
「とは言え、彼女が味方に付いたとなると、周りの人間はアウロスさんの発言を真実と信じて
 疑わないでしょう。あの存在にはそれだけの意味がある。俄然有利な立場になりました」
  その視線を、今度はミストに移す。相変わらず余裕のある表情のまま、静かに総大司教の方を
 眺めている。
「どう対応しますかね、あの人は」
  リジルの言葉は、何処か楽し気だった。



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