(成程。そう来たか……)
  声にならない笑みで目尻を下げながら、ミストは応えを整理し始める。
  アウロスの質問は、本来自分自身で隠した痛点を容赦なく突き刺して来た。
 生物兵器と言う言葉を使わない事、呼称を変える事で余計な摩擦を抑える効果がある。
 それはミストも一定の理解を示した理論だった。だが、中には目聡くそれに気が付き、
 指摘する人間も必ずいる。その応えに関しては当然用意してある。
 この件に関しては大した怪我にはならない。
  問題は――――まだ発表者が説明していないにも拘らず、内容を把握していなければ
 出来ないような質問をした、と言う所にあった。
  そこには明確な意図が見える。自分はこの論文を知っている、
 この研究内容を把握している――――そう訴えているのだ。
(生物兵器と言う言葉のインパクトで聴衆を引き付け、最も訴えるべき事項に
 耳を傾けさせる……か。相変わらず年齢に不相応な奴だ)
  ミストは苦笑しつつ、聴衆席を見渡した。その中には知った顔が幾つもある。
 同業者、取引相手……そして、自分の部下や元捕虜もいる。
(あいつらの中の誰かにそれを指摘させれば、尚更真実味が増す。恐らくは仕掛けてくるだろう。
 尤も……)
  更には、かつての仲間に視線を向ける。特に動きを見せない中で浮かべる不敵な笑みは、
 苛立ちへの反発。自分の思い通りに事が進んでいない時にリジルが良くする表情だった。
(てっきりアウロスに付くとばかり思っていたが……こちらも相変わらず掴めない男だ)
  ミストとリジルが出会ったのは、今から九年近く前――――ガーナッツ戦争の真っ只中だった。
 臨戦魔術士として戦場に赴いたミストと、相反する血の流れに翻弄されて我を失いかけていた
 リジル。彼らは特に仲が良い訳ではなかったが、最も近い人間である事は共通認識として
 持っていた。魔術士としての強烈な誇りを持つ男と魔術士を嫌悪する男の相性が良い筈は
 ないのだが、結局の所、今尚場合によっては手を組む事もある。
 腐れ縁、切っても切れない関係と言う言葉が相応しい間柄だった。
(と……回顧に浸っている場合ではないな)
  アウロスの知り合いが動く気配は今の所ない。
 ミストはそれを確認し、自身の予め用意した答えを言語中枢に送った。
「お答えし――――」
「あら? 変ねえ」
  その声が、女性のか細い声に遮られる。音量や声質ではない。
 力とも違う。
 ミスト自身の認識が、自らの言葉を留めた。
「どうしてこの方は発表する前の論文の中身をご存知なのかしら?」
  ミストの警戒していたその言葉は、総大司教によって放たれた。



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