挙手した刹那、その周辺から喧騒が発生する。
 当然だった。説明を始める前に質問するなど、マナー違反と言う以前に嫌がらせと受け取られて
 然るべき行為。即刻退場を宣告されてもおかしくない愚行に他ならない。
「き、君! 非常識ですよ!」
  司会進行役の男がヒステリックに叫ぶのも当然の行為と言える。
 アウロスはそれに若干の謝罪の念を抱きつつも、決然と無視した。
「答えられませんか? ミスト教授」
  出来るだけ声を抑え、それでいて攻撃的に。露骨な挑発はミストの好みではない。
 悠然と、何処か人を喰ったような、それでいて言葉だけは丁寧に。
「退場しなさい! ここは君のような人間が来る所ではない!」
「どうですか?」
  そんなアウロスの挑発に、ミストは――――教授室にいる時の笑みをそのまま浮かべた。
「……良いでしょう。答えますよ」
「ミスト教授!」
「私は構いません。彼に質問の権限を」
「ありがとうございます」
  有無を言わさず礼を言う。司会役の男の面目は丸潰れだが、それを気にする余裕など
 アウロスにある筈もなかった。
「【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】。これが貴方の研究論文のテーマでしたね」
「ええ」
「その原理についての説明より前に、まずお聞かせ願いたい。何故この研究を選んだのですか?」
  周辺の異様なざわめきを放置したまま、アウロスの質問は続く。
「ここにいる皆さんもご承知の通り、この研究は一攫千金論文と呼ばれています。まともな研究では
 食べていけない研究者が起死回生を目論んでこの研究に手を出し、結果的に誰もが羽ペンを
 机に置いた……そう言う研究です。何故、二十代で教授になった程の才能を持つ貴方が
 この研究を行う必要があったのか、是非お聞かせ願えますか」
  喧騒が――――徐々に消えて行く。アウロスの質問は周りの人間の好奇心を擽ったようで、
 それまでアウロスを胡散臭そうに眺めていた聴衆が、ミストの方にその視線を移していた。
「御説明しましょう」
  それを自覚したのか、わかり易くはっきりとした口調でミストが説明を始めた。
「 一攫千金論文……確かに一部ではそう呼ばれています。落ち零れの行く末だと揶揄されている
 事も承知しています。有能な先人達が誰一人として完成させる事の出来なかった研究ですから、
 誰しもが挑む前に諦める。そして、そんな自分を正当化する為に、挑戦する心を否定し、
 中傷する。この研究に限らず、或いは魔術の研究だけに限らず、あらゆる分野の研究において
 必ず存在する悪しき習慣でしょう」
  一つ区切る。結論を言う際に必要な間だ。
「私はそんな研究者の病巣とも言うべき習慣を、排除したい。それが第一の動機です」
「第二の動機は?」
「前衛術において、時間と精度は最も重要な因子です。敵を目の前にして戦う上で、どれだけ早く、
 そして正確に魔術を編綴出来るか……その永遠とも言える課題の答えが、この研究の中にある。
 前衛術を専攻する人間なら、魔術士としての力を飛躍的に高める事が出来るこの研究に
 惹かれない筈がない」
  ミストの間髪入れない回答に、アウロスは思わず内心で眉をひそめる。あくまで内心なので、
 表面に現れる事はない。
「以上ですか?」
「ええ。以上です」
  ミストの表情を窺いつつ、再び口を開く。
「ならば、更に質問します」
「君!」
「構いませんよ」
  明らかに度を越したアウロスの要求を制止する声が上がる中、ミストは穏やかにそれを許可した。
「しかし、時間が……」
「説明は時間内に終わらせます。それで問題はないでしょう」
「む……」
「御気遣い、感謝します」
  自分に対する心遣いと言う訳ではないと承知しつつ、ミストが深々と頭を垂れる。
 この動作で場が落ち着きを見せた。
「ありがとうございます。では質問を続けます」
  静寂の中、アウロスの声が響く。
「研究者としての良識と魔術士としての誇り。それがこの研究に没頭する理由だったと言う事
 ですが、それならば、何故……」
 そして、意図的な間で時間を作り、演出を試みた。
「この研究に生物兵器を用いたのですか?」
  その効果かどうかは定かではないが――――講義室全体がその言葉に引き寄せられ、
 息を潜めた。
「無論、完成させる為にそれが必要だったと言えばそれまでです。しかし、大量生産出来る素材を
 用いなければ、別の方法はあったでしょう。何故敢えて魔術士にとって禁忌とも言えるその技術を
 用いたのですか?」
  アウロスの声が、室内の熱を巻き込むように宙を泳いだ。



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