【第三十五回 魔術学会前衛術研究論文発表会 会場】
  発表会を前日に控え、【ヴィオロー魔術大学】はその会場設営に追われていた。
  論文の発表の為にこの大学を訪れる魔術士の数は、実に二百超えると言われている。
 聴衆や役員、魔術学会関係者などを含めればその数は更に上積みされる。よって、
 下見に訪れる人数もかなり多く、局地的に人口密度が跳ね上がると言う状態になっていた。
【ウェンブリー魔術学院大学】と【ヴィオロー魔術大学】を比較した場合、その殆どの要素で
 前者が勝る。しかし、大学としての格、職員の実績、学生の質、卒業生の社会的貢献度、
 施設の充実度、衛生状態などと言った部門では見劣りする【ヴィオロー魔術大学】にも、
 大きな特徴と呼べる部分がある。
  それは――――棟の数。
  数打ちゃ当たるを実践したかどうかは定かではないが、多くの学生と研究員を募る為に
 十年程前に改築工事を行い、分野毎に棟を建築すると言うかなりブルジョア仕様な改革に
 打って出たのだ。
  尤も、十年経った今もその成果が数字として現れる気配はなく、支出の増加に実績が
 追い付いていないのが現状だ。とは言え、多人数を収容出来る大学と言うのは論文発表会
 などの大掛かりなイベントには重宝されるので、その際に生じる利益が大学の運営費を
 かなり幇助しているのは想像に難くない。
「まあ、その恩恵もあって俺はここに入れたんだろうけどな」
  目の前に広がるかつての学び舎に、アウロスは特別な感慨を持たずにはいられなかった。
  無論、全ての建築物に対して思い入れがある訳ではない。そもそも、思い入れと言う点
 では、つい最近まで所属していた【ウェンブリー魔術学院大学】の方が強い。アウロスにとって
 この場所は、人間関係に関する知識及び忍耐力の養成所だった。
「しっかしまあ、無駄に建物多いよね。取り敢えず学食のレベルを試すには何処行けば
 良いんだか」
「女のレベルも微妙だな。才女ってのは中々お目に掛かれないから期待してたんだがな」
  後ろに控える俗物二名の呟きを無視し、前衛術科のある西棟と目指す。敷地内にある
 建築物の数は十を超え、研究施設だけでも東西南北に四つ、更に学生の使用する講義室
 専用の棟も同じ数だけある。建築物を結ぶ道は公道と同等の整備をされており、常灯や
 景観の為の植物も設置されていて、まるで街中を歩いているような錯覚すら感じさせる。
「すごー……」
  そんな人工物の充実っぷりは完全に放置し、ラディは大学に集った人々の様相に目を
 向けていた。そこには混沌と言う言葉が相応しい程に様々な格好の魔術士で溢れかえって
 おり、中には明らかに発表会とは縁のない夜の匂いのする衣服に身を包む者までいる。
「愛人のお披露目会でもあるんかね」
「あんた、ナンパが目的なんでしょ? 行っちゃえば? そして玉砕して死ねば?」
「……ちょくちょく感じてたんだが、お前さん、俺の事嫌いだろ」
「えー? まさかー。だって知り合ってまだちょっとしか経ってないじゃーん」
  ラディの砕いて砕いて粉々にしたかのような物言いに血管を浮き上がらせて言葉にならない
 咆哮を続けるラインハルトを背に、アウロスは西棟に入った。
  外面だけは良いこの大学の本質そのままに、建築物の内部は荒んでいる――――
 そんなアウロスの記憶とは裏腹に、前衛術科の研究棟は清潔さで潤っていた。
「当然と言えば当然だが……体裁を取り繕うって行為は、外から見てると予想以上に
 恥ずかしいもんなんだな」
「はい?」
「何でもない。と言うか、お前ら何時まで付いて来るんだ……って、ラインハルトはいないのか」
「ハルハルなら人外の言葉を並べ立てた挙句どっか行ったよ」
「あんま苛めてやるな。あれでも一応俺の命の恩人なんだ」
「でもそんなの関係ないし」
「……」
  講義用の棟は全て一階建てで、一部屋一部屋がかなり広い。明日の発表会に備え、
 入り口の前には案内用の張り紙が、室内にはタイムスケジュールを記した紙が
 張られてある。アウロスは全ての部屋に入り、その紙を確認した。
「これ全部発表者?」
「ああ」
  学食や購買部のある建物の中で一息付きながら、アウロスは説明を始める。
「発表者は自分に割り当てられた時間帯でのみ発表する事が出来る。発表の時間も
 決められてて、それを過ぎると受賞の資格がなくなるってシステムだ」
「賞って?」
「優秀な研究に対しては、魔術学会の御偉方が御褒美をくれるんだよ。最優秀賞とか
 新人賞とか色々ある。賞を取れば、その研究は凄いって周りから認識されるし、学会の
 後押しも受けられる」
「つまり、金になると」
  頼んだ肉料理が来た事もあり、ラディのテンションは妙に上がっていた。
「間違ってはいないな。実際、その為に金を積む魔術士も多い。回収出来る保障があるからだ」
「怖い怖い」
  ラディは口の端を歪ませながら肩を竦めた。
「んで、下見ってこれで終わり?」
「いや。寧ろこれからだな」
  届いた生パスタ(特注)を噛み締めるように食しながら、ニヤリと笑う。
「……ってか、そこまでパスタに拘る意味あるの?」
「ほっとけ」
  そして、同情の視線を受け流しつつ、静かに告げた。
「最後の仕事、やってみる気はあるか?」
「えー? 最後に一回! 一回だけで良いから! ……とかそう言うノリ?」
「良くわからんが、やる気ないならお前の師匠にでも頼むけど」
「冗談だって。やるって。仕事超募集中だって」
  ラディはいつも仕事を欲している。それはつまり、身体を治す為に必要となるであろう資金を
 少しでも多く欲していると言う事だ。その割には肉ばかり頼んで食費を圧迫しているが。
「……もしかして、物質代謝を期待してる、とか」
「何言ってんの?」
  アウロスは自分の深読み癖を呪いつつ、依頼内容について述べた。
「了解。大海原に乗ったつもりで任せといて」
「乗れるものなら乗ってみたいが……ん?」
  アウロスの半眼に、通行人の一人が留まる。その顔には仮面が被られていた。
「どったの?」
(まあ、来るって言ってたしな。でも……)
  雑踏の中に消えて行ったその残像に、アウロスは何故か違和感を覚えていた。



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