デ・ラ・ペーニャの北部に位置する沿岸都市【ボルハ】は、やたら活気に溢れかえっていた。
 面積はウェンブリーの半分で、人口は四分の一。決して小さな都市ではないが、
 年に二度ある祭りの時を除けば、そこまで賑やかな地域とは言えない。
 水産業や造船業を中心とした、牧歌的な雰囲気の都市である。
  とは言え、祭りの時がそうであるように、何かしらのイベントが行われる場合は
 大都市よりも張り切る人間が多く、中には『それはどうだろう』と見てて顔を覆いたくなるような
 浮かれっぷりを如何なく披露する者もいる。
 そんな人間が店など構えていた日には、目も当てられないような門構えになる事に何ら
 障害などある筈もなく、通行人は苦笑と冷笑を抑えきれないだろう。
「……ははは」
  そして、アウロスもまた、その一人だった。
  街の片隅で静かに営まれている酒場【スコール】は、ケバケバしい極彩色で塗りたくられた
 看板でその名を燦然と紹介している。その下では天使をモチーフとした石像が入店を
 促すように立っているが、その一つには首がなく、微妙に地獄絵図の様相を呈している。
 そして、店の前に立て掛けられたスタンドボードには――――
『あの二十代教授ミスト=シュロスベルからスカウトされた金の卵の魔術士、
 略すとえらい事になる凄い魔術士が勤めていた酒場だよ! さあ、寄ってらっしゃい!』
 ――――と、異常なまでの達筆で書かれていた。
「変わった……お店だね……」
「って言うか、終わってるよね」
「終わってんな」
  同行者3名から恩人が非難された事に対し、アウロスはオートルーリング仕様の魔術により
 スタンドボードを粉々に砕く事で同意を示した。
「にしても、出席者のウォルトはともかく何でお前らまで同行してるんだ? 今更言うのも何だが」
  ボードの破片を蹴飛ばしつつ、観光気分ありありのラインハルト(指名手配犯)と
 眼前のケバい看板を嘆息交じりに眺めるラディに問う。
「お前が何をしでかすのか見届けようと思ってな」
「私は別件の用もあるし、ついでに」
「別件?」
「まあ、直ぐわかると思うけど……」
「あれ? え? ええっ?」
  ラディの言葉が終わる前に扉が開き、ハゲでヒゲな強面の男が出て来た。
「アッ……アッ……アーーーッ!」
「落ち着け。年相応に」
「アウロスくうん! その口の悪さもアウロスくうん! どうしたんだい!? 辛くなって
 帰って来ちゃったのかい!? ああ、どうしよう、そんなにボクを慕ってくれるのは嬉しいけど、
 ここは心を鬼にして追い返した方が愛情って話もあるし、でもそんな仕打ちに打ちひしがれて
 孤独死したら夜に化けて来られそうだし……ボクはお化けや幽霊なんて信じないけど、
 そんな不確定な存在なんて認めないけど、でももしかしたらと言う疑念に苛まれて
 寝不足になっても嫌だし。ああっ、どうしよう!?」
「師匠、落ち着け」
  自分の親の失態を他人に見られた子供のような目でラディが諭す。
「師匠……?」
  その言葉にアウロスが怪訝な顔をする中、師匠と呼ばれたハゲヒゲマスターは
 ラディの方を見るや否や、借金を作って逃げた子供を見るような目になった。
 それは、アウロスの記憶の中にいる温厚な彼とは違う、別の顔だった。
「あれ? グラディウスくん。何でいるの?」
「何でいるとか言うな! って、ああっ!? 今私の本名言った!? これまで情報屋の威厳に
 懸けてひた隠しに隠してた私の本名をサラっと言いやがったか!?」
「だってグラディウスくんはグラディウスくんじゃないか! グラディウスくん以外にどう呼べば
 良いかなんてボクにはわからないよ! 大体何ヶ月か前に会ってる弟子に会っても
 感慨とかないよ! ぶっちゃけどうでも良いよ! それより今はアウロスくんとの再会に
 浸るべきだと思うんだよ! 邪魔しないでくれよ!」
「んにゃにぃ!? 言うに事欠いて私がどうでも良いですって!? この泣く子も笑う
 白馬の情報屋ラディアンス=ルマーニュを捕まえてどうでも良いったーどうゆう了見だコラ!
 表出ろや!今日と言う今日は実年齢を自覚させてやっから!」
「既に表だよ! って言うかこっちだって上等だっ! 今日と言う今日は
 その空気ヨメナイヨメナイ病を治してやるから、覚悟――――」
  面倒臭いやり取りの間、アウロスはウォルトとラインハルトに耳を塞ぐようジェスチャーで
 促し、音だけやたら大きいが殺傷力は皆無と言うパーティー用の魔術を自動編綴した。
『ぎゃあああっ!?』
  師弟もろとも心臓発作になりかねない勢いで卒倒する中、アウロスはその屍を
 ひょいと跨いで、かつて慣れ親しんだ酒場の中に入った。
「俺の使ってた部屋、まだ空いてるかな……」
「い、良いの? 二人とも白目向いてるけど」
「ほっとけ。けたたましい事この上ねーし」
  ラインハルトが吐き捨てる中、仲良く伸びている二人は10分ほど外気に晒されていた。


「……改めて紹介。以前世話になった、酒屋の中年」
「チャオ=フルーライド三十代です。さっきは色々と申し訳ありませんでした」
  一度意識を失った事で冷静さを折り戻したマスターは、年齢相応の口調で深々と頭を下げた。
  現在、時刻は昼の三時。子供がおやつを食べる時間と言うくらいなので、酒場には
 人気がない。アウロスは勝手知ったるかつての職場で飲み物を物色しつつ、今の自分の
 知り合いがその場所に集うこの状況を不思議な感覚で眺めていた。
「お友達連れて来るのなら手紙で知らせてくれれば良いのに。君はいつも一人だったから、
 予想出来なくて吃驚したよ」
「そう言う問題じゃないと思うが……それより、そこの女と師弟関係があるってのは本当……
 だな。そう言や良く似てる」
「どこがよ!」
「空気を読めない所だ」
  一点の曇りもない目でそう指摘され、ラディは怯んだ。
「くっ……ああもう、折角顔出したってのにケンカになるわ本名バレるわ……
 やってらんねーっすよホント」
「良いじゃねーか別に本名知られるくらい」
  アウロスの出したノンアルコールの良くわからない飲み物をガブ飲みするラインハルトを、
 ラディがキッと睨み付ける。
「バカ言ってんじゃないよ! 情報屋が本名知られるってどんだけ情けないって思ってんの!」
「そうだよ。ボクなら氷に頭ぶつけて自ら死を選ぶね」
「あんたの所為だろがあああっ!」
  ラディは本気で泣いていた。
「で、突然の帰省にはちゃんと理由があるんだろう? 聞くよ」
「この辺の自浄作用は年の功だな」
  感心しながら、アウロスはこれまでの経緯をコンパクトに説明した。
「……大変だったんだねえ」
「さっきのあんたの世迷言もあながち的外れじゃないってのがな……まあそんな訳で、
 2日ばかり泊めてくれ。出来れば全員」
「良いよ。部屋なら十分あるからね」
  酒場は宿屋を兼ねている所が多い。この【スコール】もその一つなので、4人が
 寝泊りするくらい何の問題もない。
「ありがとうございます。助かります」
「世話になるぜ、オッサン」
  明らかに金を払う気がない2人の感謝の意に対し、マスターは若干表情を暗くした。
「それにしても、あのアウロスくんがお友達を連れてくる日が来るなんてねえ……ボクは
 嬉しいよ。あとは馬鹿弟子以外の親しい女性を紹介して貰えたら言う事ないねえ。
 何時死んでも良いくらいだよ」
  感慨深げなマスターの言葉に、ラディの毒針のような笑みが零れる。
「それなら明日には死ねるんじゃない?」
「……え?」
「言ったからには実現して貰うからね。ふっふっふ……こんなに早く酒場を一つ持てるなんて
 ビューティフルラッキー♪」
「え? ちょっ……ボク死ぬの? え? ボク死んでこの駄目弟子に店継がせなきゃならないの?」
「知らん」
 取り敢えず、宿は決まった。


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