ルインに自身の過去を話した『アウロスではないがアウロスと名乗る誰かさん』は、
 ウォルトにも全てを打ち明けた。以前彼の過去の話を聞いているだけに、自分だけ……
 と言うのは少々気が引けたからだ。
  ウォルトは時折驚いた顔こそ覗かせたが、基本的には静かにアウロスではないが
 アウロスと名乗る誰かさんの話を聞いていた。
「それじゃ、君の事はこれまで通りアウロス君と呼んで良いのかな?」
「ああ。それで頼む」
  アウロスではないがアウロスと名乗る誰かさんは、どこか安堵した面持ちで頷いた。
  そしてそれに伴い、【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】
 の第二次研究チームが発足。夜の実験室にて最初のミーティングが行われた。
  ウォルトはこれまで通り、オートルーリング仕様の魔具の研究を。
  新たに加わったルインは、アウロスではないがアウロスと名乗る誰かさんの怪我が
 癒えるまでの実験等のサポート。
  そして、アウロスではないがアウロスと名乗る誰かさんは、アウロスと言う友達の名前を
 後世に残す為、かつてアウロスと言う友達が提案したテーマをアウロスと名乗り続けて
 研究する傍ら、魔具の材料である金属【メルクリウス】と生物兵器【ノクトーン】の大量生産
 及び受注が可能な業者を探す事となった。
「……わかり難いね、これだと」
「じゃ、整理する」
  アウロスはがんばる事にした。
「ところでルイン、俺はお前にどう協力すれば良い?」
「取り敢えず、怪我が治るまでは保留。その後は馬車馬の如くこき使うから心配は無用」
「……心配だ」
  不安げに冷や汗を流すアウロスの横で、ウォルトも同じような表情をしていた。
 魔女と言われるルインの評判は彼の耳にも届いており、その評判に違わず異様に
 話し掛け辛い空気をまとっていたからだ。
「ええと、ウォルト=ベンゲルです。魔具科の人間ですが、その、宜しくお願いします」
「……」
  意を決して放った渾身の自己紹介は無残にも放置された。
「あの……目も合わせてくれないんだけど」
「これでも大分温和になった方なんだ。俺なんて石化睨みや地獄の二択などで
 威嚇されまくったから」
「悪質な風評を流さないで頂戴」
  ほぼ事実だったが、ルインは不満げだった。
  そして話題は逃げられた情報屋の穴埋めへ。
「ミスト教授から新しい人を紹介して貰うのは?」
「難しいかな。情報が筒抜けになる可能性が高い」
「え? だって君の上司でしょ? 筒抜けになったって……」
「彼の立場をわかっていないのね」
  気まぐれルインが割り込んで来た。
「ミストは二十代で教授になる為に様々な布石を打って来た。彼を拾ったのもその一つ。
 ミストが教授になった今、彼の立場は安泰ではないの」
「ま、自分の身は自分で守らないとな。この論文が完成すればミスト教授の得る利も大きい。
 が、完成が極めて困難だと判断した場合、若しくは俺自身に必要性を感じなくなった時、
 躊躇なく俺を切るだろう。あの男にはそれが出来る」
  ミストの帝王じみた顔をバックに、アウロスは断言した。 
「つまり、今後の状況次第ではミスト教授に知られたくない事項も出てくる、と言う事なのかな」
「さすが理解が早い」
  満足気に頷き、続ける。
「ある意味、この論文の最大の敵はミスト教授だ。あの男が不要と言えば、その瞬間
 俺は全てを失う。他に手を回して俺から研究者の道を閉ざす事だって出来る」
「そこまでする必要性をミストが感じるかどうかは別にして、ね」
  ルインの補足はアウロスのやる気を軽く削いだ。
「それにしても、ラディさんはどうして辞めたんだろう。心当たりはないんだよね?」
「ああ」
  もしラディが留まっていれば、ギルドに所属しておきながらギルドを介さないと言う特殊な
 彼女の情報収集能力は大きな武器になった。安価でフットワークも軽く、何よりも金銭に
 固執する姿勢がアウロスにとって有り難かった。それを失ったのは何気にかなり痛い。
「理由か……どうだろ。良くわからないな」
「それなら、私の問いに『はい』『いいえ』だけで答えなさい」
  ルインの口から久々に地獄の二択が放たれた!
「雇用者の執拗な嫌がらせが許容範囲を超え、女性差別涅槃寂静撤廃委員会に
 訴える為に旅立ったのか。雇用者の余りの傍若無人振りが我慢の限度を超え、
 暴君放伐徹底殉教委員会に報告する為離れていったのか」
「……」
「好きな方を選びなさい」
「まあ、死を意味しなくなっただけマシなのか、これでも」
「え? 死……?」
  ウォルトは思いっきり引いていた。
「と言うか、そんな委員会存在するのか?」
「ええ。普通に」
「普通じゃないだろ……」
「情報に関しては、私がある程度フォロー出来ると思うけれど」
  アウロスの白い目を完全無視したルインは、唐突にそんな提案をして来た。
「出来るのか?」
「私を誰だと思って?」
  その答えを5通り程脳内で舞わせた結果、全てが喉元で灰になった。
「……まあ、考えてみる」
「どうぞ御自由に」
  他人事のような物言いに、ルインの照れが見える。その様子にウォルトがこっそり
 微笑んでいた。
「じゃ、そう言う事で諸々がんばって行こう。解散」
  程よい緊張と緩和を交えつつ、ミーティングは終わった。


  それからの日々は、これまで以上に加速して行った。
  回復が遅れていたアウロスの肩は徐々に快方へと向かい、痛みは感じなくなった。
 腱板の損傷などもなく、予定より大幅に遅れつつも、完治認定が下りた。
  それに伴い、アウロスのルインへの協力も開始。主に彼女が不在の際に、
 様々な手続きに関する書類の処理などを任された。
「そう言うの苦手なのよ。面倒臭いし」
「およそ研究に身を置く人間の言葉とは思えないが……」
  そうは言いつつも、常日頃自分はデスクワーク担当だと公言していた為、文句など
 言える筈もない。アウロスは自身の論文とルインの手伝いを同時進行で行う事になった。
  怪我が癒えた事で実験の量は大幅に増え、研究室内の手伝いも行う為、実験棟には
 毎日のようにアウロスの姿があった。
「何かもう、ここのヌシって感じになって来たね」
  クレールが半ば呆れ気味に呟いた通り、アウロスは10代にあるまじき常連の空気を
 醸し出すまでに至っていた。
  早朝と深夜も、論文提出期間に追われる学生をついでに手伝ったりしつつ、
 自身の研究に励んだ。
「えー? アウロスさんって私達より年下なんですかー?」
「すっごーい! 超頭良いー!」
  たまにそんな声が上がったりしたが、アウロスは適当にそれを受け流し、自分の世界に
 入って行った。だがその姿がストイックだ何だと好意的に解釈され、徐々にアウロスの名前は
 学生の間にも浸透して行く事となった。これまで他人の評価などまともに受けた試しのない
 アウロスにとって、その展開は予想外の事だったが、取り立てて気に留める事もなかった。
「最近、お前の名前を学生から聞くようになった。話題に上るのは良い事だ。
 一層精進するんだな」
  講師レヴィの不気味な励ましに恐怖を抱きつつ、実験漬けの日々は続く。
  それに平行して、魔具の作成も行われた。
「材料が少ないから失敗は出来ないってんで、大変だったぜ? 坊や達」
  大学お抱えの金細工師は風貌も口調も微妙に変な男だったが、腕は確かだった。
 金細工師と言う名称ではあるが、金だけではなく金属全般を扱い、更に生物兵器であっても
 文句一つ言わなかった。
「溶かして固めりゃ良いんだろ? 任せときな坊や達」
  結果、合成はあっさり成功した。
「彼は凄腕だからね」
「人は見掛けによらないな……後は性質がどうなってるか」
  その実験も追加された。
  徐々に流れが変わって来た事を感じつつ――――アウロスは、がんばった。
  いっしょにではなかったが、想いを胸に秘め、ひたすらがんばった。
 
  そして、月日は流れ――――

  アウロスが初めて【ウェンブリー魔術学院大学】の門を潜ってから、丁度一年が経つ頃。
  アウロスの元に、一通の手紙が届いた。
  送り主は、サビオ=コルッカ。以前レアメタル展示会を行っていたクワトロホテルの
 オーナーだ。
  そこには丁寧な字でこう記してあった。
『そちらの所望する金属メルクリウスを大量確保した故、交渉の場を設けたい所存なり』
  無論、断る理由などある筈もなく。
【ウェンブリー魔術学院大学】、ミスト教授室にて交渉は行われた。
「では、商談成立、と言う事で」
  例の錬金術師から話を聞き、サビオ自ら大学までわざわざ赴いて来たのだ。
 持ちかけたのは自分だからと言う理由だった。
 一流ホテルのオーナーがやって来ると言う事態は余りないだけに、大学内部は
 騒然とした雰囲気に包まれていた。
「ええ。この度はこのような機会を設けて頂き、真に有難うございました」
「ありがとうございました」
  ミストと共にアウロスも頭を下げる。それを見たサビオは満足気に微笑を浮かべていた。
「それにしても、純度の低いメルクリウスにこのような使い道があるとは。
 いやいや、世の中何が何処に通じるかわかりませんなあ」
「全くです」
  重大な交渉を終えた余韻に浸るかのような雑談が始まる。時折笑い声を交えつつ話す
 二人を横目に、アウロスは欠伸を必死で噛み殺していた。
「……では、ワタクシはこれにて失礼をば。貴方がたとは長い付き合いになりそうです」
「そうなる事を祈っています、アミーゴ」
「ぼっふん」
  謎の鳴き声を残し、サビオとその一向は大学を去った。
  暫く書類を整理していたミストが大きく息を吐く。一段落ついたようだ。
「それにしても意外だったな。ホテルのオーナーがこれ程金属に造詣が深いとは」
「迂闊でした。メルクリウスの名前は何度か聞いてた筈なんですが、あの時は大して
 気に留めてなかったから頭に残ってなかった」
「実際、彼はレアメタル収集家だからな。我々が探していた金属とは対極にある。
 脳が除外するのも無理はない」
  デ・ラ・ペーニャが他国から輸入したメルクリウスの殆どを、サビオが保有していた。
 それは単に純度99.997%のメルクリウスを手に入れるが為にだ。
「金持ちの道楽と言えばそれまでだが、今回はそれに救われたな。価格も理想的な程に
 安価だ。輸入商と懇意にしているとの事だが、それだけではないな。余程気に入られたか?」
「さあ……」
  今一つ実感のない中で世話を焼いて貰っていると言うのも嘘臭いので、
 アウロスは適当に返事を濁した。
「何にせよ、これは大きな前進だな。ついでに言えば、いよいよ後戻りは出来なくなった」
「ですね」
  ただし、それはあくまで【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】の研究に
 対しての事であって、アウロスが切られる可能性がなくなった訳ではない。
「随分、研究が進んでいるな。この報告書を見なければ、私はこの席に居なかったかもしれない」
  研究データを詳細にまとめたその報告書があれば、アウロスでなくとも研究は続行出来る。
 それを回避する為に故意に報告漏れをした場合、ミストはそれを難なく見抜くだろう。
 アウロスは素直に報告した上で自分の必要性を誇示しなくてはならなかった。
 それは――――熱意。
「実験時間が多く確保出来るようになりましたから。後はやるだけですし」
「謙遜だな。そう簡単にここまでのめり込めるものではない。焦り過ぎと言う気もするが、
 早いに越した事はない。これからも宜しく頼む」
「はい」
  どうにか通じたらしく、アウロスは研究の継続を許可された。


 前へ                                                      次へ