翌日の総合カンファレンスで、アウロスはこれまでの研究成果を発表した。
  本日は参加していないリジルから借りた資料によると、魔崩剣のような金属との
 融合技術は、生物兵器の中でも特に『擬似的な生体反応』を持たない種類のみが
 可能と言う事だった。該当する生物兵器の中に 『ルーン配列情報の記憶』を
 行えそうなものは幾つかあったが、アウロスはその中の一つの生物兵器について
 特に着目した。
  それは【ノクトーン】と呼ばれる生物兵器だ。
 ドラゴンゾンビと同じく生物合成により造られたものだが、ドラゴンゾンビのような
 擬似的な生体反応はない。外見は大きな鳥の羽のような形で、溶かして液体化しても
 その性質は変わらないとされている。
  元々生物兵器は魔術に対抗する為の技術なので、魔術に悪影響を及ぼす類の効能が
 大半を占める。その中で、魔術から身を守る為の生物兵器として使用されたのが
 この【ノクトーン】で、出力された魔術を浴びせると、内部でその魔術に対する抗体を
 作り出し、それを身に付けていると、その魔術に対する抵抗力が大幅に上がる――――
 と言う技術である。その際、この生物兵器は魔術の情報を記憶し、抗体を作り出す。
 それを利用すれば、金属にルーン配列情報を記憶させる事が出来るかもしれない、
 と言うのがアウロスの見識だった。
「生物兵器だと……?」
  アウロスの報告が終わると、案の定レヴィが真っ先に口を開いた。
  数々の研究員の指摘通り、魔術の研究に生物兵器は御法度だ。論外と言っても良い。
 とりわけ常識的な行動に固執するレヴィが受け入れるとはアウロスも全く思って
 いなかったので、非難の声は当然のように予想していた。それは周りも同じようで、
 全員が適当に話を聞き流す体制を整えていた。
「調達ルートは確立しているのか?」
「……へ?」
  しかし、飛んで来たのは罵声ではなく興味の印。
「予算はどの程度で収まる? 技術についてもまだ説明が不明瞭な部分が多いが、
 プランはしっかりしているのか?」
  それも間断ない連続攻撃だった。
「あ、いや……これから説明する」
  さすがに予想の外を行かれたアウロスは、動揺を浮かべつつ現時点での詳細について
 説明を始める。
  その後、二十分に渡って質問攻めを受けた。
「お疲れ様」
  カンファレンス終了後、ぐったりと机に突っ伏すアウロスにクレールが労いの言葉を
 振り掛けて来る。アウロスは突っ伏したまま動かなかった。
「正直、ここに来て以来一番疲れた気がする」
  何度となく研究室で朝を迎えた経験はあれど、そこには最低限の充実感や開放感が
 生まれる。しかしこの二十分は毒素ばかりが身体に溜まったような感覚に襲われていた。
「にしても、あのレヴィがこんなに他人の研究に興味を示すなんて初めて見た。
 ま、気持ちはわかるけど」
  早々に退室した男の空の机を眺めつつ、クレールが一つ息を吐く。
「あの『一攫千金論文』を良くここまで進められるものよね。もし間違って完成でもしたら、
 どれくらいお金入ってくるの?」
「さあ」
  仮にオートルーリングが魔術士全体に普及した場合、その経済効果は天文学的数字に
 まで伸びて行く事になる。オートルーリングは既存の魔具では使用出来ないので、
 使用するにはオートルーリング仕様の魔具に買い替えなければならないからだ。
  単純にオートルーリングの技術のみならず、魔具も特許は取れる為、独占的な
 販売展開による特許料収入は計り知れない。それがこの研究を『一攫千金論文』と
 言わしめる由縁だ。
「さあって……そう言うの計算した事ないの?」
「……フッ」
  クレールの何気ない疑問を鼻で笑う人物が一人――――
 この場にいるもう一人の女性、ルインだ。
「何? 言いたい事があるなら言えば良いじゃない」
「別に」
  噛み合わない。同じ研究室にいながら、まるで違う種類の呼吸をしているかのような
 隔たりがそこにはある。
「……いっつもそう。そうやって人を蔑んだ目で……」
「私にはそう言うつもりは微塵もないけれど? 勝手な劣等感を押し付けないで頂戴」
「なっ……!」
  激昂したクレールがアウロスの袖を強く握る。
「アウロスくん、行こ。もう付き合ってられない」
  そして、そのまま引きずる様に荒々しく研究室を出て行く――――
「待ちなさい」
  いつもなら、ここで終わる筈の衝突。しかしルインはそれを制した。
「彼はこれから用事があるの。勝手に連れて行かないで頂戴」
「……は?」
  驚愕の表情を浮かべたのは、全く身に覚えのない事を言われたアウロスだった。
「用事、あるの?」
「……」
  何となく耳を拭う仕草をしつつ、どうしたものかと脳を搾る。しかし流れ弾を浴びた事で
 混乱中らしく、余り働いてはくれなかった。
「困ってるじゃない。適当な事言って……私に嫌がらせしたいなら私に直接やりなさいよ。
 こんな子供を巻き込んで」
  大して歳は違わないと言うのに、クレールは『子供』を強調した。
「子供? 彼は私と変わらない年齢よ。なら私も子供なのかしら?」
「はっ、何言ってるんだか。そんな詰まらない嘘吐いて何になるのよ。
 それともこの子の年齢を知らないの? 十七よ」
「ええ。貴女より余程詳しく知っているから」
「……え?」
  クレールの顔が凍る。どうやらルインの年齢を知らなかったらしい。
 それも仕方のない話で、彼女のプロフィールは公にされておらず、自己紹介でも
 年齢は申告していなかったのだ。
「まあ、気持ちは凄いわかるけど」
  外見と実年齢のギャップによる狼狽を二度程経験しているアウロスが頷きつつ
 同情を口にすると、ルインはそれを半眼で非難した。
「……兎に角、彼は用事があるから置いて行きなさい」
「あるの?」
  アウロスは答えない。
「ほら、ないって目で訴えてるじゃない」
「あるのよ。そうでしょう?」
  アウロスは答えない。
「目で肯定しているでしょう」
「どこがよ!」
  この二人のケンカは日常茶飯事なのだが、口ゲンカに発展する事はこれまで
 一度もなかった。殆どの場合、視線すら合わさずそっぽ向いて終わり、と言う状態
 だったからだ。つまりこの状況は極めて稀有と言える。
  だからと言ってありがたい訳でもないので、アウロスは喚く二人を余所にこっそり
 研究室を後にした。
(何か……まずいな。折角ここまで良い感じの距離感でやって来れたのに)
  最近、アウロスの周りの環境が徐々に変化を見せていた。
  盗作騒動の一件以降、クレールが話し掛けてくる機会が増えた。
 妹の危機を救ったとして、姉のピッツも同様だ。感謝の印である豪華料理は
 丁重に断っているものの、料理店【ボン・キュ・ボン】はアウロスを一層温かく
 迎えてくれるようになった。
  ルインに関しても、教会侵入以降は更に変わった。話し掛けてくる機会こそ少ないが、
 視線を感じる機会が増えたのだ。それが何を意味するのかは本人にしかわからないが、
 今までとは明らかに距離感が違う。それはアウロス自身も彼女に対して
 感じている事だった。
  今日に至っては、レヴィの態度にも変化が見えた。これまででは考えられない事だった。
  ミストが教授になった事で、研究室の雰囲気も変わった。昼間は見学や質問に訪れる
 学生がこれまで以上に増え、賑やかになった。
  そして――――
「うわっ!」
  まるで幽霊のような人影がいつの間にか眼前に広がり、アウロスは思わずのけぞる。
「……」
  視覚が伝達するのは――――違和感。その顔はアウロスにとって見慣れている
 筈だったが、まるで別人のように覇気がなかった。
「な、何だラディ。また情報収集か?」
「……」
  答えない。視線も合わさない。これまでのラディからは考えられないくらい、暗い。
「そう言えば、クレールの喉潰しの件、上手くやってくれてどうもな。お陰でやり易かった」
  沈黙は続く。
「どうした? 様子が変だな」
「これを」
  アウロスの問いは無視し、一方的に何かを手渡して来る。
 それは丁寧に折り曲げた紙だった。
「じゃ、そう言う事で」
  左手でそれを広げると、そこにはとても丁寧な字で『契約解除届』と書かれていた。
「……は?」
  余りにも唐突。そして意味不明。アウロスの脳は一瞬にして混沌に支配される。
「ちょっ、待て!」
  しかし直ぐに自我を取り戻し、離れて行くラディを追う。その余りに力のない歩みに、
 寒気すら覚えて。
「どう言う事だ? 説明がなきゃ契約違反も良いところだろ」
「じゃ、違約金を払えば良いのね」
  感情のない声でそう告げると、手に持っていた鞄から封筒を取り出し、それを
 アウロスに差し出した。しかしアウロスはそれを見もせず、ラディに詰め寄る。
「……何があった? どう考えてもおかしいだろ。こんな時期にいきなり……」
「これ以上、貴方の仕事を手伝う事は、出来ない」
  その声には感情があった。それはたった一つ。
  ――――拒絶。
「ごめんなさい」
  やはり意図がわからない謝罪の言葉を投げ、ラディは背を向けた。
  その様子が余りにも不思議で、アウロスはそれ以上何も言う事が出来なかった。
  こうして――――アウロスは半年以上の付き合いとなる情報網を失う事となった。


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