――――十二日前、ミスト助教授室。
「弁明の機会を設けろ……だと?」
「ええ。それも出来る限り早く」
  右腕を固定したアウロスがにべもなくそう告げると、ミストは薄い眉毛を
 指でなぞりつつ嘆息した。
「どこで骨を折っているのかと思えばどこぞで骨を折っていた人間が何をいきなり」
「そう言う中高年が好んで使用する御戯れは止めた方が良いですよ。
 唯でさえ……いえ、何でもないです」
  珈琲の湯気が微かに揺れる。
「査問委員会に掛けられた人間には弁明する場がちゃんと与えられる。
 わざわざこちらで設けなくてもな」
「体裁を整える為の中身のない質疑応答じゃなく、当事者同士での話し合いの場が
 必要なんです」
「……相手の口から疑惑を晴らす為の証拠を得る、か」
「さすが話が早い。って訳で、助教授の権力でどうにかして下さい」
「簡単に言うな。相手がライコネン教授の息子である以上、ライコネン教授を
 相手にするのも当然なんだぞ?」
「だから頼んでるんですよ」
  アウロスの言葉には含みがあった。それに気が付かないミストではなく、その意図を悟り
 表情を緩める。弛緩した所で恐怖の対象である事に変わりはないが。
「この状況が偶然か必然か……そんな事には興味はありません。俺は同僚の疑惑を
 晴らすだけです」
  必然――――その言葉にミストの感情が動くのを期待したアウロスだったが、
 表情は変わらない。仕方なく次の言葉を待つ事にした。
「唯の読みか?」
「多少、見聞も込みです」
「ほう……」
  ミストの声がやや音量を落とす。
「そう言えば、この件に付いて一枚噛ませたのは私だったか」
  言葉を閉じ珈琲を一口すすると、おもむろに席を立ち、アウロスに背中を向け
 後ろで手を組む。偉い人間が良くするポーズだ。
「良いだろう。ライコネン教授には、こちらからお願いしてみる。お前の作った手柄を盾にな」
「礼を言うべきかどうか迷うところですね」
「必要はないだろう」
  苦笑気味の言葉が薄暗い空間を低く舞う。
「ライコネン教授は私をかなり警戒している。私の思惑を把握したくて仕方がない筈だ。
 上手く利用してみろ」
「わかりました。そのカードも足しておきます」
「ほう。それなりにカードは集めている、と言う事か」
「切り札はないですけどね。ま、どうにかします」
  それを締めの言葉とし、アウロスは踵を返した。
「アウロス=エルガーデン」
  その背中に声が掛かる。
「私は近々、教授になる」
「知ってますよ。三十歳の誕生日までに、でしょ?」
「お前はどうする?」
  目的語のないその問いに、アウロスの足が止まる。
「俺は……アウロス=エルガーデンの名前を残します」
  五秒間制止した後に出た言葉は、不変の決意表明だった。
「それじゃ、諸々宜しくお願いします」
  扉が閉まる――――
 



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