「話が違うじゃないかっ!」
  会議室に響き渡る怒号が早朝の新鮮な空気を切り裂く中、アウロスとクレールは
 特に気にする素振りも見せず、所定の位置に腰掛けた。
  この実験棟二階の会議室は多目的用に作られた部屋で、ある程度重要な会議に
 使用される事もあれば、今回のように小規模な話し合いに使われる事もある。
 広さは当然前者に合わせて作られているので、席を埋めるのが記録員二名を含め
 六人しかいないとなると、白々しい程に空席、空間が目立つ。観客の少ない劇場や
 闘技場で緊張感が欠落しその質が落ちるのと同じように、人の少ない場所で行う評議は
 内容が薄くなる場合が非常に多い。よって今回の会議も、普通ならクレールの弁明を
 聞いて、それをヒーピャ親子が軽く流し、十分程度でおしまい――――そんな流れが
 用意されていると誰もが思うところだ。実際、記録員の二名は双方とも若く、重要性の
 高い会議に顔を出す事は決してないような人材だ。
  つまり、その程度の場だと認識されている――――そう言う事だ。
「こんなの認められるか! どうしてもと言うからこんな早朝から真面目に出て来て
 やったのに、勝手に参加者変更だと!? 冗談ではない!」
  それを理解していないのか、以前小馬鹿にされた事への苛立ちか、ガルシドは
 空気も読まずに捲くし立てた。
「止めろ」
  それを諌める、落ち着き払った声。若年の集いの中、唯一年齢も権力も飛び抜けた
 存在であるライコネンの一声で、息子で部下のガルシアは不満げな顔を露骨に
 残しつつも、口を閉じた。
  ミストの直属的な上司ではないが、同じ前衛術科の教授と言う事もあり、
 アウロスやクレールにも彼と接する機会はあった。共に感じたのは、気難しく
 皮肉屋と言う大学内のパブリックイメージそのままの人間であると言う事。
 そして、その部分は息子に色濃く受け継がれている。
「事前にミスト助教授から話は聞いている。所用で遅れるので代わりに別の者を寄こす、
 とな。それが君だな?」
「はい。この度は誠に申し訳ありません。こちらから打診しておいてこのような事態に
 なった事、深くお詫びします」
  クレール共々起立し、深々とお辞儀する。無論、心中では舌を出しながら。
「構わんよ。それ程大事な会合ではない、と言う事なのだろう。それはこちらとて同じ事だ」
  早速出て来た嫌味にクレールの視線が上へ動く。アウロスはそれを咳払いで制し、
 頭の位置を戻した。
(根っこの部分はさすが親子、良く似てるな。知性や迫力は息子とは比較にもならないが)
  権力の差は歴然なのだから、わざわざ牽制する理由はない。ではただの性格か、
 と言うとそうでもない。
 彼が牽制したのは記録員に対してだ。
 一応立場的に、この場を仕切るのは査問委員会であって、彼らの承諾なしに
 話し合いを切り上げる事は出来ない。
 逆に言えば、彼らが『こいつらやる気ねーな』と思えば直ぐに打ち切られる。
 ライコネンの先制攻撃にはそう言う意味があった。
「御温情痛み入ります。それでは早速始めましょう」
  アウロスは反論する事なく、温和に、飄々と微笑みを見せた。その様子に
 ライコネンの口元が僅かに動く。教授と言う他人を管轄する地位で培った
 彼の察知能力が何かを感じ取ったのか――――依然として納得し切れない息子の方を
 一瞥し、声にならない声で襟を正させた。
「では、そちらの弁明を聞くとしようか」
「はい。では……」
  用意した書類を手に取り、クレールが立ち上がる。その向かいに座るガルシドが
 一瞬睨んだものの、怯む事なく主張を始めた。
「私クレール=レドワンスが掛けられている疑惑についてですが……」
  クレールが弁明しようと口を開く中、アウロスはライコネンの表情をじっと眺めていた。
  ライコネン=ヒーピャ――――第一前衛術科教授。
  五十二歳。
  大学内の彼に対する評価はハッキリと二分され、彼の業績を重視する者は
 『気難しいが優れた研究者』と言う評価を、その人格に目を向ける者は
 『実績はあるが嫌味な教授』と言う評価を下している。
  加えて、自分の右腕に決して優秀とは言い難い実の息子を据えている所も
 賛否が分かれており、必ずしも尊敬の眼差しを向けられている訳ではない。
「……」
  視線を落としていたライコネンが顔を上げ、斜め前のアウロスと目を合わせた。
 アウロスの視線に気付いたと言うよりは、彼自身がアウロスに興味を持ったようで、
 値踏みをするような目つきで表情を解読している――――そんな意図が見て取れる。
(と言っても、見ているのは俺じゃなくその後ろにいるミスト……ってところか)
  アウロスは予めライコネンの性格についてラディを使って調査していた。それによると、
 彼には皮肉屋で攻撃的な部分と、身内に対して甘甘な部分とが同居しているらしい。
 そう言う人間は大抵、自分の理想通りの状況でなければ精神的なストレスが過剰に溜まる
 タイプだ。そんな人間が最も忌避すべきは――――自分の地位を奪われる事。
 つまりはミストの存在だ。彼はミストの頭の中を知りたくて仕方がないのだ。
(……と本人は言ってたが、実際その通りみたいだな)
  アウロスは隣で熱弁するクレールの声に耳を傾けつつ、ここに至るまでの一部を
 切り取り、回想を始めた――――



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