30分経過――――
(選択を誤った……かな?)
  強い決意の元に奮闘したアウロスだったが、あえなく六人の男に囲まれていた。
「おかしいっすねえ。【死神を狩る者】って男でしたっけ?」
「拙者らに届けられた情報によると、女性と言う話であったが」
「って事は、俺らこいつに踊らされたって事? こんな子供に?」
「そう言う事になりますね」
「敵ながら見事な戦ぶり、我いたく感服する所存。しかしここまで。投降を推奨せん」
「……」
  右から順に細目、禿頭、優男、鷲鼻、髭面、角刈の男達が、それぞれにアウロスに
 対する感想を述べている。一名は述べていないが。
「で、結局アンタ何者?」
  その中から、細目が率先してアウロスに近付いて来た。しなやかに、足音もない
 その接近を、アウロスは何をするでもなくあっさり許す。
「何者と言われれば、何者でもないと言うしかない」
  ぶっきらぼうにそう答え、反応を待つ。
  ――――実は、アウロスの魔術は予想より早く尽きかけていた。
 だからこうやって敢えて接近させ、話術で時間を稼ぐ事を選択したのだ。
 本来なら死角に敵の配置を許すなどあってはならない事だが、そうさせる事で
 戦意の喪失をアピールする効果がある。つまり、油断を誘うと言う訳だ。
 苦肉の策とも言う。
「あの【死神を狩る者】と行動を共にするような人間だ。身分を持たぬ流離人か、
 名乗る事が出来ないような身分なのか……いずれにせよ、唯で帰す訳には行かぬ」
「じゃ、俺がこいつを担当しましょっか。君達は早く標的を追いなさい」
「何を偉そうにほざくか青二才がっ! 貴様そこに直れ! その無礼極まりない言葉遣い、
 今日と言う今日こそ叩きなおしてくれるわ!」
  意図した方向とは全く違うものの、時間は稼げそうだ――――
「良い加減にして下さいよ、仮にも敵の前で」
  そんなアウロスの期待を切り裂くように、鷲鼻の男が割って入った。
 それに呼応するように残りの男達が続く。
「良いんじゃねーの? 拷問なら彼担当で問題ないでしょ。それより早く追わないと
 最悪逃げられちゃうよ?」
「否。我々から逃げ遂せられる者、皆無。いざ行かん」
  アウロスが何かを言う前に、追尾体制を整えた。こうなると、言葉は抑止力として
 余りに脆弱だ。
「んじゃ、後はヨロシク〜♪」
「おのれ、今日こそは必ず貫徹説教を喰らわしてやるからな」
  となると、残る手段は一つ。
「さあ〜て、と。それじゃ聖輦軍拷問筆頭の腕前を見せてやるとすっか」
「……聖輦軍、か」
  アウロスはポツリとそう呟き、その手段を行使した。
  それは、七年前に消した熱の残り火――――
「!」 「!」 「!」 「!」 「……!」
  ルインを追うべく森の中に身体を投げ込んだ五人全員、反射的な動作でアウロスの
 方に視線を戻す。全く言葉を発しない角刈ですら、その表情に驚愕の色を滲ませていた。
「チィィィィッ!」
  そして、アウロスの変化を最も接近した状態で確認した細目は弾けるように
 距離を取った。その顔には飄々としたそれまでの余裕はない。元々細い目を更に細め、
 口元を大きく歪めている。
「……何だテメェ。本気で何者か知りたくなっちまったじゃねーか」
「だから何者でもないっつってんだろがボケ。殺すぞ糸目」
  アウロスは魔力が尽きかけると、普段に増して口が悪くなると言う悪癖を持っていた。
「なっ……! 誰が糸目だコラ――――」
  咆哮が遮断される。アウロスの指から綴られた僅かな文字に危機感を抱いたのか、
 細目の顔が更に険しさを増した。しかしその顔が直ぐに驚愕へと変わる――――
「え? な、何だよこれ」
  自動、そして高速。まるで空中にスタンプでも押したかのように、限りなく一瞬に近い
 速度で綴られる文字に、その場にいるアウロス以外の全員が唇を震わせた。
 そんな中、クロムミスリル製の指輪をはめたアウロスの右手が殆ど踊る事なく、
 魔術は完成する。油断とは違う意味で脳に空白を作った細目が我に返った頃には、
 その足元に蛇のような影が幾つも絡まっていた。
【蛇道に堕ちし者のなめらかな宴】
  魔崩剣士相手にも使用したこの魔術もまたアウロス独自のもので、敵の自由を奪うと
 言う制約系魔術の基礎である【蛇毒】をアレンジして回避し難くしたものだ。
 
相も変わらず悲惨なネームセンスだが、その低速度から回避され易い【蛇毒】とは違い、
 非常に優秀な効力を持つ。
「……うっそー」
  斯くして、細目はあっさりと動けなくなった。
「何をやっている馬鹿者! 貴様と言う奴はどうしてそう……っ!」
  それを確認したアウロスは、その視線を残る五人に向ける。細目に非難を浴びせていた
 禿頭もそれがお門違いだった事を認め、頭皮に一筋の冷や汗を流した。
「何と言う殺気……とても子供の発するものとは思えん」
「それに、あのルーリングの速度も。【死神を狩る者】は本当に女だったのですか?」
「わからぬ。が、いずれにしてもその少年を無視する訳にはいかぬようだ」
「……」
  五人それぞれに認識を改めたらしく、揃って戦闘体制を築く。
 各々が所持した魔具とその眼に光を灯した。
「あ、あれ? あのー先輩がた、俺動けないんすよ? 何まとめて切り刻んでくれるわ的な
 感じで魔術綴ってるんすか?」
「安心しろ。俺は押し潰す派だ」
「骨は拾ってあげますよ。ついでに、貴方のちょっと気になってる異性のイボンヌさんが
 飼ってる犬にくれてやりますから。本望でしょう?」
「ま、マジっすかあああああぁぁぁ!?」
  そんな悲痛な叫びが森の中にこだまする――――その刹那。
「う……おっ!」
  その声を呑み込むような轟音が、空から津波のように押し寄せて来た。
 まるで戦争でもおっ始まったかのような爆音に対し、予備知識のない聖輦軍の面々は
 視界を空へと移す。
「な、何だ?」
  そこには、何かが爆発した後の煙がもうもうと噴き上がっていた。それが魔術に
 よるものだと気付くのは、魔術士とって難しい事ではない。しかし、その視界の
 遥か下――――足元に忍び寄る魔術に気付く事は誰一人できなかった。
「しまっ……!」
「たああああああ!?」
  蛇は容赦なく五人の足元に絡み付き、その自由を喰らい尽くす。計六人もの大人が
 棒立ちのまま上半身をくねくねさせると言う、かなりシュールな絵図が出来上がった。
「じゃ、そう言う事で」
  轟音が『合図』であると瞬時に理解したアウロスはしゅたっと右手を上げ、
 颯爽と音のした方向へと走った。
「くっ、逃がすな! 追え! 追うのだ!」
「つっても、全員見事に足固められてるし」
「不測の事態に乗じて敵全員を束縛し、即逃走……見事な判断力と反応」
「感心してる場合じゃないっすよ!」
「いや、貴方が無様にも纏縛されてしまったのがケチの付け始めなのですが」
「……」
  彼らは聖輦軍と呼ばれる教会の特殊部隊に属する戦士。
 標的を発見する為の気配察知能力、追う為の機動力と気配消去能力、
 反撃を受けた際の対処、指令に応じた捕獲方法――――その全てにおいて
 高水準を極め、作戦完了までの流れは……渓水の如く美しい……と、言われている……?



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