「標的、未だ動かず……か」
  外で待ち構えていた教会の追っ手は、ルインの分析通り6名。年齢は20代から40代まで
 幅広く、髭面の中年から細身の優男までバリエーション豊かだが、性別は皆男だった。
  彼らは聖輦軍と呼ばれる教会の特殊部隊に属する戦士の中の一部隊で、戦闘力は
 中の上程度。しかしチームを組んで逃走者を追尾する事には長けており、
 その状況下において必要とされる能力は総じて高い。標的を発見する為の
 気配察知能力、追う為の機動力と気配消去能力、反撃を受けた際の対処、
 指令に応じた捕獲方法――――その全てにおいて高水準を極め、作戦完了までの
 流れは渓水の如く美しい。そんな彼らは、自身よりも強い相手に対しての対処法も
 確立しており、例えそれが裏世界を震撼させる【死神を狩る者】であっても、彼らの中に
 困難なミッションだと言う認識はなかった。無論、最大限の警戒を払った上での事だが。
「篭城にも限度があるだろう。あそこは確か、今は無人の小屋だった筈。
 食料など置いてはいまい」
「そうっすね。夜も明けた事ですし、そろそろ出てくるんじゃないっすか」
  森の中、地上から数メートル離れた場所に緊張感のない声が通る。
 その主である細目の男が呟きながら欠伸をしていると、その隣の木の上で
 待機している頭髪に恵まれない男がギロリと睨みを利かせた。
「もっと集中するのだ! お主はいつもそうだ。戦場においてまるで我が家の如き
 振る舞い……他の者への示しがつかん!」
「んな事ないっすよ。これでも結構慕われてるんっすから」
「論争は余所でやって下さいよ。敵はあの【死神を狩る者】ですよ?
 噂ではエチェベリア随一の暗殺者ヌイセ=カーマを仕留めたとも言われています。
 油断は許されない相手なんですから」
  その真下――――樹幹に背を預けて立っている鷲鼻の男が諭すような言葉で
 場を沈静させる。これは彼の役目だった。
「にしても【死神を狩る者】って物騒な通り名だよな。ま、殺し屋を専門に狩ってるんだから、
 ある意味義賊みたいなもんか」
「罪を犯す者に罰を与えるは神の名の元に審判を任せられた我ら教会のみ。
 資格なき者が勝手に行うなど言語道断」
  髭面の真面目な見解に、優男は苦笑いを浮かべる。その様子を角刈の男が
 じっと眺めていた。
「つーか、そろそろ踏み込みません? いくら警戒つっても、これだけ人数揃ってるのに
 ただ見てるだけって、人件費の無駄遣いっすよ」
「馬鹿者! 我々は常に警戒を怠ってはならぬのだ! 聖輦軍は近い将来の
 魔術士復権に向け、一度たりとも任務の失敗は許されぬのだぞ!」
「暑苦しいっすよー」
「二人とも良い加減にしましょうよ!」
  朝露で濡れる木の葉を揺らすような勢いで鷲鼻の男が叫んだ、その時。
「……!」
  魔術反応――――六人の目が、一斉に小屋の扉に向けられた。
 その扉が、瞬時に消え失せる。それとほぼ同時に角刈の男が結界を綴った。
「炎だとおっ!?」
  扉を突き破って襲って来た魔術に、細目の男の瞼がクワッと見開かれた。
 それもその筈、森に炎はあり得ない。角刈の男が綴った結界によって、炎の閃光は
 誰一人傷付ける事なく霧散したが、そこに辿り着くまでに何本もの樹を燃やしている。
 当然、大惨事だ。
「消せっ! 一刻も早く炎を消し去るのだ!」
  禿頭の叫びに近い号令を合図に、6人は青魔術を綴る。山火事の消火活動など
 聖輦軍に属する彼らにとっては初体験だった。
「畜生! 【死神を狩る者】ってのはバカなのか!? 自分だって巻き込まれるじゃないか!」
「いや、恐らくは我々の行動を見越しての作戦なり」
「時間稼ぎと言う訳か。相当野蛮で大胆な行動だが、見事でもある」
「ところで気配が一つしかありませんが」
「確かあと一人はまだ子供って話だから、【死神を狩る者】が足止めしている間に
 コソコソ逃げてるんでしょ。そんなの気にしてる暇はないっすよ」
「うむ。直ぐに第二波が来るであろう。早急に体制を立て直せ!」
  着実に火を消しながら、敵の分析を計る。しかし聖輦軍6名全員、根本的な部分で
 誤っている事にまだ気付いていない。

  そして――――

  小屋を出てその影に身を潜める【死神を狩らない者】は、それを気付かせるつもりなど
 全くなかった。
『何十人もの敵の中に突っ込んで、一人でも多く道連れにする。それが俺の
 戦闘経験の大半だった』
『恐らく俺には一人か二人しか付かないだろう』
  先程の矛盾に溢れた説得を思い出し、一人心中で苦笑する。頭に血が上っていた
 ルインは気が付かなかったが、多対一の経験が豊かだと説いておきながら、
 相手にするのは一人ないし二人――――おかしな話だ。
 無理矢理打ち切らなければ説き伏せられなかったかも知れない。
 今となってはどうでも良い事ではあるのだが、アウロスはやや口惜しかった。
(さて、そろそろ消火活動も終わったようだし……次行ってみよう)
  小屋の影から飛び出し、魔術を綴る。
  アウロスは本来、足止めや囮と言った役割には向いていない。長期戦を前提とした
 それらの行動には当然ながら相応の魔力量が必要となるのだが、アウロスには
 それがない。だからこそ、かつては自爆要員と言う刹那の閃きを命じられたのだ。
 しかしアウロスには愛国心など欠片もない。どう生き延びるか――――それだけを
 突き詰めた結果、長期戦への適応力は自然と身に付いた。
  戦闘を長期化する為の秘訣は、敵をどれだけ混乱に陥れるかの一点に掛かっている。
 その為の魔術をアウロスは綴った。
【赤のヴェールに包まれた氷海のヴァプール】
  アカデミーで教えられる事は決してない、アウロス独自の魔術。【炎の天網】と言う
 網状の炎を敵の頭上に落とす魔術と【氷海】を組み合わせたもので、上からは炎が、
 下からは氷が敵を襲う。赤魔術と青魔術を同時に使用するのは、相反する属性の為
 お互いの威力が激減する為に、一般的には余り善しとされていない。逆に言えば、
 目撃する機会も少ないので標的は面食らう。先述の理由から威力は殆どないのだが
 初見ではまず完全には防げず、氷海によって足元の体温を奪い、機動力を低下させる
 事が出来る。必要な文字数が多い為実戦で使う機会は少ないが、こう言った状況では
 中々の効力を発揮する魔術だ。
『そっちに回った敵が追い付いて来た場合は自力でどうにかしてくれ』
  自分の言葉を再び回想し、口の端を吊り上げる。
  思うのは、大胆且つ絶対的な決意。
(相手が誰であれ、そこまでする義理があろうがなかろうが……)
  火の粉が舞い、氷が這う眼前より遥か先の森を睨み、アウロスは心中で吼えた。
(六人の誰一人として追わせるつもりは――――ない)



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