「……良し。OK」
  倉庫から持ち出した大人一人分程の重さの【円盤形魔術拡散器】を実験棟一階の
 共同実験室の端っこにゆっくりと下ろし、アウロスとウォルトの二人は同時に
 息を大きく吐いた。
「悪いな。わざわざ実験の用意まで手伝って貰って」
「やるからには徹底すると言った手前、断る理由はないよ。ただ……」
  今しがた運んで来た物も含めた実験器具を眺めながら、軽く頭を掻く。
「スケジュール表を確認したけど、今のペースで実験するとなると、途方もない時間が
 掛かるね。オートルーリングと現存の魔術の整合性を確めるだけでも相当な時間が
 要るのに……」
「それに関しては、俺の力ではどうしようもない。ウチの上司に頑張って貰うさ」
「二十代で教授に、だったね。とても信じられないけど」
  魔術大学で二十代の教授が生まれる難易度は、過去の事例の稀有さが嫌と言う程
 物語っている。何よりも厄介なのは、評価だけでは実現出来ない所にある。
 ミストが三十になる八ヵ月後までに、前衛術科の二人の教授の内、一人が退任しなければ
 ならないのだ。
「助教授自身の評価は教授の資格十分と言えるけど、現教授の退任は難しいよ。
 まだ二人とも定年には遠いし、自ら今の地位を下りるとは思えない」
「それに関しては当然何らかの対策を練ってる筈だ。ただ黙って天運に身を委ねる
 タイプじゃないからな。あの男は」
  アウロスは目を細め、投げやりな口調で言葉を霧散させた。
「上司に対する信頼、とは少し違うみたいだね」
「どうだかな。信頼って言葉が無償の信仰ならば、それは少しじゃなく全く違うと言えるけど」
  肩を竦めて苦笑するアウロスの姿に、ウォルトは感心と呆気を
 程よくブレンドした視線を投げ掛けた。
「……前々から思ってたけど、君は本当に十代なの? とてもそうは思えないよ」
「む」
  不服を顔に出したアウロスに、ウォルトは屈託ない笑顔で応えた。
「はは……ま、冗談はともかく。時間以外にも問題点が一つ」
「魔具の材料……か」
  初対面時にウォルトが指摘した、アウロスの研究にとって最も大きな障害。
 当然それを自覚しているアウロスの声は冴えない。
「今直ぐ現物を調達する必要はないけど、せめて材質についての検討が出来ないと
 僕は身動きが取れない。一応【クロムミスリル】と【王水晶】の双方を想定して
 設計をしてみてはいるけど、これらはやはり現実的じゃない。特に君のコンセプトである
 『実戦での普及』を最優先にするなら、大量入荷の出来ない材料は不適当だ」
「ああ。それに関しては俺も同意見だ」
  アウロスの中では既にこの二つの金属は候補から外れている。
 ルーン配列情報を記憶できる性質を持ち、尚且つ大量に入手可能な金属――――
 それが理想であり必須条件だ。
「前の大学にいた時は、それらの金属の名前を出した時点で御偉方の顔色が
 変わったからな。どうせ成功しない研究にそんなお金出せません、って所だろう」
「君には申し訳ないけど、それが一般的な反応だと思う。君に研究者としての
 実績があれば話は別だろうけどね」
「まあ、な」
  嘆息交じりに呟く。そこには若干の口惜しさが漏れていた。
「そんなこんなで研究が頓挫していた事もあって、金属に関しても実はそれ程知識がない。
 専門外とは言ってもそれじゃマズいから、早い内に資料を集めたいんだが……」
「なら、僕が用意するよ。魔具に使える金属の資料ならこの大学にも結構あるだろうしね」
「それは助かる。本来はそんな雑務みたいな事、自分でやるべきなんだろうけど」
「僕がやる方が効率は良いと思う。今日中にやっておくよ」
  アウロスの言葉の続きを待つまでもなく、ウォルトは当然のように申し出た。
「ありがとう」
「礼は要らないよ。僕はもう君の研究チームの一員だからね」
  爽やかに言い放ち、右手を上げて去って行く。次にやる事が決まれば行動が早い
 と言うのも、若き職人の気質だった。
  その背中から直ぐに視線を切り、実験の下準備をしようと器具に
 手を伸ばしかけた――――その時。
「良かったじゃない。頼もしいお友達が出来て」
  アウロスの背中越しに淀んだ感じの声が投げ付けられた。既に慣れた展開なので
 特に驚きもせず、気配のないその声の主に顔を向ける。魔女の表情は本日も皮肉げに
 歪んでいた。
「友達……?」
「あら、違うの? 親しげに話していたけれど」
  ガラスの瓶を鉄の針で突付くような声。そして言葉。
「友達ってのは、利害関係のない所で繋がるものだろ」
「フフッ」
  あからさまに嘲笑を浮かべる。しかしどこか儚げに。
「そんな関係、あり得るの?」
「それがあるんだよ。不思議な事にな」
  アウロスはルインから目を切り、実験の用意を再開した。その為、彼女のその言葉を
 受けた際の表情は見えない。普段のアウロスならば、まずやらない行為だ。
「少なくとも、私は知らない」
  震えるでもなく、張るでもなく――――普段の口調と何一つ変わらないその声に、
 アウロスは何となく人間味を見つけた気がした。
「かく言う俺も、一人しか知らない。でもそれが全てだ」
  断言し、再び話し相手の目を正面から見据える。揺らぎも迷いもない、感情のない眼。
 つい揺さ振ってみたくなる、そんな瞳。
「羨ましいか?」
「世迷言を」
  しかし微動だにしない。凛とした佇まいで咀嚼するようにゆっくりと言を発する。
「私が、親しく交わる人間関係を欲するように見える?」
「さあな。ただ……」
  それが少し悔かった訳でもないのだが――――アウロスは一枚カードを切った。
「俺に何かを伝えようとしているのは、何となくわかる」
  それなりに意味はあったらしく、揺らぎはしないまでも若干の間が生まれた。
 逡巡と言うよりは純粋な驚きなのか、僅かに目が見開いている。
 それでも直ぐに立て直す辺りに、彼女の魔女たる由縁が見えた。
「……貴方に伝える事など何もありません」
「あっそ」
  素っ気なく返す。これは特に意味はなかった。
「敢えて言うなら、私の問いに『はい』『いいえ』だけで……」
「敢えて言うな」
「チッ」
  鮮やかな舌打ちがアウロスの鼓膜を刺した。
「女性の言葉を遮る器の矮小な男は胃も脳も干乾びれば良い」
  意味の不明瞭な毒素を撒き散らし、魔女は去った。
  閑静な空間に微妙な重さを感じつつ、アウロスは床に腰を下ろし、息を吐く。
(……あいつ、一体何がしたいんだ?)
  研究室内で会話を持つ事は、これまで一度としてない。しかし一人の時にはたまに
 接触を試みては良くわからないやり取りに興じ、風のように去って行く。
 何かしらの意味があるのか、ただ言葉遊びをしたいだけなのか――――
 前者だと思っていたアウロスだったが、徐々にその自信は目減りしている。
(まあ、考えるだけ無駄か)
  溶け込むようなその結論と共に、実験の用意も終わった。




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