翌日――――
「あー、こう言う事だったの」
 納得しながら手を合わせるラディの視線の先には、幾つかの名前が刻まれた立派な墓石がある。
 教会の境内にある墓地の一角に湿った風が吹き付ける中、アウロスは祈るように瞑目しながら頷いてみせた。
「教会から締め出された両親を、ご先祖様と同じ場所で眠らせて貰う事――――それがもう一つの条件だった、って事だ。あの小悪党の権限でもこれくらいなら……ってのは失礼か」
「いや、実際『この程度なら』と言われた記憶があるよ。でも、僕にとっては重要な事だ。
 ウォルトは慈しむように墓石に触れる。
「この墓を守る義務が僕にはある。最期は余りに悲しいものだったけど、この人達が僕の誇りである事に変わりはないし、出来れば安らかに眠っていて欲しいんだ」
 その石はいつの日も冷たく、体温を少しだけ奪う。
 それが心地良かった。
「でも、その為ならと煮え湯を飲んだ筈なのに、結局僕は最終的に自分の欲を優先させてしまった。本当は合わせる顔もないんだけど……」
「まだ言ってるのか」
 呆れると言うよりは少し怒ったように息を落とし、アウロスはキッパリと告げる。
「大事なものが一つじゃないんなら、天秤だって必要だ。散々悩んで決めた事なんだろ? それを裏切りだとか言ってたら、この世の人間、全員が裏切り者だ」
 その言葉には、珍しく若干の怒気が含まれていた。
 年齢的にも立場的にも、アウロスは説教と言うものを余り得意としていない。
 割と諭すような言葉の際も、基本的には普段の語気と変わらない。
 意識したものではなかったが、ウォルトの表情を変えるだけの効果はあった。
「だよねー。それに、あんま自分を卑下すると自分に酔ってるって思われるし」
「……それは、あるかもしれない」
「あんのかよ!」
 場にそぐわないラディのツッコミを、風が優しく運んで行く。
「そうでもしないと、心が耐えられそうになかったから」
 ウォルトの言葉をラディは冗談と受け取っていたが、実際にはかなり深刻な状況の吐露だった。
 どう反応すれば良いかわからず、アウロスに視線で助けを求める。
 無論、反応は無だった。
「ま、まーその、それはわからなくもないけど」
 結局、普段の軽いニュアンスを若干残しつつの同意と言う、一番無難な返答を投げる。
 その様子に、アウロスは思わず微笑んだ。
 しかし直ぐに真顔に戻る。重要な事を告げる為に。
「実はここに来る前、朝一でお前さんの上司に昨日の事を報告した」
「……」
 沈黙は緊張感を伴っていた。
 それを宥めるように、アウロスが言葉を続ける。
「道理で根暗な訳だ、と一笑に付してたな」
「ね、根暗……?」
 存外ショックだったらしく、ウォルトの目が見開かれる。
 その傍らで、ラディは物凄く妥当な表現だと思っていたが、口に出さないようアウロスが目で訴えた為、かろうじて沈黙は守られた。
「基本的にはお咎めなし、だそうだ。今日中に顔は見せろだとさ。合わせる顔がないんなら、背中向けながら来いだと」
「ははは……」
 年配者の心遣いに若者は唯笑うしかない。
 それに同調するように、湿り気のある風がピタッと止んだ。
「上司に恵まれてるな」
「ああ。君もね」
 ウォルトの返しにアウロスの眉が引きつる。
「クールボームステプギャー教授は、ミスト助教授をかなり高く評価なされているみたいだ。そして、君も」
「俺も?」
 余りに意外な言葉に、アウロスは思わず眉を顰める。
「面白い子供だ、と」
「……それは高評価とは違う気がするんだけども」
 アウロスが半眼で不満を訴えると、ウォルトはごく自然に破顔した。
 これまでは見せた事のないその笑顔は、疑う余地のない友好の証。
「クールボームステプギャー教授は気難しい人ではないけど、固有名詞を話題に上げる事が極端に少ないんだ。だから、話に名前が出た時点で評価しているって直ぐにわかるんだよ」
「何と言うか……返答に困るな」
 ラディに肘で小突かれつつ、アウロスは困った顔をする。
 それに反比例して、ウォルトの顔は明るみを増して行った。
「余り褒められ慣れていないみたいだね。以前に僕が褒辞を送った時も、今みたいに耳を赤くしていた」
「余計な所は見なくていい」
 アウロスは余り攻められるのが得意ではなかった。
 その様子を隣でニヤニヤしながら見ていたラディを蹴飛ばしつつ、かなり強引に表情を変える。
「……で、結論は?」
 アウロスの問いに対し、ウォルトは両親の眠る場所に視線を送り、何かを願うような表情で数秒間沈黙した。
 そして再び、アウロスへ顔を向ける。
「ここまでして貰った以上、断る訳にはいかない。ただし、やるからには妥協はなしで」
「当然。だからお前さんを選んだんだ」
 差し出される手。
「あらためて、よろしく」
 交わされる握手。
 そして、誓い。
「ああ。君の夢を分けて貰う」
 言葉は空気を伝って、白い空の元、暖かに綴られた。

 ――――斯くして。

 アウロス=エルガーデンは最高の相棒を招き入れる事となった。

 




                      ロスト=ストーリーは斯く綴れり 第二章 了



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