萌木学園には、76もの部が存在している。
 具体的に表記すると――――

 ESP部
 UNO部
 アイドル部
 アニゲー研究部
 アニマルウォッチング部
 アメリカンフットボール部
 癒し部
 インターネット研究部
 オトメ部
 カバディ部
 ゴルフ部、
 サッカー部(女子)
 サッカー部(男子)
 サバイバル部
 呪術部
 水泳部
 水球部
 ソフトテニス部(女子)
 ソフトテニス部(男子)
 ソフトボール部
 ダンス部
 チアリーディング部
 ディベート部
 バスケットボール部(女子)
 バスケットボール部(男子)
 バドミントン部 
 バトントワリング部
 バレーボール部(女子)
 バレーボール部(男子)
 パワーリフティング部
 ハンドボール部
 ファンタジー研究部
 ペタンク部
 マスメディア部
 ミニマム部
 メイド部
 ラグビー部
 ラクロス部
 料理部
 ワンダーフォーゲル部
 囲碁部
 異世界部
 映画研究部
 英会話(ESS)部
 演劇部
 科学部
 華道部
 弓道部
 空手部
 軽音部
 剣道部
 硬式テニス部(女子)
 硬式テニス部(男子)
 硬式野球部
 合唱部
 執事部
 写真部
 射撃部
 柔道部
 書道部
 将棋部
 情報技術部
 人形浄瑠璃部
 吹奏楽部
 体操部
 卓球部
 茶道部
 天文部
 軟式野球部
 美術部
 文芸部
 放送部
 魔術部
 麻雀部
 漫画研究部
 陸上部


 ――――以上、合計76クラブ。
 全校生徒総数1087名と言う規模の学校にしては、余りに多い。
 これには一応の理由があり、本校の理事長である風祭洋が、部活動の推奨と
 学生の自主性を唱え、部として成立する条件を『二人以上の部員』と
『一人の顧問』、『顧問は5つの部まで掛け持ち可』と言うユルユルなものに
 した為、結果として乱立する運びとなった。
 萌木学園における、部活動への参加者――――即ち何らかの部に所属している
 生徒の数は、なんと全体の7割に相当する715人。
 生徒会執行部やボランティアへの参加者を加えると、純粋な帰宅部は全体の2割強に
 留まると言う、理事長にとっては理想的な学校が出来上がった。
 だが、そこで問題が二つほど発生する。
 まず、ランニングコストの問題。
 要するに維持費だ。
 76もの部を存続させる為には、それだけの数の部室と部費の確保が必要となる。
 部室に関しては、『部活塔』と言う、棟ではなく塔を建築し、その清掃、管理も
 各部持ち回りでやらせる事により人件費は不必要となったが、光熱費はどうしても
 掛かってくる。
 更に、部費に関しても、76と言う数を考えると、幾ら削っても相応の額になってしまう。
 結果――――クラブ間の格差が生まれる事となった。
 全国大会などで活躍し、入学希望者を増やしている部には、潤沢な資金を提供。
 夏にはエアコン、冬にはエアコンのダブルエアコンと言う待遇だ。
 例えば、サッカー部。
 元々は弱小で、地方大会でも二回戦止まりのヘナチョコ球蹴り集団だったが、
 二年前に何の間違いか、身長196cm、100m走11秒2と言う脅威のフィジカルとスピードを誇る
 日本人とコートジボアール人のハーフ、雄二・ケイタが新入生として加入。
 技術は素人同然だったが、誰も倒せず、誰も追いつけないこの巨漢&俊足FWを
 止められる選手など県内にもいなかった為、あれよあれよの間に優勝。
 全国大会でもベスト8まで勝ち上がり、一躍有名校へと駆け上った。
 現在では、その実績を評価され、環境面も大幅に改善。
 現在は雄二・ケイタを筆頭に、全国区の選手を数人抱えるモンスターセレブ集団と化している。
 逆に、いてもいなくても良いような部には、アイスノンとホッカイロのみの提供、
 部費も年間62円と、かなりの締め付けが行われている。
 そんな貧富の差が激しい萌木学園で、大事件が勃発した。
 発端となったのは、魔術部。
 どの部とも交流のない、引きこもりのクラブとして、在学生の殆どに
 不気味がられているこの部が起こしたのは――――

 召喚事件。

 誰もが子供だましと信じて疑わない、チョークで床に書いた歪な魔法陣から、
 堕天使が現れたと言う。
 その名は――――ベリアル。
 新約聖書やトーラと言ったメジャーな聖書に出てくる、非常に強力な魔力を持った
 支配者だ。
 人型で、漆黒の翼を背に持ち、銀の髪を背中まで伸ばし、寒気すら覚える美形の男。
 首より下を赤い包帯のような布でグルグル巻きにしたその堕天使は、飢えていた。
 渇望していた。
 力の解放に。
 そして、人間との邂逅に。
 ベリアルの口が開く時、魔術部所属の三人の部員は、余りの出来事に気が動転していたと言う。
 だから、その言葉が人間の、それも日本語である事にすら、疑問を抱かなかった。
 そして、その内容にも。
 ただ、ありのままを信じ、それを生徒会へと報告した。
 萌木学園の生徒会は、生徒と教師の橋渡しであるのと同時に、事実上学園を支配する
 統治集団でもあった。
 何しろ、その中の一人が理事長の孫だったり、財閥の娘だったり、総資産25億円の
 超有名発明家の息子だったりする為、経済をはじめとした影響力と権力が尋常ではない。
 そんな生徒会に対して、もしからかったり、虚偽の報告を行ったりすれば、
 間違いなくその部は滅びるだろう。
 事実、部の数は半年前まで79あった。
 3つ共に、生徒会の鶴の一声で廃部となったのでは、と実しやかに囁かれている。
 それ故に――――魔術部の報告は、嘘偽りない、真実であったと言えるだろう。
 その内容は、まるで良くあるポップソングのワンフレーズ。

『一つだけ願いを叶えてやろう』

 なんでも、魔術部がこの学校の特徴について語ったところ、76もあるクラブに
 ベリアルが大層食いついたらしい。
『懐かしい……以前、我が人間と接した時、ヨーロッパにはギルドと呼ばれる
 組合が多数存在し、それぞれのアイデンティティを確立させ、日々鍛錬を積んでいた。
 それと同じようなものと考えていいのだろうな』
 魔術部は肯定した。
 そしてその結果、一つの部に限り、願いを叶えてやると言い出した。
 条件は、個人ではなく部の願いである事。
 なので、世界征服とか、永遠の命とか、そう言うのはNGらしい。
 更にもう一つ――――『ベリアル杯』を開催し、優勝した部を対象とする、と言う事。
 ルールは一切問わない、兎に角競い合い、戦って、勝ち残ったギルドに栄誉を与える、
 とはベリアルの弁。
 相手が堕天使である事、と言うより意味不明な存在である事を考慮し、
 生徒会は『大人しく言う事聞いとかないとなんか怖い』と判断。
『ベリアル杯』の開催を決定した。
 ルールは可能な限りシンプルに。
 まず、参加希望のクラブを募り、トーナメントを実施。
 ルールはなんでもありのヴァーリ・トゥード……だと流石に色々倫理的にマズいので、
 部の代表者一名を任意に決め、『対戦方法を色々記した紙』の入ったBOXの中から審判が1枚引き、
 そのルールに則って代表者同士が闘う――――と言う方式が採用される事となった。
 審判は、公平を期して生徒会役員から選出。
 斯くして――――萌木学園の歴史に残るであろう、仁義なきクラブ間戦争が
 勃発する事となった。


「参ったな……これは参った。あー参った。こりゃ参った」
 インターネット研究部の部室は、この日も実に閑散としていた。
 部員、2名。
 普通なら当然、部として成立する筈もない人数だが、この萌木学園においては
 これでも同好会ではなく、立派な部として存続している。
 尚、発足したのは8年前なので、歴史的にも浅い。
 当然、実績などある筈もなく、部費は76クラブ中最低の62円。
 部室の広さも6畳程度。
 エアコンはなく、中央の机に転がっている熱を帯びたアイスノンが
 粘性豊かに寝そべっている。
 季節は、秋。
 それでも残暑が残る中、インターネット研究部は本日も二台のパソコンを使い
 活動に勤しんでいた。
「何が参ったんですか、部長」
「今日も書き込みがスルーされた。1時間経っても、誰もレスしてくれない……」
 インターネット研究部の活動。
 それは、各々の造詣を積み重ねるべく、有益な情報を求めて
 ネット上のサイト、ブログ、掲示板等の閲覧を黙々と行う事。
 つまり――――廃人の日常。
 それを、校内で行っていると言うだけの事だ。
 幸いにも、ネットの接続料金は部の運営上必要と言う申請が受理され、
 学校側が負担している。
 現代社会においては、携帯を使ってネット閲覧を行う学生が多数に上るが、
 インターネット研究部は常にパソコンを使用している。
 何故なら、部員二名とも、親から携帯の使用を制限されているからだ。
 そしてそれが、この部に入った動機でもある。
 逆に言えば、それ以外の動機が見当たらない部でもある。
 紛れもなく、ニート予備軍――――寧ろニート製造とも言えるクラブだった。
「渾身の書き込みだったんだ。ツッコミどころ満載の。誰も無視できないような、
 そんな自信作だったんだ」
「ちなみに、どのような」
「『バズズの影の薄さは異常』」
「それは……ダメです。古過ぎます。問題外です。問題外の害の骸です」
 唯一の仲間に骨の髄までダメ出しされ、部長こと鳥海港(とりうみ こう)は
 一切の混じりっけのない驚愕の表情を浮かべた。
「そっか……これもダメなのか。今日もダメだったな……俺、才能ないよな」
「しっかりして下さい部長。大丈夫ですから。インターネット上の特定の掲示板に
 書き込んだ内容がダメダメでも、成績にも金運にも響きませんから」
「でも、これじゃ部長としての示しが」
 落ち込む港に、彼以外の唯一の部員、鳴滝水音(なるたき みなと)は
 その多分に童顔な顔を横に振って応える。
 少し長すぎる前髪の為、目元は余り見えていない。
「部長、私は最初から部長にそこまで期待していません」
「な、鳴滝……なんて部長思いなんだ。敢えてハードルを低くしてくれるなんて」
「そのポジティブ思考には、心の底から尊敬しますが……そのつもり、ないです」
 ケロッと言い放ち、水音はカタカタと自分の眼前にあるキーを打ち始めた。
 2名しかいないインターネット研究部の日常は、割かしこのやり取りの
 マイナーチェンジの連続だ。
 日々の磨耗。
 それだけが、ここにある。
 ただ、そんな日常に満足している2人がいるのも、事実。
 港は超有名ゲームのとあるスレッドを表記したウインドウを閉じ、
 変わりにお気に入りの一番上にある『生徒会』フォルダを開いて、
 この学校の生徒会のホームページを開いた。
 そこには、生徒会の面々の写真や紹介文が掲載されている。
「はあ……今日も綺麗だな。可愛いな。可憐だな」
 そして、その中の一人――――風祭ののかの画像を凝視し、溜息を吐いた。
 港は、生徒会の会計担当、そして理事長の孫であるところの彼女に恋をしている。
 その外見だけではなく、凛とした佇まい、稀に見せる憂いの表情、肩に乗せている
 フェレット、謎めいた私生活等、あらゆる面で文字通り『お気に入り』だった。
「部長。また会計の閲覧ですか」
 そして、そんな港に対し、水音は明らかにイライラしていた。
「私と言う女子がいながら、そんな身分違いの片想い……許し難い限りです」
「いや、別に皇室の人とかそう言うんじゃないしさ。普通に同学年の女子を
 想ってるだけなんだから、別に良いだろ?」
「良くありません!」
 カチッ、とキーを強めに押し、水音が叫ぶ。
「こんなに……私がこんなに部長の事を想ってるのに! それを無碍にしてそんな女を!」
「いや。それ嘘っこじゃん。いつもの暇潰しじゃん」
「まあ、そうなんですけど」
 再び静寂。
 機械的な音が響く中に、時折不気味な溜息が落ちる。
 これも、いつもの風景。
 普段のインターネット研究部の1ページだ。
「最初は、同情だったんです」
「今度は何」
「……三年生が抜けて部員が一人になって困ってる上級生が、泣きそうな顔と
 蚊の鳴くような声で部員勧誘している姿に、母性を感じる自分がいました。
 それがいつしか、恋へと変わるなんて」
 切々と語る水音の顔に、感情はない。
「あのさ、部長命令で止めていいのかな? その『部長に恋する部員』妄想」
「ダメです。これを止められたら、私には生きる術がありません」
「あると思うけどなあ……」
 鳴滝水音。
 妄想に妄想するお年頃。
 尚、ボーイズラブはダメな方向。
「ところで部長。『ベリアル杯』、ウチは出ないんですか?」
「出ても勝ち残れるとは思えないよ。時間の無駄」
「そうですか」
 再び静寂、そしてキーの鳴き声。
 閑散とした部室は、常に哀愁にも似た空気を帯びている。
 カーテンのシミも、窓から覗く虚空も。
 部活塔6Fの最も奥にある影の部屋。
 ただ時間だけが、霧のようにそこにある。
「……普段は頼りない部長が、その時こう言ったんです。『確かに、俺達は戦力的に
 厳しいかもしれない。俺も、何が出来るって訳じゃないしな。でもさ、こう思うんだ。
 やってみて……参加してみて、それで得られる何かがあれば、結果がどうあれ
 きっと最後は上手く笑えるんじゃないか、って』。私は、そんな部長の静かな決意に
 思わず胸が高鳴りました。これって恋?」
「多分、違うよ。あとさ、良い加減その妄想は口じゃなくて文字で消化してくれる?」
「嫌です。一度やって、寒気が止まりませんでしたから」
 水音の将来の夢の中に、小説家と言う選択肢はない。
 そして、三度静寂。
 だが、今回は途切れるのが早かった。
「それに、部をあげての願い事って、特にないしさ。部費も別に要らないし、
 パソコンもこれ以上必要ないし、通信速度も十分だし。カーテンだってこの色で
 別に構わないし。冬も、着込めばストーブなんて要らないし」
「発想がニートです」
「ニート……は嫌だな」
「嫌ですね。そんな未来は」
 静寂。
 自分の好きな事をやりながら、時折人と話したくなる――――
 ある意味、インターネット研究部と言うのは、現代っ子の理想郷でもあった。
 ただ、そんなのは携帯片手に放課後の教室で幾らでも体験可能。
 それが許されない環境だから、ここにいる。
 そんな二人に、『願い事』は特にない。
 ――――この瞬間までは。
「あ、更新してる。良いタイミング」
 港が数度目のアクセスをした時点で、生徒会のホームページの更新履歴に
 表記が追加されていた。
『生徒会役員の本日の一言』更新。
 簡単に言えば、ツイッターのようなもの。
 一日に数度、生徒会の誰かが呟く。
 それだけの事だったが、港にとってはくじ引きのようなもので、風祭ののかが
 呟いた時には、全力でその内容を拝む。
 目で吸うくらいの勢いで。
 そして、数奇な事に――――或いは必然なのか――――この時の更新は
 その風祭の呟きだった。
『ベリアル杯の参加数、予想より少ない。困りました』
 願い事はない。
 ただ、この瞬間、インターネット研究部のベリアル杯参加が決定した。


「それでは、第一回ベリアル杯を開催致する」
 秋晴れが天を染めるその日――――ベリアル杯の開催宣言が生徒会長、
 御園生龍之介によって行われた。
 本大会が開催されるのは、毎週土曜日。
 トーナメントの組み合わせは、一つ勝ち上がる毎に決める方式で、
 月曜の放課後にくじ引きによって決定される。
 ただ、一回戦だけは当日、つまり本日に抽選で行われるとの事。
 会場となる体育館には、校内の殆どの生徒が集結し、その抽選会の模様を見学していた。
「部長。大丈夫ですか? しっかりして下さい。まだ抽選ですから」
「はあ……うぐっ、喉が、吐き気が……」
 港は緊張の余り自律神経を失調していた。
 鳥海港と言う16歳の高校2年生を一言で言い表すと、『凡庸』。
 卒業証書以外の表彰状など一つも貰った経験のない、何処にでもいる
 平凡な男子だ。
 特徴としては、病弱、メンタル×、極度の人見知り、友達皆無と言う負の財産ばかり。
 一日の半分近くをネットの世界で生活する、ネット難民だ。
 学校の成績も、並以下。
 おちこぼれではないが、その手前をウロウロする、影の薄い生徒として、
 教師の間でもまるで印象に残らない、将来を懸念されるダメ人間――――
 そう言う評価すら、担任くらいしかしてくれないような男だった。
 その為、自分の趣味――――と言うか生活習慣を活かし、他人との交流を
 すべく、インターネット研究部へと入部したものの、部員は幽霊状態の
 三年生一名。
 結局、殆ど会う事なく一年が過ぎて行った。
 当然、そこで部員は一人となり、廃部――――そう言う流れが待っているのだが、
 そこで港は一念発起した。
 例え、毎日の放課後をパソコンと向き合うだけの部活であっても、自分の意思で入り、
 自分の意思で足を運び続けた部室。
 純粋に、潰したくない、守りたい――――そう思い、新入生への勧誘を行った。
 その成果が、水音の入部。
 例え、当人の言葉通り同情だったとしても、自分の起こした行動によって
 最低限ではあっても成果が出た事に、港は手応えを感じていた。
 その新入部員は少々変わり者だったが、港にとっては人生でも殆ど無縁だった
 異性のコミュニケーション相手として、軽口を叩き合えるだけの関係となり、
 港自身の内面も多少の改善がなされ、現在では他人と接する事を以前ほどは
 苦にしなくなっていた。
 そして人間、余裕が出来れば恋もする。
 大人しそうな女子が好みだった港は、まさにそのど真ん中と言う外見の
 風祭ののかに惹かれた。
 勿論、実際に対面して告白すると言うような勇気は、まだまだない。
 とは言え、しばしば二次元に逃げがちなネット難民状態の港にとって、
 自分と同じ次元の異性に好意を持つと言うのは、それだけでも健闘、
 若しくは快挙と言っても何ら差し支えないだろう。
 だが、あがり症は継続中。
「次は……インターネット研究部」
 抽選に呼ばれた際も、のぼせ状態で眩暈を覚えながら壇上へと上がる。
 尚、参加を申請した部の数は、64。
 偶然か必然か、トーナメントの人数としては非常にキリが良い。
 そして、その殆どの部が、港を対戦相手として希望している事を隠しもせず、
 挑発的な表情を浮かべていた。
 早くも『優勝する部は何処か?』と言うアンケートがマスメディア部によって行われ、
 インターネット研究部は76クラブ中、54位タイ。
 投票数ゼロ、つまり最下位だった。
 無理もない話なだけに、港も落胆はせず、その結果を受け入れていたが――――
 実際にそのナメられた様子を目の当たりにすると、沸々と湧き上がる闘争心を
 実感せずにはいられず、奮い立つ心をそのままに、箱の中に入ったクジを引いた。
 今、俺をバカにしているヤツを必ず見返してやる――――
 初めて芽生えた闘争心が引き当てた対戦相手は。
「Cブロック、NO.2! 対戦相手は……人形浄瑠璃部に決定!」
 最も闘争心と縁遠い部だった。


 人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)部。
 日本の古典芸能の中でも、いわゆる『ハイカラ』な部類に入る文楽
『人形浄瑠璃』を研究しているクラブだ。
 とは言え、そもそもこの人形浄瑠璃自体が若年層の間においての知名度が低く、
 それ以前に古典芸能自体、歌舞伎のように役者が芸能ニュースで世間を
 お騒がせするような、はっちゃけたジャンル以外は殆ど知られていない為、
 当然ながらこの部の知名度も低い。
 名前のインパクトから、部の存在自体は知られてはいるが、その活動内容は
 殆ど把握されていないのが実状だ。
「部長、油断しないで下さいね。決して侮れませんよ」
「そうかなあ……」
 そんな対戦相手を、港は脱力しつつ遠巻きに眺めていた。
 部員は、集まっている限りは三名。
 インターネット研究部より一人多い。
 そして、全員が黒い服を着ている。
 良く二次元のイベントで見かける黒い服ではなく、黒子の格好だった。
 ビジュアル的に、かなり不気味。
「良いか! これは我が人形浄瑠璃部の転機だ! 一時は歌舞伎をも抑えて
 伝統芸能の先頭に立っていた人形浄瑠璃、復興の時は来た!
 必ず、『捲土重来』と言う願いを成就するぞ!」
「おうおうおう!」
「ベベンベンベンベンベベン」
 黒子三人が、三味線も交えてなにやら盛り上がっているその最中にも、
 体育館では一回戦が恙無く進行して行く。
『息止め対決』を見事制した、インド遠征希望を公言するカバディ部。
『じゃんけん対決』を制し、ダンス万能説を見事に体現した、部費の倍増を狙うダンス部。
『指の裏で当てまっしょい対決』を勝利し、女子部員五人獲得と言う願いへ一歩近付いた麻雀部。
 暗いイメージの部活を二分する卓球部との決戦を制し、歓喜に沸くUNO部。
 その他にも、『チアリーディング部 vs バトントワリング部』、『水球部 vs ハンドボール部』、
『映画研究部 vs 演劇部』、『執事部 vs メイド部』など、見ごたえのあるカードが
 連続して実現し、普段の確執をそのまま戦いへぶつけていた。
 そして、見学客のボルテージも最高潮に達する中――――
「インターネット研究部、人形浄瑠璃部、中央へお願いします」
 最も関心を持たれていない試合が始まる。
「部長、気合です! ヘビみたいに威嚇してください! きしゃーって!」
 会場の雰囲気に酔った水音の奇妙な応援が飛ぶ中、港は大きな緊張を胸に、
 所定の位置へと歩み寄る。
 一方、一足早くその場へ着いた人形浄瑠璃部部員の代表者は――――震えていた。
 武者震いとは縁遠い、緊張の極度、と言う顔だ。
 元々、影が薄い部。
 これが名を馳せる最後のチャンス、と言う危機感と責任感が港の目にも見えるほど、
 その背中に圧し掛かっている。
 これが、伝統芸能の抱える重圧――――
「では、審判は私、風祭ののかが勤めます」
 等と一切思わず、港は審判の方を凝視していた。
 幸運。
 僥倖。
 奇跡。
 生徒会役員など総勢5名しかいないのだが、その20%の確率を港は
 そこまで持ち上げていた。
 実物を見るのは初めてではないが、ここまで接近した事は史上初。
 その肩の上で『きゅー』と鳴いているフェレットが、やけに大きく見える。
「ど、どうしよう……どうすれば」
 港の頭には、最早ベリアル杯とか対戦相手とか、そう言うものは
 一切なかった。
 好きな相手を目の前にして、緊張の極致。
 全く意味合いは事なるが、両者の精神状態はこれこそ奇跡的に拮抗していた。
「部長……部の威信が掛かったこの大事な局面でも……そこまで、その人の事を
 想っているんですね。でも私は……」
 そして、それを眺める水音は、『片想い相手が片想い相手に赤面してパニくっている
 状況を複雑な心境で眺める女子』を妄想し、悦に浸っていた。
 そんな、緊張感と邪な空想が交じり合った奇妙な雰囲気の中、ののかが対戦方法を引く。
 その紙に書かれていたのは――――
「あ、出ました。『長ネギで殴り合い』です」
 この二つの部とは最も縁遠い方法が出た!
「……」
 港と人形浄瑠璃部代表者の手に、比較的長めの長ネギが握られる。
 ちなみに、港は青臭いのが苦手なので、ネギ全般がダメだった。
「ベベンベンベンベベンベベン」
「う〜え〜さ〜ま〜、この有様は何卒ぞえのう」
 そして、人形浄瑠璃部の部員達が視界の隅っこで三味線をBGMに人形ゴッコを
 やり始めた事で、集中力も乱れた。
 状況的には、港が微妙に不利。
「それでは、始めて下さい」
「あ、てえぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 そんな中、開始と同時に演劇口調の掛け声が体育館内に響く。
 そして、長ネギを振りかぶって突っ込んできた人形浄瑠璃部代表者は――――
「ぎゃああああああああっ!?」
 振り下ろす前に、腰をやってしまって悶絶した。
 余り運動と縁がないのに、準備運動もせず急に動くと、そうなる。
「ぎ、義太夫! しっかりしろ義太夫!」
「タンカだ! 少し長めのタンカを頼む!」
 黒子部員がタオルを投げ入れ、救助を要請。
 勝負あった。
「……え?」
「部長、私知っていました。私は、部長は昼行灯だって知っていました。
 だから勝つって。絶対勝つって信じてました。でも、私が愛したのは、
 いつもの部長です。それは……覚えておいて下さい」
「いや、意味わからん妄想されても。その微妙な間がやたらムカつくし」
 勝利の実感は微塵もなく、適当に水音にツッコミを入れる中、
 港に人影が近付く。 
「勝者、インターネット研究部。おめでとうございます」
 特に抑揚のない声で、ののかの勝利宣言を受けた港は――――
「ありがとうございます。次も支えてくれる周囲の人たちに感謝しながら、
 万全の状態で挑みたいと思います」
「……はあ」
 思わずカッコつけた結果、ドン引きされていた。


「一回戦突破、おめでとうございます」
「ありがとう。本当にありがとう。いや、嬉しいね。めでたいね」
 圧倒的な勝利で一回戦を勝ち上がったインターネット研究部は、
 その翌日の日曜、部室にて大々的な祝勝会を開いた。
 何しろ、大会と名の付くものに参加した事すらない港にとって、
 勝負事に勝つと言うのは初めての経験。
 それが例え、人形浄瑠璃部とのネギしばき合い対決だったとしても、
 100%相手の自爆だったとしても、それに酔わずには言われない――――
 と言う事で、調子に乗ってビール風飲料水まで用意した。
 尚、部員二名なので、参加者も当然二名。
 通常なら、大して盛り上がらないところだが、二人とも普段日常の中で
 テンションが上がると言う事が全くない為、ここぞとばかりに
 羽目を外した。
 お互いに、唯一の気を使わないでも良い相手。
 港は決して普段見せる事のない、本意気の歌唱を披露し、水音もまた、
 他人に見せた事はないと言う特技『ダックスフンドの寝顔』を披露するなど、
 祝勝会は大いに盛り上がった。
 そして――――時は深夜。
「次は……一度やってみたかった王様ゲーム!」
「ぱちぱちぱち」
 テンションが変な方向に突き抜けた二人は、12時を回った後もはしゃいでいた。
 二人しかいない王様ゲームなど、楽しい筈もないのだが――――
「王様だーれだ! 俺……じゃねーっ!」
「それでは、部長が私に愛の告白をする、でお願いします。ただし
 臭さ戦闘力1029で」
「わかった。それじゃ……『デートの最後は、ここって決めてたんだ。
 雨が降らなかったのは幸いだったよ。この景色が見えないんじゃ、意味ないからさ。
 ここはね、俺が初めてこの街に来た時、見つけた場所なんだ。キレイだろ?
 俺はここを見て、この街が好きになれたんだ。転校ばっかで、嫌気が差してた俺を
 救ってくれた場所さ。だから、どうしても今日はここに来たかったんだ。お前と一緒にさ。
 水音、お前と共有したかったんだ。俺の宝物を。お前も、俺の宝物だから』」
「……最後、意味がわかりませんが、合格です。非常に堪能しました。流石は部長」
「よーし、じゃ次いってみよ! 王様だーれだ、ってまた俺じゃねー!」
「じゃ次は、私に失恋した次の日に、私に話しかける第一声を」
「それ結構難しいな……んーと、えーと」
 人間、一度スイッチが入ると、思慮や理性など一切構わず、訳のわからない事で
 大いに盛り上がるもので――――
「……くう」
「……すう」
 結局、二人はその日、部室に寝泊りした。
 いわゆる『お泊り』とは全く異なる、文字通り睡眠を取るだけの。
 当然、起きた時は修羅場――――
「おはようございます。家族への言い訳、考えました?」
「ネットカフェで泥のように眠ってて、店の人の家に保護されて一泊した」
「成程。実際にそう言うシチュエーションはあり得ないにしても、
 それなりに成立はしますね。私も使わせて貰います」
 になる事はなく、ごく普通に会話して、ごく普通に塔内のお手洗いで
 口を濯ぎ、身嗜みを整え、登校準備。
 高校生の二人が同じ部屋に寝泊りしたと言う気恥ずかしさは、微塵もない。
 何故なら。
「部長、制服、上下とも逆さまですよ」
「鳴滝も、靴下脱いだまま靴履いてるぞ」
「……」
「……」
 二人とも、それを表現する術を持たないから。
 動揺は、共にしていた。
 それもかなり。
「……二回戦、弱い相手だと良いですね」
「そだね」
 港は服を着替えつつ、水音は靴下を履きつつ、お互いに小さく息を吐いた。




 そんな寸劇も挟み――――二回戦。
 本日の抽選会は、関西弁を話す書記、皇直人が務める。
 そして、抽選の結果、インターネット研究部が引き当てた対戦相手はと言うと。
「AブロックのNO.3やね。対戦相手に選ばれたんは……男子サッカー部や」
 校内で最も勢いのある部だった。










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