時刻は、午前〇時四十八分。
 世界地図の中央付近にある、小さな小さな島国の、一つの点にもならないようなミクロな空間。
「……うー」
 そこで、忍は携帯電話を目の前に、唸っていた。

『この世界は、何者かによって描かれている』

 それは、事実。
 忍は自分こそが、その描いている張本人だと確信していた。
 実際、リアライザーによって描いているのだから、間違いないと。
『記憶制限』によって、日中はそれを自覚していないだけ。
 その世界の主人公は自分で、そして作者もまた、自分だと――――そう確信していた。
 この日の〇時を迎えるまでは。
 そして、今。
 忍の手には、携帯番号を書き殴ったメモ帳の切れ端がある。
 話し終えた名夕が手渡したモノだ。
 無論、それは『積極的な女子がくれた連絡先』等と言う、甘いシロモノではない。

『この世界を描いているのは――――貴方ではありません。私です』

 この言葉の指し示す意味は、実に明瞭。
 忍が『終恣ノ歩』として描いていた『ストレンジ・ストレート』は、実は名夕によって『描かされていた』、と言う事だ。
 しかも、事態はそれだけに留まらない。
 それ以前、或いは――――リアライザーを拾った時点で、既に彼女の物語の一部となっていた可能性もある。
 当然、リアライザー自体、名夕の描いた物語内の産物と言う事になる。
 尤もその場合は、実際に名夕が使っている羽根ペンをモチーフにしている、『ノンフィクションアイテム』と言う事になるが。
 いずれにせよ。
 自分が描いていた物語が、他人の作品だったと言う説はかなり濃厚だ。
「……ああ……あああ」
 シナリオライター志望者にとって、それはアイデンティティの崩壊に他ならない。
 自分のアイディア、自分独特の言い回しと思って描いていた物も、全部他人の掌の上のモノ。
 そして、リアライザーと言う、夢のようなアイテムを手に入れた数奇な人生――――それすら、名夕の追体験に過ぎないとなると、目も当てられない。
 その事実を言葉にされるのが怖くて、忍は電話を掛けられずにいた。
 そして、ふと思う。

「――――この展開で、敢えて電話を掛けない、ってのは、どうだろう」

 微かに流れる冷や汗を拭いもせず、現実逃避の道を模索し始めた。
 所詮は内向的な高校一年生。
 怖い事からは基本、目を背ける。
 と言う訳で、忍は意を決してパソコンを起動させた。





  Ch.2 ”main characters”




「……はぁ〜」
 午前二時を回った所で、大きく溜息を吐き、『応募作03』のファイルを閉じる。
 人間、逃げるのに夢中になると、凄まじい集中力を発揮するものらしく、かつてない進捗を見せた。
「よし、寝るか!」
 圧倒的な充実感を背に、パソコンの電源を切り、ベッドへダイブ。
 やりきった感がある中での、心地よい眠気に身を委ねるその瞬間は、至福の一時だ。
 が――――
「気になって眠れない……」
 頭を掻き毟り、何度も寝返りを打ち――――結局、携帯電話を手に取る。
 所詮は高校一年生。
 逃避も中途半端だった。
 重い気分で、指定された番号を再度プッシュし、今度は通話ボタンも押す。
 時間を考えると、出ない可能性もあるが――――
「遅かったですね」
 そんな忍の期待は、あっさり裏切られた。
「……用件は?」
「それを、私が敢えて口にする必要はないと思いますが。貴方はもう、全てわかっている筈です」
 深夜に響く、名夕の無機質な声。
 それは、一度電気信号に変換された所為ではないと、忍は感じていた。
「でも、それで良いんです。最初はわからない。主人公と言うのは、いきなり悟っていては、読者の共感は得られません。共に少しずつ理解、把握して行く。その歩幅を合わせる事が大事ですから」
「……!」
 名夕のその科白に、忍は確信を得た。
 まるで、刹那朱莉のような発言。
 それが意味するのは――――
「やっぱり、そうなのか。ここ数日の……いや、俺があの羽根ペンを拾った時点で、俺は君に描かれていたのか」
「その通りです。『リアライザー』、これも貴方が付けた名前ではありません。私が付けた名称を、貴方が思い付いた事にしたんです」
 予定調和の絶望――――それが、忍の心を覆う。
「貴方のここ一年の行動は、全てではありませんが、私のリアライザーによって予め描かれたものが多数を占めています。貴方は、私の描く物語の登場人物なんです。貴方が今まで、他の誰かにそうしていたと『思い込んでいた』ように」
 上半身、特に背中から首にかけての筋肉が、鈍痛を訴える。
 自律神経が乱れてきた証。
 忍は今、かつてない動揺と焦燥を覚えていた。
「やっぱり、良いですね。苦悩する主人公。私の理想です。主人公はやはり、そうでないと」
 それが携帯越しに伝わったのか、名夕はやや高揚した様子で呟く。
 これが素なら、大人しい外見、そして朱莉の前での優等生的な振る舞いは、全て演技と言う事になる。
「改めて、あらすじをお話しましょう。自称『シナリオライター志望』の主人公、遠藤忍はある日、羽根ペンを拾いました。その羽根ペンはなんと、描いた事が現実になる奇跡の羽根ペンだったのです。彼はそんな神様からのギフトのような拾い物を、『リアライザー』と名付けました。そして、それを使って、自分の描いた小説を現実にし、その物語にリアリティがあるか、楽しいか、面白いか、実際に体験して客観的に評価すると言う『非日常の日常』を送る事になったのです」
 そのあらすじは、忍のここ一年の人生のダイジェストだった。
 一縷の望みも断たれ、身体から体温が奪われて行く。
 自分の行動が、全て他人に管理されていると言うのは、例えば『運命は全て決まっていて、俺達はそのレールの上を走っているに過ぎない』等と言う、ありがちな表現とは全然違う、一種の寒害にも似た絶望感があった。
 しかも、これは今後も続いて行く絶望。
 これからずっと、名夕によって描かれた物語を実現させるだけの日常を過ごして行く事に――――
「安心して下さい。私は貴方の人生を全て描く等と言う事は、考えていません」
 だが、名夕の声は、意外にもそれを否定した。
「私が描いているのは、物語です。物語には終わりがあります。この作品が無事終わりを迎えれば、その時点で貴方は私の物語の主人公から解放されます。勿論、貴方が死ぬようなシナリオも、用意していません。そもそも、この羽根ペンで人は殺せませんから」
「……そのルールすらも、君が作ったモノかもしれないじゃないか」
「リアライザーに関しては、私の体験談、つまり私の羽根ペンをそのまま採用しているだけです。同じ物と考えて差し支えありません」
 仮に――――それが嘘だとしても、それを見抜く事で何か別の可能性が生まれる訳でもない。
 忍は、それを信じるしかなかった。
「暫く、付き合って下さい。そう長い物語ではありません。貴方にとっても、決して悪い方向には行かない、ドタバタラブコメディですから」
「……この状況で、ここからコメディに戻るっての?」
「私は基本、それしか描きません。暗い話は嫌いです」
 それは、入学式以降の展開や、オカマ担任、刹那朱莉の存在からも明らか。
 とは言え、幾らコメディ展開とは言っても、自分の行動が全て他人の創作物と言うこの状況に、心休まる事はない。
 忍の心に、ストレスがどんどん沈殿して行く。
「あと、基本的に男性ホルモン全開の人は嫌いです。男らしくない男性の方が登場人物としては映えます」
「……だから、女顔の俺が主人公に選ばれたのか」
「恐らく、理由の一つです」
 女子に人気がある男性像と言えば、『王子系』に代表される、清潔感溢れるイケメンと、野性味溢れる『俺様系』イケメン。
 だが、名夕はその限りではない、と言う事だ。
「質問とか、しても良いの?」
「聞きましょう」
「……まず、根本的な質問だけど。リアライザーってのは、一体何なんだ?」
 忍が拾った羽根ペンは、名夕の創作物。
 だが、名夕が持っている分は、そうではない。
 描いた内容が具現化すると言う、オーパーツとも言うべきアイテムの正体は――――
「それに関しては、私も明確な回答を持ち合わせてはいません。貴方がリアライザーを拾った場面も、物自体も、私の体験をトレースしただけですから」
「そっちもノンフィクション、って訳か……」
 この場面で判明する事はなかった。
「次の質問。これは確認だけど……『今の』俺は、君の物語の中の俺なのか?」
「いえ。私が描くのは、早朝〜夜までの貴方です。この時間帯は、素の貴方の筈です」
 それが真実と言う保証はないが、忍は大きな安堵を覚えた。
 つまり、日中における自分との乖離は、殆どないと言う事。
 物語通りの行動はしているものの、人格や記憶まで歪められている訳ではないらしい。
「じゃ、もし君が今後、俺の人格を一気に変えたり、過去を改ざんしたりしたら、どうなる?」
「それも、貴方の想像通りですよ。リアライザーには現実を強引に湾曲する程の効力はありません。無効となるでしょうね」
 取り敢えず、最低限のパーソナリティは確保された、と言う事になる。
 尤も、これすらも名夕の考えた『捻くれたストーリーの一幕』で、実際には異なる可能性もあるが――――
「余り深く考えない方が良いと思いますよ。私、そんなに入り組んだストーリーを考えられるほど、優秀じゃありませんから。普通の、ちょっとだけ変わった日常を、ちょっとの間だけ演じると、そう思って頂ければ」
 何処か切なげに、名夕は呟いた。
 実際、忍がこれまでに体験した、リアライザー入手後の生活は、物語として見ると、お世辞にも秀逸とは言えない。
 そんな中出会った、刹那朱莉に関しても同様。
 エキセントリックさを前面に出した、オタクっぽい物言いの女子。
 それは、忍が昔読んだノベルの中に出てきたヒロインと、酷似していた。
 名夕がそれをトレースしたのかどうかは、忍にはわからない。
 ただ、最近では割と良く見られるその模造品のようなキャラクターの中の一部である事は間違いない。
 文才がない、発想力がないと、忍は何度も嘆いていた。
 だがそれは――――名夕の心中そのもの、と言う事になる。
「質問の続きだけど……リアライザーって、原則自分が主人公なんじゃないのか? お前の話だと、俺が主人公って事になってるけど」
「貴方は、物語内における『主人公』と言う役割を与えられたキャラクターです。そう言う意味では主人公ですが、これは私の物語です。二次元的な視点では、貴方が主人公ですが、三次元的な視点で言えば、私が主人公なんですよ」
 ややこしい話ではあるが、忍は一応納得した。
 物語上の主人公ではなく、作中の設定上で主人公を押し付けられたキャラ、と言う事だ。
「でも、それならメインヒロインでも良いじゃん。どうしてセカンドヒロインなんだ?」
「……」
 忍の矢継ぎ早の質問に、名夕は一瞬間を空け――――答えた。
「私、脇役フェチなんです」
「……さいですか」
「はい。ここは掘り起こしてはいけません」 
 主人公と言えど、所詮は作者の下僕。
 現在は呪縛は解かれているが、逆らう事は出来なかった。
「現時点で、私が貴方に教えられるのは、ここまでです。後は引き続き、私の物語をお楽しみ下さい」
「待った」
 切ろうとする名夕に、忍は最後の疑問を投げ掛ける。
 それは、ある意味最も興味のある事だった。
「……君って、将来の夢はシナリオライター?」
「はい。ライトノベル作家として二十代を過ごし、三十代以降はエッセイと実用書で生きて行くつもりです」
 かなり微妙な将来設計だったが、忍は自分自身に一抹の不安を覚えた。
「まさか、俺の夢って、君の創作の産物じゃ……」
「……きっと、その貴方の夢も、貴方がリアライザーに選ばれた理由だと思います」
 名夕は、肯定とも否定とも取れる答えを告げた。
 そしてそれが、忍がこの夜に聞いた彼女の最後の声となった。


「……ん」
 起床と同時に、忍はこの日の分の『ストレンジ・ストレート!』を全く描いていない事に気付く。
 だが、その一方で、『名夕に自分の行動が描かれている』と言う事は頭の中に一切ない。
 それは、名夕がこの日のストーリーを彼女のリアライザーで描いている証拠でもあるが、今の忍がそれを知る事は出来ない。
「ま、いっか」
 そう心中で独りごちながらも、忍は若干の不安と、不安を覚えている事への不安を感じていた。
 そして――――放課後。
「部の名前が決定したの!」
 視聴覚室に集まった三人へ向けて、刹那は堂々たる宣言をかます。
 そして、何処から用意したのか、突如現れたホワイトボードに、カカカッと書き殴り始めた。
 そこに書かれた名前とは――――
「……【主な登場人物】?」
 忍の抑揚のない声に、朱莉は大きく頷きつつ、『視聴覚室』と記されているプレートの上から、そんなフレーズが印刷された紙を上張りした。
「サークル名は【主な登場人物】に決定。どう?」
「いや……どう? って言われても。つーか、なんで部からサークルになってんだよ。大学じゃないんだから」
「だから良いんじゃない。王道を外しつつキャッチ―。私の理想とする所は、コレなの!」
 ピシャッと断言する朱莉は、会心の笑みを浮かべ、充実感を露わにした。
 ちなみに、部活とサークルに大きな違いはない。
 比較的、サークルの方が活動より人間関係を重視すると言う程度。
 尚、部じゃないので顧問不在でも問題ないが、部費が下りる事もない。
 要は、放課後に集まって勝手に何かする集団、と言う事だ。
「名前も決まったし、ここらで所信表明でもするの。しっかり聞いときなさい」
 また変な事を言い出すんだろうと確信しつつ、忍は他の二人に視線を向けた。
「どうも」
 見知らぬ男子が会釈する。
 その隣の名夕は、苦笑いなど浮かべていた。
 そして――――演説が始まる。
「この【主な登場人物】の部長に就任した、刹那朱莉です。ここでは私は、このサークルを立ち上げた責任者として、三つの約束をします」
 突然と言えば突然の部長就任宣言だが――――ここ数日、ほぼ全ての行動が突然なので、特に何の質問も飛ばず、話は継続。
「一つ! 私はこの描かれた世界で、そのストーリーを超えるお話を作って、それをこのサークルのみんなで表現します! 一つ! 私はこの【主な登場人物】を、他のどの部よりも有名にします! 一つ! 私は……」
 そこで詰まった。
「二つしか考えてなかったんなら、三つなんて言うなよ、最初から。アホか」
「んくっ……アホって言う方がアホなの!」
 返しはやけに平凡だった。
 変人の割には悪態を言われ慣れていないようだと確信し、忍はこっそりほくそ笑む。
「ま、それは良いとして。お前の描くストーリーって言うのは、結局どんな話なんだ?」
「流石主人公。いい進行じゃない。今からそれを発表しようと思ってたトコロなの」
 ニーッと口を横に広げ、朱莉は鞄の中からクリアファイルを取り出し、中のコピー用紙と思しき紙を、中央の机にバーッと広げた。
「取り敢えず、活動の候補はコレだけ用意したの。これを日々消化して行く事が、私の作った物語。どう? スゴかった?」
「……まだ見てないっての」
 半ば呆れつつも、忍はその紙の中の一枚を手に取った。
 そこには――――物語と言うには余りに支離滅裂な予定表が書いてある。
 しかも、かなりテキトー。
『シーン四一 生徒会の対抗勢力として会社を学校内に設立 ※会社ってトコが斬新!』 と言った具合に。
「どう? スゴいでしょ。この私の発想力! 大事なのは、キャッチーなのを怖がらないコトなの。陳腐って言われるコトを恐れない。それが、新しい王道を作る秘訣なの」
 まだ実際に作ってもいない朱莉は、堂々とノウハウを語り出した。
「と言う訳で、現在部員は四人。でも、私調べでは五人がベスト。なので……今日はサードヒロインを見つけるから」
 人差し指をピンと立てた右手を思い切り天井へ向けて伸ばし、朱莉はそう宣言した。
「サードは大事なの、サードは。チルドレンなら主人公だし、パーティーならハードの行く末を担う存在になるんだから」
「意味はわかるが、例として適切じゃないよな……」
「それは兎も角、主人公。三番手にクレジットされるヒロインの理想像を述べよ」
 セカンドヒロイン同様、初日に忍の手に渡った大学ノートには、三番手のヒロインに関する記述もなされていた。
 それを思い出しつつ、忍は言葉を吟味し始める。
「……三番手のヒロインは、物語におけるキーパーソンとなる可能性のある最後尾の人物。ただし、このポジションのヒロインと主人公の恋愛が成就するのは、メインヒロインとの恋愛が構成上、或いは設定上で不可能な場合にのみ。それ以外の場合は当て馬確定なので、基本的に不幸キャラとなる。それと同時に、主要性を放棄した場合は、比較的自由な設定が可能なポジションでもあり、作品における多様性を生み出す存在になる事もあれば、物語の補完的な立ち位置を担う事もある。性格やビジュアルも、『メガネ分が足りない』、『巨乳が足りない』、『ショートヘアが足りない』、『暴力キャラが足りない』、『サービスカットが足りない』等の、全体における不足分を補う形で設定されていく事が多い。結果として、雑多なキャラになる事が良くある。逆にキーパーソンとなる場合は、物語に意外性を生むスパイスになる上、比較的ハードルの低い位置で、ボロの出難い程度の出番でありながら、美味しい役回りを得る事が多いので、人気は出易い。ただし、補完キャラに甘んじる場合は、不人気キャラの烙印を押されるケースが多々ある」
 息継ぎなしで、覚えた内容をそのまま羅列。
 それに対し、朱莉は口を楕円形にして感心を示した。
「OK! パーフェクト。と言う訳で、サードヒロインは自由にイロイロ決められるってワケ。そこで、私のアクチュアリティーかつフレキシビリティーな判断の元、カンペキなサードヒロイン像が決定したの!」
「リティー言いたいだけだろ、お前」
「さあ見て! そして感じて!」
 忍の指摘は無視され、代わりにホワイトボードに、キュッキュキュキュキュと文字が並んで行った。


 コンセプト「ツンデレ×ヤンデレ×妹キャラ×サービス要員」
・主人公の実妹、若しくは義妹、若しくは年下の幼なじみ
・性格は最初ツン、偶にヤン、そしてデレ
・慎乳
・主戦場は風呂場
・下着の上にポロシャツで徘徊
・サービスカットでは睫毛が長い
・酒好き
・展開が進むにつれて露出減
・ツン時の呼び方は「兄貴」、ヤン時は「兄さん」、デレ時は「お兄ちゃんorお兄」
・一途で、主人公以外に懐かない
・必殺技はウォーズマンスマイル
・ポニーテールとゴスロリ
・可変型メガネ
・ヤン時はツイッターで偽情報を拡散する
・実はFPS好き
・実はメガフレアを使える
・ダイレクトタッチまではOK(訴えない方向)



「……カンペキどころか、ブレまくりじゃねーか」
 全部、どこかで見たコトある設定を強引に組み合わせただけ。
 そもそもこの箇条書き手法自体、どこぞのパクリだった。
「フッ。それはあくまでも叩き台よ。本当に眩いキャラクターは、こう言う初期設定を勝手に突き破ってくれるものなの」
 呆れる忍を尻目に、朱莉は不敵な笑みを浮かべる。
「知らんし。そもそも、何でエロ要員なのに慎乳なんだよ! ってか慎乳って何だよ。いや、ニュアンスは字でわかるけど」
「エロ言わない! あくまでサービス業なんだから」
「余計卑猥に聞こえるわっ!」
 兎にも角にも、詰め込み過ぎなのは明らか。
 忍の目には、ビニール袋の中で悲鳴をあげてる野菜が浮かんでいた。
「とは言っても、流石にコレ全部該当ってのはムリだから、厳選するの。私としてはこんな感じだけど、どう思う? 主人公としての意見を伺いたいの」
 箇条書きの先頭に『◎』、『○』、『△』、『×』が次々と書き足されて行く中、忍はやり切れない気分になりながらも、気にしても仕方ないと言う心の自浄作用に従い、朱莉の書いた評価の左隣に追記していった。


 ○◎・主人公の実妹、若しくは義妹、若しくは年下の幼なじみ
 ×◎・性格は最初ツン、偶にヤン、そしてデレ
 ×◎・慎乳
 △◎・主戦場は風呂場
 ◎◎・下着の上にポロシャツで徘徊
 ?◎・サービスカットでは睫毛が長い
 ×◎・酒好き
 ×◎・展開が進むにつれて露出減
 ○○・ツン時の呼び方は「兄貴」、ヤン時は「兄さん」、デレ時は「お兄ちゃんorお兄」
 ◎×・一途で、主人公以外に懐かない
 ×◎・必殺技はウォーズマンスマイル
 ○○・可変型メガネ
 △○・ポニーテールとゴスロリ
 ××・ヤン時はツイッターで偽情報を拡散する
 ?◎・実はFPS好き
 ?○・実はメガフレアを使える
 ◎△・ダイレクトタッチまではOK(訴えない方向)



 繰り返しになるが、忍が左、朱莉が右。『◎』は必須、『○』はなるべく、『△』は出来れば、『×』は要らないと言う評価だ。
「お前、欲しいのは殆どエロ要素じゃねーか! それで何で貧乳なんだよ!」
「貧乳じゃなくて慎乳! それに巨乳なんてオワコンなの! とっくにオワコンなの!」
「それ、本当は終わってないけど私情で終わった事にしたいモノに使われる言葉じゃん!」
 結局は平行線。
 その為、優先すべき要素は――――
「私が……ですか?」
 名夕によって決められる運びとなった。
 その結果――――


 採・主人公の実妹、若しくは義妹、若しくは年下の幼なじみ
 採・性格は最初ツン、偶にヤン、そしてデレ
 採・慎乳
 不・主戦場は風呂場
 不・下着の上にポロシャツで徘徊
 不・サービスカットでは睫毛が長い
 不・酒好き
 保・展開が進むにつれて露出減
 採・ツン時の呼び方は「兄貴」、ヤン時は「兄さん」、デレ時は「お兄ちゃんorお兄」
 不・一途で、主人公以外に懐かない
 不・必殺技はウォーズマンスマイル
 採・可変型メガネ
 保・ポニーテールとゴスロリ
 保・ヤン時はツイッターで偽情報を拡散する
 保・実はFPS好き
 保・実はメガフレアを使える
 不・ダイレクトタッチまではOK(訴えない方向)



 こう決定。
 尚、『採』は採用、『不』は不採用、『保』は保留だ。
「くうっ……なんで一途属性とタッチが不採用なんだ」
「私としても、イチオシのウォーズマンスマイルが封じられて不本意なの」
「す、すいません……」
 それでも、一度委ねた以上はやり直しと言う訳にもいかず、【主な登場人物】三人目のヒロインは、ツンでヤンでエロな妹キャラを前提に探すと言う事になった。
「略して、ツヤエロな妹ね」
「その響きだと、エロの強化系だな……で、今から探すのか? コレに当てはまる女子を」
「何言ってるの? 妹キャラなんだから、貴方の身内か幼なじみ限定なの。とっとと心当たりを吐きなさい」
 一番最初の項目が採用された以上、そう言う事になる。
 だが、忍の身内に該当する人物はいなかった。
「使えない主人公ねー」
「そ、それは言い過ぎじゃないでしょうか……」
 おずおずと諌める名夕に、忍は感動を覚えた。
 だが、同時に――――何かしらの、漠然とした違和感も覚え、思わず首を捻る。
「それじゃ、せめて疎遠になってる年下の幼なじみくらいはいないの? 幼稚園の頃に同じ組だったとか、小学生の時にバレンタインチョコ貰ったとか」
 が、そんな矢継ぎ早のリクエストに埋もれ、その感覚は自然と消えて行く。
「んー……ってか、仮に該当者がいたとしても、連絡先わからないだろ」
「そんなの、調べてみないとわからないじゃない。名前と年齢さえわかれば、近くの中学校に電話入れるだけでOK。簡単でしょ? 言っとくけど、小学生だとしたらNGよ。小学生は、もう手垢付いちゃったの。二番煎じなの」
 何者も恐れない朱莉の発言に、忍は急激に体温を低下させた。
「まあ、関わり合いになりたくないからスルーするけど……一応、心当たりがない事もない」
「いいじゃない。名前は?」
「億川絵空。一つ下で、幼稚園の頃に一番仲良かったんだ。いっつも砂場で一緒にモゾモゾしてたっけ」
「……」
 珍しく朱莉がドン引きの顔で、引いて行く。
 他の二人も同じ表情だった。
「いや、普通に砂山作ったり、絵書いたりしてただけなんだけど」
「だったら、そう言いなさいよ。危うく一一九に電話して、警察呼ぶトコだったの」
「それでパトカー来るのはジャマイカとスリランカくらいだろ」
 結局、他に候補がいない為、あっさりと決定。
 近隣の中学校に電話を入れ、所在を確認したところ――――
「はい、はい。えっと、怪しい者じゃないです。幼稚園時代の知り合いで、共通のお友達が今度海外へ引っ越す事になりまして、一度会えないかと……ええ、そうお伝え下さい。こちらの電話番号は……」
 三校目の『桜並木学園・中等部』にいる事が確認された。
 結構珍しい名前なので、同姓同名の別人と言う可能性は極めて低い。
「OK。ふふ、長年温めてた中学生用の交渉術、見せてあげるの。中学生……ふふ」
 朱莉は中学生と言う言葉をやたら強調していた。
 程なくして、携帯が鳴る。
 未登録の番号だった。
 尤も――――両親と一部の親戚以外は皆そうだが。
「貸して」
 朱莉は忍から携帯をぶんどり、躊躇なく通話ボタンをプッシュし、笑顔で耳に携帯を当てる。
 忍の記憶にある億川絵空の姿は、溌剌とした幼稚園児。
 それが今、どんな姿になっているのか――――忍は少し、好奇心を活性化させていたりした。
 ギャル化している可能性もある。
 場合によっては、それ以上にぶっ飛んだキャラデザになっている事もあり得る。
 頭に蝶々が付いてたり、顔より巨大なリボンを付着させてたり、目が顔の大半を占めてたり。
「あ、本人? 良かったー。早速だけど、おめでとう! 四番目のクレジットおめでとう! と言う訳で、早速今後の話し合いをしたいの。直ぐ来て。良いから来て。兎に角来て。百瀬高校の視聴覚室だから」 
 いずれにしても、その姿を拝める可能性は限りなく低いと思わざるを得ない、そんな交渉だった。
「ふう……カンペキ」
「何処がだよ! もっとちゃんとしろ!」
「これでいいの。あの年代は、なんだかんだ言っても強引なのが一番怖くて、一番興味を持つんだから。って訳で、もう直ぐ彼女ここに来るから、貴方は主役らしく、貴女は一つ上のヒロインらしく、きっちりと振舞いなさい!」
「わ、わかりました」
 名夕のそんな生返事があってから、約一時間後。
 それが当然であるかのように、億川絵空はやって来た。
「本当に来たのかよ……」
 呆れる忍を尻目に、ノックの音が響き――――扉が開く。
「……」
 大きめのメガネをしていた。
 背中を覆うくらいの長い髪だった。
 ない方の乳だった。
「合格! 超合格!」
 さもありなん、だった。
「!? !? !?」
 案の定、絵空は狼狽を通り越し、怯え出す。
 二歩、三歩と後退り――――転倒。
 制服姿なので当然、スカートひらり翻す。
 皺まではっきりわかるくらい、白と青の縞々で彩られた布が見えた。
 ただ、それよりも、桜並木学園・中等部の短くてフワフワした質感のスカートが、あられもなく捲れるその感じの方が、忍にはグッと来た。
「!?」
 無口なのか、驚きの余り言葉を忘れたのか、絵空は一切喋らず、でも泣きそうな顔で慌ててスカートを抑えていた。
「素晴らしいの! 絵空ちゃんだっけ、貴方は最高のサービス……もとい、サードヒロインよ! そうやってドンドン、女子中学生のラッキースケベ、略してJCLSを巻き起こして頂戴! それだけでも存在価値は十分あるから!」
「? ? ? ? ?」
 助けを請うように、と言うか困惑の余り泳がせていた視線が、忍のそれと重なる。
 そこに面影は――――微かだが、あった。
 幼稚園時代の記憶と重ねると、目は余り似ていないが、口元や耳の感じは、当時と雰囲気が近い。
 一方、絵空の方は、全く気付く様子はない。
 転倒した際にズレたメガネをそのままに、所在なさげにしている。
 仮に、自分がこの立場だったら――――そんな事を想定し、忍は同情を禁じ得なかった。
「何か、申し訳ない。俺が迂闊な返事をしたばっかりに」
「?」
 その意味がわかる筈もなく、細い首がまた傾いた。
「あの……もう少し、説明をしっかりした方が良いのではないでしょうか」
「だよな。えっと、俺の事覚えてる? 幼稚園の時一緒だった、遠藤。遠藤忍、ってゆうんだけど。良く砂場で一緒に遊んで、口に付いた砂とか取ってやったりしてたんだけど……」
 基本、人見知りの忍だが、完全にアウェイ状態の中学生相手には、流石にその法則は発動せず、相手を気遣って言葉遣いを丸くする余裕もあった。
「……」 
 だが、その報酬は、申し訳なさそうな俯き。
 砂場での記憶は、虚しい一方通行と言う事が判明した。
「憶えられてないの? ま、主人公はそれくらいの存在感で丁度いいのかもね。絵空ちゃん、ううん……ソラりん。貴方は、この男子の幼馴染なの」
「……」
 全く記憶にないらしく、かなり困った様子の絵空に、忍は更に凹んだ。
『突然何の前触れもなく高校に呼び出され、生きた心地がしないであろう中学生』に気を使われる高校生。
 もう終わっている、と言う事だ。
「貴女は憶えてなくても良いの。ただ、貴女はこの男子の妹分。それだけは憶えておいて。そして明日から、貴女はこの部室に毎日来るの。それが日課。ここで、私達と一緒に、この日和った世界のレールを越えましょう!」
「あの、名言っぽく言っても、全然説明になっていないような気が……」
 名夕の指摘は的確だったが、未来を指さす朱莉は一切聞いていなかった。


 そう言う訳で――――サードヒロインは、忍とかろうじて縁のある中学生に決まった。





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