ある日突然、人生を根底から覆すような出来事が起こる。
 そんな都合の良い展開が現実に起こる確率は、実は意外と低くはない。
 だが、その覆った人生が、以前の人生より良質な結末を迎えるとも限らない。
 例えば、宝くじが三億円当たった場合でも、それが原因で家族、親類と揉めたり、強盗団に目を付けられたりして、不幸な生涯を迎えるケースも、決してなくはない。
「……はぁ」
 そんな事を、忍は自室の原稿用紙に殴り書きし、そして丸めた。
 特に深い思慮があっての行動ではないが、それなりに理由はある。
 それは、自分自身にその『都合の良い展開』と『暗部』の両方が訪れているからだった。


 一年前。
 忍は『人生を根底から覆すような出来事』を、実際に体験した。
 当初は、そんな劇的なイベントとはつゆ知らず。
 単に道に落ちていた羽根ペンを拾ったと言うだけだった。
 だが、自称『シナリオライター志望』に加えて、隠れステータスに『ファンタジー大好き』を持っている忍は、その出来事に内心、興奮を覚えた。
 羽根ペンが、部屋にある。
 脳内の物語を『妄想』として垂れ流す中で、現実世界における興味の大半を失っていた忍にとって、それは久々にテンションの上がるイベントだった。
 そして、更なる欲望が顔を覗かせる。
 この羽根ペンを使って、何か物語を描いてみよう――――と言う、安易な発想だ。
 パソコンによる入力と印刷が主流の中、羽根ペンを使って描いたとアピールすれば、ちょっとした個性になる。
 そんな下心を胸に、忍はつけペン用のインクと原稿用紙を購入し、新たな作品の執筆を始めた。

 タイトルは、【紅の日暮れ団】。

 黄金の夜明け団の存在を知り、自分達も魔術の秘密結社を作ろうと集った中学生四人組の物語を描く、壮大なダーク・ファンタジー……になる予定だった。
 実際、パソコンで適当に作ったプロットは、プロットでありながら実に『一〇万文字』と言う文章量。
 薄い文庫一冊分だ。
 設定は気球並に膨らみ、超大作となるコト間違いなしと言う状態で、深夜〇時を目途に執筆を開始した。
 しかし――――羽根ペンは想像以上に使い勝手が悪く、初日に描けたのは、冒頭の、それも触りの部分だけ。
 その日は浮遊すら出来ず、ペンを置く事になった。

 異変があったのは、次の日の学校。

 クラスメートの女子が突然、忍に殺人予告をして来た。
 普通に生活していて、まず体験する事のない、あり得ない出来事。
 ただ、その日が終わった直後――――翌日の午前〇時には、それ以上の驚きが待っていた。
 それは――――

『描いた事が現実に起こる羽根ペンを手にいれた』

 ――――と言う事実が判明した事。
【紅の日暮れ団】の冒頭。
 そこには、主人公がクラスメートの女子に『貴方を殺します』と言われるシーンがあった。
 つまり、あの羽根ペンで描いた出来事が、実際に起こったと言う事だ。
 ただ、そこには幾つもの不可解な点があった。
 まず、午前〇時になるまで、忍は自分がそう言うシナリオを描いた事を、完全に忘れていたと言う点。
 にも拘らず、日付が変わって直ぐ、それを思い出した点。
 明らかに、常軌を逸した状況だった。
 疑問点はまだある。
【紅の日暮れ団】を描くにあたり、忍は特に実在する人物を描いていた訳ではなかった。
 忍に殺人を予告した女子は、一切会話した事のない、クラスメートではあるものの、完全なる他人。
 主人公に関しては、少なからず自分を投影している箇所はあったが、その女子をモチーフにしたつもりも一切ない。
 なのに何故、物語内の出来事が、無関係の女子によって再現されたのか。
 わからないまま、その日は何も描く事なく、ベッドに寝転がった。
 そして、翌日。
 例の女子は、『昨日のアレ、罰ゲームだったんだー、ゴメンねー』と謝りに来た。
 ほっと胸を撫で下ろし、その日を平穏に過ごした忍は、その夜、【紅の日暮れ団】を再び描き始める。
『殺人予告をしたヒロインは、その翌日、主人公をストーキングし出した』と言う内容だった。
 翌日。
 例の女子が、一日中コソコソと後を付けて来た。
 しかしこの時点で、忍はそれを『自分が描いた話通りだ』とは思わない。
 そう理解したのは、やはり日付が変わった直後だった。
 同時に、確信を得る。
 拾った羽根ペンは、『描いた事を具現化するアイテム』なのだと。
 更には、『その物語の具現化中は、羽根ペンの事を忘れている』、『思い出すのは日付が変わってから』と言うルールがある事も。
 
 それから月日は流れ。
 一年後――――すなわち現在。

 幾多に亘る検証を行った結果、この羽根ペンの『具現化能力』には、様々な制約があると言う事が判明した。
 例えば、六月一日の午前一時に『放課後、学校に101匹の犬が突進してくる』と言う話を描いたとしよう。
 そうすると、六月一日の放課後、実際に群犬が出現する。
『四時半に』等と言う時間指定をすれば、その時間通りに現れる。
 指定しなければ、ランダムとなる。
 ただ、『明日の放課後、学校に――――』と表記した場合、それは実現しない。
 いわば『二十四時間制限』。
 二十四時間以内に達成できないシナリオの場合、実現されない、と言う制限があると言う事だ。
 この制限に引っ掛かると、その部分のエピソードだけじゃなく、以降のエピソード全部がキャンセルされる。
 時間を飛ばさない続き物を描く場合は、『一度に一日分まで』と言うルールの元、毎日描かなければならない。

 次に、『非現実制限』。
 簡単に言えば、現実には不可能な行為に関しては、一切実現しないと言う制限だ。
 例を挙げれば『空を飛ぶ』、『心臓が増える』、『口から最高の技を出す』等。
 こう言った描写は、一切実現しない。
 また、錬金術よろしく、何の脈絡もなくお金が増えると言う事も不可。
『親戚からお金を貰う』と言うシナリオの場合でも、その親戚がくれると想定される範囲の金額以上にはならないし、借金してまであげよう、と言う事にもならない。
 基本的には、既に存在している物を消去したり、存在しない縁を最初からあったかのように操作する事も不可能。
 恋愛ゲームで例えるなら、気になるあの子を突然『好感度MAX』には出来ないが、イベントをこなしながら、少しずつ好感度を上げて行く事は可能、と言う事になる。

 更には、『犯罪制限』の存在も確認されている。
 殺人は勿論、窃盗や過剰な暴力も、カットの対象となるようだ。

 そして――――『エロ制限』。
 この存在を知った際、忍は三日ほど不貞寝した。
 なにしろ、現在のライトノベル全般で当たり前のように表現されている『ラッキースケベ』全般がカットの対象。
 不意に胸タッチするとか、スカートが念力のような風で捲れるとか、そう言うのすら実現しない。
 まして『コケた際に女子のパンツの中に顔が入る』と言う描写が採用される筈もない。
 男の夢は脆くも崩れた。

 また、『マルチシナリオ制限』もある。
 複数のシナリオを描いた場合、最後に描いた物語だけが実現される。

 そして、『登場人物制限』。
 物語には、当然ながら数人、或いは数十人のキャラクターが登場する。
 その物語を具現化した際、登場人物はまず『主人公』の選定から行われる。
 この選定は羽根ペンが勝手に行う。
 選定基準は、『キャラ設定に近い人物』。
 その為、主人公に自分を投影した場合、間違いなく『主人公=自分』となる。
 よって、それ以外の登場人物は、自然と自分に近しい人間が選ばれる。
 ただし、この『近しい』と言うのは、あくまでも物理的な意味だ。
 物語の主人公とそれ以外のキャラとの相対関係を実現可能で、且つ性格や外見が近い人物が、具現化された物語の一員に選ばれる。
 そして、そのシナリオ通りに行動し、科白通りの内容を話す。
 尤も、全部が全部と言う訳ではない。
 文章に描かれていない部分は、各々勝手に動く。
 ただ、シナリオから逸脱するような行動はしない。
 あくまで、選ばれた人間は、その物語内に縛られた生活を送る事になる。
 いわば――――羽根ペンの支配だ。
 無論、そんな状態だとは、当人は一切気付かない。
 筆者自体、翌日になるまで忘れているくらいだ。

 以上、まだ他にも細かい制限や条件などはあるが、『リアライザー』の性質は概ねこう言ったところだ。
 尚、『リアライザー』とは、忍が名付けた羽根ペンの名称。
 シナリオライター志望者の悪い癖。
 それは兎も角として。
 何通りもの検証を行い、リアライザーの性質をある程度把握した忍は、いよいよ自分の具現化したいシナリオを描いてみる事にした。
 余り欲を満たしてくれない、割と制限が多いと言う難点こそあれ、基本的には夢のようなアイテム。
 それを活用すべく描いたのは――――楽しい事ばかりを詰め込んだ、非日常だった。
 常識の範囲で発生する、様々なイベント。
 適度にネジの緩んだ、愉快な登場人物。
 安全の保障されたスリル。
 それ等は実際、楽しかった。
 だが同時に――――空しさもあった。
 忍は、ストーリーテラーとしては、極めて平凡な才能しか持ち合わせていなかった。
 起こる事件や刺激は、何処かの作品で既に描かれたような内容ばかり。
 凡庸な非日常だった。
 その為、午前〇時になると、どうしようもない虚無感に襲われてしまう。
 自分は、この程度の話しか思いつけないのか――――と。
 それを自覚して以降、忍は楽しい日々が描けなくなった。
 代わりに描くようになったのは、何気ない日常。
 特別な事は一切起こらない、ごく普通の日々を、淡々と描いた。
 病気をしない、事故に遭わない、身内の不幸がない、大事な物が壊れない。
 そんな管理された毎日を、忍は延々と描き続けた。
 だが、中学の卒業が近づくに連れ、『これじゃダメだ』と自覚するようになった。
 予防線を張ってばかりでは、その線の中でしか生きられない、狭い価値観の人間になってしまう。
 そんな一念で、忍は高校デビューを計画した。
 高校生の初日、入学式の日に、恋人を作る。
 それも、理想のシチュエーションで。
 その計画を実践すべく、忍は入学式前日の深夜、温めていた新作を描き始めた。

 タイトルは『ストレンジ・ストレート!』。

 その内容は、『高校に入学した主人公が、美少女かつ変人のクラスメートに見初められ、連れ回される中で少しずつ親しくなる』と言うもの。
 実にありきたりの、色んなマンガやライトノベルに転がっている物語。
 しかし、忍にとって『入学式に起こって嬉しいシチュエーション』の一位は、それ。
 斯くして、意気揚々と描かれたその物語は、確かに具現化した。

 だが――――予想だにしない事態が発生した。

 今、時刻は午前〇時十五分。
 忍の記憶の中に、リアライザーの事がしっかり蘇っている。
 当然、昨日の事も。
 刹那朱莉――――クラスメートのあの女子の事も、だ。
 ただ、忍の描いたヒロインと、その女子の間には――――大きな隔たりがあった。
 変人と言う設定はあった。
 あったが、『この世界は誰かに描かれている』等と言う科白はなかったし、そんな考えを持っている人間と言う設定も存在していない。
『登場人物制限』追加事項。

 リアライザーで実際に存在する人物の名前を使って物語を描いても、その人物が物語通りに動くとは限らない。

 同姓同名の人物が他にいる可能性を考慮すれば、それは当然の制限とも言える。
 描いた登場人物とリンクするのは、『その登場人物と性格、性質が近い人物』。
『ストレンジ・ストレート!』のヒロイン名は『斉藤 葵』と言う名前。
 このヒロインが、現実世界の刹那朱莉とリンクしている。
 逆に言えば――――刹那朱莉の元々の性格が、斉藤葵と似ていると言う事。
 要は変人だ。
 それを踏まえた上で、忍は恐れていた。

『私達は、不完全な、それもうだつの上がらない、然したる長所もない劣悪な小説家に生み出されたの』

 当然、忍が用意した科白ではない。
 そうなると、他ならぬ朱莉自身が、リアライザーの存在に気付いていると言う可能性がある。
 或いは、この世界は『終恣ノ歩』によって描かれている、と――――そこまで知っている可能性すら。
「……打ち切りにした方が良いのかな」
 一人しかいない部屋で、ポツリと呟く。
 忍にとって、刹那朱莉と言う女子の存在は既に、危険水域を超えていた。
 シナリオライター志望。
 そんな夢を描く忍にとって、リアライザーは自分の描くシナリオの採点機となっている。
 自分が考えた物語を実際に体験し、それが本当に面白いのか、リアリティがあるのか、と言う事を体現できるからだ。
 これ以上ない、最高のアドバイサー。
 まだ手放したくない――――その一心で、忍は『ストレンジ・ストレート!』の早期完結を決心し、原稿と向かい合った。


『翌日の昼休み。初めての高校での授業と言う緊張感もそこそこに、大学ノートを返却しに行った俺は――――』


「ちゃんと予習してきたか、これからテストするから」
 ――――突然、ヒロインにそんな事を宣告された。
「テスト? 何で俺がそんな事……」
「自覚しなさい、って言ったでしょ? これから貴方は、私の紡ぐ物語の主人公として、色んなキャラ達と遭遇して、交友を深めていくの。そのキャラの性格や人格をいち早く覚えておけば、対応もし易いでしょ?」
 要するに、キャラ設定をカンニングしろ、と言う事。
 カンニングする為に、テストを受ける事を強要されていた。
「それじゃ第一問。メインヒロインの次に位置する、二番手のヒロインの理想像を述べよ」
 否定する暇もなく、早速一問目が出題。
 忍は――――主人公像そのままに、流された。
「……二番手のヒロインは、アンチヒロイン的な役割を担う事が多い。つまり、物語上におけるメインヒロインの補完、補足を行う役割を担っている。性格的にも真逆。立場的にも、当初は敵対しているケースが多々ある。いわゆる対比としての存在が構成上好ましい。その上で重要なのは、メインヒロインを生かす為の存在にするか、メインヒロインを補う存在にするか。これは、どちらが良いって事じゃなく、作品性、メインヒロインの設定等で決めるべき。で、お前をメインヒロインとする物語においては、お前のその無鉄砲で身勝手な性格をフォローする為に、静的で理知的なヒロイン、或いは優しく穏やかなヒロインが好ましい」
 これだけの長科白を、忍は一度も噛まずにスラスラと答えた。
「私の性格に対する表現はなってないけど、それ以外は概ねOK。中々のものじゃない。物覚えの良さも、主人公には必要なの。合格よ、合格!」
「わーい、合格だー」
 やる気の一切ない万歳三唱が、教室内に響き渡る。
 クラスメートの大半は昼食とお喋りに夢中で、その姿を白い目で見る者はいなかった。
 少し不自然な程。
「それじゃ、第二問。その上で、どんな二番手ヒロインを配置すべきか」
「メインヒロインと違って、二番手ヒロインは物語を動かすんじゃなく、物語を傍観する立場。介入するにしても、そこには何らかの制約が必須であり、そこに主体性を加える事でジレンマが生じる。そのジレンマが二番手ヒロインのアイデンティティになり、人気を博す事が多い。よって、今回のケースでは、主人公を振り回すヒロイン、ヒロインの言動に流される主人公に否定的なポジション、つまり風紀委員や委員長、或いは部活を取り締まる立場の生徒会役員などの立場でありながら、主人公に好意を持つと言う女子が好ましい」
「合格! いけるじゃないの。これなら、今日中に残りの三人も集められそうね」
 朱莉は口を『U』の字にして、喜びを表していた。
 一方、忍は疲労困憊。
 汚い字で埋まった大学ノートを読破し、中身を暗記すると言う作業は、精神をかなり削り取った。
 それでも、どうにか覚えられたのは――――中々に興味深い内容だったから。
 特に、朱莉自身の事を書いている部分に対し、忍は感心すら覚えていた。
 自分の事を、実に事細かに客観視している。
 その上、それを文章化している。
 高校生にそれをやれと言っても、そうそう出来る事ではない。
 誰でも、自分の恥部からは目を背けたいもの。
 でも、朱莉は違った。

 例えば――――『胸は確かに、確かに小さい』
 或いは――――『髪型には拘りがあるけど、誰にも褒められた事はなくて寂しい』

 このような身体的欠陥、性格の詳細の分析、幼少期の生い立ちや生活環境によってもたらされた影響等、あらゆるものを包み隠さず書いている。
 しかもそれを、他人に見せるとなると、相当高いハードルの筈だった。
「じゃ、そこのところを踏まえた上で、放課後は人材発掘に行くから。勝手に帰ったら、口の中にちっちゃい円月輪放り込むから」
 だが、朱莉は恥ずかしげな素振りは一切見せず、アクティブな脅迫をして来た。
「それじゃ、放課後にね」
 蝶々結びの横ポニーをフワリと浮かし、朱莉は自分の席へと戻って行く。
 それを見送る忍の精神は既に限界を迎えており――――
「あら! ンもう、忍ちゃん! 忍ちゃん起きなさい! ホームルームまでが今日の授業なンだからーッ!」
 オカマのそんな声にもめげず、睡眠による体力回復を図った。


 そして――――放課後。
「で……最初に探すのは、やっぱり二番手のヒロインなのか?」
 廊下の喧騒が遠くに聞こえる中、忍はある程度スッキリした頭で、隣を歩く朱莉へ問う。
「当然でしょ。一番重要なポジションなんだから。主人公、メインヒロインよりも」
「……え?」
 その答えは、忍にとってかなり意外だった。
「名作の影に名脇役あり。ロリっ子オペレーターも、ややロリ艦長も、金髪ナチュラルも、金髪ツインテールも、ややロリ情報統合思念体も、途中加入下級生ツインテールも、ロリ天使も、ラスボスロリヤンデレも、みんなそう。主人公やメインヒロインを食うくらいの人気キャラが脇に一人いると、ファンの間に『派閥』が生まれるの。そうなると楽よ。勝手に盛り上がって勝手に熱狂的な固定ファンになってゆくから。勿論、最終的にはメインが捲くるんだけど」
 自信満々の面持ちで、メインヒロインは語る。
「どうでも良いけど、ロリ率とツインテール率と金髪率がやけに高いな」
「良い所に目をつけたじゃない。そこはとっても大事なポイントなの」
 階段の踊り場で立ち止まり、朱莉はピッと人差し指を立てた。
 ヒロインらしいポーズ――――のつもりらしい。
「萌えポイントの流行には、サイクルがあるの。五年周期、十年周期、諸説は色々あるけど、歴史は繰り返すの。だから、ロリもツインテールも金髪も、昔からある萌えポイントだけど、現在、未来にも通用するの」
「そう言うもの……なのか」
 今一つ、その手の流行には疎い忍の表情は、余り冴えない。
 しかしそれを気にするでもなく、朱莉は右手人差し指を天井に向けてビシッと立てた。
「だから、今からその属性を一切持たないヒロインを探します」
 それは――――堂々たる宣言だった。
 何が堂々としているのかと言うと、態度が。
「……持たない? 持つ、じゃなくて? いや、そりゃ金髪って時点でそんな女子この学校にはいないけどさ」
「私が目指しているのは、へっぽこ小説家の用意した脚本を越える物語。流行を追ってたら、そのレールに乗っかるだけよ。私が流行を作るの。新しい流行。その為には、流行要素を全部排除した新感覚キャラが必要なの。それが、私の理想とするセカンドヒロインなの」
 長科白を、演劇口調でもなく、棒読みでもなく、絶妙なアクセントで述べる朱莉に対し――――忍の目には落雷にも似た光が映っていた。
 流行の発信。
 それは、クリエイターを目指すあらゆる卵にとって、魅惑の言葉。
 そして同時に、最大級の保険でもある。
 なにせ、そう言っていれば、そんなエキセントリックな発想も、可能性を秘めた猫入り箱になれる。
 無論、その殆どは空っぽである事は言うまでもない。
「と言う訳で、私達がこれから探す人材は、ツインテールじゃなくて、金髪じゃなくて、ロリっ子じゃなくて、魔法少女じゃなくて、歌が上手くなくて、楽器弾けなくて、操縦とか出来なくて、何も憑いてなくて、天使じゃなくで、最終的に何かしらデレたりしない女子よ」
 最終的には、一生デレないと言う時点で、極限までハードルが上がった。
「……当然、それ全部満たしてる女子が世界中探してもいない事はわかってるんだよな?」
「そんなの、探してみないとわからないじゃない。可能性がある限り、私は理想を追い求めるの。理想主義者なの」
 そんな言葉があるかどうかは兎も角として――――忍は、それ以上強い否定をする事はなかった。
 何であれ、周囲に女性の数が増えるのは、目標への前進に繋がる。
「で、そのデレない女は、一体どんな役割を担うんだ?」
「良い質問ね。主人公はそうでなくちゃ」
 そんな朱莉の答えに対し、忍はふと矛盾を感じた。
「ちょっと待て。ヒロインにはアンチ流行を求めるのに、何で主人公にはありきたりな性質を望むんだ」
「それも良い質問。OK、答えてあげる。その理由は……」
 朱莉は、立てた人差し指をクルクルと回し始めた。
「語り部に特異性を求める必要はないからよ。テレビ見ててもわかるでしょ? 司会者が色々自分を前面に出してる番組、全然面白くないもの。主人公も同じ。判を押したような性格で良いの。ただし、キレイに捺された判。これが、私が貴方に求めたもの」
 それはつまり――――ありきたりを極めた主人公像を求めている、と言う事。
 そう言う意味では、誰でも良いと言う訳でも、何処にでもいる普通の人間、と言う訳でもない。
 とは言え、忍の心中は複雑だった。
「それじゃ、これから私達は、NOツインテール、NO金髪、NOロリっ子、NO魔法少女、NOシンガー、NOギタリスト、NOパイロット、NO憑依、NO天使、NOツンデレ、NO委員長、NO風紀委員、NO生徒会役員、NO巨乳な女子を探します」
「ちょっと待て。NO巨乳ってのはどーいうコトだ!」
 他にも色々増えていたが、忍の非難は一点突破だった。
「巨乳は却下。平均の範囲ならOKだけど、巨乳はダメ。絶対ダメ」
「何故に! 納得のいく説明を!」
「巨乳の時代は終わったの。あんな、安定した固定ファンを稼ぐ為だけのコンテンツに成り下がったポンコツアイコンには、私が引導を渡してやるの」
 そこには、並々ならぬ怨念があった。
 と言うか、明らかなコンプレックスが露見していた。
 ノートの内容とは明らかに異なっているが――――
「……」
「同情するなら殺すけど?」
「いやいやいや、してないしてない」
「兎に角、巨乳、豊乳、たわわ乳はお断り。わかった?」
 忍は生まれて初めて、殺気と言うものと、それを感じ取る第六感の存在を実感し、コクコクと頷いた。
「それじゃ、こっち。テキパキ動くの」
 有無を言わせない迫力で、朱莉は先陣を切った。
 そして移動した先はと言うと――――
「コピー室?」
 首を捻る忍を無視し、朱莉は一台しかないコピー機にカードを入れ、鞄の中から数枚の紙を取り出した。
 そして、テキパキした動作で大量の書類を生み出す。
 その一番上には『資質調査のお願い』と記されていた。
 中は――――

『金髪である事に抵抗を感じる』
『ツインテールにした事がない』
『ギターに名前を付けた事がない』

 等と言ったアンケートがズラーっと並んでいる。
「これを、全部のクラスの女子に配る、と」
「話が早いじゃない。私は三年を回るから、そっちは一年と二年、あと教師も宜しく」
「教師もかよ……って、え!? 俺一人で動けっての!? ちょっ、待……!」
 明らかに不公平な配分以前に、余りにハードルの高いそのリクエストに苦情を唱える間も与えず、朱莉はコピー室を慌しく出て行った。
 呆然としつつ、フラフラと視聴覚室へ。
 そして、ストンとパイプ椅子に腰かけ、現状を反芻する。
 全く知り合いのいないクラス、しかも上級生にまで用紙を配り歩くと言うのは、シナリオライターを目指すような内向的な人物には、完全なる荒行。
 ストレスで血管を限界まで狭ませて、全身に血液が行き渡らない状態で真っ青になっておっ死ねと、そう言っているようなものだ。
「……すいません」
「いや、謝るくらいなら最初から――――ン、ンン! な、何でしょうか」
 突然の来訪者を朱莉と誤認した忍は、咳払いで強引にテイク2を実行しつつ、視線を背後に向けた。
 視界に収まったのは――――女子。
 ツインテールでも、金髪でもない女子。
 が、とても高校生とは思えない、あどけない顔立ちは、ロリっ子そのものだった。
「惜しい!」
「え……」
「あ、いや、ン、ンン! もしかして、ここを使いますか?」
 困った時の咳払い。
 それを一分の間に二度も使用する事態になり、忍はこっそり赤面した。
「液晶ディスプレイを取りに来たんですけど……」
「あ、どうぞ」
 特にこの部屋の主でもない為、言葉少なに入室を促し、愛想笑いを浮かべる。
「……はい」
 最小言語の返事だったが、忍はそんな事など一切気に留めず、その女子の観察に明け暮れていた。
 明らかに可愛い。
 そして明らかに、好みの顔だった。
 日本人男性の八割四分二厘が童顔好きと言われる現代、忍もまた、その大多数の中の一人。
 忍は決意した。
 それは、原点回帰。
 二日目だけど、原点へ。
 目標――――恋人を作る、再始動。
 その決意を踏まえ、忍はこの女子に声を掛ける事にした。
 が、ナンパの経験など皆無。
 忍の人生に、リア充的要素は一つもない。
「え、えっと……もし場所がわかららいなら一緒に探しやすけど!?」
 結果――――音量ミス、噛み二回、ドモり。
 リア充どころかリア王並の悶死となった。
「お願いします」
 が。
 羞恥の余り顔を覆う寸前だった忍に、そんな優しい返答が届く。
 ちょいロリ女子は、釣り目でも垂れ目でもないその瞳を円らに弾ませ、遠慮気味ながら微笑んだ。
 おお女神、ここにおられたのですか――――そんな叫びが忍の心に響く。
「あ、は、はい。それじゃ」
 多少ドモりつつ、機材の入ったロッカーを探索。
 程なくして、十九型の液晶が見つかった。
「ありがとうございました」
 淡白ながら、やはり女神の報酬とも言える笑顔でそう一礼する女子を目の前に、忍は必死になって考える。
 このまま終われば、自己満足で終了。
 声は掛けられた。
 けど、それだけ。
 自分を変えるってのは、そう言う事じゃない。
 第一歩はここからだ――――と。
 だが、そう都合よく魔法の言葉は出てこない。
 焦りは徐々に、顔にも表れて行く。
「……?」
 ちょいロリっ子が、微笑みこそ絶やしていないものの、少し怪訝そうな表情になった。
 最早、悩んでいる猶予はない。
「あ、あのっ」
「はい」
「あ、あ……アン……そう、アンケート!」
 オートコンプリート機能、発動。
「アンケート、答えて貰えないでしょうか。その、出来ればクラスのみんなにも配って貰えると」
「アンケート?」
「はい、アンケート。女子を対象にした」
 机に積まれた用紙を指差す。
「わかりました。回答が終わったら、ここに持ってくれば良いんですか?」
「はい、是非! 心よりお待ちしております! えっと、名前、聞いても良いですか?」
 テンションが上がった所為か、忍は胡散臭いセールスマンみたいな返答をしてしまった。
 間違いばっかり。
 けれど――――
「那由他名夕(なゆた なゆ)と言います。では、お預かりしますので」
 言葉少なながら、ちょいロリ女子あらため那由他名夕は、用紙をクラスの女子の人数分、持って行ってくれた。
 それはまさに、奇跡。
 否――――起死回生の閃き。
 初対面の女子を一撃で仕留められるような腕を持つわけでない、恋愛の素人が、それでも意中の相手のハートを射抜く方法があるとすれば、それは『次』を作る事。
 忍はそれに成功した。
 ある意味、この上ないご都合展開だ。
 しかもチャッカリ名前まで聞けた。
「ただいま……って、まだ配ってないの? 遅い!」
「あたっ」
 余韻に浸る忍の頭を、もう配り終えてきたらしき朱莉が叩く。
 しかしそれも、今は女子にボディタッチを受けてしまったと、ポジティブな受け取り方が出来る。
 忍は完全に舞い上がっていた。
「全く……もう良いの。私が行ってくるから、アンタはアンケート結果の回収ボックスでも作ってて」
 呆れられつつ、結果的には配り歩く手間も省けた。
 まさに好転。
 そして、いつの間にか呼ばれ方が『貴方』から『アンタ』になっていた。
 それは、恋愛で言う所のステップ・アップに該当する瞬間。
 だが、別の女子をメインヒロインに決めた忍にとっては、もう意味のない事。
 いわば、過去の女だ。
「……?」
 怪訝な顔で睨む朱莉を無視し、忍は笑みを堪えながら回収ボックスの制作に着手した――――


「――――って、あれ?」
 日付変わって、入学三日目の〇時直後。
 忍は自室の机の上で、大きめの疑問符を浮かべていた。
 理由は単純。

 ――――また違っている。

 昨日の同時間帯にリアライザーを使って作成した物語と、入学二日目の学校生活には、至る所に相違点が生じていた。
 何より、結末が大きく異なる。
 最終的に朱莉とは物別れする筈だったのに、その為に盛り込んだシナリオは一切適用されていない。
 当然、これまでに判明している制限にも引っかからないよう、無難なシナリオを用意していたにも拘らず、だ。
 考えられる可能性は二つ。
 まだ判明していないNG要素が、シナリオ上にあったのか。
 若しくは――――リアライザーが故障してしまったか。
 いずれにしても、忍にとっては頭を抱える事態となった。
 一方で、『新たなヒロインの登場』と言う美味しい展開は、シナリオ内で描写した通りに具現化した。
 よって、朱莉に関する描写だけが、上手く具現化されていないと言う事になる。
 となれば――――
「……こっちを優先した方が良いのか?」
 心中で、自己に問いかける。
 これまでの経験上、リアライザーには文字制限はない。
 少なくとも二万字までは問題なく具現化される事が確認済みなので、一日の描写分としては、文字数を気にする必要はない。
 とは言え、朱莉との離別と、新ヒロイン候補の女子との進展を均等に描けるほど、忍は器用な物書きではない。
 そもそも、恋愛モノと言うのは、自身の経験の希薄さもあり、最も苦手とするジャンルの一つだ。
 それ以前に、ファンタジー以外は基本的に上手く描けない。
 高校に入学したばかりのシナリオライター志望者では、せいぜいその程度と言う事だ。
 そうなって来ると、自分の能力と相談しつつ、何処を重視するかを考えなければならない。
 ならば、思い通りに具現化しない朱莉のシナリオよりも、新ヒロインのシナリオを優先させる方が、ずっと建設的だ。
「よし、決定。新ヒロインの名前は……七瀬未来だったっけ」
 一人納得し、忍は翌日の為のシナリオをダーッと描き上げた。
 当初はかなり苦労した羽根ペンでの執筆も、今ではもう慣れたもの。
 既にある程度のプロットは出来ている事もあって、約一万文字を二時間弱で描き上げ――――
 眠りに就いた。





 

  前へ                                                             次へ