【01 ラバー・ソウル】

 ――――これは、恋の物語。

 その日、空は蒼く澄んでいた。
 だから気持ちも晴れる、と言うほど単純じゃないにしても、気分は悪くない。
 この『特別な日』の始まりとしては、上々と言える。
 そんな事を思いながら、僕は高校生活第一歩目を、慣れない黒革の靴で踏み締めた。
 感触は、悪くない。
 少し足の先が窮屈なのも、直に慣れるだろう。
 今日は高校初日。
 つまりは入学式。
 この日僕は、運命の出会いを果たす……つもりでいる。
 勿論、運命なんてものを思い通りに操れるスキルなんて持ってない。
 でも、この場合の『運命の出会い』は、やる気と度胸さえあれば、何とかなる。
 高校一年と言う、新たな節目を迎え――――僕は、一つの目標を立てた。
『恋人を作る』。
 独り者の男子なら、誰もが成就を願う目標だ。
 でも、僕にとっては、より切実な問題。
 それは、この外見に由来する。
 女顔。
 それは中性的、と言う表現が生温いほどに、女子色の強い顔。
 それで、義務教育の間はずっと苦労して来た。
 なにしろ、モテない。
 女子を好きになる女子なんて、滅多にいないんだから、当然だ。
 この九年間、僕は一切女子と親密になれなかった。
 黒歴史。
 暗黒歴史だ。
 ただ、高校生となった僕は一味違うぜ。
 そんな殻をブチ破ってやろうと思う。
 ここで、当初の目標をリフレイン。
『恋人を作る』
 更に倍。
『キレイな恋人を作る』
 これだ。
 これで、全部の問題が解決できる。
 僕より『如何にも女性』って顔立ちの人が隣にいれば、僕の女子度は格段に落ち、ノーマルに見えるハズ。
 本日は、その目標の大きな分岐点となる、入学式。
 ここが勝負。
 大一番だ。
 何事も始めが肝心。
 第一歩で躓いたら、その先入観が常に付きまとう状態になる。
 それは絶対に避けたい。
 僕は祈る。
 誰にともなく。
 ひたすら、祈る。
 この高校で、僕の隣を歩いてくれる女の子と巡り逢う事を――――




 ――――と。
「……」
 まだ草木は眠らない、午前○時三〇分。
 今しがた描き殴った原稿用紙を睨むようにして、少年は何度も反芻していた。
 この少年の名は、遠藤忍(えんどう しのぶ)。
 そして――――もう一つの名前。
 終 恣ノ歩(おわり しのぶ)と言うペンネームも持っている。
 ただし、あくまでも『自称』。
 まだ公にした事は一度もない。
 そんな、ごく普通の十五歳の少年である忍の夢は、シナリオライターだ。
 よって現在は、高校入学を本日に控えた『シナリオライター志望』の若人、と言う事になる。
 その少年が現在手掛けているのは、夢に向けての第一歩となる『第九回 エンジェルフェザー賞』投稿用の作品――――ではない。
 それは、自前のパソコンのフォルダに『応募作03』と言う名前で、別途保存されている。
 では何故、その応募期間が迫っている投稿用作品よりも、そんな手書きの文章を優先しているのかと言うと。
 こちらの期限の方が、より切迫しているからだ。
 しかも、これからベッドに入って、就寝するまでの間に、完成させなければならない。
 かなり切実だった。
「うーあー」
 心中で様々な葛藤と苦悩を味わいつつ、それでも休む事なく、忍はペンを動かす。
 その速度は、パソコンで文字を打つ速度の半分以下。
 それでも、そんな文明の利器には一切頼らず、愚直にインクを這わせて行く。
 そんな作業が、深夜のとある部屋で延々と進み――――
「……よし!」
 そして、終わった。
 時刻は午前三時二十四分。
 今日高校生になる少年が起きている時間ではないが、罪悪感や焦燥感は微塵もない。
 忍にとって、この時間に意識がある事は、少なくとも『この一年』の間は、珍しくもなかった。
「はぁ……」
 何度かの溜息と、首を回す運動を経て、就寝。
 この一連の作業が、何の意味を持っているのか――――それは、直ぐに明らかになる。




 Ch.1 ”where's heroine”




 その日、蒼空市のほぼ中央に位置する【甲乙高等学校】は、盛大に入学式を迎えていた。
 約一ヶ月前に、その甲乙高校の合格発表を一人寂しく確認した忍にとっては、新たな環境の主戦場であり、日常生活の拠点となる場所。
 既に下見も含め、数度足を運んでいるものの、桜吹雪が舞い散る中に数多の同級生が笑顔で吸い込まれて行くその光景は、何かしら琴線に触れるものがあった。
 忍に友人がいない理由は、明確だ。
 自分の創造する物語を脳内に常備している為、現実における話し相手を必要としない。
 対人スキルも、レベルで言えば3か4程度。
 需要もなければ供給もない。
 結果、孤独な人生を送っている。
 だが、それはダメな生き方だとも自覚していた。
 そんな中、忍はこの高校生活初日にあたって、とある目標を掲げていた。

 それは――――恋人を作る事。

 友達、親友などを飛び越えての、かなり大胆な方針ではあるが、忍に迷いはない。
 何故なら、それは急務だからだ。
 自身の持つ、幾つかの外見的特徴の中の一つである『女顔』故に、男友達が隣にいると、現在二次元で流行中の『男の娘』に見えてしまうと言う弊害がある。
 辛い。
 ブームが去ったら、更に辛い。
 それを解決する最善策は、『恋人』の存在に他ならない。
 ある種の悲壮感すら漂わせ、忍は入学式に臨んだ。
 ダイジェストにしても特に見所のない入学式は省略し、気付けば教室。
 忍は一年一組の教室で、息を潜めながら、周囲の女子をこっそりチェックしていた。
 クラスの顔面偏差値は中々。
 ちなみに、そう判断した忍自身の顔は、男子としては女過ぎて微妙、女子としては中の上だ。
「はぁーい、それじゃ皆さーン、着席ーッ! 早く着席ーッ!」
 そんな中、忍の耳に担任のものと思しき声が届く。
 女声ではない。
 ――――オカマだった。
 新入生の間に、異様などよめきが起こる。
「それじゃ皆さーンッ、注目、注目ーッ。これから一年間ヨロシクしちゃう担任でーすッ! ヨロシクねーッ」
 担任は、語彙が少なかった。
 そして、名前を言い忘れていた。
 尤も、誰もが『オカマ』と呼ぶつもりでいるらしく、特に質問が飛ぶ事もなかった。
「それじゃ、皆さンも自己紹介お願いねーッ!」
 そんな混沌とした空気の中、自己紹介祭が始まる。
 時に道化が生まれ、時に地蔵が生まれるその模様は、小中の学校でも繰り返されてきた光景だ。
 そんな中、忍は一人静かに、頭の中でゲネプロを繰り返していた。
 恋人を作る――――そんな目標を掲げるにあたり、春休みの間中に纏めた草案。
 その第一章が、この自己紹介だ。

『遠藤忍です。周囲からよく、女だオカマだと言われ続けて来ました。けれど俺は、オカマじゃありません。ごく普通の恋人随時募集中の男子です。オカマじゃありません。皆さん、どうぞ遠藤を宜しくお願いします』

 自身の身体的コンプレックスを武器にした、堂々たる宣言。
 奇を衒わず、思いの丈を訴え、かつ紳士的。
 大事な事は二度言う。
 完璧な自己紹介だと自負しつつ、自分の番が来た瞬間、忍は揚々と立ち上がった。
「遠藤忍です。周囲から良く、女だオカマだと言われ続けて……」
「やっだァ、忍くンってオカマ? オカマーッ?」
 ――――が、担任の横ヤリでのっけから突き抜かれた!
「そうよねぇ、オカマよねーッ、その顔じゃオカマよねーッ。でもぉ……ガンバッ」
 一年一組の教室に、何かが切れる音がした。
 それは――――十年以上溜め込んだ『鬱憤袋』の緒が切れたような、そんな音だった。
「……テメェに言われる……筋合い……あるかああああっ! オカマはお前だーーーーーっ!」
 突き刺す勢いで、指先を向ける。
 自然と、拍手が巻き起こった。
 結果として――――目立ちはした。
 特に良い方向ではないが。
「ひっどォい! 誰がオカマよォ! ワタシ、たんにーン! 超たんにーン!」
「うっさいオカマ! オカマにオカマ呼ばわりされる筋合いはねーよ! 取り消せ! 俺はオカマじゃ、なーーーーーーーーい!」
 紛争。
 それは、何処でも起こり得る、人間の業。 
 クラス中の女子が、オカマ相手に吠えまくるその姿に失笑する中――――
「……ふうん」
 たった一人の女子が、その動向を鋭い眼で眺めていた。


 そして、そんな一悶着の成果は突然、現れる。
「……ちょっと、良い?」
 放課後。
 と言っても、入学初日なんで、昼間の事。
 担任の爪痕を顔面に残した忍は、突然、一人の女子に話しかけられた。
 目を惹くのは、その髪型。
 いわゆる『横ポニー』で、正面から見て右側を結っているが、本当の特徴はその先にある。
 結った髪先を、リボン結びしていた。
 リボンを結んでるんじゃなく、髪をリボン結び。
 しかも、リボン並に大きく。
 かなり奇抜だ。
「あ、うん。良いけど……何?」
 だが、顔の作りは非常に宜しいと言う事で、忍はこのチャンスをものにする覚悟で、最高の作り笑顔を完成させた。
 勿論、対人スキルのレベルからして、ぎこちないモノになる。
「見つけたの」
 ただ、その蝶々結びの女子は、それ以上に色々欠落した言葉で、一人納得していた。
「……はい?」
「私の理想の主人公を、ついに見つけたの。おめでとう、貴方。おめでとう」
 童顔寄りの顔をした美人女子は、忍の疑問形を異にも介さず、握手を求める。
 忍は動揺しつつ、なすがままになっていた。
「と言う訳で、付いて来て。早速話し合いをしたいの」
「は、はあ……えっと、拒否権とか、あります?」
「却下。貴方は主人公なんだから、それは許されてないの。何処の世界の物語に、主人公が場面転換を断るって言うの? 私の言っている意味がわかる?」 
「……全くわからない」
 冷や汗が滲む。
 その様子に、蝶々結びの女子は目をキランと輝かせた。
「その汗、良いの! それでこそ主人公! やっぱり私の目に狂いはなかったの!」
 喋る度に意味不明。
 忍の中で、既に初対面の女子には『変人』の称号が与えられていた。
「やっぱり主人公には冷や汗が似合うの。合格よ、合格。と言う訳で、今から空いている部室を見つけに行きます。付いてらっしゃい」
 最早、命令形になっていた。
 間違いなく変人。
 いわゆる『様子がおかしい人』だった。
 だが――――可愛い。
 忍の中で、その二大要素を左右に置いた天秤が揺れる。
「取り敢えず、部活巡りをする、って解釈で良いんなら……付き合うけど」
 結果、後者を乗せた皿が落ちた。
「そう! 良いじゃない、良いじゃないの。やっぱり主人公は、主体性のない流され体質に限るの。未だ私の目に狂いなし!」
「なんか……いわれのない誹謗中傷を受けた気がするんだけど」
「気の所為! 気の所為! それじゃ行きましょう!」
 猛烈な後悔に襲われた忍は、謎のクラスメートに押し出される格好で、部室巡りの旅へと赴くハメになった。


 ――――で、二時間後。


「理想は、部員が一人しかいない文芸部だったんだけど……ま、ここで良しとしておきましょう」
 ブツブツと不満を呟く蝶々結びの女子と共に、忍は『視聴覚室』と言うプレートがぶら下がっている部屋で、ボーっと立ち尽くしていた。
 元々大した使い道のなかった、二階にあるこの教室、部室として使用していた映研が昨年ツブれ、更には同時期に最新型のビデオプロジェクターが会議室に設置された事で、完全に役目を終えていたらしく、あっさりと使用許可が出て、今に至る。
「……で、無事に場所も確保できたトコで、そろそろ教えて欲しいんだけど。俺は一体、何でここへ連れて来られた?」
 そんな忍の疑問に対し――――クラスメートの女子は不敵な笑みを浮かべ、横ポニーを揺らした。
 何処か、楽しげに。
「貴方がここに来た理由なんて、一つしかないの。主人公として、これから私のする、あらゆる行動の語り部を務める為よ!」
 ビシィ――――〜ッと、決めポーズっぽい感じで指で差された忍は、ただただ困惑した。
 そもそも、言ってる事が未だに良くわからない。
 流石に、頭の中で『撤退せよ』と警鐘が鳴り出した。
「なんかイマイチ、自覚が足りないみたいね。ちゃんと自分に与えられてる役割、わかってる?」
「全然……と言うか、ホントに何一つわかってない。そっちの名前もわかってない」
「ああ、そう言えば。誰かさんが担任とケンカして、途中で有耶無耶になっちゃったんだっけ。それじゃ、私の事を話しましょう」
 再び、不敵な笑みを浮かべ――――このエキセントリックな女子は、更なるエキセントリックな事実を顕にした。
「私の名前は、刹那朱莉。この世界のメインヒロインに該当する登場人物よ」
 自己紹介と同時に、腕組みして左手の人差し指をピン、と伸ばす。
 何故だが、したり顔だった。
「……メイン……ヒロイン?」
「ええ。その解説の前に、まず大前提を教えておくとしましょうか。これはとっても大事なコト。聞き漏らさないように」
 全く話についていけない忍に対し、朱莉と名乗った女子は急に真顔を作り、囁くように『それ』を告げた。

「この世界は……描かれているの。何者かによって」

 ――――沈黙。
 呆然の名の元に。
「そう、それ! そのリアクションが、今時の主人公なの。そこで『えっ、どう言う事だよ!』とか『な、なんだって!?』とか言う反応するようじゃ、このスカした時代の主人公は勤まらないの! わかってるじゃないの!」
 何故か超褒められた忍は、嬉しさなど微塵も感じず、寧ろ不気味さで身が震えた。
 既に『恋人候補第一号』の枠は撤廃され、そこに残ったのは、副流煙のようなオタク臭。
 シナリオライターを目指す忍は、その手のジャンルに関しても、一定の知識を持っている。
 それだけに、強く思った。
 この女子はヤバい――――否定的な意味でヤバい、と。
「取り敢えず、話を聞いて」
 そんな忍の不安を察してか、朱莉は解説ポーズのまま、話を紡ぐ。
「『胡蝶の夢』って知ってるでしょう? もう出典として使い古されて、擦り切れた説話だものね。要は、それと同じ原理よ。私は、夢の中で自分が世界を作る夢を見たの。でも、起きた時にこう思ったの。私こそ、誰かが描いた登場人物の中の一人なんじゃないか、ってね。勿論、最初は否定してたの。でも、考えれば考えるほど、それが現実味を帯びてきたの。私達は、誰かが描いた物語の登場人物であり、この学校、この街、この国、この世界の全てがそうであると、そう思うの」
 力説する朱莉に――――忍は思いっきりドン引きしていた。
 引くなと言う方が無理もない話ではある。
 言っている事は、理解できる範疇にある。
 忍も胡蝶の夢は知っていた。
 自分は、誰かが見ている夢なんじゃないのか。
 何時かその夢が覚めたら、消えてなくなる存在なんじゃないか――――つまりは、そう言う事だ。
 とは言え、その説話自体、結論が出ない事を前提に、『どっちでも良いじゃん。どうせ地球は滅びるし』と言う世の諸行無常と普遍性、そして儚さを説いたもの。
 高校にまで持ち越すとなると、それは立派な『注二病』だ。
 注意二回。
 レッドカード。
 退場だ。
 しかし、この刹那朱莉と言う女子は、まだここにいる。
 関わるべきでないと言う警告と同時に、忍の中に、一つの好奇心が生まれた。
 これまでの人生で、一度も出会った事のない、奇抜な精神の持ち主。
 シナリオライター志望者として、この機会は逃せない。
 恐る恐る、取材のような心持ちで、忍は会話を続行した。
「で……俺等を描いてるのって、誰なんだ?」
「良い質問ね。ここまでは一〇〇点よ。良いでしょう、教えてあげる。私達を設定し、プロットを作って、試行錯誤した結果生み出したのは……名もなき一人の小説家、よ」
 ゴクリ――――と言う音が、忍の喉から漏れる。
 それは、意図したものではなかった。
「……つまり俺達は、そんな然したる実績もない人間に生み出された、と言いたいのか?」
「そうなの。だから、人間には沢山の欠点や業、合理性を欠いた行動、発言が多いのよ」
 朱莉は両手を解き、今度は右手の人差し指を立てる。
「生み出した人間が欠陥だらけなら、それに生み出された私達が完璧とは程遠い存在なのは当然でしょう? 人間は色んなミスをするし、欲望を上手くコントロール出来ない。それってきっと、生みの親があんまり優秀じゃないからなの」
 余りにムチャクチャな理論。
 しかし、忍はその説に興味を覚えていた。
 人間を生み出した存在が不完全だから、人間もまた不完全なのか。
 人間が不完全だから、それを生み出す存在もまた不完全なのか。
 卵が先か、鶏が先か――――そんな言葉が脳裏を過ぎる。
「私達は、不完全な、それもうだつの上がらない、然したる長所もない、劣悪な小説家に生み出されたの。だから、完璧な人間にはなり得ないし、目指す意味もない。でも、それに気付いた以上は、その用意された物語を越えられる筈よね。そんな質の低いストーリーテラーの用意した人生より、よっぽど楽しくてダイナミックな生き方を、出来るの」
 朱莉の瞳が、ギラリと光る。
「その為には、まずはキャラクター。理想のキャラクターを揃えなきゃ始まらないの。特に大事なのは、主人公。それが、貴方なの」
 演説にも似た朱莉の話は、ここで一先ずの区切りを迎えた。
 そして、忍は理解する。
 理解してしまった。
 どうやら、刹那の言う『一小説家に描かれた物語』を越える為の主人公として、自身に白羽の矢が立ってしまった――――と言う事を。
 そして同時に、別の面も理解した。
 朱莉は、自分がメインヒロインだと断言している。
 それはつまり、最終的に主人公たる自分と結ばれる、と言う事を意味している。
 古今東西、主人公とメインヒロインがくっつかなかった物語は、そう多くない。
 これはもしかして、新手の告白じゃないだろうか――――

『貴方にとって、私はヒロインなの。って訳で、付き合って』

 それこそが、ここまで長々と語ってきた彼女の真意なのでは――――と。
 もしそうなら、労せずして恋人をゲットできる。
 でも、余りに歪な言動が目立つ変人でもある。
 美奇人。
 二次元の世界では、今やヒロイン像の一つの定番だが、それを現実で体現する事になるとは夢にも思わず、忍は悩んだ。
 どうすべきか――――
「……って、それで何で俺が、そんなお前の人生の語り部になる必要があるんだ?」
 逡巡が頭の中を駆け巡る最中、そんな質問が漏れる。
 朱莉は鼻で笑った。
「主人公は語り部。これは、一人称の小説が流行り出した時点で、もう確定事項でしょう? 自覚しなさいよ、ちゃんと」
「それは二次元の話だろ……」
 ジト目の忍に、刹那は満足げに親指を立ててきた。
 満点回答らしい。 
「私が思うに、語り部となる主人公の適正は四つあるの。特別に全部教えてあげるから、心の自由帳にメモしておきなさい」
 自身の胸をトントンと叩き、朱莉は笑む。
 その仕草は、純真な男子を思わずゾクッとさせるものがあった。
 尤も、サイズは……、だが。
「まずは、ツッコミ特性。これは必須よね。幾ら『最近、主人公がツッコミ属性ばっかになってきたな』ってツッコまれても、ここは外せないの。わかる?」
「わからん」
「で、二つ目」
 スルーされるのも、主人公の特性らしい。
「嫌よ嫌よも好きのウチ、を地で行くコト。何に対しても、ね」
 その指摘は少なからず、忍にも該当していた。
 今この現状が、まさにそうだ。
「三つ目は、少しの毒。これも大事よ。全然毒がない聖人君子みたいなツッコミじゃ、誰の共感も得られないの。かと言って、毒が強過ぎると、作品自体がマイノリティな雰囲気になるから、却下。貴方が担任に見せたキレ芸は、ジャンル的にはコメディね。あれくらいならOK。シリアスなツッコミも期待してるの」
「……最後の四つ目は何だ?」
 半ばヤケになって聞いた忍に対し――――朱莉は瞳で笑う。
 その笑みは、ある種の魔力を持っていた。
「葛藤よ。常に悩みを抱えているの。それが主人公の最大の魅力になるの。わかる?」
「……何となく、わかる気がしてしまった」
 実際、多くのヒット作の主人公が、それを前面に出している。
 偉大なフランス人の『考える人』が支持を集めた時代から、それは一つの真理なのかもしれない。
 その一方で、忍は疑念を抱く。
 その主人公像を、何故自分が持っていると判断されたのか。
 コンプレックスを見抜かれているのか――――と。
「あれだけの剣幕でオカマを否定してるってコトは、相当根深いコンプレックスがあるの」
 その原因は自分にあった。
「と言う訳で、貴方が主人公で、私がメインヒロイン。これはもう決定事項だから」
 長々とした説明の果てに待っていた結論は、断定。
 そこに忍の意見が入り込む余地はなく、実際頭ごなしに拒否する事もない。
 流され体質――――そんな朱莉の言葉は、的確だった。
 それを不愉快に感じる一方、忍は少し考えを変えていた。
 この刹那朱莉と言うクラスメート、その言動からサブカル系女子である事は明白。
 つまり、シナリオライター志望の男子とは、相性は良い筈。
 そう言う意味では、『趣味を隠さなくても良い相手』になり得る。
 恋人候補として、決して悪くない条件だ。
「一つ、聞きたい事があるんだけど」
 それを踏まえた上で、忍は問いかける。
「巻き込まれ型主人公の能動的行動は、何らかの事件、それも長編的事件を呼び起こす可能性が高いけど、それでも良いのならOK」
「どんなトラブルメーカー気質だよ……別に良いけど」
 半眼で訴える忍に対し、朱莉は横ポニーを揺らしながら、半眼を返してきた。
 ヤブ睨み合い。
 不毛な時間は五秒ほど消費され、質問が呈された。
「主人公とヒロインだけじゃ、お前の言う『この世界を描いた小説家』の物語を越える物語ってのは作れないよな? 物語ってのは、大抵いろんな立場の色んな人間が登場するもんだ」
「話が早いじゃないの。その通りよ」
 フフン、と鼻で笑い、朱莉は視聴覚室の長い机に腰を下ろした。
 煽情的な、それでいて節度を保った、サービスカットのような体勢だった。
「私はね、黄金比ってどんなコトにでもあるって思うの。わかる? 黄金比。この比率が一番美しく見えるって言う、アレよ。それは多分、人生にも言える事なの。黄金配置って言うのがあると思うの」
「黄金……配置?」
 また突然、聞きなれない言葉が出てくる。
「そう。黄金。こう言うキャラクターがいれば、話の中身がなくてもどうにかなる、って感じの。長期的に物語を読み進めて行く上で、結局はそれが一番大事だと思わない?」
「そ、そうか……?」
 狼狽える忍に対し、朱莉は悠然と構えている。
 自論に対する絶対的自信が滲み出ていた。
「私の研究によると、主要キャラの人数は五人って言うのが一番、物語が輝く配置なの。戦隊モノも、青銅の人達も、バスケットチームのレギュラーも、団の人達も、軽音部も、魔法少女も、主要どころは五人でしょう? 派遣を握るなら、三人でも四人でもなく、五人なの」
 悲しい事に、忍は意図せんとしている事を理解できてしまった。
「つまり……俺も含め、合計で五人になるようにする、って事か?」
「そ。でも、ただ五人集めるだけじゃダメ。ちゃんと、それぞれに役割を担う必要があるし、その役割に合った人材を集める必要があるの。それが出来て、はじめて物語は輝くの。予め用意された、拙い運命を越えるコトが出来るの。わかる?」
「わからんではないけど、俺としては、別に五人に拘る必要もないと思うが」
「甘い。甘いのね。そんなアバウトな考え……あ、良いのか。貴方は主人公だものね。主人公はそれくらいフワフワしてないと、周りが動き難いもの。前言撤回。甘くてOK。主人公はスイーツな一面も持っておくべき。それを抉らせて、ハーレム至上主義になったらアウトだけど」
「……さっきから、貶されっ放しって気分なんだけど」
「褒めてんのよ。素直に喜んでなさい」
 投げやりなフォローに、忍は思わず顔をしかめた。
「それじゃ、あと三人見つけるって事になる……のか?」
「勿論。出来るだけ早く、ね」
 と、言う訳で。
 忍は半ばなし崩し的に、この刹那朱莉の黄金配置の一員となった。
 本当にそれで良いのか――――そんな自問自答が、頭の中をグルグル回る。
 だが、そこには全く別の角度の計算も含まれていた。
「その三人なんだけど……全員女子?」
 そう。
 ここで刹那朱莉との接点を維持すれば、これから彼女が集めるであろう女子と、無条件で出会う事が出来る。
 対人スキル(弱)の忍には、かなり大きなメリットだ。
「全員じゃないけど、女子が多いのは確かね。なんで?」
「いや、なんでも。で、目星は付いてんの?」
「全然。ただ、理想的なキャラクター像はもう決めてあるの。そうね……語り部との情報の共有は必要よね」
 そう語りつつ、朱莉は自分の鞄をゴソゴソと漁り、一冊のノートを取り出した。
 表紙には特に何も書いていない、普通のノート。
 訝しい顔で、忍はそれを受け取った。
「取り敢えず、今日はここで解散。それ読んで、私の理論をしっかり頭に入れておいてね。じゃ、また明日!」
 やたら躍動的な所作で、朱莉は視聴覚室を去って行く。目の向け所を失った忍は、ノートをパラパラと流し読みし――――猛然と後悔した。
 怖ろしい程に一つの頁にビッシリと書き込まれた文字は、テンションで書き殴ったと思しき形跡が多々あり、兎に角読み辛い。
 それでも、幾つか拾ってみると――――
『メインヒロインは必ずしも人気ナンバー1である必要はない。ただし、存在感は必要。シリーズが進めば人気も変わっていく。短期的、中長期的、双方で観点で練っていくべき』
『主人公は物語を「進める」存在、メインヒロインは物語を「動かす」存在。語り部としての役割は、物語の進行役の一つの形。能動的な行動は、寧ろメインヒロインが率先して行うべき』
 ――――等、やたら事細か書かれていた。
 新たな女子との出会いを期待できるとは言え、このノートを一日で読破するのは、苦行以外のなにものでもない。
「……マジかよ」
 視聴覚室の中心で、忍は呆然としながら、ポツリと呟いた。

 そして、一日が終わる。
 入学式当日の終焉。
 それは同時に――――新たな時間の始まりでもあった。






 

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