美術国家ローバは現在、王族の求心力が著しく低下している。
 それは、国民の中に根強く美術国家としての誇りが根付いているからだ。
 一向に打開策を講じず、新たな芸術家を育てようとしない王家に対する不平不満は、城内・城外を問わず爆発寸前にまで膨らんでいる。

「けれども、現実はそんな国ばかりなのです。自由騎士に治安を頼り切りな要塞国家、とても平等を重んじているとは言い難い中立国家、そして侵略する度胸もない侵略国家」

 その空気を全身で感じながら、イーズナー=ファルジュアリはリンナ城内の医務室で横たわるグルートを見下ろしていた。

「王家の腐敗は顕著です。ならばそれを受け止め、冠に頼るのではなく"付加価値"を見出すのが、この時代を生き抜く為には必要なのですよ。付加価値も極めれば冠となり得ます」

「……聞いたふうな事いいやがって。いや、今の俺が何言っても無駄か」

 圧倒的な力の差をもって敗北したグルートは、屈辱感すらも味わえず、ただベッドの上で回復を待つのみの状態に甘んじていた。
 尤も、もしもラシルが情けを掛けなければ、回復すら不可能だっただろう。

 油断した訳ではない。
 だが、他にやりようはあった。
 いや、それでも結果は同じだったかもしれない――――そんな自問自答が頭の中を廻る。

「どのみち"賭け"は成立しました。虎斧フランシスカは回収させて貰います」

 既にグルートの手に愛用の巨大斧はない。
 しかしそれは、今回の件に賛同した時点で覚悟していた事だった。

『我々に協力してくれれば、ラシル=リントヴルムとの"私闘"を提供しましょう。どちらが勝とうとも将軍としての責に影響のない形で』

 グルートにとってその誘いは、何事にも代えがたい僥倖だった。
 彼らの出してきた条件――――ラシルに敗北した場合は虎斧フランシスカを頂く、という約束事も全く躊躇する理由とはならなかった。

 対決までの準備も、決して難しくはなかった。
 エッフェンベルグ人の盗賊団とラシルを接触させ、ロクヴェンツ側がエッフェンベルグの国宝を盗んだ後にそれを売るルートを探っている事を示唆。
 ロクヴェンツを疑う動機を発生させ、ラシルを呼び出す口実を作る。

 もしこの時点でラシルが憤慨し、あの碌でなしの王に突っかかれば、そこで決闘は出来る。
 とはいえ、幾ら愚王であっても、巻き込んでしまうのは得策ではない。
 場所を変えようと言ったところで、乗ってくれる保証もない。
 実のところ、この時点での私闘は計算には入っていなかった。

 彼らが決戦の舞台に選んでいたのは――――ここ美術国家ローバ。
 理由は単純で、金環ドラウプニルの偽物を盗み出すことに協力してくれた人物が、そのローバの王女だったからだ。
 参加した国家の面々から、ローバが怪しいのは明白。
 ラシルがそれを指摘しなければ、グルート自ら指摘すれば良い。

 そうしてローバへラシルを誘い出し、そこで王女のフェムと対面させ、犯人と疑わせる。
 ラシルに彼女を尾行させ、刑務所跡に閉じ込め、誰も邪魔の入らないその場所で――――決闘。
 これが、イーズナーがグルートへと提示した計画だった。
 実際にはラシルがユグドを連れてきた為、完全に予定通りではなかったが、ローバが怪しい理由をユグドが語った事もあり、寧ろ楽に事は進んだ。

 誤算はただ一つ。
 ラシルの強さが、グルートの予想の頂をも遥かに超えるものだった事。
 それだけだった。

「余り長居する訳にもいきませんので、私はこれで失礼しましょう。将軍とは今後も末永くお付き合い願いたいものです」

「なら、お互いを信用する為にも一つ聞いておきてぇ事がある」

 ベッドの上で首だけを動かし、グルートはイーズナーへその鋭い眼光を向ける。

「無論お答えしましょう。何なりと」

「もし俺が龍の巫女に勝利していたら、お前等はあの女のゲイ・ボルグを回収していた。そうだな?」

「無論です。貴方がたの戦いを全面的に支援する事の、我々にとっての利益はそれですから」

「盗賊団の登用も"それだけ"か?」

 満身創痍で、まともに身体を動かせない男に怯える必要など皆無――――の筈が、それでもイーズナーの額には汗が滲んでいた。
 これほどの人間を、人間と呼んで良いかどうか躊躇するほどの猛者を、瞬殺に近い形で鮮やかに倒した者がいる。
 その背景もまた、気圧される理由だった。

「……ええ。22の遺産の回収が、我々の急務です」

 吹き出した汗は拭わず、最後に深く一礼し、イーズナーは踵を返した。

「貴方は大したものですよ。近い将来、人類の宝となり得る存在です。ですから、喧嘩する相手は間違えないように」

 去り際のその言葉も、皮肉ではなく敬意の表れ。
 だがグルートは医務室を去った工匠ギルド本部の副長に対し、何処か白々しさを感じていた。

「……わかってねぇな。強ぇ相手だから良いんだよ。歯ごたえフニャフニャの干しイモより、ガッチガチな干しイモの方が食った時の満足感あるだろが」

 誰もいなくなった医務室で、グルートは身につけていた革製の鎧と布製の服を一度に脱ぐ。
 ラシルによって攻撃された鳩尾の部分は、直接槍が触れていないにも拘らず、どちらも見事に大きな穴が空いていた。
 腹は広範囲にわたり赤紫に変色しており、衝撃の凄まじさを物語っている。

 グルートはその信じ難い痕跡に、高笑いしたいほどの多幸感に包まれていた。
 
 侵略国家エッフェンベルグの将軍。
 その地位を得れば、戦場に恵まれると期待していた。
 この世界のあらゆる猛者達と相見える機会に恵まれると信じていた。
 だがその期待は裏切られ、機会は半ば事切れていた。

 死したと落胆していた自身の運命が、蘇っていく感覚。
 これはそう味わえるものではない。

 上半身裸のグルートは、腹の内出血の痕を愛おしげに擦りながら、自身の左肩にある"刻印"へ目を移した。
 ドラウプニル教団を創設した者達の眷属である証。
 それ自体にグルートは然したる思い入れはなかったが、自身の強さ――――より鮮烈でより過激な戦闘を繰り広げる為に必要な強さに寄与してくれる点は気に入っていた。

「テメーもそう思うだろ? 我が唯一の相棒――――」

 虚空へ向け、グルートは呼びかける。
 当然、返事は帰って来ない。
 それを期待しての言葉ではないのだから。

「――――虎斧フランシスカ」

 刹那。
 リンナ城の敷地内から、凄まじい爆発音が鳴り響いた。









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