城壁が無数の鉄線。
 そんな一見、というより何時誰が見ても異様とも言うしかない外観のリンナ城だが、そこには美術国家ならではの特別な事情が内包されている。

「美術国家ローバ最高の芸術品はこのリンナ城であり、それを常に民からも、観光客からも目視出来るようにしなければならない。大した自信、いや顕示欲よの」

 その『鉄線の城壁』を、外側から手の甲で小突きつつ、ラシルは皮肉げにそう呟く。
 既に顔パスとなっている城内での情報収集は本日をもって終了。
 侍女、料理人、常勤の兵士など、様々な視点から話を聞いた結果、ラシルには確信があった。

「どうやらこの国は、思った以上に深刻みてぇだな」

 その確信を上塗りするかのように、ラシルの遥か後方でグルートがそう漏らす。
 明らかに、ラシルを"試すかのような"言葉だ。

「……まるで、最初から腐敗しているのを承知していたかのような物言いじゃの」

「そっちこそ、まるでその事が最高機密であるかのような言い方じゃねぇか。仮にも一国の将軍である俺が、他国の情勢を承知していても不思議じゃねぇだろ?」

「フン。最早腹の探り合いは無意味じゃな」

 グルートに背を向けたまま、ラシルは右手に龍槍ゲイ・ボルグを構える。
 銀色の鎧が、呼応するかのように妖しく輝きを放った。

「貴様、知っておったな? 国宝を盗んだ犯人を」
 
「まさか。だったらわざわざ貴殿の国に疑いをかけねぇだろ? あの臆病王にロクヴェンツと事を構える度胸はねぇ」

「故に構えて欲しかった。大方そんなところじゃろう」

「……」

 グルートの強面の顔が、更に険しさを増す。
 右手に握る虎斧フランシスカが、微かに角度を変えた。

「理由はわからぬが、貴様は犯人を知っていた。そして妾の国にあらぬ疑いをかけ、戦争にならざるを得ない事態へ発展させようとしたのじゃ。しかしそうはならず、ユグドの機転で犯人の目処がついてしまった。それ故、この国へ――――国宝を盗んだ者がおるこのローバへとついて来ざるを得なくなった。そうじゃな?」

「……何が言いたい」

「わかっておろう。貴様は共犯じゃ。方針を立てるのが妙に円滑じゃったのは、真相を知っているからに他なるまい」

 それが――――ラシルの出した結論であり、確信だった。

 フェムが替え玉で、彼女がエッフェンベルグの国宝である金環ドラウプニルを盗んだ可能性が高い。
 だが他国の王族に対し『国宝を盗んだだろう』と問い詰める訳にはいかない。
 ならばその裏付けを取るべく、周辺で情報を集める。
 この方針は、慎重に事を運ばざるを得ない今回の事情を考慮すれば、確かに合理的のように思える――――が、不可解な点もある。
 
「何故貴様は、本物のフェムを探そうとせんのじゃ?」

「……」

 本物のフェム=リンセス――――すなわち美術国家ローバの王女。
 アクシス・ムンディに所属しているが、現在はこの国へ帰ってきており、その事はユグドから通達済みだ。

「替え玉かどうかは、本物さえ見つかれば確定する事。そして確定すれば、一気に話は進展するじゃろう。ローバ王家とて、エッフェンベルグ王の誕生日に替え玉を出席させた負い目がある以上、捜査に協力せざるを得まい。そして実際に替え玉の犯行なら、庇い立てする義理もなかろう」

 ラシルの確信は、そんなグルートの行動の矛盾にこそあった。
 替え玉である事を認めた以上、本物を探すと言う発想は誰もが行き着く。
 ユグドもそれを『替え玉を疑うなら当然すべき事』と表現し、示唆していた。

「貴様は臆病者の王に辟易しておった。侵略国家らしく、他国の領土を奪いとろうという気概を求めておった。故に国宝を盗まれた事にし、妾の国に疑いをかけた。出席者の中で唯一、王族ではないという弱みを持つ人物に目を付けて」

「……」

「黙っとらんで、妾の名推理を褒め称える事じゃ。そして全てを白日の下に晒せば、余計な血を流さずに――――」

 火花が、散った。

 ラシルとグルートの距離は、少なくともお互いの得物のリーチの十倍を超える距離だったのだが。

「フン、図星を指され反論出来ず武力行使とは。知性の欠片もないの、荒野の将」

「……さっきのテメーの推理、あのガキんちょの仕業か?」

「バカを言うでないわ。妾の灰色の頭脳が導き出した黄金の結論じゃ。ま、あの男も妾の金言に着想を得て、同じ事を考えておろうがの」

「なら良い。ここでテメーさえ消しちまえば、それで仕舞いだ」

 龍槍ゲイ・ボルグ。
 虎斧フランシスカ。

 22の遺産が互いを求め合うかのように、貪り合うかのように、鈍い音を立て押し合う。
 頬を伝う汗。
 それは――――グルートのものだった。

 ラシルを遥かに凌ぐ巨躯と筋力、そしてその力を最大限に活かせる巨大な斧。
 それをもってしても、ラシルを力で圧倒出来ない。
 お互い片手同士、22の遺産同士であるにも拘らず。

「龍槍ゲイ・ボルグってのは……力を増幅させる効力があるみてぇだな!」

 グルートがそう吼えるのと同時に、虎斧フランシスカが紅く燃えさかる。
 まるで蛇が絡みつくかのように、斧頭で発生したその炎がグルートの全身をうねりながら包み込んだ。

「……」

 急激な力の上昇。
 しかしラシルは、その兆候が現れる前――――炎が発生した刹那、身体を沈み込ませ、グルートの押してくる力を後ろへ流す。
 ラシルがグルートの足下に潜り込むようにして避ける中、虎斧フランシスカはそのまま振り下ろされ、ラシルの後方にある鉄線の城壁を一瞬で削るように破壊した。

「流石、長生きしてるだけはある。いい躱しっぷりだ」

 レヴォルツィオン城で轟かせたような、凄まじい破壊音は一切ない。
 豪腕ではなく、武器の力だけでの一撃。
 無論それは、22の遺産に頼った攻撃ではない。
 仕留める気などない、グルートにとって只の素振りに等しい所作だった。

「散々待ち焦がれていたこの時間を、今の一瞬で終わらせる訳ねぇさ。ようやくテメーとやり合えるってのにな」

 振り下ろしたフランシスカを己の肩に担ぎ、グルートは自身の背後、先程以上に遥か後方へと回ったラシルへ振り向く。
 その顔は――――それまで見せた事のない、歓喜に満ちあふれていた。

「マニャンの城でテメーを見かけた時、あの幽霊どもなんぞよりずっと、テメーと戦いたかった。この日を何度夢見たか」

「……フン。戦闘狂じゃな」

「テメーは違うのか? 五〇〇年生きて、まだ自由騎士なんて職に就いてんだ。本当は戦闘が、敵を蹂躙するのが楽しくて楽しくて仕方ねぇんじゃないか?」

 グルートの身体が、また一段肥大化する。
 虎斧フランシスカによる効果なのか、本人の興奮に筋肉が反応したのか――――それをラシルに判断する術はなかった。

「俺は嬉しくて仕方ねぇ。積み上げてきた研鑽の成果を全力で体現する。一体その機会がこれから何度ある? 戦争もねぇ。内戦もねぇ。こんな退屈な時代に生まれた所為で、互角に戦ってくれる相手も滅多にいねぇ。構えの際に頭の位置を何処に置くか、つま先にどれだけの割合で体重を乗せるか、心臓の律動と呼吸を何処まで共鳴させるか。ようやく、そこまで自分を追い込める相手に出会えたんだ。嬉しいに決まってる」

 多弁を弄する一方で、グルートは言葉の通り、自身の構えを微調整しながら、最大限の力を発揮出来る体勢を整えていた。
 国内に並び立つ者のいない、鳳凰騎士団将軍の歓喜。
 それは敗北や死を微塵も恐れない、至福のみが支配する表情にありありと描かれていた。

「何の因果か、ここは美術国家だ。今の腐り切ったこの国に、優れた芸術家を生み出すだけの力はねぇ。なら俺等が作ってやろうじゃねぇか。この戦いが、他のどの美術品よりも美しく――――」
「黙れ小童」

 瞬間、雷が落ちた。

 或いは――――本当にそうだったのかもしれない。
 グルートにそう錯覚させたのは、ラシルのその長い灰色の髪だった。

「貴様の幼き思想価値観、この国の事情、全て知った事ではないわ。まして妾を戦闘狂と同類呼ばわりとは……度し難い暴言じゃ」

「……違うのか?」

 ラシルの髪は、グルートが思わず息を呑む程に変化していた。
 時折激しい音を立て、まるで生き物であるかのように、或いは何かに抗うかのように、一本一本が蠢いている。

「覚えておくがよい――――」

 まるでそれは、子を傷付けられ牙を剥く野獣の母。
 獰猛さすら帯びたラシルの目が、グルートと合っていた筈のその視線が、その全身全てが――――グルートの視界から消える。
 視界だけではない。
 気配すらも含め、ラシルの全てがグルートの意識から消失した。

「――――妾が何より嫌悪し忌避するのは、戦闘と戦争をまるで遊戯であるかの如く語る小童じゃ」

 言葉の続きは、聞こえてはいた。
 しかしそれに返答する事も、反応する事すらも叶わなかった。
 
 ラシルは、一閃の光と化していた。

 闇船スキーズブラズニルの船上でノーヴェ=シーザーと戦った時にさえ見せなかった姿。
 龍槍ゲイ・ボルグとラシルが一体化した究極の、突き。
 グルートはその直撃を"受けなかった"。
 寸止めにも拘わらず、衝撃波だけで吹き飛ばされ、直ぐ後ろの城壁にぶつかり、そのまま地面へ倒れ込んだ。

 戦闘不能。
 意識は明瞭。
 命を失う事はない。
 五感は曖昧ながら残っている。
 その全ての状態が、ラシルによって制御された結果だと、グルートは瞬時に察した。

 世界でも屈指の実力者。
 知名度だけならラシルを上回るかもしれない、エッフェンベルグの雄。
 だがそのグルートが密かに待ち焦がれていた敵との戦いは、圧倒的実力者による一瞬の閃きで決着を見た。

「……か」

 ようやく、声を発する事の出来る状態になり、同時にそれもまたラシルの力加減によるものと知り、グルートは戦慄を覚えた。
 それでも、怯えたり尻込みしたりはしない。
 
「……これが……伝説の"龍の巫女"の力……」

 寧ろ、ここまでの大敗を喫しながら、笑みすらも浮かべていた。

「フン。根っからの戦闘狂いじゃの。これに懲りたら、妾を同類扱いするのは止めるのじゃな」

「……知って……いたさ……」

 その笑みは、自嘲や諦観とは明らかに違う。
 だからこそ、ラシルは不快感こそ覚えながら、全否定はしなかった。
 少なくとも、会話に付き合う程度には。

「……これほどの力を蓄えたのは……五〇〇年か……テメーの素質か……知りたいモンだな……」

「教える義理はないが、条件付きで答えてやろうぞ。先に妾の質問に答えい」

 一仕事終えた龍槍ゲイ・ボルグを背中に担ぎ、ラシルは普段の目に戻ったその顔で、周囲を見渡す。
 短時間とはいえ、派手な戦闘を繰り広げた事で、門番をはじめリンナ城の兵士達が騒ぎに気付き駆けつけているようだが――――全く近寄ってくる気配はない。
 近寄るどころか、遠巻きに眺める事すらままならず、逃げ出す者もいる始末。
 これが、美術国家ローバの現状だった。

「何故王城に勤める者共が、金を積めばいとも容易く外国人の妾達に情報を漏洩させる? 何故この国は、ここまで腐敗しておるのじゃ」

「……形は違うが……ウチの王家と同じさ……王が腐ってやがるんだ……」

「何?」

 訝しげに顔をしかめるラシルに対し、顔を上げる事も出来ないグルートは、天を見上げたまま解答を口にした。

「……この国の王女……フェム=リンセスは……もう……――――」

 

 

「――――もう既に、この世にいないのです」

 入り口が閉鎖され、閉鎖空間と化した刑務所跡の廊下で、フェムと似た顔をしたその少女は、真っ直ぐな瞳をユグドに向け、そう告げた。











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