美術国家ローバ。
 現在もその冠は健在だが、実のところ、近年では美術・芸術分野において突出した人材は生み出せてはいない。
 昔は国が予算を立てて芸術家を支援・育成していたが、美術品需要の低下に伴い規模は年々縮小され、一時は回復を図ろうと躍起になり、難解なモチーフや【生き人形】という生身の人間のような人形を売り出すなどの迷走期を経て、現在はそのような政策はとっていない。
 エチェベリアがかつて学術国家と呼ばれていたが、現在はそういった実態がないように、半ば形骸化した冠だ。

 とはいえ、美術・芸術は歴史を重んじる分野。
 過去に生成された芸術的価値の高い絵画、彫刻、工芸品、書、建築物などの管理と売買だけでも、相当大きな経済活動にはなる。
 ローバが現在最も力を入れているのは、そういった『過去の遺産』の保持と活用だ。

「妾もそう頻繁に足を運ぶ国ではないが、ここ二百年余り、景観が劇的に変化していないのはこの国ぐらいじゃな」

「……しれっとエグい事言いやがる。まさに歴史の証人、生き字引だな」

 目算通り、二日でローバへ到着したユグド、ラシル、そして革製の鎧に身を包んだグルートの三人はリュートと一旦別れ、首都ミッポルンの街並を満喫していた。
 美術国家の名は伊達ではなく、その建築様式は他国とは全く次元が異なり、商業施設はおろか民家さえも宮殿のような構造で、しかもカラフル。
 ユグドはこれまで一度もこの国へ赴いた事がなく、『ルンメニゲ大陸の宝石箱』と言われるその美しい街を初めて見る事となった。

「どうじゃユグド。感想を言ってみい」

「落ち着かないです。なんか眉間が痛くなってきました」

 自身の感性とまるで折り合わない光景に、ユグドの神経はただ歩くだけで少しずつすり減っていた。

「同感だな。こんな甘ったるい場所で良く暮らせるもんだ。俺には理解できねぇ」

「ふむ、やはり貴様等のようなオナゴ心の理解出来ない連中とは反りが合わない景色なのじゃな。その点、妾は違う。実に居心地の良き場所じゃ。ちなみにこのミッポルンはルンメニゲ大陸で最も若いオナゴに人気の街だと言われておる。つまり妾は瑞々しいオナゴの感性を持った若人という訳じゃ」

 先頭を歩くラシルは、長い灰色の髪を風になびかせ、鼻歌交じりにそう主張する。
 しかし時折顔の上中央に手を持って行っているのを、ユグドは見逃していなかった。

「どう考えても噂の後追いなんですが。実は苦手なんでしょう?」

「ババアが無理すんなって。こういう所はな、年増の女には合わねぇんだよ。『弁当作れ』っつったのに変色した干イモしか寄越さねぇ枯れた女とかな」

「たわけが! 妾のこの可憐な姿を見れば感性の若さがわかろうが! 見よ、どう見ても溶け込んでおるではないか!」

 確かに――――容姿だけを見れば、麗らかな十代の美少女。
 それどころか、何処かの国のお姫様と言われても不自然ではない。
 実際、そのお姫様であるフェムと並んでも、見劣りしないだけの華やかさすら持ち合わせている。

 しかし後ろの二人へ振り向いてみせたその顔は、明らかに我慢の痕跡というべき眉間の皺がありありと刻まれていた。

「で、そんな茶番は兎も角だ」

「茶番ではない。妾は若作りなどしていない」

「本当にテメェ等、フェム=リンセスと知り合いなんだろうな? わざわざここまで来て『そんな奴知らん』とか言われたくねぇぞ」

 首都ミッポルンには、ローバの王族であるリンセス家の住まいでもある王城【リンナ城】がある。
 現在、ユグド達はその城へ歩いて移動中だ。
 リンナ城は他のこの国の建築物同様、美術国家らしくかなり奇抜なデザインで、館や塔こそ凝ってはいるものの真っ当な構造の様式だが、城壁はというと、壁ではなく夥しい数の鉄線が囲むようにして形成されており、まるで鳥籠のような外観を成している。

 鉄線一本一本は細くものの、硬度は高く、それが非常に狭い間隔で並んでいる為、侵入は不可能。
 ただし通常の城壁とは異なり、隙間がある為外から城の外観を眺める事が出来る。

 そんな異様な外観のリンナ城は、エッフェンベルグのカイン城とは違い、リュートが着地出来るような空間は近場にはない。
 尤も、ハイドラゴンで近付けば着地以前に警戒され、攻撃を受けかねないのだが。

「逆に、そんな見栄を張る理由が何処にあるんですか。何処かの国の王様じゃあるまいし」

「全くじゃ。そもそも王族と知り合いなど自慢にもならんわ。青二才ばかりじゃというのに」

「……テメェら本当に口が悪ぃな。友達付き合いは絶対出来ねぇ連中だ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 半分は冗談、半分は目が痛くなる景色からの意識逸らしで軽口を叩き合い――――三時間ほど歩いたのち、一向はリンナ城へと到着した。

「ユグド=ジェメローラン? 生憎だが、そんな名前は姫殿下から聞いた事もない。早々に立ち去るが良い」
「大方麗しき姫に一目でもお会いしたい一心で嘯いたのだろうが、我等の目は欺けぬ。早々に立ち去るが良い」

 そして、二人の門番から門前払いを食らってしまった。
 なお、ローバの公用語はローバ語だが、各単語の発音も文法もほぼロクヴェンツ語と同じで、ユグドはもちろんラシルもグルートも理解には困らない。

「テメェこの野郎! やっぱり見栄だったんじゃねぇか!」

「あれ……? 困ったな……」

「ええい、どけ。全く……オナゴ心がわかっとらんから話題にもされんのじゃ」

 腑に落ちないという面持ちのユグドを後ろへ追いやり、ラシルが不敵な笑みを携え門番と対峙する。
 左手を腰に手を当て、右手で龍槍ゲイ・ボルグを構えるその姿は威容を醸し出しており、周囲に一種の緊張感をもたらした。

「要塞国家ロクヴェンツの龍騎士、ラシル=リントヴルムじゃ。妾を知らぬ事はあるまいな?」

「あ、あの自由騎士の……! ええ、勿論存じています!」
「お目にかかれて光栄です! 自分、大ファンであります!」

 明らかにユグドの時とは違い、ラシルを前にした門番達は緊張感と興奮に包まれ紅潮していた。

「ちなみに俺はエッフェンベルグのグルートってモンだ」

「え、ええええ!? いや、確かにその尋常ならざる大きさの斧は、"荒野の将"グルート将軍の特徴と一致する……!」
「こ、これは大変失礼致しました! 暫しお時間を下され!」

 今度は 驚愕と畏怖に苛まれ、弾けるように一人の門番が城内へ駆けて行く。
 そんな様子を、胸を張りながら見ていたラシルとグルートは、最後尾に追いやられたユグドへ実に愉快そうな笑顔を向けた。

「まだまだじゃのう、ユグド。妾に比べたら、貴様は所詮無名の頭でっかち小僧じゃ」

「悪いな、ガキんちょ。俺は別に有名になりたくて将軍になった訳じゃねぇが、"荒野の将"って二つ名が勝手に一人歩きしてな。本当は"荒野の将"なんてダセぇ二つ名嫌いなんだがな。こうも広まっちまったら仕方ねぇ」

「ぐっ……まさかこんな所で知名度の差が露見するとは」 

 奇妙な屈辱感に苛まれるユグドが、悶えながら二人の精神攻撃に耐える事二〇分。
 戻って来た門番の案内によって、ユグドも含む三人全員が城内へ入る事を許され、応接間へと通された。

 だが――――

「グルート将軍にはお初にお目に掛かります。私が美術国家ローバ第一王女、フェム=リンセスです。生憎お父様もお母様も式典への出席で留守にしていますので、私がお相手をさせて頂きます」

 応接間に現れたフェムは、外見こそユグドのよく知るフェムと顔の作りは似ていたが、同一人物ではなかった。
 加えて、その丁寧な言葉使いと落ち着いた表情は普段とまるで別人。
 服装も普段の踊りやすい格好とは違い、王族らしく着飾っており、首飾りや耳飾り、腕輪に指輪と装飾品も多い。

 性格だけなら、単に猫を被っているだけと見なせる。
 あの脳天気王女のティラミス=ラレイナですら、条件付きとはいえ別人のようにしっかりした人格を装う事が出来るのだから、フェムなら造作もないだろう。
 しかし容姿の微妙な違いは説明が付かない。

「それで……そちらの方は、どちら様ですか?」

 そして、ユグドへ向けてそんな惚けた問い掛けをしてくるとなると、いよいよ別人と判断せざるを得ない。
 余り顔を合わせていないラシルは気付いていないようだが、ユグドは既に確信を得ていた。
 なら――――

「何をすっ惚けておるのだ? こ奴は……」
「初めまして。自分はエッフェンベルグ国王からの御依頼で、先日のお誕生日会の御礼をさせて頂きに参った使いの者です。その節は御参加ありがとうございました」

 ここで『貴女の所属する護衛団の交渉士ですよ』と答えるのは得策ではない。
 言葉を遮られた事への不満を露骨に顔に出していたラシルを無視し、ユグドはフェムではない別人と会話を進める事にした。









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