通常、王城にはハイドラゴンが着地するほどの広い敷地はあっても、その殆どの空間は建築物によって埋められている。
 だが、このエッフェンベルグ国王の住む【カイン城】は例外で、やたら天高くそびえ立つ幾つもの塔と居館を構えながらも、その中央に広大な平地を持つ。
 一流のダンスホールを遥かに凌ぐ広さだ。

 そこはかつて、兵士用の訓練施設があった場所。
 しかし現在はその施設は全て解体され、中庭のように吹き抜けの空間が出来ている。

 それは勿論、ラシルとリュートを歓迎する為のドラゴン用離着陸地点――――ではない。

「……来たか」

 この城を守る、国内最強の男。
 エッフェンベルグ鳳凰騎士団将軍・グルート=フェアブレンの訓練所だった。

 巨躯を極限まで鍛え、そして削り取った肉体は、最早芸術の域。
 薄い布地の鍛錬用衣服の上からでも、その凄味は十分に見て取れる。
 顔も強面そのもので、眉毛は太く揉み上げも濃く、男性性十割といった容姿だ。

 そんな彼が今手にしているのは、愛用の得物である〈虎斧フランシスカ〉。
 斧といっても、その斧頭は常軌を逸した大きさで、巨漢である彼の身体の半分以上を覆い尽くすサイズ。
 また、斧でありながら刃先は鋭利ではなく、剣の峰のように微かに厚みを持っている。

 通常、それは刃とは言わず、ならば刃を持たない斧は斧とは呼ばず、鎚矛の部類に属するのだが、誰も彼の武器をそうは呼ばない。
 何故なら、グルートがこの虎斧フランシスカを振り抜けば、そこには真っ二つに裂かれた物しか残らないからだ。
 それは鎧だろうと盾でだろうと、人体であろうと同様。
 尋常ならざる腕力と、虎斧フランシスカの特殊能力である炎によって、刃同様に切断されてしまう。

 豪腕にして豪傑。
 虎斧フランシスカの炎と彼自身の身体が発する熱は、室内の温度を人間の耐久限界以上にまで引き上げてしまう。
 この広々とした空間は、そんな彼一人の為に生まれた場所だ。
 
「随分と燃えておるな。汗が蒸発してむさ苦しいぞ、"荒野の将"よ」

「そっちは相変わらず口が悪いったらねーな。自由騎士」
 
 この二人が顔見知りなのは、ユグドも既に知っていた。
 そもそもユグド自身、その場に立ち合っている。

「……で、連れてきたのはあの時の弱っちいガキか」

「ええ。お久し振りです。世界に名だたる強者の癖して役に立たなかったグルート=フェアブレン将軍」

「この野郎、テメーまで相変わらずじゃねーか。クソッタレが」

 決して親しみの籠もっていない憎まれ口に対し、グルートは特に苛立つ様子はなく、担いでいた斧を地面に落とした。

 ユグドとグルートは以前、中立国家マニャンで出会っていた。
 首都ハオプトシュタットにて『エルフレド会議100周年記念式典』が開催された時の事。
 レヴォルツィオン城にて幽霊ムナイ及びバイコーンが暴れていた際、ユグドやラシルが駆けつける前から彼が戦っていた。

 その時は物理攻撃が完全無効化されるというムナイの特殊性によって、グルートは確かに役立たずだった。
 本人もそれに関しては認めているらしいが、本来そのような表現をおいそれと出来る人物ではない。

「今回の事件の性質を考えれば、こ奴が適任じゃ。異論はなかろう? 貴様とて、一度とはいえこの男の口の達者さは体験済みじゃからな」

「ああ。敵に回すのは御免被るが、今回の件に関しちゃ間違いなく必要戦力だ」

 既に二人の間で何らかの意思統一は行われている様子。
 ユグドはそれなりに睡眠時間を確保し、本調子には程遠いものの多少は回るようになった頭を使い、現状把握に努めた。

「……もしかして、王族同士の揉め事ですか?」

 結果、その推論が出力され、そのまま口に出してみる。
 するとグルートは怪訝そうに、ラシルは苦笑を隠すように口元を覆った。

「おいおい。まさか何も知らせずに連れて来やがったのか?」

「うむ。移動中に説明する予定じゃったが、この男ときたら、妾の背中にもたれかかりながら熟睡しておったのじゃ。妾ほどのオナゴになると、溢れんばかりの母性で全てのオトコを包込んでしまうのでな」

「単に三日寝てなかっただけなんですけどね。で、どうなんです?」

 その熟睡の前に、ユグドはラシルから『戦争が起こりかねない状態』だと聞かされている。
 となれば、王城まで連れて来られた理由は、その状態を解消させる為。
 そして中立国家マニャンの交渉士がアテにされている事実、決してエッフェンベルグとの関係が良好とは言えないロクヴェンツの騎士ラシルが解決に向け動いている事を考慮すれば、自ずと問題は限られてくる。

「貴様の推察通りじゃ。王族同士のいざこざは戦争の火種になり得る。世にも下らぬ理由で戦争が始まり、多くの命が失われた事例を妾は幾度となく見てきたのでな」

「おい、説明がまだなら歩きながらにしてくれ。我が国王は時間に厳しい方でな。謁見の時間を一秒でも過ぎれば逆鱗に触れる」

 何処か苦虫を噛み潰すような物言いで、グルートは虎斧フランシスカを拾い上げ、鍛錬用の服装のまま場内へ入っていった。

「ふむ。既に五割以上は理解していようが……一応説明するとしよう」

「お願いします。幾らなんでも王様相手の交渉となると、こっちも確実性重視で行きたいんで」

 グルートの後を追い、ユグドとラシルもまたリュートを残しカイン城の内部へと向かった。

 


 ――――事の始まりは、四日前に遡る。

 "侵略国家"の冠を持つエッフェンベルグの王、テュラン=アグレシオンが誕生日の招宴を開いた日の事。
 今年で三十五歳を迎えたエッフェンベルグ王が、自身の即位した一七年前より毎年開催するこの招宴は『王家の晩餐』と呼ばれ、各国の王族のみをゲストとして招き、各国の代表者との懇談に続いて、エッフェンベルグの【国宝】を展示するのが通例となっていた。
 侵略国家という物騒な名称による印象を少しでも和らげ、他国との距離を縮める――――というのが表向きの理由。
 実際には侵略国家でありながら攻撃性を見せられない平和な時代において、その存在感を発揮する為の会合との見方が有力らしい。 
 
 招宴の会場となるカイン城の大広間では当日、毎年恒例の国宝展示が行われていた。
 会場中央に展示用の台座を設け、そこに家宝を置いていたという。

 その家宝が招宴終了後、紛失した。

 各国の王族が集う宴とあって、城内は警備専任の兵士に加え、グルート率いる鳳凰騎士団があらゆる出入り口に配置された。
 エッフェンベルグ最強の男が束ねる騎士団は当然、国内最大の精鋭部隊。
 彼らが警備する事を大々的に報じた為、国王の誕生日というわかりやすい日に王族が集う、狙ってくれと言わんばかりの会合にも拘わらず、襲撃された事は一度もないという。

 そういった状況で、家宝が消えた理由は――――

「一コしか考えられねェ。盗んだんだよ! この余が招いた客の誰かが盗んだんだ。そうだろ? そう思うだろォ? アァ?」

 一通り説明を受けたのち、グルートに案内された目的地へ辿り着いたユグドは、その場所――――謁見の間で待っていたエッフェンベルグ王テュラン=アグレシオンに息遣いが聞こえるほどの近距離で睨まれていた。
 尋常でなく血走った目。
 グルートと大差のない、鍛え上げられた肉体。
 侵略国家の王の名に恥じないその姿で間近に迫られ凄まれたユグドは、思わず一歩後退った。

「ゲスが……許さねェぞ。男なら見つけ次第、即刻その首をハネてやる。女なら身体が腐るまで犯し続けてやる。じゃなきゃ気が済まねェ。余を誰だと思ってやがンだ? 王だぞ」

 そりゃ王でしょう、とは流石に言えず、ユグドは感情論から建設的な話へと軌道修正を試みた。

「事情はわかりました。では、王様が招いた他国の王家の誰かが国宝を盗んだとして、誰がどのような目的で……」

「だから余は何度も言ってンだよ! おいそこの女竜騎士! どうせお前の国の王子が盗んだんだろォが! 次期国王に掠りもしねェ第三王子なんざ寄越しやがッて! 返せ! 今すぐ返せ!」

 血管を浮き立たせラシルを詰るエッフェンベルグ王に、ユグドは嘆息を禁じ得ずにいた。 
 これが、ラシルに『戦争になるかもしれない』と言わしめた原因だ。

 侵略国家と要塞国家という、元々対極な立場のエッフェンベルグとロクヴェンツの両国は、かつて何度も紛争を繰り返していた。 
 その殆どは、侵略を試みるエッフェンベルグに対し、ロクヴェンツが防衛を果たすという結果に終わったが、ロクヴェンツの被害も凄まじく、戦争のない時代に突入した今も尚、そのしこりは残っている。

 にも拘らず、エッフェンベルグ王は自身の誕生日に毎年ロクヴェンツの王族を招いているという。
 ラシルの話では、招くだけ招いて宴の席では露骨に仲間はずれにして、疎外感を味わわせる為とのこと。
 この上なく滑稽で甲斐なき話だ。

「何度も同じ事を言わせるでない。妾の国はそのような愚行、一切しとらん。確かに招宴には参加しておったそうじゃが、他にも怪しい国はあるじゃろう」

「なら誰がやッたッてンだよ! 国宝が盗まれたなど、末代までの恥だ! 余に恥を掻かすなど、余と懇意にしている全ての国が黙ッちゃいねェぞ!?」

 まるで会話にならない。
 ユグドは困り果て、グルートに視線を向けてみたが、一瞬だけ肩を竦め後は我関せずの対応。
 どうやらエッフェンベルグ王は一事が万事こういった態度らしい。

 王の憤り自体は正当なものだ。
 国宝が紛失したとなれば、怒るのも無理はない。
 だが、ユグドがここに呼ばれた理由は、彼を諫める為でも、誰が国宝を盗んだのかを調査する為でもない。

「ならば王様が恥を掻かない方法を提案します」

 その役目を果たすべく、覚悟を決めたユグドは強い口調でそう宣言した。

「……そうかァ。お前が女竜騎士の推薦する交渉士ッてヤツか。言ッてみろや。余が恥を掻かずに済む方法、ッて何だ?」

 首を斜めに傾け、エッフェンベルグ王は凄んでくる。
 通常、国王は気品を重視した服選びをする為、煌びやかな衣装といえど何かしらの色を基調として品性豊かに組み立てるのだが、彼は赤、青、黄、緑、紫、橙、藍の七色を均等に振り分けた節操のない衣服を身に纏っている。
 鍛え上げた肉体とその色とりどりの服に加え、幾つもの首飾り、指輪、腕輪を付けており、"成金"という言葉がピッタリの外見。
 そんな人物を相手に、ユグドは先程後退した一歩を取り戻すかのように、一歩前へ踏み出しキッパリと告げた。

「招宴に参加した、つまり王様が招いた王家全てに宣戦布告をするんです」

 それは――――傍で聞いていたラシルとグルートが同時に目を丸くするような内容だった。
 そして提案されたエッフェンベルグ王もまた、例外ではない。
 先程までの剣幕は何処へやら、口元を引きつらせ力なく笑う。

「お、おいおい。何言ッてやがる? 冗談なんぞ言ッて良い相手かどうか考えて――――」
「考えて言っていますよ。当然王様は冗談が言える方ではありません。王様は侵略国家の長。ならば、嘗めた真似する国は侵略すれば良いんです。国宝を盗む行為は、それだけの理由となり得るでしょう?」

 熱の入った口調でそう訴え続けるユグドに、グルートが流石に口を挟もうとしたが、ラシルが首を横へ振りそれを妨げる。
 一方、煽られたエッフェンベルグ王はというと――――
 
「ば、バカ言ッてンじゃねェよ。国王たる者、ンな短絡思考じャダメだろ。盗みやがッた国は一つだ。それ以外に宣戦布告なンざ、バカのやる事だろ」

 ユグドから微かに視線を逸らし、そう答えた。
 そしてその返答を持って、ユグドは一つの確信を得た。
 後は、その確信に基づき、一番やりやすい方法へと誘導するのみだ。

「そうでもないのです。何故なら、盗みを働いた国が一つとは限らない。結託していた可能性があるからです」

「そ、そいつは……」

「考えてみて下さい。王族が自ら盗みを働くリスクを。もし見つかれば即、侵略国家との戦争です。この国の軍事力を考えれば普通に負けますし、領土も地位も失いますよね。余りにも大き過ぎるリスクでしょう。例えば貴方を陥れる目的で盗みを働くとして、そのリスクに見合う成果が得られるでしょうか? 無理がありますよね。各国の王族なんですから経済面が動機の筈もない。つまり、一人の王族が盗んだという可能性は極めて低いんです」

「う、う……」

 ユグドの説明は、『侵略国家を敵に回す恐ろしさ』を前提に語っており、エッフェンベルグ王にそれを否定する事は出来ない。
 否定すれば、自らの国の軍事力を低く見ている事に繋がるからだ。
 案の定、エッフェンベルグ王は言葉に詰まってしまった。

「でも、複数の国が結託して、貴方を貶めようとしたのなら、可能性はあります。誰かが見張り役をして、他の誰かが盗む。これだけで見つかるリスクはほぼ消えます。その後、盗まれた事を知った貴方が激高し、犯人捜しをしに使者を寄越してもシラを切る。強引に調査しようとすれば、他国と連携して対抗する。幾ら侵略国家といえど、複数の国を一度に相手にするのは厳しいでしょう。よって戦争には発展しない」

「な……なら、どの国とどの国が組みやがったンだ」

 侵略国家の王。
 その矜恃に最大限の敬意を示したユグドの話を、エッフェンベルグ王はすっかり信じ切っていた。

「わかりません。残念ですが現時点では手がかりがない。だから、参加した全ての国に宣戦布告です。そうすれば各国の反応が見られます。恐らくある程度は想定しているでしょうから、初動はかなり早い。その速度を見極めれば特定まで持って行けるでしょう。ある程度当たりが付けば、それ以外の国への宣戦布告は取り下げます。王様はそれを『バカな事』と仰いましたね?」

「お、おお。普通そう思うだろ。何もしてねェ国に戦争ふッかけるなんざ……」

「普通はそうです。でも、この国は侵略国家です。『国宝を盗まれたなら、あらゆる国と戦争をし、侵略する覚悟と自信が常にある』。そう周囲に知らしめるべきなんです。結果的に取り下げようと、その迫力と凄味は確実に伝わります。寧ろ、今のこの国にはそれが足りない。平和な時代に侵略国家が存在感を見せるとは、そういう事ではないですか?」

 ユグドはある種の確信をもって、そう訴えた。
 その確信とは――――エッフェンベルグ王が案を却下するという確信だ。

「い、いや。確かにそうかもしれねェが、そいつは侵略国家の格ッてのを下げちまう。ダメだな、そうだ、そのやり方じゃ宣戦布告が安ッぽくなッちまう。だからダメだ」

 そしてそれは現実となった。
 ユグドは内心大きな溜息を吐きつつ、仕上げに入った。

「……わかりました。思慮深い御決断かと存じます。では、次善策を申し上げましょう」

「まだあるッてのか?」

「少し時間はかかりますが、招宴参加国へ使者として赴き、参加した事への礼を尽くす形で各国の王族と接触し、探りを入れます。上手く口車に乗せる事が出来れば、国宝を取り戻せるかもしれません」

 その案は、仮に最初に発言していれば即却下される内容だった。
 侵略国家エッフェンベルグが、マニャンの交渉士を使者に寄越し、調査させる――――それがもし露見すれば、エッフェンベルグには自国の使者を出し国宝を取り戻す気概すらないのかと鼻で笑われかねないからだ。
 だが、先にユグドが過激な案を示した事で、エッフェンベルグ王はユグドを自国の使者に相応しい思想の持ち主だと思い込んでいる。
 加えて、エッフェンベルグという国の脅威を常に尊重するユグドを、自分の思いを代弁してくれる人物だとも。

 更にもう一つ、彼にはユグドの案を飲む理由があった。

「いいだろう。此度の件、お前にやらせてやる。ただし、失敗は絶対に許さねェからな」

「御意」

 既にそう答える事を決めていたユグドは、食い気味にそう告げ、一言付け加える。

「宣戦布告と戦争の用意をお願いします。国宝を盗んだ国を特定したら即座に伝えますので」

「……ああ」

 その最後の返事も、エッフェンベルグ王の目はユグドの視線から微妙にズレていた。
 そしてそれこそが、もう一つの理由だった。












  前へ                                                      次へ