「失礼します……と、こりゃまた結構な人口密度ですね」

 体調を崩したまま別荘の一室で部屋で床に伏しているフォルトゥーナを訪ねたユグドは、先客の多さに驚く。
 ノアも、ティラミスも、トゥエンティもそこにはいた。

「もしかしてオレの知らない間に、驚くほど絆が深まってたりします?」

「何よそれ。別に……ただ普通に仲良しってだけよ」

 少々照れた様子で、ノアはツイッとそっぽを向いた。
 しかしその手には、お見舞い用の果実を敷き詰めたカゴが収まっている。
 トゥエンティも、着替えと思しき服を何着も足下に置き、ノアとは違う方向を凝視していた。

「風邪……移るかもしれないから、お見舞いはいいって言ったのに」

「心配無用です! ティラミスちゃん、生まれて一度も風邪引いた事ありませんから! えっへん!」

 全員納得の申告だった。

「それで、具合はどうですか?」

「昨日より大分良いです。明日には治ってると思います」

 意識もしっかりした様子で、フォルトゥーナは上半身を起こしたまま微笑みを浮かべる。
 だが、その表情には陰があった。

「すいません。私の所為で練習が進まなくて」

 どうやら、エリクシィルの事を心配しているらしい。
 ノア達はその言葉で思い出したらしく、三人同時にユグドの方を凝視した。
 結果はどうなったのか、早く教えと――――と。

「あー、ダメでした。本当ゴメンなさい。今回オレ全然冴えてないや」

「軽っ! え!? ダメだったの!? じゃあ私達、ずっとアイドルなの!?」

「若干嬉しそうに見えるような……」
「嬉しいワケないじゃない! 何言ってんのよ! 私にはメンディエタ復興とラレイナ国王復権という大きな目的があるんだから!」

 若干食い気味に、ノアは自分に言い聞かせるように叫ぶ。
 ただ、彼女だけではなく、トゥエンティさえもそれほど落胆していないようだった。

「……ま、ちょっとだけ? ちょっとだけだけど、踊りとか歌とか、そういうのをみんなで合わせるのが楽しくなってきたような気がしないでもない、っていうか」

「そ、そうなんだよ。おれも、今まで全然興味も関心もない分野だったけど、なんかリズムとるのが楽しいっつーか、身体が思うように動けるようになるのがさ……」

 要するに、アイドルとしての自分達も悪くない、と思い始めているようだ。
 尤も、本来のアイドルの魅力は『人に見られる快感』『大勢にチヤホヤされる快感』に凝縮されている為、彼女達はまだ入り口にすら辿り着いていない。
 仮に辿り着けば、もう引き返せないかもしれない。
 ノアとトゥエンティの反応は、そうユグドを懸念させるには十分だった。

「ティラミスちゃんはまだまだ蒸れません。アイドルは人に見られてこそ! 今はまだ蒸れる前の試運転の時期です!」

 一方、実は一番アイドルとしての現実がしっかり見えているのがこのティラミス。
 王女アイドルを目指しているという言葉はどうやら偽りではないらしい。

「あの……交渉は不調に終わったんですよね?」

 既にノアとトゥエンティから話を聞いていたらしく、フォルトゥーナがおずおずと聞いてくる。
 ユグドが一つ頷くと、暫くの間思案顔で目線を落とし、そして――――

「それでも……私は、ディーラーに戻りたいです」

 そうハッキリと断言した。

「正直、私も皆さんと一緒に練習をするのが楽しいと思っています。ディーラーは常に孤独ですから、苦楽を共にする仲間がいる事がこんなに幸せなんて、思いませんでした」

「フォル……」

 いつの間にか愛称で呼ぶようになっていたノアが、今にも泣き出しそうな顔で頷く。
 彼女も仲間に恵まれていないクチだ。

「でも、私はディーラーなんです。それが、私の原点だから」

 けれども、フォルトゥーナの意志はその幸せを拒んだ。
 原点という言葉が、ディーラーだったという彼女の父親を指しているのかどうかは、わからない。
 ただ、その意思表示によって、彼女はオサリバンの"夢"の中にいない事がハッキリした。

「……わかりました。これでオレも、迷いなく次策を話せます」

「え? まだ手立てが残ってるの?」

「あったらマズいんですか?」

「べ、別に! それより、どうするのよ。私達の力でこの国の名だたるアイドルよ稼ぐのは無理だし……」

 眉尻を下げるノアに対し、ユグドは即座に首を横へ振った。

「いえ。稼ぐのは貴女達です。オレには無理ですけど、皆さんになら出来ます」

「って事は……ま、まさかおれ達、これからスッゲー規模のコンサートやるのか? それこそ何万人も観客入れて、そこで歌と踊りを……」

「トゥエンティさん。現実。現実を直視して。貴女は誰ですか?」

 どうやら数万人から喝采を浴びる自分を想像していたらしく、別の世界へ旅立っていたトゥエンティの前で手をパチンと叩き、ユグドはそう問いかける。

「おれ? おれはそりゃ、同性に好かれるボーイッシュなアイドル……」

「だからいい加減目を覚まして下さい! 二週間剣を持たなかったからって、忘れちゃダメでしょ!」

「おれは……剣……そ、そうだ! おれは剣士だ! 護衛団に所属する元海賊の剣士だった!」

 本気で忘れていたらしい。
 夢の世界から無事生還したトゥエンティの顔にようやく覇気が戻った。

「そしてノアさん。貴女は戦う侍女。そうですね?」

「な、なんか不本意だけど、まあそうかな。別に戦わなくてもいいんだけど」

「いえ。戦って貰います」

 キッパリとそう言い切り、ユグドは残された最後の策を四人に話した。
 それなりに驚愕、不安、葛藤などもありつつ――――最終的には全員が承諾。
 明日から実行に移すべく、その備えの為に部屋を出て行く。

「あの……ユグドさん」

 その最後尾で、ユグドはフォルトゥーナに引き留められた。

「シャハトさん、でしたよね? もう一人の男の人」

「ええ。いますね、そういう名前のが」

「もしかして私……嫌われていますか? 避けられてる気がして」

 意外というか、ある意味当然というか。
 ずっと避け続けた結果、シャハトはあらぬ誤解を受けていた。
 そのまま『はい』と答えても、それはそれで問題なかったのだが――――

「いえ、全くそんな事はないですよ。恥ずかしがり屋なんで、綺麗な女性が苦手なんです」

「き……!」

 褒め言葉の奇襲に遭い、フォルトゥーナは固まってしまった。
 その反応で、ユグドは完全に確信を得た。
 彼女をこの国に、この世界に留めるのは酷だと。

「――――そういう訳なんで、協力して下さい。シャハトさん」

 フォルトゥーナの部屋を出て直ぐ隣の部屋に入り、小声でそう囁くと、壁に耳を当てていたシャハトが大口を開け固まった。
 こんなところで兄妹らしさを発見してしまい、ユグドは思わず手で顔を覆う。

「きょ、協力って……いや、わかったよぉー。あいつ、アイドルには向いてねぇーみてぇーだしなぁー」

 しかし、流石は年の功。
 シャハトは直ぐに復活し、話を聞く体勢を整えていた。

「でも実際、どうすんだぁー? 噂ではあの女、バケモノみてぇーな運してるらしいぜぇー」

「みたいですね。あのいつもしてる手袋で、他人の金運を奪うそうですから。シャハトさんも金運盗まれたそうですよ」

「なぁー!? マジかそれぇー ! 道理で俺様ほどの男がギャンブルで大負けしたり三日連続鳥の糞を脳天にくらう訳だぜぇー!」

 後半は金運とは無関係だったが、ユグドの人生とも無関係だったので触れない事にした。

「そぉーかぁー! だったらアレだぁー! その手袋を盗むんだなぁー? そうすりゃこっちの金運はアゲアゲぇー、売り上げ伸び伸びぃーってなモンよぉー」

 安直な思いつきながら――――シャハトの案は実のところ、現状における最適解だった。
 逆転を狙うなら、それが最も可能性の高い方法。
 例え、オサリバンに読まれていたとしても。

「そんな事しませんよ。世界に名を売ろうとする護衛団が、盗み働いた上に敵の道具で勝ってどうするってんですか」

 だがユグドは、その案を一蹴した。
 尤も一蹴したのは今ではなく、もっとずっと前の事だったが。

「武器と、それから掘削用の道具を用意して下さい。ノアさん用のアームブレードと、トゥエンティさんにツルハシを。なるべく二人に合った大きさで」

「……あの中年女の部屋の壁に穴空けて奇襲するつもりかよぉー? そりゃ蛮行ってやつだなぁー。オメーも悪よのぉー」

「アホな事言ってないで、お願いします」

 

 呆れ気味にユグドがそう依頼した――――二週間後。
 


「な……なんなんだ!? あの女は!」

 

 闘技場で人間同士が戦いその勝敗を賭けるという、娯楽国家セント・レジャーで最も人気のあるギャンブル競技『コロスデス』。
 現在、そのコロスデスの中でも特に盛り上がるトーナメント戦『朱雀杯』が開催中で、本日その決勝戦が行われている。

 一年に一度の催し、伝統ある大会とあって、実力者の出場が多く、上位進出者は毎年ほぼ固まっている事でも知られており、ギャンブル好きの間では余り盛り上がらない――――
 その通説が今年、覆されていた。

「体重移動の異常な速さ、舞うようにして攻防を一体化させた動き……」
「まるでアイドルの踊りじゃねーか!」

 目の肥えた観客からも、解説じみた驚嘆の声が彼方此方から聞こえてくる。
 彼らの目は、今回コロスデス初出場でありながら、朱雀杯の決勝まで進み、その舞台でも力を発揮する新人戦士に釘付け。
 しかもその戦士が可憐な女性とあって、多くの男が高揚し、同時に落胆していた。

 彼女の勝利に賭けた者など、殆どいなかったからだ――――


「勝者! ノア=アルカディア!」


 しかしそんな戦前の予想を覆し、ノアのアームブレードが対戦相手の剣を天高く弾き飛ばしたところで勝負あり。
 ここに新たな伝説が誕生した。

「本当に……勝っちゃった……」

 息も絶え絶え、新調したアームブレードもかなり刃こぼれしているが、ノアは最後まで攻め切った。

「なぁトゥエンティぃー。ノアちゃん、あんなに強かったかぁー?」
「いや、全体的に動きが鋭くなってやがる。あの動きのキレ、クワトロの旦那並だ」

 喝采を浴びるノアを、観客席から見守っていたシャハトとトゥエンティが拍手しながらそう評する。
 決勝の相手は、以前のノアなら到底敵わないほどの実力者。
 しかし終わってみれば、完勝と言っていい内容だった。

「多分、踊りの練習の成果ですね」

「……そんな事、あるんだなぁー」

 ユグドの見解に半ば呆れつつも、シャハトも同意を示していた。

 以前、要塞国家ロクヴェンツの民間要塞に赴いた際、ウィンディという少女がアクシス・ムンディ全員の戦闘力を数値化し、偏差値として出した事があった。
 その時の評価では、ノアの瞬発的戦闘能力は兵士の平均よりも若干上という程度だった。

 しかし決勝で見せたノアの鋭い攻撃は、当時の彼女を遥かに凌駕している。
 明らかにアイドルとしての日々がノアを強くしていた。

「さすがノアちゃん! 賭け金が三〇八倍になりました! うおー!」

『コロスデス』で優勝すれば、一応賞金も出る。
 だがその賞金など、一回戦から彼女に全額賭け続けた事で得た金額に比べれば、大した額ではない。

「すげーよノア……おれだって同じ練習してたのに、差が開いちまったか」

「そんな事ありませんよ、トゥエンティさん。貴女も確実に強くなってます」

「でも、おれにはこの大会に出場させてくれなかったじゃん」

「貴女には貴女にしか出来ない役割があったでしょ? そっちを優先しただけです」

 羨望の眼差しでノアを眺めていたトゥエンティに、ユグドは振り向くよう目で促す。
 そこには――――

「トゥエンティさん! 売れました!」

 すっかり全快したフォルトゥーナの、袋詰めの金貨を抱えて走り寄ってくる姿があった。

「トゥエンティさんの見つけた【光虹石】の取引相手が見つかりました! ユグドさんの設定した目標額で買い取ってくれるそうです!」
「本当か!? よっしゃーーーーーーっ!」

「よかったなぁー……よかったよぉー」
 トゥエンティが満面の笑みでフォルトゥーナと抱き合う姿を、ユグドの背中越しにシャハトがニヤけながら眺めていた。

 光虹石とは、このセント・レジャーでのみ発掘されている稀少な鉱石。
 鉱山で価値の高い鉱石の採掘に挑む『キラリ』というギャンブル競技で、その光虹石が発掘された事が大きな話題になっていた。
 そしてその発掘者が、何を隠そうトゥエンティだった。
 連日、そして終日『キラリ』に挑み続けた成果だ。

 何もかもが中の中の上――――そんなトゥエンティに、毎日毎日ツルハシで掘削を行うだけの体力はなかった。
 しかし今の彼女は、それを可能とする持久力を手にしている。
 これも、踊りの練習で得た成果だ。

「トゥエンティさんが頑張ってくれたおかげです!」
「な、何言ってんだよ。フォルトゥーナが取引先を見つけてくれたおかげだって」
 
 フォルトゥーナはここ数日、光虹石を高値で買ってくれる商人をずっと探し回っていた。
 ただし探してたのはセント・レジャーの商人ではなく、彼女の母国である職人国家マニャンから出向していた商人。
 工匠が多い職人国家では、珍しい鉱石は非常に高く売れるからだ。

「ありがとうございます、フォルトゥーナさん。これは貴女じゃないと出来ない仕事でした」

「……そう言って貰えると、嬉しいです」

 はにかみながら、フォルトゥーナは金貨入りの袋をユグドに預ける。
 更には、精算を終えたティラミスが凄まじい数の金貨を箱に入れ持ち上げたまま走り寄ってくる。
 両方合わせた総額は――――

「先月【ウィスカ】が記録した売り上げのほぼ倍です。過去、この額を超える月間売り上げを記録したアイドルはいません。どうですか?」

『コロスデス』の貴賓席に招かれていたオサリバンに近付き、ユグドはその全額を渡した。
 沈黙のまま受け取ったオサリバンの表情は、明らかに曇っている。

 納得していない。
 アイドルとして稼いだ金ではないだろう。
 こんな邪道、許すまじ。

 ――――そういう類の表情ではなかった。

「てっきり、"コレ"を盗みに来るとばかり思ってたのにねえ。挑発が裏目に出たかい?」

 そう呟きながら、オサリバンは以前と同じように、両手をヒラヒラさせる仕草を見せる。

「生憎、挑発には乗らない性格なんで」

「みたいだね。全く……とうとう最後までアイドルとして稼がせようとはしなかったね」

「不可能な事はしませんよ。不可能を可能にするなんて、世迷言ですから」

 偶像を追いかけ、現実を生きる者。
 偶像に目を向けず、現実でもがく者。

「それでもやらなきゃいけない事があるのなら、可能な道を通るだけです。茨の道でも邪の道でも」

 両者の睨み合いは――――前者が大きな溜息によって、その火花を消した。

「……仕方ないね。この金額なら、他のアイドルの売り上げ発表を待つまでもないだろうよ」

 この瞬間、ノア達はオサリバンの支配下から解放された。

「ただし、エリクシィルは解散させないよ」

「……はい?」

「活動休止さ。またいつか、四人が揃う日もあるだろう。本当のデビューはその時にとっておくよ。コロスデス優勝と光虹石発掘で、箔もついたしねぇ」

 つまり――――オサリバンはまだ、夢を見続けるつもりらしい。
 ユグドは唖然としながらも、彼女の笑顔にただただ圧倒されるしかなかった。

「ところでアンタ、22の遺産を水面下で調査してるって噂があるけど、本当かい?」

「いえ。貴女にも、そういう目的で近付いた訳じゃありません。そもそも、その手袋が遺産なんて知りもしませんでしたよ」 

 それは紛れもない事実だったが、この短期間で何度も遺産と関わっている現実がある以上、勘ぐられるのは仕方がない。
 信じて貰えなくても構わないが、それを理由に拘束されるのは困る――――と思考を巡らせたユグドに、オサリバンはゆっくりと"銀色"の手袋を付けたその右手を近付けた。

「22の遺産は、武器ばかりじゃなくこういうモノもある。それが何を意味するか、アンタならある程度はわかるんじゃないのかい?」

「……」

 世界征服の為に開発された呪いの武具。
 一般的に存在を知られている訳ではないが、狭い範囲の中で22の遺産はそう定義されている。
 ただ、商人国家シーマンの女王エメラ=チャロアイトはその説を否定した。

『22の遺産は、人間を鏖殺する為の物よ』

 邪教集団【ドラウプニル教団】が中心となって生み出されたという、奇妙奇天烈な物件の数々。
 剣などの武器が多い一方、シーマン保有の船『スキーズブラズニル』や、目の前の『シルヴグレイプルの手』など、戦闘用でない物もある。
 仮に、エメラの冗談めいたあの言葉が真実なら、これらもまた、人間を皆殺しにする為の道具という事になる。

「人間そのものを殺めるだけじゃなく、歴史、社会、文化……そういうものまで破壊する火種となるのさ。この遺産はね」

「……」

 オサリバンの言葉に、ユグドは驚きも動揺もしなかった。
 ほぼ、予想通りの内容だったから。

「遺産を一つの勢力、一人の手元に集中させちゃいけないよ。本当に世界が終わりかねない。そうなりゃ、世界一の護衛団もクソもないだろう?」

「……頭の隅にでも入れておきます」

 近付いたその手を、ユグドは右手で握り返す。
 シルヴグレイプルの手は銀色に輝いているが――――ユグドは敢えて構わず握手に応じた。

「手切れ金、ってことでいいんですよね?」

「どう受け取って貰っても構いやしないよ。ま、アタシの名前を買ったと思えば安いもんさ」

 なら、金運を盗まれるだけの価値はある。
 それでも暫く大金は持ち歩かないようにしようと心に誓い、ユグドは笑った。

「正直、オレにとっては負け戦でしたけど……この一ヶ月、楽しかったです」 

「フン。アタシはちっとも楽しくなんてなかったよ。せっかくデビューコンサートの会場まで抑えてたってのに、大損だよ全く」

 握手した手を離しながら、オサリバンも笑顔を返す。
 皮肉など一切含まないその姿は、夢の中で生きる偶像――――或いは過去。
 いずれも、性質は同じものだ。

「大損ついでにもう一つだけくれてやるよ。ほれ」

「……?」

 オサリバンが無造作に荷物から取り出した『それ』を、ユグドは不可解な面持ちで広げる。
 地図のように丸められた、一枚の大きめな紙。
 そこには――――見覚えのある武器や乗り物の名称が幾つか記されていた。

 王剣アロンダイト。
 闇船スキーズブラズニル。
 他にもシルヴグレイプルの手や女神の首飾りブリーシンガメンなど、全部で一八の名称が並んでいる。

「22の遺産のリスト……?」

「生憎、全部は埋まってないがね。ま、ありがたく受け取っときな」

 何故それを彼女が持っているのか。
 理由は無数に考えられるが、同時にほぼ全てユグドにとっては無益な理由。
 そしてそれは、リスト自体も同じだった。

「オレには必要ない、と言ったら?」

「現時点ではの話だろう? アンタが有能なのは認めるけどね……まだまだ無知。それでもアンタなら、そう遠くない未来にそれが必要になる。"絶対にね"」

 ユグドはその言葉を忠告ではなく、密告のように感じていた。
 根拠などない。
 ただ、彼女にとって何ら利益のない情報公開なのは明らかで、ならそこに生まれる解釈は――――お節介しかない。

「……ありがとうございます」

 再び丸めたそのリストを脇に挟み、ユグドは小さく一礼する。
 この邂逅が、己の人生を大きく左右する事に彼が気付くのは――――まだ少し先の話。
 今はただ、屈辱と充足感が混ざり合った混沌の日々との別れを惜しむように、顔を上げる。

「アタシは何も諦めちゃいないよ。この世界をアイドルで食い尽くすまではね」
 
「お手柔らかに」

 こうして、ユグド達の娯楽国家セント・レジャーでの一ヶ月は穏やかに幕を下ろした。









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