シャハト=アストロジーは、娯楽国家セント・レジャーのディーラーを父に、占い師を母に持つ子供として、この世に生を受けた。
 ディーラーと占い師。
 この両者が親しくしているという事実は、多くの場合詐欺である事が多いが――――シャハトの両親がどうだったのかはわからない。

 わかっているのは、その両親が上手くいっていないという事のみ。
 何故なら、彼らはシャハトが物心つく前に別れてしまったからだ。
 幼いシャハトは母親が引き取り、セント・レジャーからマニャンへと移り、女手一つで育てる事となった。

 占い師が生計を立てるのは、かなり難しい。
 それは他の誰よりもシャハトの母親がわかっていたらしく、程なくして占い師は廃業。
 吟遊詩人として、新たな人生を歩む事になった。

「……はい?」

「だからぁー、吟遊詩人だよぉー。酒場やら街頭やらで英雄譚を歌ってる連中いるだろぉー?」

「そりゃ知ってますけど……占い師が吟遊詩人に転職ですか」

 安定した収入を得るのが困難という意味では大差のない職業だと思いつつも、ユグドは黙っておく事にした。

「まぁー、幸いっつーかオフクロは酒が強くてよぉー。吟遊詩人としてはてんでダメだったんだけどなぁー、酒場で酒注いで話し相手をしてるウチにやたら客が増えちまってよぉー、その酒場に雇って貰ってそれ専門で働けるようになったのさぁー」

 最終的に吟遊詩人よりは前職の技術が活かせる職業で落ち着いたらしい。
 ともあれ、そんな逞しい母に育てられ、今のシャハトがいる。

「だからよぉー、俺様にとっちゃ占星術は母親から受け継いだ大事な大事な……」

「それより、フォルトゥーナさんが父親の方の子供で、腹違いの兄妹なのは想像に難くないんで、そっちの方で話進めて貰っていいですか」

「お前ぇー! 自分の説明は長ぇークセに他人の説明が長ぇーのは嫌がるよなぁー! ったくぅー、ワガママな野郎だぜぇー」

 そうは言いながらも、シャハトは特に怒る様子もなく、話題の転換に応じた。

「そうは言ってもなぁー、そもそも初対面だしなぁー。名前と、職業がディーラーって時点で確信はしたけどよぉー」

「そういえば、姓が違いますよね。戻したんですか?」

「まーなぁー。アストロジーってのは母方の姓だぜぇー。俺様にもほんの一時だけ、シャハト=ハリステアの時期があったんだなぁー」

 遠い目をするシャハト。
 その隣でユグドは、この意外過ぎる事実が今回の件に全く役立ちそうにないと確信し、ここで話を切る事にした。

「それで、今晩の食事ですけど……」
「ちょぉーっと待てぃー! お前なら俺様がここまで話した理由くらいわかるだろぉー! 明かしたくても明かせない、そんな俺様の心の機微を汲み取ってるんだろうがよぉー!」

 

 


「まあ、なんとなく」

「気の所為か、温度差っつーか距離を感じるなぁー……とにかくそういう事情なんだけどよぉー、俺様の方から『兄だ!』って打ち明けるのは小っ恥ずかしいんだよぉー。頼まれてくれねぇーかぁー?」

 腹違いの兄は、身体を小さく縮めてモジモジし始めた。
 事情はともあれ、兄妹関係である事を認識して貰いたいという願望はあるらしい。

 ただ――――

「そういうのは自分でやるべきですよ。彼女だって、オレ経由で聞かされても微妙でしょ」

「まぁー、そうなんだろうけどよぉー。ホラ、俺様ってシャイだしよぉー」

「それなら、そのままでいいんじゃないですか? 彼女にしても、今更口調も人生も間延びしてる兄がいるって知ったところで困惑するだけでしょうし」

「人生は間延びしてねぇーよぉー! これからだよぉー!」

 今度は割と本気で怒り出したシャハトに背を向け、ユグドは半ば強引にこの話を打ち切った。

『あ、家族はいません。両親とは幼い頃に離ればなれになりましたから』

 以前、フォルトゥーナが言っていたこの言葉がユグドの想像通りなら、シャハトがその事実を知るのは、余り良い事とは言えない。
 逆に、天涯孤独となっているフォルトゥーナにとっては、シャハトの存在が支えになる可能はある。
 どちらを優先すべきか――――ユグドにとっては考えるまでもなかった。

「彼女はもう独り立ちしています。その邪魔はしない方がいいですよ、きっと」

「うぅー、そうかなぁー。そうかもなぁー」

 悩めるリーダーを、ユグドは羨望と誇らしさの両方をこっそり携えた目で眺め、練習場を出て行った。

 


 ユグドの計画通り、エリクシィルに融資したいという資産家が現れたのは、勝負開始から二週間後の事だった。

「――――生憎ワタクシはその場に居合わせてはいませんでしたが、話を聞き、そして彼女達の容姿を見た瞬間に『これは新時代の幕開けだ!』と確信したのです。なれば、是非ともワタクシ共の手でその時代の幕を開けようと思い、こうしてはせ参じた次第でございます」

 応接室の長椅子から身を乗り出す勢いで、熱っぽく語る彼の名はコーン=ゼリアベウ。 
 セント・レジャーではかなり名の知れた実業家らしい。

「つきましては、彼女達を是非ワタクシに預けてくれないでしょうか? これでも、【ウィスカ】の生みの親としてちょっとは名の知れた実業家でして。ウィスカはご存じですか?」

「ええ。名前くらいは。先月の売り上げ第一位、今最も勢いのあるアイドルユニットだそうで」

「来年には名実共に国内一のアイドルになると確信しています。そして、彼女達は海外へと羽ばたくでしょう」

「その後釜として、エリクシィルを……とお考えですか?」

「その通りでございます。実はココだけの話、ウィスカのリーダー、ファラが偶然彼女達の歌と踊りを見ていまして。一流は一流を知る。一目でその才能を見抜いたそうです。それ故に、諜報ギルドの取材では敢えて悪態を吐いたようです。自分達の脅威になり得ると直感しての自己防衛でしょう。彼女にはキツく言っておきましたので、どうかワタクシに免じて許して貰いたく存じます」
 
 ユグドが諜報ギルド発行の注意喚起の冊子を読んでいる事も折り込み済み。
 それだけではない。
 エリクシィルのメンバーの中に、元王族がいる事も把握済みの筈だと、ユグドは睨んでいる。
 というより、そうでなければ融資を持ちかける理由がないと。

「取材の件については、何も問題ありません。ただ、エリクシィルを預ける件については、申し訳ありませんが現時点では難しいです」

「そこをなんとか! ワタクシの手腕を信じて貰えませんか!」

「いえ……というのも、彼女達エリクシィルはこの土地から離れられないんです」

 突拍子もなく告げられたユグドのその言葉に、資産家コーンは驚いた様子を見せながらも、食い入るように話に聞き入っていた。

「恐らく知る者は殆どいないでしょうが……彼女の中の一人が、この土地を護る『守護女神』の一族なんです。守護女神には、該当する土地に毎日二十時間以上滞在しなければならない掟があります。もし彼女達をアイドルとして大成させるのなら……この土地と建物を買い取って貰い、コンサート用の巨大設備を建築して貰うしかないでしょう」

 勿論、こんな話が真実である筈はない。
 理由はなんでもよかった。
 この場所から離れられない、だから買い取って欲しいという結論に持って行けるのなら。

 話の整合性も不要。
 そこは論点にならない。
 というのも―――ユグドは資産家コーンの狙いをこう見ているからだ。

『得体の知れない侵略者エリクシィルの正体はメンディエタ王族の生き残り。彼女達を担ぎ上げればメンディエタが手に入るかもしれない』

 現在のメンディエタは王不在。
 よって、担ぎ上げる上で元王族は最適な人材だ。
 その人材を確保しておけば、一国を入手する機会を得る可能性は、十分にある。

 資産家という立場にいる人間は、既に巨万の富を得ている。
 なら次に何を目指す?
 より大きな、より高みを目指すのが自然だ。

 国盗り――――世界平和が恒久化しつつある現代、その言葉は最早死語。
 だが、現在のメンディエタに関しては話は別だ。
 好機はある。
 であれば、そこに人生を賭けようと思う資産家は必ず現れる。

 金さえあれば、ティラミスの素性を調べるなど造作もない。
 そして実際、そこまで行動に移した人物なら、例え土地や建物の購入が条件だとしても、呑むに違いない。

 これが、ユグドの描いたシナリオだった。

「……事情は了解致しました。失礼かと存じますが、一旦この話は持ち帰らせて下さい。後日、結論をお伝えしに参ります」

「それで構いません。暫くは他の方が話を持ってきても受け付けないようにします」

「ありがとうございます! 前向きに、ぜひ前向きにと思っております故、何卒よろしくお願い致します!」

 終始熱のこもった声で、資産家コーンは何度も頭を下げ、足早にオサリバンの別荘を後にした。
 その直後、ノア達が雪崩れのように応接室へ入ってくる。

「私達を売る気ね!? ユグド最低! 見損なった!」
「おれも売られるのか!? やっぱり中の中の上の剣士ってアクシス・ムンディには要らないのか!?」
「ティラミスちゃん荷馬車に揺られて余所に連れて行かれるの嫌です! ぶーぶーぶー!」

 一斉に三人が不満をぶちまける中、四人目の声は聞こえてこない。
 そもそも、姿すら見えなかった。

「フォルトゥーナさんは?」

「彼女は休養中。昨日の練習中から調子悪くて、今朝起き上がれなくて。熱が出てるみたい」

 ノアが苛立ちを沈めるように、そう説明してくれた。
 そしてその話を聞き、相変わらずユグドの隣で空気と化していたシャハトがピクリと肩を動かす。

「……どうします?」

 ユグドとしては、シャハトがフォルトゥーナに素性を明かすのは好ましくないと考えている。
 だがそれは強要出来る類の話ではない。
 病気で寝込んでいる妹を看病したいと言うのなら、それを阻止する理由はない。

「ノアちゃん。これを煎じて飲ませてやってくれねぇーかなぁー」

 だがシャハトは、自分の荷物から薬草らしき物を取り出し、それをノアに託していた。

「シャハトさん、薬草士だったっけ?」

「違げぇーよぉー。リーダーたるもの、体調管理は常に心掛けなきゃいけなくてなぁー。常備してるんだよぉー」

「意外……」
「おれ、リーダーがちゃんとしてるの初めて見た……」
「ティラミスちゃん、がっくし」
「なんでガックシされなきゃいけないんだよぉー! 俺様はいつもしっかりしてるだろぉーがっ!」

 普段のシャハトらしい大声が応接室に響き渡った、その翌日――――

 資産家コーンが正式にオサリバンの別荘とその土地を購入したいと、オサリバンに対し交渉を持ちかけた。











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