アイドルユニット【エリクシィル】。
 その素性を知る者はまだ少ないが、彼女達のユニット名は瞬く間にセント・レジャーを駆け巡ったという。

 現在、セント・レジャーで最も勢いのあるアイドルユニット【ウィスカ】のリーダー、ファラは偶然その場に居合わせた為、その一部始終を見ていた。

『ええ。彼女達はアイドルという概念を越えていたわ……』

 身震いをするような仕草で自分の身体を抱き、ファラは続ける。

『彼女達は例えるなら、そう……鳥。鳥同士が空中でぶつかって、湖に墜落して溺れているようだったわ。見た目はとても可憐なのに、阿鼻叫喚といった面持ちで踊りのような何かを延々と続け、歌に似た悲鳴をあげていたの』

 寒気を抑えきれず、そこで言葉を句切り、ファラは顔を覆う。
 十五分ほどの休憩を挟み、ファラは再び語り出した。

『あれはもしかしたら、大量の人間を一度に屠る為の呪いの儀式だったのかもしれない。いえ……そんなチャチなものじゃないわ。あれはきっと、このセント・レジャーの大地を海底に沈める為の祈祷よ。それほどの事を引き替えにしなければ、あんな行動を一〇分間以上も継続出来る訳がない。きっと明日にもこの国は終わるのよ……!』

 そこでファラは体調を崩し、取材はここまでとなった。
 彼女の証言は混乱の為か、常軌を逸した内容が多々含まれていたが、他の目撃談も合わせると決して大げさとも言い難く、我々諜報ギルドは今回の事態を重く受け止め――――

 


「……って、なんなのよコレは! 私達、こんな西の果ての島国で悪魔みたいになっちゃったじゃない!」

 デビューから一週間。
 エリクシィルのデビューコンサートはその余りの杜撰さと怪奇さによって、アイドル活動の皮を被った何らかの危険思想に起因する儀式的行為と見なされ、諜報ギルドが注意喚起の為の冊子を配る事態になっていた。
 それくらい、凄まじい酷さだった。

「ティラミスちゃん、不満です。こういう評価は期待してませんでした。ぶー」

「おれはなんとなく想像出来たけどな……実際、あの訳のわからねー動きと発声を他人事として観てたら、ぜってー何かの悪意があるって思うもん」

「わ、私……恥ずかしいです……」

 ノアの涙ながらの絶叫に続き、他の三人もそれぞれに意気消沈。
 自信があった訳では勿論ないだろうが、それでもここまで悲惨な結果になるとは思っていなかったらしい。

 実際、練習の時にはもうちょっとまともに出来ていたし、不協和音も不協和音と表現出来る範囲には収まっていた。
 しかし人前での初披露、加えてそれなりに大勢、更には街頭という特殊な空間とあって、緊張が緊張を呼び、その結果四人それぞれが個性豊かな奇行に走るという信じ難い状況が生まれた。
 結果、呪いだの地盤沈下の前触れだのと言われる始末。
 エリクシィルの名はアイドルとしてではなく、突然現れた侵略者かもしれない集団という意味ですっかり有名になった。

「随分とまあ、面白い事をやってくれたもんだね」

 落ち込む四人には見向きもせず、オサリバンは飄々とした顔のユグドに半眼を向ける。

「大方、その子達をアイドルとして使い物にならないようにして、解放させるよう仕組んだつもりだろうけど……アタシはその程度で見捨てやしないよ。この程度の悪評、アタシの力でどうにでもなるからねぇ」

「では、どうにかして頂けると助かります」

 微笑を交え、ユグドはそう返答。
 二人の間に暫し火花のような何かが弾け――――

「……ま、いいさ。一ヶ月は預けるって約束だからね。好きにするといいよ。昼飯食いに行くから、奢って欲しけりゃついといで」

 自分の別荘にも拘わらず、オサリバンは居心地の悪そうな表情でそう言い残し、練習所から出て行った。
 倹約家で有名な彼女だが、こうして頻繁に視察に来ては、行きつけの飲食店へと連れて行く。

 ――――そこでユグドは四人の目が自分に向けられている事に気付き、小さく息を落とした。

「どうぞ。でも変装はしていった方がいいですよ。皆さん有名人ですから」

「ええそうでしょうよ! ああもう、こんな理由で変装するアイドルってなんなのよ!」

「おれ、眼帯とかしようかな……心の目で人生見つめなおしてーし……」

 ブツブツ言いながらも、四人とも随分テキパキした動作で用意を済ませ、オサリバンの待つ玄関口へと駆け足で向かっていった。
 その後ろ姿を暫く眺めたのち、ゆっくりとシャハトは振り向く。

「……シャハトさん? なんで?」

「なんで、じゃねぇーよぉー。俺様ずっといたろうがよぉー。ここ数日ずっと、お前の隣にさぁー」

「そ、そうでしたっけ? その割に全く存在感なかったんですけど……」

「俺様にだってそういう感傷的な時期はあるさぁー。何せ俺様、不器用だからよぉー」

 肩を竦め、シャハトはその場にしゃがみ込む。
 実際ここ一週間、殆どシャハトの声をユグドは聞いていなかった。
 別に彼の声が耳に届かなかった訳じゃなく、声そのものが聞こえていなかったからだ。

 それくらいシャハトが大人しい。
 ある意味、エリクシィルのデビューコンサート以上にあり得ない事態だった。

「……で、これからどうするんだよぉー? お前のこったから、ここまでは計算通りなんだろぉー?」

「ええ。無名の歌劇団が一ヶ月で国内一の売れっ子集団になる、なんて前例はありませんし、アイドルでも同じ事。なら真っ当な活動していても仕方がない」

 シャハトはユグドの狙いに気付いている訳ではなかったが、その一見荒唐無稽のように思える方針に疑いの眼差しを向けてはいない。
 ユグドも、シャハトが自分の狙いについて悪感情を抱いているとは微塵も思っていない。
 その信頼関係は、二人だけの時のみ表面化する。

「シャハトさん。あの女帝をどう思います?」

「オサリバンの事かぁー? ありゃ大物だよなぁー。今回の事でも普通なら怒り狂うだろうしなぁー」

「器が大きいのは間違いないと思います。ただ、実業家として見ると、ここで怒らないのはどうかとも思うんです」

 彼女が一流の実業家という評価は、それでも覆らない。
 ただ、その実績やスケールの大きさと、彼女の商才には隔りがあるとユグドは感じていた。
 そしてそれは、彼女自身も口にしていた事。

『それに、アタシャ商売の才能にも欠けていた』

 この言葉に嘘がないとすれば、彼女が実績を積み上げられた理由として考えられるのは二つ。

 商才のある右腕がいる。
 商才をなさを補う"何か"を持っている。

 オサリバンと知り合いになってから十日が経過するが、その間に右腕と思しき人物の存在は確認出来なかった。
 なら、後者が最も可能性が高い。
 そして、その"何か"は恐らく――――

「……まず、名前を売る。それも『アイドルのフリをして別の活動をしようとしている集団』と見なされるようにする。それがオレの策の第一段階です。それは無事にクリアしました。問題は次の段階です」

 一度状況を整理すべく、ユグドは冗長な解説を始めた。
 無駄に思われるこの説明も、実はそれなりに意味がある。
 大半は趣味に近いが。

「結論を先に言うと、大口の取引相手を募ります」

「取引ぃー? ノアちゃん達はオサリバンと契約してるんだろぉー? まさかそれ無視して他のヤツにノアちゃん達を売るってのかぁー? ユグドよぉー、そいつは許せねぇーぜぇー!」

「違いますよ。オレの狙いは――――土地です」

 土地。
 その突拍子もない単語の出現に、シャハトは思わず鼻の穴を膨らませた。

「土地ぃー?」

「ええ。土地を売ります。建物も」

「一体、何言ってんだユグドぉー? 俺様達、今アイドルの話してるんだよなぁー?」

「そうですよ。だから、土地を売る為のアイドル活動をして貰います。そうでもしなけりゃ、いきなり売り上げ一位なんて無理です」

 ユグドは『どうすれば国内一稼ぐアイドルになれるか』ではなく、『現在一位のアイドルが稼いでいる金額を調べ、その金額を上回る売り物を探す』というアプローチを出発点とした。
 その結果、最も現実的な商品が土地。
 土地を売るアイドルとなれば、一ヶ月でトップになれるかもしれない。
 ほぼ非現実的な話ではあるのだが、可能性が最も高いのはその方向だと判断した。

「土地っつってもなぁー……何処の土地を売る気だぁー?」

「ここです。オサリバンさんの別荘」

「……はぁーーー!?」

 臆面もなく指をチョイチョイと下に向けて動かすユグドに、シャハトが奇声を発する。
 尤も、それは世界一真っ当な奇声だった。

「お前なぁー……ここの権利書とか盗んだ訳じゃねぇーよなぁー?」

「そりゃそうですよ。でも大丈夫、彼女が一流の実業家なら、権利の有無は問題になりません」

 ユグドは十日前からずっと、その点については確信している。
 ただ、不安の種はないとは言えない。
 それが――――

「でも、もしかしたら邪魔が入るかもしれない。そこでシャハトさんにお願いなんですけど、今日の夜にでも占って貰えませんか?」

 占星術を嗜むシャハトは、夜でなければ占いは出来ない。
 それを見越してのお願いだったが、シャハトの顔は優れなかった。

「今回ばっかりは、俺様の占いはあんまりアテにしないで欲しいぜぇー」

「いや、アテにした事自体滅多にないんですが……でも珍しいですね。活躍の場を得るのに消極的なシャハトさんって」

 珍しいというよりも不可解な行動。
 シャハトの人となりをよく知るユグドにとっては、異様とすら思えた。
 原因として心当たりがあるとすれば、一つしかない。

「フォルトゥーナさんと、何かあったんですか?」

「な、何もねぇーよぉー。今はなぁー」

「今は、とかそこで言っちゃう辺りがシャハトさんですよね」

 つまり、昔何かあった。
 ユグドの追求に、シャハトは暫く瞑目し額をポリポリと掻いていたが、やがて観念したかのように目を半分だけ開けた。

「……ま、お前になら別にいいかぁー」

 半分閉じた瞼を小さく痙攣させながら、シャハトはそう前置きし――――

「あの子は、俺様の妹なんだよぉー」

 ユグドですら驚愕する、とんでもない事実を告げた。










  前へ                                                      次へ