「そんな訳なんで、皆さんにはこれから一ヶ月で国内一稼ぐアイドルになって貰います」

 悠然と説明するユグドに対し、厳しい練習を終え精根尽き果てていたノア、トゥエンティ、そしてフォルトゥーナの三人はそれぞれ顔を見合わせ、緩慢な動作で立ち上がり――――

「そんなの……無理に決まってるじゃない……」

「……フザけんなよお前……おれ達をなんだと思ってるんだ……」

「不可能です……だって私ディーラーだし……」

 ユグドに詰め寄ろうと必死で近付こうとするも、疲労で足が震え上手く歩けず、御伽噺に出てくるゾンビのような様相を呈していた。
 そんな中――――

「ティラミスちゃんなら出来ます! 座ってみせますアイドルの玉座に! みんなで天下取っちゃいましょう! えいえいお!」

 ポンコツ王女だけは、異様にやる気を見せ目に炎を宿していた。
 この四人の中で一番踊りが下手で、歌が下手な彼女だが、体力はかなりあるらしく、ノアですらバテバテの練習メニューを難なくこなしている。
 前に宗教国家ベルカンプからマニャンまで自力で移動して来た事もあったが、その逞しさはとても一国の王女とは思えない程。
 おバカさと紙一重ではあるが、トコトン前向きな姿勢も含め、彼女には確かなアイドルとしての素質が感じられた。

「王女にここまで言わせておいて、侍女が諦める訳にはいきませんよね?」

「う……そりゃそうだけど、今はホラ、同じユニットのアイドルだし対等でよくない?」

「なら尚更、一緒になって燃えて貰わないと。もう勝負は始まってるんですから」

 完全な事後承諾。
 ノアは顔をしかめ反論を試みたが、既に疲労はピークを越えており、結局不満を言語化出来ずパタリと床に沈んだ。

「ノアはまだいいよ……あとティラミスもフォルトゥーナも……顔も性格もアイドルっぽいしさ。それに引き替えおれなんて……」

 その隣まで這うような速度でやって来たトゥエンティが、今にも泣き出しそうな顔で切実に訴えてくる。

「おれなんて元海賊だし……荒っぽい性格の剣士だし……中の中の上だし……アイドルなんて無理なんだよ……今からでもフェムと代わってもらいてーよ……」

「王女が二人だとキャラ的に被るから、多分無理ですよ。それにトゥエンティさんはボーイッシュ担当ですし」

「知らねーよ……そんなアイドルの役割とか知らねーもん……もうおれやだよ……戦場で剣振り回してる方がよっぽど楽だよう……」

 泣き言に終始するのも無理のない話だった。
 トゥエンティの人生とアイドルなど、まさに水と油だ。

「もっと自信持って下さい。歌劇団にだって、男役やる女性いるでしょ? トゥエンティさんって同性にモテそうだし、エリクシィルには必要不可欠な人材なんです」

「そうです! トゥエンティさんに足りないのは自信のない根拠だとティラミスちゃんも思います!」

 根拠のない自信にかけては定評のあるティラミスの言葉に、トゥエンティは当然ながら全く響くものを感じなかったらしく、ノアの隣で床に突っ伏した。

「兎に角、やるしかありません。ノアさんだって早くメンディエタに戻りたいでしょう? トゥエンティさんも、さっさとマニャンに帰りたいでしょう? それに……」

 ユグドは、二人の後ろで不安そうな顔のまま再び座り込んだフォルトゥーナと目を合わせる。

「各々の目的の為に、力を合わせて現状を打破しましょう。オレも出来る限りの策を用意します」

「えいえいお!」

 腕組みしながら堂々と宣言するユグドに、ティラミスも掛け声で華を添える。
 掛け声の内容は意味不明だが。

「……わかりました。そこまで仰るなら、専門外ですけど私も頑張ってみます」

 それに対し、フォルトゥーナがいち早く対応。
 暫く動かなくなっていた残りの二人も、現実と向き合うべくゆっくりと顔を上げた。

「仕方ねーな……ユグドがそこまで言うなら、乗っかってやるよ。おれだって中の上くらいにはなりてーし」

「その代わり妙な真似はさせないでよね。私、身持ち堅いので有名なんだから」

「心配しなくても、お触りは原則禁止になってますから。その手の策は封印します」

 封印しなければ幾らでも思い付いていた――――という若干の無念さを伴う面持ちでそう告げつつ、ユグドはテーブルの上に積んであった書類を四人に配り始めた。

「みなさんの練習中に、取り敢えず草案だけでも纏めておきました。具体的な内容は後でゆっくり読んで貰うとして、まずは一ヶ月の全体的な方針を話し合いたいと思います」

「一ヶ月で売り上げ一位にならないといけないのよね? それってどうすればなれるの?」

 ようやく普通に話せる程度には回復したらしく、ノアが率先して意見を求めてくる。
 ユグドは一つ頷き、書類の二枚目を見るよう全員に促した。

「歌劇団の場合は、公演を開いてその入場料やグッズ販売で稼ぐのが一般的な活動になると思いますけど、アイドルはもっと細かい活動が多いみたいです。人を集める為に店の前に立って呼び込みするとか、富豪の開くパーティーで余興を請け負うとか」

「なんかイメージと違うんだけど……」

「護衛団だって、護衛の仕事ばっかりじゃないですし。そんなものですよ」

 不満を垂れつつもアイドルに多少なりとも華やかさを求めていたらしく、ノアは口を尖らせていた。
 実際、華々しい活動が出来るアイドルは人気上位のごく一部のみ。
 後は大抵、副業なり愛人なりをやらなければ生活費すらままならない。

「とはいえ、これらの活動はあくまで知名度のあるアイドル限定。皆さんはこれからデビューする新人ですし、普通にやってたんじゃ一ヶ月なんて何も出来ずに過ぎちゃいます」

「っていうかおれ、まだまともに踊れもしないんだけど……大丈夫なのかよ」

「踊りと歌は、今習ってる人に継続して教えて貰ってもいいそうなんで、そうして下さい。ただ、これから街頭で披露して貰います」

 その唐突な宣告に、ティラミスを除く三人が目を丸くする。

「……嘘でしょ? 嘘っこですよね? それとも幻聴?」

「現実逃避は後にして下さい、フォルトゥーナさん。会場を抑えて華々しくデビュー……なんて暇はありません。まずは一刻も早く知って貰う事。そうしなけりゃ何も始まりません」

 そうユグドが断言した一時間後――――

「……嘘でしょ? 嘘っこですよね? それとも幻覚?」

 一時間前とほぼ同じ内容の言葉を呟くフォルトゥーナの眼前には、公営競技『パカパカ』が行われている競馬場の入り口と、群がる観光客の好奇の目があった。

「取り敢えず、人が集まる場所で名前を覚えて貰いましょう。はいみなさん注目! 新しいアイドルユニットが登場しました! エリクシィルという名前です!」

 大きく手を叩き、ユグドが声を張り上げる。
 武器屋の息子とあって、接客や客引きには全く抵抗がない。

「なんだなんだァ?」
「アイドルって、踊り子の可愛い版みたいなヤツだよな? どれどれ……」

 アイドルの本陣とも言うべきセント・レジャーにあっても、こういった呼び込みは珍しいのか、通行人や『パカパカ』の客の多くがエリクシィルの四人に視線を向ける。
 ちなみにノア、トゥエンティの二人は既に石のように固まっており、ティラミスだけがやたら愛想良く手を振っていた。

「これから彼女達エリクシィルが歌って踊ります。どうぞ観ていって下さい。デビュー曲は『回復したかった』。それじゃ、よろしく」

「ちょっとーーーーーーっ! この三日間練習したあの歌、そんな切ないタイトルだったの!?」

 ようやく石化が解けたノアが絶叫する間にも、野次馬の目が更に集中していく。
 当然ながら、演奏する人間はいない。
 全てアカペラで歌わなければならない。

 加えて、トゥエンティとティラミスはまだ歌詞すら覚えていない段階。
 踊りも歌も個別に練習している為、一緒に合わせた事など一度たりともない。
 そんな状況で、人前でアイドル活動を始めるなど、普通はあり得ないだろう。

「みなさん、歌いましょう! 知ってる人がいたら一緒に歌ってくださーーーーーい!」

 斯くして。
 初披露の曲で一体感を求めるティラミスの意味不明なその煽りが合図となり、競馬場の入り口前でエリクシィルはデビューを果たした。

 そして――――伝説を作った。











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