翌日も早朝から踊りの練習が始まる。
 一見華やかに見えるアイドルの舞踊だが、実際には緻密な計算の元、かなり地味な練習の上で成り立っている為、反復が基本。

「一、二、三、四! 一、二、三、四! てめぇトゥエンティ! なんだそのへっぴり腰、はああああああああああ! 締め殺すぞ!」
「ぐあっ」

 長時間、同じ動きを同じ質で要求される為、体力も精神力もかなり削られる。
 加えて、動きのキレも重要。
 キレという曖昧な表現で説明されても中々実践できない点も、難易度を高めている原因だ。

「だからキレが大事なんだよ踊りにはよぉ! わかってんのかノア、ああああああああああ! 張り殺すぞ!」
「はうっ」

 特にノアは、俊敏な動きが余り得意ではないらしく、何度も振り付け師に怒鳴られていた。

「フォルトゥーナ! てめぇは自分勝手な動きが多すぎるんだよ! アイドルユニットは協調性が命だろうが、ああああああああああ! 裂き殺すぞ!」
「す、すいません! 謝るから殺さないで!」
 
 ディーラーという、基本個人事業とも言える職種のフォルトゥーナは他のメンバーと動きを合わせるのに四苦八苦。
 そして、残る一人のティラミスは――――

「ティラ、ミス、ちゃん、へあっ! ティラ、ミス、ちゃん、へあっ!」
「勝手に振り付け追加してるんじゃ、ねえええええええええええええええ! 引きずり殺すぞ!」

 色んな意味で踊り以前の問題だった。

 アイドルの練習は当然、踊りだけではない。
 歌唱も重要だ。
 とはいえ、歌劇団とは違い、歌の上手さ然程問題にはならない。

「聴き心地の良さ! それがアイドルに求められる歌声! 澄んだ声でしっかり発音! ビブラート不要! 過度な力強さも不要!」

 それはそれで、決して一朝一夕で身につけられるものではない。
 特に、普段から荒い言葉遣いのトゥエンティは大苦戦。

「なんだてめぇ! そのドブ川みたいな喉は! フザけてんじゃ、ねえええええええええええ! くり抜き殺すぞ!」 

「りょ、猟奇的すぎんだろチクショーっ!」

 主に絶叫と悲鳴が交互に聞こえる代わり映えしないその風景が延々と続く中、視察に訪れたオサリバンがユグドの隣で小さく嘆息――――しながらも、温かい眼差しで見守っていた。
 本日は光沢のある深い青のドレスに、灰色の手袋といった服装だ。

 ちなみにシャハトは、今もユグドとの相部屋にて大きないびきをかいている。
 明け方まで眠る事が出来なかったらしい。

「休憩! 午後からは三倍厳しくするからな! 抉り殺される覚悟で来い!」

 振り付け師が鬼のような形相で、床に倒れ込む四人に向けそう吐き捨てる。
 アイドルの育成について全く知識のないユグドは、彼の発言や教え方が正しいかどうかすらよくわからないので、取り敢えず黙って見守るスタイルを貫いてた。
 一方、オサリバンの方はそういう訳にもいかず、確認の為に振り付け師を呼ぶ。

「どうだい? あの四人」

「全員、素晴らしいモノを持っています。その上、皆タイプが違う。大器晩成ばかりですが、確実に化けますね」

 酷評するかと思われた振り付け師は、意外にもベタ褒めし始めた。

「ティラミス=ラレイナは陽。あの底抜けの明るさは天性です。ノア=アルカディアは陰。表に出ず支える能力に長けています。トゥエンティは火。烈火の如き情熱を秘めています。フォルトゥーナ=ハリステアは水。流れを読む力は目を見張りますね」

「ま、アタシの見込んだ連中だからね」

 満足げに報告を受けたオサリバンは、一転その表情を厳しくし、重みのある目をユグドへと向ける。

「取り敢えず半年、あの三人を貸しな」

 有無を言わせないその迫力。
 ユグドはその圧に――――ようやく慣れ始めていた。

「モノになるかどうかは、それで判断出来るからねぇ。無理なようなら解放してやるさ。アタシの名前も好きに使いな」

「もし、モノになったら?」

「その時は、本格的にアイドル活動を始めて貰う事になるねぇ。一年で国内一のアイドルにして、そこから海外進出を狙うとしようかね」

 既にオサリバンの中で、プロジェクトのシナリオは出来上がっているらしい。
 これまでの彼女の言動から、その先を読む力が確かなのは明らかだ。

「どうやら本気みたいですね」

「勿論さ。今、ルンメニゲ大陸は平和続きで退屈してるだろう? だからこそ、メンディエタのいざこざに注目が集まってる。そういう時代は、アイドルを売り出す絶好の好機なのさ」

「かつて貴女がそうされたように、ですか」

 ――――確証はなかった。
 だが、ユグドは敢えて自信ありげにそう断言する。
 それでオサリバンの顔色を変えられるとも思っていなかったが、風向きくらいは変えられるかもしれないという思いで。

「……何処から手に入れたんだい? その情報」

 故に、そのオサリバンの変化は意外だった。
 これまで付け入る隙を全く与えてくれなかった女帝が、あからさまに不快感を示す。
 予想外の展開に、ユグドは平静を保つ為の精神力を必要以上に消費するハメになった。

 尤も――――嬉しい誤算ではあるのだが。

「貴女が元アイドルなのは誰に聞くまでもなく、容易に想像出来ますよ」

「理由を聞こうかい。自分で言うのもなんだけど、美人だからってのはよしとくれよ。歯の浮くようなお世辞は嫌いでね」

「なら歯を食いしばっていて聞いて下さい。実際、三〇年前はかなりの美貌だったと推察します」

 ただし、それが最大の理由ではなかった。
 オサリバンもそう察してか、怒りは見せず続きを待っている。
 ユグドはようやく巡ってきた主導権をどうにか死守すべく、紡ぐべき言葉を整理した。

「貴女はかなりの倹約家だと聞いている。つまり、無駄は嫌い。ここまでは間違いありませんか?」

「そうだね。ケチ臭いので有名なのは自覚してるよ」

「言い換えれば慎重な性格と判断出来ます。そんな貴女が思い付きでアイドルユニットを結成させる訳がない。確かにティラミス王女やノアさんは容姿も話題性も文句なしですし、強引にスカウトしても不思議じゃありません。でも――――」

 もう失敗は許されない。
 オサリバンの表情を事細かに観察・分析しながら、ユグドは口元を手で覆った。

「それなら四人である必要はない。トゥエンティさんやフォルトゥーナさんまで引き入れる必要はない」

「わかってないね。アイドルユニットってのは全員が目玉じゃダメなのさ。引き立て役ってのが必要なんだよ。ただし、引き立て役なりにちゃんと役割を担って貰うけどね」

「成程。そう言えば、偶数じゃないといけないそうですね。それにも理由があるんですか?」

「女ってのは、直ぐ派閥を作りたがるからねぇ。奇数だと数的不利になった方が潰れちまうんだよ」

「やっぱり、随分と詳しいんですね、アイドルに。何より優し過ぎる」

 それが――――ユグドが彼女を元アイドルだと予想した理由だった。
 初対面時から、言葉こそ厳しくはないものの、常に他者を圧倒する空気を身に纏っていた。
 実際ディーラー達からも恐れられていたし、普段からかなり厳しく教育しているのだろう。
 実業家としての目も、相当にシビアなのは間違いない。

 そのオサリバンが、明らかにアイドルに固執している。
 ただ詳しいだけなら、仕事として扱っている分野だから知識に富んでいるだけと見なせるが、彼女の場合は甘さが目立つ。
 見極める期間を半年とかなり長めにとっている事からも、それが窺える。
 ノアに反論されても、不甲斐ない踊りを目の当たりにしても、まるで怒った様子はなく、寧ろ温かい目で見守っているようにすら感じられた。

「優しさで語ってるんじゃないよ。アイドルは金になるから事業として魅力がある。だけど候補の段階で潰れたら金にならない。それだけさ」

「本気でノアさん達が莫大な金を生むアイドルになれると思ってるのなら、その理屈は正しいでしょうけど」

 ユグドの指摘に、オサリバンの表情がまた変わる。
 最早初対面時のような、圧倒的な差は両者にはない。
 とはいえ、一つ間違えば奈落の底。
 背中に湿り気を感じながら、ユグドは返答を待った。

「……本気じゃないって言いたいのかい?」

「貴女の実業家としての能力を、オレは信じます。その貴女が、あの四人を一年という短期間で国内一のアイドルに育てられると本気で考えてるとは思えない」

「どうしてそう言い切れるのさ」

「貴女はノアさんの覚悟を見た。なら感じた筈だ。その覚悟を簡単に覆すのは無理だと」

 彼女のメンディエタへの想いは軽くない。
 それは22の遺産への執着のみならず、自分自身を犠牲にしようとした経緯からも十分窺える。
 そしてそれを汲み取れないオサリバンではないと、ユグドは評していた。

「なら、考えられるのは実業家としてじゃなく、別の立場と思惑であのユニットを組ませた。そう考えた結果、一番可能性の高いシナリオが――――」
「アタシが元アイドルっていう予測。かつて自分がそうだったから詳しいし甘い。そういうワケかい」

 大きく、しかし浅くユグドは頷く。
 既に確証は得ていた。
 オサリバンの顔はもう、実業家としてのそれではなくなっていたから。

「やれやれ。イーズナーの小僧がしてやられるワケだよ。アタシを見透かせるオトコなんて滅多にいるモンじゃない」

「先にしてやられたのはこっちですけどね。まだ五分までは持って行けてません」

 そうは言いながらも、ユグドの顔には自然と笑みが浮かんでいた。

「……アンタの想像通りさね。アタシゃ、夢を見てるのさ。自分が叶えられなかった夢を、今ね」

 オサリバンの目が、苦戦を続けるエリクシィルの方へと向く。
 ただしそこに映っているのは、必ずしも見えている風景とは限らない。
 もし見ているのが夢の続きならば――――それは偶像だ。

「昔、歌劇団に憧れててね。華やかな舞台、心が震えるような歌声、全身を痺れさせるような拍手喝采……私もいつか、あのステージにって思ったものさ」

「それで、実際に立てた。でも上手くいかなかった」

「……夢は夢のままでいた方がよかったんだろうねぇ。アイドル……とは当時呼ばれていなかったその職業、実のところは娼婦と紙一重だったのさ」

 それは、余りに生々しい現実を語る言葉。
 ユグドは平然と、しかし穏やかではない心中でオサリバンの過去を聞き続けた。

「若かったんだろうねぇ。どうしてもその事実を受け入れるワケにはいかないと思って、たった一人で必死になって戦ったよ。あんなにキラキラしてたステージが、オトコ達の欲望の踏み台だったなんて現実は、絶対に許せなかったのさ。でも……小娘一人じゃ結局、逃げ出す事しか出来なかった」

「ただし、逃げるだけじゃ終わらない。必ずこの腐った現実を覆してやる――――その一心で貴女は、今の地位に上り詰めたんですか」

「そう言えば格好も付くけどね。生憎と実業家は執念や義憤でどうにかなるほど簡単な職じゃない。それに、アタシャ商売の才能にも欠けていた」

 にわかに信じ難い話。
 だが彼女は謙遜するタイプではない。
 そう判断していたユグドは、言葉を挟まず話に耳を傾け続けた。

「それでも、アタシには運があった。例えばここをはじめとした別荘もそうさ。土地ごと買ったんだけどねぇ、今じゃどこも当時の三倍以上の地価だよ」

「商才はなくても、運を引き寄せる腕力を貴女は持っていた」

「ま、そういうワケさ」

 その一瞬、オサリバンの視線が自分の手へと向けられていたのをユグドは見逃さなかった。
 衣装は毎日変えているのに、手袋だけは初日のみ銀色で、後はそのまま。
 そこに『運』と彼女が表現した何かの秘密が隠されているのは間違いない。

  とはいえ――――それはノア達の目的には、そしてユグド達アクシス・ムンディとは何ら関係のない話だった。

「オサリバンさん。賭けをしませんか」

「何をだい?」 

「一ヶ月以内にあの四人がセント・レジャーで一番のアイドルユニットになるかどうか」

 ノアはアイドルにはならない――――先程そう言い切ったユグドが、今度は真逆の宣言。
 だが、オサリバンは動じない。
 主導権はユグドにあるが、まだ優勢には程遠い。
 その現状を、ユグドは心から歓迎した。

「さっき言った通り、アタシの計画では最短で一年だ。その見極めにも半年かかる。一ヶ月じゃとても無理だね」

「なら一ヶ月で達成したら、彼女達を解放して下さい。アクシス・ムンディとしては、トゥエンティさんを半年も拘束させる訳にはいきません」

「ほう。なら、達成出来なかったら?」

「海外進出する時の交渉人としてタダ働きしますよ。オレの持つ人脈を駆使して」

 そのユグドの言葉に、オサリバンの口元が――――引き締まった。

「オトコに二言は許さないよ」

「当然です。で、一番を決める基準は……」

「アイドルの格付けの基準なんて一つしかないさ。金だよ、金」

 実業家として、元アイドルとして、オサリバンの言葉には重みがあった。
 金を生むアイドルこそ、本当の意味で人気のあるアイドル。
 ユグドもそこに異論はなかった。

「なら、明日からの一ヶ月間で一番、セント・レジャーで多くの金を稼いだアイドルになればいいんですね?」

「そうさ。ただし、娼婦の真似事は許さないよ。接触行為も全面的に禁止。そんな手段で稼ぐアイドルに大した価値はないからね」

 偶像ならば、偶像らしくあるべき――――
 オサリバンは今も、夢の途中にいる。

 そういう人間は強い。
 強いが、曖昧故に一度崩せば脆くもある。
 ユグドはその条件を、首肯をもって呑んだ。

「それじゃあらためて宜しく。女帝さん」

「アタシと本気でやり合うなんざ三〇年早いよ。小僧」

 オサリバンの目が獰猛さを宿したその瞬間――――アイドルユニット『エリクシィル』のデビューが正式に決定した。










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