世の中には数多くの娯楽が存在し、その多くは有象無象の流行として使い古されていく。
 だが、中には夜空を彩る星々のように、恒久的に輝き続けるものもある。
 娯楽国家セント・レジャーにおける『アイドル』という分野もまた、時代を超え民に選ばれた娯楽分野の一角だ。

 かつてまだアイドルという言葉が存在しなかった頃は、『踊り子』や『歌い手』と区別を付けず、彼らの中でも際立って人気の高い人物がその役目を担っていた。
 舞台や酒場、余興などで活躍した彼らに共通するのは、容姿端麗、そして人を惹き付ける独自の魅力に長けている事。
 例え踊りや歌の技術に秀でていなくても、そういった別の要素で客を呼べれば、多くの興行主から重宝された。

 そういった状況が続けば、舞踊や歌唱に人生を捧げ、ひたすら技術の向上に邁進する者達には当然、面白くない。
 自分達より遥かに未熟な者達がチヤホヤされ、知名度も収入も大きく水を開けられたとなっては、余りに立つ瀬がない。
 実際、技術の継承や文化の伝来といった歴史的遺産の一翼を担う彼らを蔑ろにする訳にもいかず、娯楽国家セント・レジャーは『棲み分け』を提唱するに至った。

 その結果、技術・実力を重視する者達とは一線を画す、一般大衆の人気を獲得する事に特化した存在として『アイドル』という分野が誕生。
 演劇から接待まで、多方面にわたってその人気、求心力は活用されているという。

 現在のところ、『アイドル』という呼称はセント・レジャーでのみ使用されているが、概念そのものは世界各国に存在する。
 数人の集団で形成される事もあり、その場合は『ユニット』と呼ぶらしい。

「そこで、アタシャ考えたんだよ。アイドルって言葉を一般名詞にしてしまおうとねぇ。それこそ『セント』と同じようにさ」

 ユグドとシャハトの二人は、首都イナドだけでも五つあるという女帝オサリバンの別荘の一つに招かれ、そこで詳しい説明を受けていた。
 接待用、余暇用など、それぞれテーマを設けて建設したらしく、今回訪れたのは練習用の別荘。
 アイドル候補生としてオサリバンが目を付けた女性が、踊りと歌の練習を行う為の施設となっており、広大な練習場が室内のみならず室外にまで設けられている。

「それで、アイドルとやらの育成を行ってるって訳ですか」

「まあね。国内のアイドルを海外進出させてみた事もあったけど、中々思い通りにいかなくてね。ずっと探してたのさ。多国籍軍アイドル【エリクシィル】に相応しい人材をね」

 どうやら"エリクシィル"というのが、今回オサリバンがプロデュースするアイドルのユニット名らしい。
 メンバーは全部で四名。
 その四人が着替えを終え、脱衣場からユグド達のいる練習場へとやって来る。

「な……なんでこんな事に……?」

 目をグルグルさせたまま最初に現れたのは、ノア。
 黒を基調としたフリルドレスに身を包み、頭にはレース付きのヘッドドレスを装着している。

「ティラミスちゃん、ドレスは毎日のように着てましたけど、こういうの初めてです! 蒸れ蒸れですきゃほー!」

 続いて、白ベースの衣装をまとったティラミス。
 衣装のデザイン自体は四人とも同じらしい。

「……」

 三人目として現れたトゥエンティは赤。
 尚、本人は現実について行けないのか、受け入れられないのか、ずっと白目を剥いたままだ。

「あ、あの……」

 そして、最後に現れたのは――――水色の衣装に着替えたフォルトゥーナ=ハリステア。
 ディーラーの制服とは違い、胸元はしっかりと衣装で覆われているものの、胸のリボンとレースは他の三人より明らかに前へ出ている。

「私、ディーラーで……ここの人達とは無関係なんですけど、どうして……?」

「細かい事を気にするんじゃない。アイドルユニットは偶数がいいんだよ。それとも、何か文句でもあるのかい?」

「い、いえ!」

 セント・レジャーで働くディーラーにとって、女帝オサリバンは国王に匹敵する、或いはそれ以上の存在。
 フォルトゥーナに拒否権はないらしい。

「さて。全員揃ったね。これからアンタ達には、アイドルユニット【エリクシィル】として活動して貰うよ」

「そ、そんな! 私達はメンディエタを――――」
「おだまり」

 その瞬間、室内が寒冷地と化した。

「いいから黙って練習! 一週間以内に振り付けとデビュー曲の歌詞全部覚えて貰うからね!」

「は……はい……」

 一喝で凍らされたノアをはじめ、ティラミス以外は全員諦めの境地で力なく頷く。
 ちなみにティラミスは早くもやる気満々でクルクル踊っていた。

「それじゃ、あとは任せたよ」

「御意。必ずやオサリバン様にご満足頂けるアイドルに仕上げてご覧に入れます」

 練習場を出て行くオサリバンの背中に、やたら手足の長い細身の振り付け師が恭しく一礼。
 その上げた顔で、エリクシィルとなった四人を一瞥。
 そして――――

「オラァ! いいかオマエ等、オマエ等はこれから益虫のクソだ! クソがいちいち逆らったりするんじゃねぇぞ! ステップの基礎が出来るまで、まともな呼吸は出来ないと思え!」

 そのやたら濃い顔面を修羅の如き険相と化し、手にした鞭で力の限り床をビシビシ打ち付けながら練習を開始した。

 歌劇団のような、それぞれが演じる役を貰う事のないアイドルがユニットを形成する理由は一つ。
 その方が人気を得る為に有利だからだ。

 いろんなタイプのアイドルがいた方が、ファンの好みに迎合出来る幅が広がる。
 個人だとどうしても粗が目立つが、人数が多ければ視点も分散し、ある程度誤魔化しが利く。
 その分個性は発揮し難くなるが、総合的に考えれば利点が多い。

「テメェこのウスノロが! なんだその酔っ払いが下痢我慢してるみたいなステップは! もっとキレを意識しやがれ! こう! こうだ!」

「無茶言わないでよ! 踊り子じゃないのにいきなり出来る訳ないじゃな――――」
「教官にナメた口利いてんじゃ、ねえええええええええええええええええ! 殴り殺すぞ!」
「ふぎゃっ」

 振り付け師の絶叫に、ノアが吹っ飛ぶ。
 声というより、顔面の圧力で弾き飛ばされたようにユグドには見えた。

「ふふふのふ。ノアちゃんは覚悟が足りませんね。いいですか? メンディエタの民たる者、どんな時でも挑戦する心を忘れちゃダメなんです! さあ、ティラミスちゃんを見習って!」

 自信満々の面持ちで、ティラミスは教わったステップ――――とは程遠い、逃走中の泥棒が足を挫いて悶絶しているような足裁きを披露していた。

「教えた通りにや、れえええええええええええええええええ! 斬り殺すぞ!」

「ぴきゃーっ」

 床に転がっていたノアの隣にティラミスが吹っ飛んでいく。
 その後も振り付け師の厳しい叱咤は続き――――

「テメェはいつまで白目剥いてやがるん、だあああああああああああああああ! 蹴り殺すぞ!」

「うわーっ」

「そんなお上品なステップで大衆の目を引ける、かあああああああああああああああ! 刺し殺すぞ!」

「す、すいませーん!」

 トゥエンティやフォルトゥーナも含むエリクシィルの四人が何度も何度も床を転がりダメージが蓄積していく様を、ユグドとシャハトの二人はじっと眺める事しか出来なかった。

「まさかこんな展開になるとは全く読めませんでしたよ。オレもまだまだですね」

「……」

「シャハトさん?」

 本日まだ一言も発していないシャハトに、ユグドは訝しげな視線を向ける。
 今日だけではない。
 昨日、トゥエンティとの勝負で一文無しになって以降、明らかに普段のシャハトではなくなっている。

 当面の生活費を失えば覇気をなくすのは当然の事。
 だがユグドは、彼がその程度の受難を翌日まで引きずる性格じゃないと知っていた。

 ならば沈黙の理由は他にある。
 ユグドは心ここにあらずといった面持ちのシャハトを注意深く観察し、その視線を追う。
 シャハトの視界に常に収まっているのは――――

「……フォルトゥーナさんが気になるんですか?」

「ふぉあぁー!? き、気になってなんぅーーーかねぇーよぉーーーーー!?」

 今度は一転、かなり大げさな反応。
 ノアに一時期デレデレになっていた経緯もあり、ユグドは一瞬、一目惚れでもしたのかと思い半眼で諫めようと忠告の言葉を探す。
 だが、シャハトの顔に照れや羞恥が全くないのを確認し、それが誤りだと気付いた。

「い、いいから俺様の事は気にするんじゃねぇー。俺様は大丈夫だからよぉー」

「……ま、いいですけど」

 込み入った話なら、無理矢理聞き出す訳にもいかない。
 ユグドは後ろ髪を引かれる思いで、視点を練習中の四人に移す。

「ならばこう! こう! そしてこう! ティラミスちゃんの新技、どうですかっ!?」

「基礎教えてるのに勝手なステップ作るんじゃ、ねええええええええええええええ! 刻み殺すぞ!」

 それはちょうど、欲しい果物を買って貰えずに地団駄を踏む子供のような足裁きを見せたティラミスが本日五回目のダウンを喫した場面だった。
 そんなこんなで――――日中はほぼ防御力を鍛える特訓として費やされた。

 


 その日の夜。

「痛いよう……痛いよう……」

「おれ、どんな戦場でもここまで辛い思いした事なかった自信がある……」

「くーくー」

 広々とした別荘の一室で、ノアとトゥエンティは涙目でベッドに寝っ転がり、ティラミスは充実した顔で寝息を立てていた。
 本来、何故こんな事をしなきゃならないのか、どうすれば逃げ出せるかといった事を考えるべき時間の筈だが、疲労困憊の為その余裕もない。
 しかしたった一人――――フォルトゥーナ=ハリステアだけは、別荘の外で星空を見上げ、物思いに耽っていた。

「今日は大変でしたね。疲れてませんか?」

 そんな絵になる場面にどう入り込むか暫し迷った末、無難な言葉でユグドが声を掛ける。
 視線を下ろして振り向いたフォルトゥーナは、月明かりに照らされ妖しく輝いている――――ように見えた。
 ディーラーという職業についてユグドはよく知らないが、どちらかと言えばアイドルの方がしっくりくるような外見の彼女。
 そんなフォルトゥーナに対し、どうしても言っておきたい事があった。

「日頃のお仕事と比べれば、精神的な消耗は少ないですから」

 その返答と笑顔は、ディーラーという職業の過酷さを物語っていた。

「……すいませんでした。巻き込む形になってしまって」

 いたたまれない気持ちになり、ユグドは眉尻に続き頭も下げる。
 本来、彼女はここにいる筈のない人間だった。
 偶々、ユグドに大負けを喫した所をオサリバンに見られたのが運の尽き。
 大勝する事で彼女が現れるのはユグドの狙い通りだったが、まさかそこからこのような展開が待っているとは思ってもいなかった。

「いえ。ただ私のディーラーとしての力不足が招いた事態ですから、あなたの所為じゃないです。でも……ちょっと困ってます」

「ですよね。有無を言わさずに拉致されたようなものですし、家族にも……」

「あ、家族はいません。両親とは幼い頃に離ればなれになりましたから」

 離ればなれ――――その表現は彼女の気遣いだとユグドはその表情で察し、また一つ頭を下げる。

「ただ、私この国の人間じゃないんです。セント・レジャーには修行目的で来ていて……来月にはマニシェに戻らないといけなくて」

「職人国家の方だったんですか。失礼ですけど、あの堅物な国にもディーラーって職業があるんですね」

「ええ。職人さんは結構娯楽に飢えてる事もあって、ギャンブルに興味のある人が多いんです。こう見えて、お店も結構繁盛してるんですよ」 

 どうやら自国に店を構えているらしい。
 ユグドが思っていた以上に、腕のあるディーラーのようだ。

「……とか言っても、説得力ないですよね。あんな大負けしておいて」

「いやいや。三分の一くらいは『敢えての』でしょ?」

「あう……そこまで見抜かれてたか」

 カクン、とフォルトゥーナは力なく項垂れた。
 外国人という割に、彼女のシーマン語はかなり流暢。
 丁寧な言葉使いを少し崩したのがわかる程に。

「でも、お店まで持ってるのにどうして国外にまで修行しに? その間のお店は大丈夫なんですか?」

「一応、代わりを務めてくれる人がいて。それに、修行以外にもちょっとだけ私用があったりしましたから、それで思い切って」

 私用については詳しく話す気はないらしく、フォルトゥーナの言葉はそこで一旦止まった。
 そして、再び星空を見上げ、薄く微笑む。

「私がアイドルになったら……喜んでくれる人が増えるかな」

「?」

「……なんて。今日、ちょっとだけ考えちゃいました。そういう自分を」

 チラッと舌を出し、お茶目にそう呟くフォルトゥーナに、ユグドは思わず苦笑いを浮かべる。
 やはり気を遣われているのだろうという気持ちが半分、これから自分がすべき事が決まり、スッキリした気持ちが半分。
 その結果の苦い笑みだった。

「ディーラーという仕事に、誇りを持ってるんですね」

「え? どうして……」

「アイドルの自分を一日で過去形にしてる辺りで、なんとなく。それに、オレを見る目が完全に敵を見る眼差しだったんで」

「え、ええ……? 私、そんな目をしてました?」

「後半は冗談ですよ。半分」

 実際には――――今ではなく勝負中の事だった。
 だからこそ、真面目さが裏目に出たのだろうとユグドは解釈していた。
 そういう意味では、ユグドにとって相性の良い相手だったとも言える。
 真面目な相手ほど、感情を読みやすい。

 そして、その真逆に位置するのが女帝オサリバンだ。

「今後については、オレがどうにかします。帰国の予定はそのままにしておいて下さい」

「それは……」

「オレも同じですから」

「……?」

 明らかに言葉足らずなユグドの説明に首を傾げるフォルトゥーナ。
 その可愛い女性に背を向け、ユグドは別荘へと戻った。

「さっさと中に入らないと風邪引きますよ、シャハトさん」

 ――――途中、茂みに向かってそう忠告すると、わざとらしい動物の鳴き声の物真似が聞こえて来た。









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