娯楽国家セント・レジャー最大の娯楽は『セント』と呼ばれる賭場だ。
 国名の一部を取ったそのギャンブル総合施設では、ルーレットやダイスゲームなどのテーブルゲームをはじめ、ルンメニゲ大陸で行われているあらゆるギャンブルが集まっており、鉱山で価値の高い鉱石の採掘に挑む『キラリ』、競走馬のレース『パカパカ』、闘技場で人間同士が戦う『コロスデス』と並び、多くの人間の人生を狂わせ続けている。

 特徴は多々あるが、何より目を引くのはその広さ。
 賭場そのものはどの国にも存在するが、このセントの広さは別格で、ちょっとした村の敷地面積を越えている。
 そしてこのセントもまた、女帝オサリバンの統括する賭場と言われている。

「うわー……なんかスゴいね。メンディエタにも賭場はあるけど、雰囲気全然違う。こんな賑やかじゃないし」

 ――――会食の翌日。
 セントの施設内に足を踏み入れたノアは、早々に場の雰囲気に酔ったらしく、恍惚とした表情で周囲を忙しなく眺めていた。

「やっぱり付いてきて正解でしたね。ノアさん、ギャンブルで身を滅ぼすタイプでしょ」

「そ、そんなワケないじゃない! 私の身持ちの堅さはメンディエタでも有名なんだから!」

「なんか違うような……で、遊んでいくんですか? ただの時間潰しなら止めておいた方がいいですよ。ギャンブルって基本、胴元が儲かるように出来てるんですから」

「……現実って切ないのね。夢くらい見させてくれたっていいじゃない」

 今回の目的は、メンディエタ復興資金の確保。
 ギャンブルで一日稼ぎ倒したとしても、それだけの金額を得るのは不可能だ。

 ただ、セントで目立った戦果を残せば、ギャンブルに目がないオサリバンの気を引く事は出来るかもしれない。
 ノアやティラミスにその才覚があれば――――という一縷の望みに賭けてやって来たものの、所詮一縷は一縷。

「ひーん! ティラミスちゃんまた負けちゃいました! もう干涸らびちゃいますよーう!」

 何処からか聞こえてくる悲鳴が、その現実を突きつけてくる。
 元々期待はしていなかった為、別の方策を練るという結論が早くも出た。

「……これ以上煮詰まっても仕方ない。気分転換に遊んでいくか」

「え? あんな事言っておいて自分は遊ぶ気?」

「相手の好きな物について実体験を伴わせるのも、交渉の重要な一手なんですよ。その授業料と思えば損したところで問題ないでしょ?」

 そう宣言し、ユグドはテーブルゲームを行っている一角へ足を踏み入れた。
 この界隈ではディーラーと呼ばれるスタッフが各テーブルに数人配置されており、彼らの手によってゲームが進行している。
 特にカードゲームでは彼らが客と勝負する為、その責任は非常に重い。

「一勝負お願いします」

 その中の一人、女性のディーラーを選び、ユグドはカードゲームに興じる事にした。

「ご指名ありがとうございます。賭け金はどの程度の額に致しますか?」

「最低額でお願いします。ゲームは『ヘンジェーグ』で」

 ヘンジェーグとは、一から十までの数字が書かれたカードを用いて行うゲーム。
 まず客とディーラーの双方に一枚ずつカードを配り、次に『一枚追加』か『終了』かを選び、手元にあるカードの数字の総和を十一に近づけるという簡単なルール。
 一から十までの範囲内でより高い数字になった方が勝ちだが、十一を超えた場合は『クラッシュ』となり、無条件で負けとなる。
 カードは全部で四〇枚あり、一から十までの数字が各四枚ずつ用意されている。
 カードゲームの中では最も有名で、子供の遊びとしても知られている遊びだ。 

「了解しました。ではお相手は私、フォルトゥーナ=ハリステアが務めさせて頂きます」

 凛とした中にも艶のある声で、フォルトゥーナと名乗ったディーラーが一礼。
 まだかなり若く、ノアと同世代と思しき麗らかな女性だが、涼しげな表情の為大人びても見える。
 身に纏う制服も胸元が大きく開いており、そこから覗く谷間もまた、大人の女性を演出していた。

「……」

「あれー? ノアちゃんどうしました? 怖いですよう顔」

「べっつにー」

 王女と侍女とは思えない会話が背後から聞こえる中、ユグドは神経を勝負へと集中させていた。
 そのユグドの前に、裏返しになった一枚のカードが配られる。
 ユグドは然したる特徴もない所作でカードを手に取り、数字を視界に収めた。

 記された数字は『十』。
 最大値であり、十一に限りなく近いカードだ。
 よって、もし追加するなら『一』以外全てがクラッシュ。
 通常なら、この一枚で勝負すべき場面だが――――

「一枚追加で」

 ユグドは敢えて、そう宣言。
 同時にフォルトゥーナの表情をこっそり観察する。
 その女性ディーラの目、指先など、感情が表に出やすい箇所をくまなく凝視する――――も、全く不自然な所はなかった。

「了解しました」

 丁寧に置かれたそのカードを受け取り、数字を確認する。
 その数字は、またも『十』。
 文句なしのクラッシュだ。

「負けました」

 端的にそう告げ、ユグドは数字の方を向けカードをテーブル上に落とす。
 すると今度は、明らかにフォルトゥーナの顔が変化した。

「あの……もしかして初心者の方でしたか?」

「いえ。ちゃんとルールは把握してますから、お気遣いなく。もう一勝負お願いします」

「……はい。では」

 やや強張った顔を戻し、フォルトゥーナは一度目の勝負で使用したカードを回収し、切る。
 この一連のやり取りでユグドは、彼女が誠実なディーラーだと確信した。

 その後――――

「わあぉ! また勝ちましたよ! ユグド君ってばスゴいんですね! ティラミスちゃんビックリ仰天!」

「なんとなく予想してたけど……やっぱり強かったんだ」

 ユグドは破竹の一六連勝を記録。
 その勝ちっぷりに周囲もざわめき出す。
 一方、フォルトゥーナはというと――――

「……ま、まだ続けますか?」

 最初の方の凛とした佇まいは何処へやら、動揺が隠せず目が泳いでいた。
 依然として掛け金は最低額なので、店の損失としては微々たるもの。
 ただ、ヘンジェーグという運の占める要素が大きなゲームにおいて、これだけ連敗が続く事はまずない為、かなりショックを受けている様子だ。

 ユグドはギャンブルと縁のない人生を送ってきており、賭け事に関する知識には乏しい。
 ただ、『もし自分がこういう職に就いたなら』という観点でディーラーを解析した場合、『金を搾り取りやすい相手には最初に大負けしておく』という戦略が有効だろうと目していた。

 だが恐らく、真面目な性格のフォルトゥーナには迷いがある。
 迷いがあれば、必ず見透かせる。
 連勝を続けさせ、何処かで形勢逆転し、そのままドツボにハマらせる――――という策略を実行に移すその切り替えの瞬間を見抜くべく、ユグドは常に観察を続けた。

 そして、明らかに口元を引き締め挑んできた勝負で、一戦目のような賭けに出て、見事勝利。
 計画を狂わされたフォルトゥーナは動揺を隠せず、消極的になったり、無茶な勝負に出たりと本来の姿とは程遠い姿を晒す結果となっていた。

「ええ。賭け金は最低額でお願いします」

 対するユグドは、一戦目から変わらず淡々と同じ言葉を繰り返すのみ。
 ギャンブルを学ぶという目的ならば既に果たしているにも拘らず、止める気配は一切ない。
 ユグドの狙いは――――

「全く、最近の若いのはダラしないねぇ。あんまり恥をかかすんじゃないよ」

 背後のノアとティラミスの間を割って入るようにして現れた、この施設の主とも言える存在、女帝オサリバンにこそあった。
 昨日は豹柄だったが、今日は深緑色の服を身につけている。
 手袋も今日は灰色になっており、全体的に地味な色目だ。

「も、申し訳ありません! 私、その……」
「ああ。本気にしなさんな。冗談だよ。勝つ時もあれば負ける時もあらぁね。そうじゃなきゃ、賭け事にならないからね」

 オサリバンの姿を見た瞬間、フォルトゥーナが即座に起立し、直立不動のまま固まる。
 周囲のディーラーも皆一様に表情を硬くし、姿勢を正している。
 彼女の持つ影響力が、これ以上ない形で具現化した格好だ。

「それはそうと、随分と挑戦的な子だね。昨日の会食の時から感じてはいたけど」

「一応、看板を背負ってる立場なんで。泥を塗りっぱなしって訳にはいかないんです」

「良い科白じゃないか。昨日の今日でこの行動力、それも気に入った。アクシス・ムンディだったね。覚えておくよ」

 実際のところ――――ユグドと工匠ギルドとのいざこざを理由に会食に応じた以上、アクシス・ムンディの名前は既に覚えているのだろう。
 だが問題はそれではない。
 彼女に『覚えておく』と言わせる事。
 それを達成した時点で、ユグドはこのセント・レジャーへ来た目的を無事果たせたと言える。

「ただ、昨日の話についちゃ難しいねぇ。当事者のお二人さん、メンディエタの現状についてどの程度知ってるのかい?」

「へ? げ、現状ですか?」
「それがなんと、全然わっかりっませーん! てへへ!」

 突然話を振られたノアが困窮する中、外交モードではない状態のティラミスが脳天気に返答。
 しかしオサリバンに気分を害した様子はなく、寧ろ上機嫌に笑い出した。

「今の方がよっぽど魅力的だよ、アンタ。自分を大事にしな」

「よくわかりませんけど、はい! ティラミスちゃんもその方が楽ですからそうしまーす!」

 満開の笑顔で返答するティラミスの頭を、オサリバンは口元を緩めたままワシワシと撫でる。
 その光景に、ディーラー達は皆驚きを隠せず、中には唖然とした様子で口を半開きにしている者までいた。

「あの……もしかして、メンディエタってそんなにマズい事態になってたり……します?」

 勇気を振り絞って問うノアに対し、オサリバンは一瞬鋭い眼光を向ける。

「マズいどころじゃないねぇ。魑魅魍魎どもの集う暗黒地帯になりつつある。悪い事は言わないよ、諦めな」
「ダメです!」

 それでも怯まず、間髪を入れずに拒否。
 微かに震えながらも、ノアは女帝オサリバンと暫し睨み合った。

「そんなに、昔の優雅な暮らしが忘れられないかい?」

 皮肉げにそう問われても、ノアは怯まない。
 その姿と誇りに、椅子に座ったままフォルトゥーナの方をじっと眺めていたユグドは、静かに称賛の微笑みを浮かべた。

「メンディエタは私の故郷です。私の母も、その両親も、その上の世代の人達も、みんなが故郷を護る為に王家を支えてきました」

 それは――――ノアがこれまでに幾度か見せていた、並々ならぬ決意。
 アームブレードがなくとも、世界的な権力者を目の前にしても、その決意は揺らがない。
 
「私だけが見捨てていい訳がない」

 ノアの真っ直ぐな想いは、オサリバンへ確かに届いた。
 とはいえ――――相手は実業家。
 想いで動かせる程、情や精神性を重要視しない人種だ。

 だからこそ、ユグドはノアを今回の遠征に連れてきた。
 昨日の会食では、その理由をオサリバンへ認識させるところまで持って行けなかった。
 しかし今日は、彼女と正面から対峙するノアの意地が奏功した。

「……その首飾りは、ブリーシンガメンだね」

 女神の首飾りブリーシンガメン。
 22の遺産の一つであるそれを、オサリバンは目を細めつつ眺めていた。

「ならば、アンタには首を突っ込む権利があるね。いいよ。アンタも気に入った」

「じゃ、じゃあ……!」

「勿論、復興資金を全部出すなんて慈善事業はしないよ。ただし、このオサリバン=エスペシャンザの名前は好きに使いな。そこの交渉士なら、それで十分何かしら出来るだろうさ」

 オサリバンの穏やかな目が、ユグドに向けられる。
 穏やかでありながら、そこには常に格が存在する。
 それは皇帝ノーヴェ=シーザーや、商人国家シーマンの女王エメラ=チャロアイトですらも持ち合わせていない、叩き上げ故の強みだとユグドは感じていた。

「見返りはどうします? こっちとしては、余程無茶じゃない限り呑まざるを得ませんけど」

「そうさねぇ……名前を貸す程度とはいえ、アタシの名前は安くはない。それなりの事はして貰うとしようかね――――」
「ちっくしょぉーーーーーーーー! また負けちまったじゃねぇーかぁーーーーーー!」
「嘘だああああああああああああ! 来月分の生活費がああああああああああああああ」

 無謀にも、オサリバンの声をかき消すかのような断末魔の声が二つ。
 どうやらシャハトもトゥエンティも軍資金全てを溶かし尽くしたらしく、絶叫から一分後、白目を剥いたまま合流してきた。

「勝負は引き分けですか。よかったじゃないですか。全力で戦った上での引き分け。一番無難な展開ですよ」

「良い訳ねぇーんだよなぁー……占い道具一式売っ払わねぇーと年越せねぇーよぉー……」
「勝負なんてしなきゃよかった……中の中の上の人生で良いから真面目に生きよう……」

 口から煙が出ている二人に、ユグドが一六連勝で得た利益で生活を保護してやるかどうか本気で悩む最中――――

「ふうん。昨日はよく見てなかったけど、中々悪くないじゃないか」

「……?」

 魂が燃えカスになっているトゥエンティを、オサリバンが凝視。
 更にその大きな目をギョロリと動かし、ノア、ティラミスへと向ける。
 そして、何かに納得したかのように二度ほど頷いた後、その視線をユグドへ戻した。

「決まったよ。やって貰う事が」

 嫌な予感が、ユグドの胸をジワジワと締め付けてくる。
 しかもそれは決して止める事が出来ない。
 蛇にでも咬まれたような心境で、負け戦覚悟でオサリバンの言葉を待ち――――

「そこの三人……いや、四人だね。四人に"アイドルユニット"を結成して貰うよ」

 そのまま椅子から転げ落ちた。









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