ルンメニゲ大陸とは地続きではなく、離島として大陸の北西部に存在する島国セント・レジャー。
 "娯楽国家"という表現は特異ではあるが、同時にこれ以上ない程この国を的確に表した冠でもある。
 というのも、セント・レジャーの経常収支は、その大半を娯楽を中心としたサービス収支が占めているからだ。

 島国というと、通常は水産業や造船といった第一次産業・第二次産業が栄えるイメージが根強いが、この国では第三次産業が活発。
 特にギャンブルに関しては凄まじい力の入れようで、施設も人材も他国を圧倒する充実ぶり。
 また、それ以外にも音楽や演劇、舞踊など、娯楽に関する様々な事業が富裕層の出資によって展開されている。

 その為、一攫千金を夢見てこの国へやって来る人間は数知れず。
 そして夢は夢のまま儚く人生を散らせ、海の藻屑と消える人間もまた、数知れず。
 だが、僅かながら文字通り大逆転に成功する者もおり、毎日が悲喜交々、人間の欲や闇が次々と打ち上げられ、日常がお祭りと化している。

 そんな娯楽国家セント・レジャーに、ユグド達は長距離船の定期便を利用して入国を果たした。

「――――そういう国なんで、護衛需要は高いんですよ。金に関するトラブルも多いですから。ただ、当然ですけど国内の護衛団も充実してて、中々海外から雇用しようとはならないのが事情で、今まで売り込みはしてなかったんです」

 船内で長々と、それはもう長々とセント・レジャーについての解説をし尽くしたユグドは、ツヤツヤした顔で港に足を踏み入れる。
 その後ろから続くのは、ノア、ティラミス、そしてシャハトとトゥエンティ。
 今回、遠征としてこの娯楽国家へやって来たのはこの五名だ。

「ただ、アクシス・ムンディの名を世界に売る為には、絶対に何らかの取っ掛かりを作っておきたい国でもあるんです。資産家も多いですし」

「それを手伝う代わりに、交通費を立て替えてくれたって訳ね」

 先頭を歩くユグドに、ノアが駆け足で追いつく。
 その腕には、普段彼女が装着しているアームブレードはない。
 セント・レジャーは原則として、国外からの武器の持ち込みは禁じられているからだ。

「仕事以外の時間は好きに使ってくれて構いませんので」

 潮の香りに包まれる中、ユグド達は一旦港湾施設の中へと向かい、今後について話し合う事にした。
 流石は娯楽国家、施設内は他の国の港とは違い、かなり派手で煌びやか。
 飲食店や行商人の群れ、更には釘屋や予想屋などマニャンでは余り見かけない店も立ち並び、ある種の娯楽国家らしさを演出している。

 その中でも特に目立つのが、やたら愛想のいい『金貸し』。
 彼らにとって、この国はまさに天国なのだろう。
 一目でその筋だとわかる格好の連中が、ノアの視野に十八名入っていた。

「手伝うのは了解。でも、具体的に私達はどうすればいいの? まさかあの連中からお金借りて、それを元手に賭け事で一山当てろって言わないでしょーね」

「うわ、なんつー鬼畜なヤツ……元海賊のおれでも引くって、それ」

 割と本気で顔を引きつらせているトゥエンティも、普段携帯している剣を今回の遠征には持ってきておらず、丸腰状態。
 その為か、船内から常に不安そうな顔で時折周囲を警戒している。

「風評被害も甚だしい。オレがいつそんな事しろと言いましたか」

「わかったぜぇー。俺様にはユグドの考えが手に取るようにわかっちまうなぁー」

 片や、武器なしでも全く普段と変わらないシャハトが、ユグドの頭に手を置き謎の優越感を顔に出す。
 普段の海外遠征よりも居心地が良さそうだった。

「アレだぁー! 俺様の占いをアテにしてるんだよなぁー? 最低限の元手で始めても、俺様の占星術で連戦連勝、瞬く間に大富豪の仲間入り……ってこったろぉー?」

「ううん、違う」

「なんでノアちゃんが真っ先に否定するんだよぉー!? しかも断定だぁー!?」 

 深淵の闇とでも言うべきドロンとした目を向けられたシャハトは、口の両端をしなしなと下げ、しょぼくれた顔で俯いてしまった。

「ったくよぉー。折角久々の故郷なんだから、もうちっと気分よくいさせてくれよなぁー」

「そういえばシャハトさん、国籍はセント・レジャーでしたね。近くに実家があったりします?」

「いや、ねぇよぉー。ガキの頃にはもうオフクロとマニャンに旅立ったからなぁー」

 故郷という割には、然程思い入れはないらしい。
 とはいえやはり生まれた国、感慨深げに街並みを眺めながら歩くシャハトの姿は、普段とは雰囲気が違っている。

「俺様という偉大な人材を早々に手放す事になったこの国も不幸だよなぁー。俺様の占星術があれば、この国はもっと栄えただろうしなぁー。俺様は勿論、俺様のオヤジもオフクロも妹も、もうこの地にはいねぇーと思うと不憫で不憫で……」

「で、そろそろ具体策を話してくれてもいいんじゃない?」

 謎の上から目線で娯楽国家を哀れむシャハトを完全無視したノアは、半眼で真横のユグドを睨む。
 それに対し、ユグドは何処か諧謔的に肩を竦めてみせた。

「……予め言っておきますけど、勝算は低いですよ」

「それは構わないけど、ホントにちゃんと具体案があるのよね? 信じていいのよね?」

 涙目で訴えてくるノア。
 その切実さは、ここまで敢えて全容を語らずにきたユグドに文句言わずついてきた事からも窺える。
 ならば、万が一にも可能性があるかもしれない――――そう結論付け、ユグドは秘策を伝える事にした。

「知ってると思いますけど、この国には王以上に実質的な権力を持っている人がいます」

「ええ。この国の真の支配者は女帝オサリバン。それくらい、誰でも知ってる事よ」

 オサリバン=エスペシャンザ。
 世界で最も有名な実業家の一人だ。
 特に『予約取引』というシステムを世界中に広めた事で知られている。

 予約取引とは、ある商品に対し、将来購入するという約束をする取引。
 これだけだと単なる商品の予約に過ぎないが、予約取引という制度は、価値が変動する商品に関して行う取引という点で普通の予約と大きく異なる。

 例えば、鉱石【ミスリル】を一年後に購入するという内容で取引したとする。
 ミスリルは希少価値の高い鉱石で、その価値は常に変動しており、採取量が少なければ市場価格は高騰する。
 だが、予約取引をしておけば、予約した段階の価格で高騰後のミスリルを購入出来る。
 当然、逆に価値が下がれば大損する事になるだろう。
 骨董品や芸術品の取引に近いが、この予約取引では嗜好品ではなく原料などの取引量が多い商品を扱う為、市場の大きさが桁違いだ。

 このギャンブル性の高い取引は人気を博し、世界中で数多の商人が挑戦している。
 当然、先見性が物を言う取引の為、商人としての知識や慧眼は勿論、ある程度の才覚や運が必要となる。
 そして、そこがこの予約取引の胆であり、オサリバンの優れた点でもある。

「実業家にとって一番重要なのは、金を回す事。どれだけ多くの金を動かし、巡らせる事が出来るか。オサリバン=エスペシャンザは幾度となく、世界中の経済を活性化させてきました」

「……なんとなく話が見えてきた気がする」

 そう呟きつつ、ノアの顔色はみるみる悪くなっていく。
 先程のユグドの言葉通り、勝算の低さが見えてきたからだ。

「その女帝を口説いて、融資を募る。それがオレの提示出来る具体策です」

「ああっ、やっぱり! そんなの無理に決まってるじゃない!」

 ノアがそう断言するのには、相応の理由がある。
 オサリバンという人物は非常に有名人であり、彼女の性格・性質もまた世界中に知れ渡っている。

 年齢は五〇前後。
 無類のギャンブル好き。
 そして――――


「お初にお目にかかります。国際護衛協会〈アクシス・ムンディ〉の交渉士、ユグド=ジェメローランと言います」


 ――――無類の倹約家。

 この一見矛盾する二つの性質を同時に含有するオサリバン=エスペシャンザと、ユグドはその日会食を設けていた。
 場所は高級飲食店ではなく、何処にでもあるような酒場。
 勿論酒も出すが、安くて美味い食事が出来ると評判の店らしく、彼女が愛用している店だという。

「へぇ、アンタがあのイーズナーに一泡吹かせたっていうオトコかい。若いのに中々いい面構えしてるじゃないか」

 豹柄の衣装に身を包んだその女性は、ロールアップにした黒髪を揺らし、愉快そうに白い歯を見せ笑う。
 話す言葉はシーマン語。
 商人国家シーマンも島国で、このセント・レジャーの東側に隣接しており、かつてセント・レジャーはシーマンの植民地だった事から、共通の言語が公用語となっている。

 トゥエンティとシャハトは共にシーマン語を理解出来る為、今回帯同する事となった。
 同じくシーマン語に明るいフェムも来たがっていたが、出発二日前に高熱を出してしまい、あえなくお留守番。
 ちなみにノアとティラミスもアルバイト仲間にシーマン出身者がいたらしく、日常会話はほぼマスターしている。

「今回は不躾なお願いを聞き入れて頂き、ありがとうございます」

「大げさだね。ただの食事だよ。食事に誘われれば滅多な事じゃ断らないのが、イイ女の条件さ」

 特に接点のない二人だったが、ユグドの手紙で会う事を懇願したところ、オサリバンはアッサリと了承。
 彼女が職人国家マニシェの工匠ギルド本部の副長イーズナー=ファルジュアリと懇意にしていた為、そのイーズナーに間接的ではあるが恥をかかせたユグドには大層興味があったらしい。

「で、他の連中がアンタのお仲間って訳かい。みんな若いねぇ。特にそっちの子」

 自身の鷲鼻を、銀色の手袋に覆われた人差し指で引っ掻くように触れつつ、オサリバンがその極端な垂れ目を向けたのは――――

「あら、そんな。こう見えて私、一五歳ですのよ。隣のこの子、ノアというのですけれど、彼女と二歳しか違いませんの。うふふ」

 言葉だけを聞いたら、誰なのかまるでわからないその人物は――――ティラミス=ラレイナ。
 紛れもなく、メンディエタが世界に誇るポンコツ王女その人だ。

「おい、ユグド。アイツ本当に誰とも入れ替わってないんだよな? 船の中からずっと無口だったんだけど」

「なんでもラレイナ家秘伝の技で『外交モード』って言うらしいです。丸二日精神を集中させたら、二時間だけキリッと出来るとか」

「どんな技だよぉー……王族ってのはワケわかんねぇーなぁー」

 アクシス・ムンディの三人がヒソヒソ話をするその間にも、ティラミスはオサリバンに対し優雅な対応を続けている。
 一方で、隣のノアは愛想笑いを浮かべるのみ。
 こと外交に関しては、普段の力関係が完全に逆転するらしい。

「なにコソコソ話してるんだい? そういうの、アタシゃ嫌いなんだよ。言いたい事があるならハッキリ言いな」

 その瞬間、確かに場の空気が一変した。
 言い回しや語調は特段厳しくなかったが、まるで言葉に重量があるかのような威圧感。

 余りの雰囲気の変化に外交モードのティラミスは笑顔のまま凍り付き、ノアはあからさまに息を呑む。
 こういった状況に慣れているユグドですら、思わず眉を動かす程だった。
 意図せず感情を表情に出してしまうのは、交渉士としてこれ以上ない屈辱だ。

「……では遠慮なく。その二人は、今話題のメンディエタの元王女と侍女なんです」

「ほーん。そりゃ中々面白い話じゃないかい」

 食いついた――――ものの、自分の思い描いた展開に持って行ける気がまるでしない。
 ユグドは歯軋りしたい胸懐を強引に押さえつけ、女帝の次なる発言を待つ。

「アタシゃ、アンタがイーズナーをどうやってイジメたのか、話を聞こうと思って食事の誘いに乗ったんだけどねぇ。そういう思惑だったのかい」

 既にオサリバンは、ユグド達の目的を見透かしている。
 説明する手間は省けるが、対話の中で主導権を握る事が出来ない。
 王者の風格さえ漂わせるオサリバンの進行に、その場の全員が呑み込まれていた。

「生憎、アタシゃ今のところ国盗りに興味はないよ。それに、このオサリバン=エスペシャンザから手を借りれば、その後の王政にも相当苦慮する事になるよ。その覚悟がおありかい?」

 暗に自分の出資を受ければ、多大な要求をすると仄めかしている。
 それ自体はユグドの想定内だったが、彼女の影響力は予想を遥かに超えている――――そう判断せざるを得ない今となっては、見通しの甘さを痛感するしかなかった。

「フン。ま、いいさ。この海鮮盛り、もう一皿持ってきな! アンタ等も遠慮なく食べるんだよ。ここの料理は酒場とは思えないくらい美味いだろ?」

 話はここまで。
 無抵抗のままそう幕引きされたユグドは、シャハトとトゥエンティの背中をバンバンと叩くオサリバンの様子からそう悟り、眉間に皺を寄せ俯いた。

 


 セント・レジャーの首都イナドの歓楽街は、娯楽国家の名に恥じない多種多様な施設が立ち並び、マニャンとは全く異なる近代的な景観で構成されている。
 当然、観光客を迎え入れる宿泊施設も充実しており、個性的な設計によって建設された最先端の宿もあれば、ロビーから廊下に至るまで大樹の蔓が伸びているような自然と一体化した宿もあり、様々な国の様々な嗜好に対応出来るようになっている。

 その中でも一際異彩を放つ、築一八〇年という飛び抜けてオンボロな宿の一室で、ユグド一行は旅の疲れを癒やしていた。
 尤も、疲労の大半は先程までの会食が原因なのだが。

「完全にやられました。大物とは聞いていたけど、あそこまでとは」
 
 だが、ユグドだけは疲労感を表情に出さず、寧ろやる気に満ちている。
 出てくる言葉は完敗を認めるものだが、顔には好敵手と巡り会えた歓喜すらも滲んでいた。

「一から戦略を練り直します。明日はお休みって事で、各自自由行動にしましょう。報酬も今渡しておくんで、好きに遊んで下さい。折角の娯楽国家ですから」
「わーい! ティラミスちゃん、鬼嫁グリズリーの虐殺ショーを観に行きたかったんです!」

 外交モードが解けたティラミスが歓喜の声を挙げる隣で、ノアが複雑な表情を浮かべている。
 交渉が不調に終わった事への不満――――という雰囲気ではない。
 寧ろ驚きに近い顔だった。

「どうかしましたか? アームブレードを装着してないのが不安なら、経費で落としてもいいですよ。他国からの持ち運びがダメなだけで、国内で購入する分には問題ないそうですし」

「そうじゃなくて。意外だなーって思って」

「?」

「思い通りに事が運ばなかったら、心が折れて塞ぎ込むタイプなんじゃないかなって思ってたけど、そうでもないんだ」

 自分の事を言われているとようやく気付き、ユグドは思わず眉じりを下げる。
 本心ではオサリバンとの交渉、または物理的に今にも潰れそうな宿を手配した事への不満を訴えられると思っていた為、つい苦笑が漏れてしまった。

「ユグドはそう見えてよぉー、意外と負けず嫌いだからなぁー。凹むより先に燃えるタイプなんだぜぇー」

 そのユグドではなく、ベッドの耐久性を確認していたシャハトが代わりに答える。
 当然男女は別の部屋で、ここはノア達女性組が宿泊する部屋。
 男二人が泊まる部屋は隣だが、どちらもベッドは二つしかないらしく、ノアとティアミスが同じベッドで就寝する予定となっている。
 
「ま、顔や態度に出すこたぁー滅多にないんだけどよぉー。ロクヴェンツの民間要塞で俺様と勝負した時もスカしてたしなぁー」

「いや、あの時は燃えるとかより負けて失うものが多過ぎて、心の底から震えてただけです」

「いいっていいってぇー。俺様にはわかってるぜぇー? 熱血な自分を見られるのが恥ずかしい年頃なんだよなぁー? 俺様も昔はそうだったからよぉー」

 ベッドから離れ、ユグドの肩に絡みつくシャハトの顔はやや赤い。
 会食の際に酒を勧められ、かなり酔っている様子だ。

「だったら、おれだって燃えてやがるぜチッキショーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 突然の絶叫に、ノアとティラミスがビクッと身体を震わせる。
 ただしそれはシャハトの声ではなく、そのシャハト以上に酒を飲まされ目が据わっているトゥエンティだった。

「いっつもいっつも目立てねーおれだったけど、ついに来やがった! 明日はおれの時代だ! 目指せ一攫千金! 元海賊の血が滾るってもんだぜバーローーーーーー!」

「お、トゥエンティ燃えてるじゃねぇーか! やっぱ人間、燃えねぇーとつまんねぇーよなぁー。なら勝負するかぁー? どっちが元手を増やせるかさぁー!」

「上等だこのヤローーー! おれが勝ったらリーダー譲れやコンチクショーテメーバカヤローーーーー!」

「いいぜぇー。俺様が勝ったら一週間召使いなぁー? なんでも言う事聞くんだぜぇー?」

「おう! やってやらーーーーーーーー!」

 酔っぱらい同士、妙な勝負が成立するその傍らで――――

「定石通り好きな物で釣るべきか、それとも外堀から埋めていくか……」

「うーん、この『冥界からの使者ベルルルルールの華麗なる病死』って舞台も気になります。見たいものがいっぱいあってティラミスちゃん蒸れ蒸れ」

 ユグドとティラミスは自分の世界に入り浸り中。
 最早当初の目的よりも各々の欲望に忠実な四人の姿に、ノアは一人深く大きな溜息を吐くしかなかった。










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