「それじゃ、俺様の大勝利を祝ってスタイリッシュにシュッと乾杯だゼ!」

 それから一週間後――――
 ノーヴェは中立国家マニシェにひっそりと佇む『守人の家』を訪れ、一人で祝勝会の準備を始め、強引に乾杯の音頭をとった。
 幾ら何度も出入りしているとはいえ、皇帝が率先して酒を買い漁り、足りない食器を買い漁り、料理をおっぱじめ、凄まじく合理的な作業で次々と豪華メニューを机に並べていく様を前に、アクシス・ムンディの面々は驚愕を禁じ得なかった。

「……我もそれなりに数奇な人生を歩んできたつもりだが、この方を前にすると凡人たる己を自覚せざるを得ぬな」

「料理出来る皇帝カッコいいですかこー! 早く食べたいですじゅるりー!」

 ここ数日間、情報集めに奔走していたクワトロとチトルが並んで唖然とするその後ろでは、早くも勝手に酒瓶を空け出来上がっている人物が二名――――

「グワハハハハハハハハァ! 酒はいいぜェ酒はよォ! 人生も酒みたくグァーっと呑まれちまえばいいんだなァこれがァ!」
「そうだそうだー! 宝石とお酒があれば人生キラキラ♪ やだもう、クラクラしてケラケラケラケラ☆ コラーーーーーっ! 酒持ってこーーーーい! もうカラカラじゃーーーん!」

 意外にも、普段は比較的常識人のウンデカとスィスチだった。
 酒癖が悪いらしく、両者共に目が据わっている上口調も普段と別人になっており、しかも近くにいたセスナとユイを足蹴にしている。

「じ、地獄だにゃ! 地獄絵図だにゃー! コイツ等に酒与えちゃダメだって誰か教えなかったにゃー!?」
「あーし未成年だからそんなの知らないっしょ! ぐわっ! ちょっとスィスチ、いやスィスチお姉様、膝の裏ばっか蹴り続けるのは止めてっしょ! 明日から歩行困難に……!」
「ケラケラケラケラ☆」
「うぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 そんな大騒動とは対照的に、同じく既に酒の入っているらしきトゥエンティとシャハトはやたら暗い。

「なあ……おれってさ……このアクシス・ムンディにいていいのかな……スゲー地味だしさ……中の中の上剣士だしさ……要らん剣士じゃないかな……」

「そんな悲しい事言うなよぉ……俺様なんてよぉ……いつもいつもザコ扱いされてよぉ……セスナにまでケンカ負けちまうしよぉ……もう目立つには死ぬしかないなぁ……死んで感動してもらうしかないなぁ……」

 暗過ぎて、次第に誰の視界にも入らなくなっていった。
 そんな様子を尻目に、ユグドは乱雑に注がれた酒を放置したまま、頬杖を付き隣のノーヴェをジト目で睨む。

「あの、ノーヴェさん……奢ってくれるのは嬉しいんですけど、祝勝会ってより単なる飲み会になってません?」

「そもそも祝勝会なんざそんなもんだゼ。今回、お前さんには世話になったからな。偶にはこういうのもいいんじゃないかとシュッと思い立ってな」

「普通、思い立ったからって皇帝は飲み会開きませんけどね」

 半眼のままそうボヤくユグドを無視し、ノーヴェは豪快に葡萄酒を一気飲み。
 そのまま愉快そうに高笑いしていた。

「ごきげんよう、ノーヴェ皇帝陛下。この度は随分と大変な目にあったようですわね」

 場が混沌とする中、ユグドとノーヴェの座る席の間に、皿を持ったフェムが半ば強引に割り込んでくる。
 まだ16歳の彼女は飲酒する事なく、ノーヴェが作った白身魚の香草焼きを上品に平らげていた。

「お、美術国家ローバの姫君か。確かお前さんトコの大臣も法廷に来てたな」

「ええ。おかげさまで直ぐに情報がこちらに届きましたわ。やはり最初から、ユグドと示し合わせていましたのね?」

 今回の裁判は、証人であるユグドを絶妙のタイミングで投入した事が、勝利に繋がった。
 当然、フェムの言うように戦略だと誰しもが思うところだが――――

「生憎と、法廷で言ったようにそんな暇はなかったんでな。コイツには何も言ってないゼ」

「え……? だったらどうしてユグドは法廷に?」

「そもそものオレの今回の仕事が、その法廷で原告を言い負かす事でしたから」

「……はい?」

 二人の真意が理解出来ず、フェムは顔を曇らせる。
 その反応に更に機嫌を良くし、ノーヴェはユグドの肩を強めに叩いた。

「今回の件は最初から、全部シュッと俺様の目論見通りって訳だゼ。裁判沙汰になるのも、そこでユグドに協力して貰って勝つのもな」

「あ……あの、意味がよくわかりませんわ。一から説明して下さいませ」

「それは――――」
「お前さんが説明すると長くなるから、俺様がするゼ」

 役割を奪われたユグドは一瞬顔を歪めたが、法廷で十分説明を堪能出来た事もあり、今回はノーヴェに譲る事にした。

「今回の俺様の目的は二つ。一つは22の遺産の入手。もう一つは"敵"を炙り出す事だゼ」

「敵、ですか? 貴方は相当敵は多そうですけど」

「人数は多いゼ。だが、組織として見れば一つにまとめられる。俺様を相手に、バラバラで行動してたら到底敵わないと知ってるだろうからな」

 キッパリとそう言い切ったノーヴェに、フェムは目を丸くする。
 理解力に長けた彼女は、直ぐに真相を悟った。
 すなわち――――

「敵の全てが……裏で繋がっている、と?」

「スタイリッシュ」

 驚愕の事実。
 ノーヴェの敵は世界各国にいる。
 その全員が『打倒ノーヴェ』を掲げ一つの集団としてまとまっているとしたら、その組織力は凄まじいものになる。

「どうも、俺様の行動がかなり細かくバレちまってるようでな。シュッと監視がいるのは確実だ。だが、気配はしないし心当たりはあり過ぎる。だから一芝居打ったって訳だゼ」

「……芝居という事は、もしや裁判沙汰になったのは、貴方がそう仕向けたから?」

「おかげで貴重な体験が出来たゼ。カッカッカ」

 しれっとそう断言したノーヴェを見るフェムの目が、更に丸みを帯びおかしな事になった。

「し、信じられませんわ。帝国の頂点、皇帝たるものが進んで裁判にかけられるなど……」

「それだけじゃないですよ。この人の思いきりの良さは」

 説明を譲ったユグドだったが、補足に関してはキッチリと入れる。
 半眼は依然そのままで。

「芝居は裁判云々より遥かに前から続いてます。あの冒険者についても――――」
「遅くなりましたー! 祝勝会の会場はここだって聞いたんですけど……あ、いたいた!」

 ユグドが言及するタイミングを計っていたかのように、豪快に守人の家の扉を開け、着ぐるみが侵入してきた。
 本来なら、そんなおかしな人物の登場を護衛団が見逃すはずがないのだが――――

「ク・ワ・ト・ロちゃぁ〜ん、もっと飲むのよぉ〜ン。飲まれて飲んでビンビンしちゃいなすわ〜ィ」
「ぬ、ぬわーっ!」

「チトルンルン、どうしてあなたってそんなに格好なのー? どうせならもっと女の子らしい格好しなさいよー。フリフリのついた鎧とか〜」
「酔っ払い怖いですこわー! チトルお酒は絶対飲みませんのみー!」

 素面の二人も酔いどれ組に呑み込まれており、まともに活動出来る人材がほぼいない状況とあって、あっさり侵入を許してしまった。
 尤も、その人物には一切敵意がないのだが――――

「……あの、そのお方、お話の中に出てきた着ぐるみ冒険者のようですが」

「ああ。俺様の為に働いてくれた功労者だから呼んだんだゼ。よくシュッと来てくれたな」

「え、ええええ!? 一体、何がなにやら……」

「原告になって裁判を起こせって命じたの、この方なんですよー。そもそも『琥珀の間』自体が皇帝陛下のアイディアですし」

 ルリィ=ジューズはケラケラと笑いながら、とんでもない事実を暴露した。
 フェムが顔を引きつらせる隣で、ユグドは落ち着いた様子でルリィを眺めている。

「その様子だと、やっぱりわかってたんだな。流石だゼ」

「ええ。罠を張ってたのはノーヴェさん、貴方だったんですね」

「……頭が痛くなってきましたわ。一体どういう事ですの?」

「理屈は簡単ですよ。つまり……」

 三国に所有権が発生するトリアンゴロ山脈に隠された22の遺産。
 実は――――

「最初から、遺産なんてなかったんです。あの場所には。この人が『遺産を見つけた』フリをしてたんですよ」

 そう指摘を受け、ノーヴェはカッカッカと高らかに笑い――――

「スタイリッシュ。ま、そういう訳だゼ」

 悪びれもせず、そう認めた。
 では何故、そんな虚言を、しかもユグドにだけ話したのか。
 そのような狭い範囲の嘘に何の意味があるのか――――

「……ようやくわかりましたわ。尾行者を炙り出す、そこに繋がるのですわね」

「ご名答だゼ」

 ようやく全容を理解したフェムに、ノーヴェは口角を上げ頷いた。

「琥珀色の坑道、琥珀色の部屋。それに興味を持った皇帝が坑道内に赴き、【水晶匙ザストゥン】を使って22の遺産を発見する。その事実を、外国の知り合いにだけ話し、調査を開始する……この全てが、ノーヴェさんの芝居だったんです」

「そうすれば、俺様を尾行させているヤツはトリアンゴロ山脈に存在する所有権を利用して、俺様を陥れようとするだろうからな」

 そしてその際、琥珀の間について言及すれば、尾行者である事が当確となる。
 あれはルリィが、ノーヴェが坑道を訪れた際にのみ見せていた幻覚。
 ノーヴェがいない時に訪れても見えない。
 つまり、同行したユグド以外に琥珀の間について知っている人物がいれば、その人物は尾行者もしくは尾行させていた黒幕だ。

「だが、どうやら尾行じゃなかったみたいだゼ。ユグドと坑道に行った日の事もどうやら漏れてるらしい」

 ハイドラゴンを使って移動する人間を尾行するのは不可能。
 それでも、ノーヴェがユグドと共にトリアンゴロ山脈を訪れた際の行動が筒抜けになっていた。
 その事実が示す意味は――――尾行以外の方法による情報取得。
 ノーヴェを相手に、それを実行している者がいる。

「どうやら、思った以上に厄介なヤツだったゼ、"アレ"は」

 心当たりがあるらしく、ノーヴェは納得した様子でそう呟く。
 その"アレ"が何なのかは、ユグドには知る術がない。
 聞くつもりもなかった。

「ま、そんな訳で俺様の行動を盗み見してるヤツの正体はともかく、盗み見させている方の連中は今回の件でシュッとハッキリしたゼ」

「それはわたくしにもわかりますわ。そこにいる冒険者の方に裁判を起こさせた人物、ですわね」

「スタイリッシュ。山を下りた直後に接触してきたらしいゼ」

「そうなんです。ここでは名前は言えませんけど、ノーヴェ皇帝陛下の叔父に当たる方が『起訴はこちらでやるから安心しなさい』って」

「名前を隠す意味がまるでないですわ……」

 絶句していたフェムが思わずそうツッコむが、それ以上に恐ろしい事実がそこにはあった。
 ノーヴェが炙り出そうとしていた敵――――それはまさに、身内だったという訳だ。

 ノーヴェの父親にして、元皇帝であるレイネオルド=シーザーの弟――――グレン=シーザー。
 ノーヴェの起訴を決めたこの人物こそが、ノーヴェの行動を監視させている人物だった。

「どうせ、最初からそう睨んでいたんでしょ? 貴方が被告人になれば、起訴するのはその人。そういう状況だからこそ、裁判沙汰にして確かめられた訳ですからね」

「裁判が終わった後にはシェスタークとホッファーの連中とも接触出来るしな。シュッと交渉の確約を得たゼ」

「え? トリアンゴロ山脈に遺産はなかったのでしょう? 交渉する意味は……」

「交渉したのは、そこの冒険者が持ち歩いてやがる幻笛ギャラルホルンに関してだゼ」

 幻笛ギャラルホルン――――それは本来、音楽国家ホッファーにあった遺産。
 現在は迷宮国家シェスタークにある冒険者ギルドに所属しているルリィが所持している。
 よって、この両国とまず話し合いを持ち、了解を得た時点でルリィと交渉する――――それがノーヴェの言う『二つの目的』の内の一つだった。

「……この冒険者の方を今回の件に巻き込んだのは、そういった主旨でしたのね」

「巻き込んだ、ってのは人聞きが悪いゼ。協力してくれりゃ遺産の買い取り価格をシュッと倍にする約束だからな」

「わたしは着ぐるみ代をくれる人の味方なので! 着ぐるみを着ないとフツーの真面目な人になっちゃうので!」

 どうもルリィ=ジューズという女性、坑道マニアという話は本当のようだが、それ以上に着ぐるみマニアらしい。
 全世界の坑道や洞窟を着ぐるみを着て見に行くのが趣味らしい。
 着ぐるみを着なかったら、ユグドが法廷内で見たような、年齢相応の女性になるようだが、それが彼女自身は不服らしい。
 初対面時の印象通り、実に変人だった。

 そんな彼女とノーヴェは、今回の騒動より前から既に知り合っていた。
 つまり、ユグドが坑道で彼女と出会った時点から法廷で再開するまでの間、その全てが演技。
 勿論ユグドではなく、ノーヴェを監視しているグレン=シーザーを炙り出す為のものだった。

「幻笛ギャラルホルンの持ち主が、まさかこんな風変わりな冒険者とは思わなかったが……万事上手くいってよかったゼ」

 ノーヴェは満足そうに、高級そうな葡萄酒を飲み干す。
 既に二本目だったが、酔った様子はない。
 酒にも強いらしい。

「呆れましたわね……つまり全てノーヴェ皇帝の筋書き通りですの?」

「いや。俺様の目論見は裁判を起こすまでだ。裁判に勝つかどうかは、そこにいる交渉士の腕次第だったゼ」

 そう告げるノーヴェの視線の先には当然、ユグドの顔。
 特に偉ぶった表情もせず、酒を飲むでもなく、呆れ気味なままそっぽを向いていた。

「いつ誰から覗き見されてるかわからなかったんで、協力を仰ぐ相手は『何も言わずとも俺様の考えを読んで動ける人間』がシュッと好ましい。普通は、付き合いの長い執事にでも任せたいところだが……」

「国内に敵がいる以上、それも難しい。って事で、オレに押しつけてきやがったって訳です。ロクに内容も告げずに」

「カッカッカ。告げられなかったからしょうがない。盗み見野郎にバレちまったら元も子もないからな。そいつも今や、俺様に警戒されたと知って盗み見を止めたみたいだが。これでようやく自由だゼ」

 上機嫌に高笑いするノーヴェとは対照的に、フェムの顔は若干青ざめていた。

「今の話を総合してみますと……ユグドは何も説明を受けず、ノーヴェ皇帝の意図を読み、彼に協力しましたの? 裁判所へ赴いたのも、自分の判断で?」

「他にも山ほどあるゼ。真相を察したのに敢えて口にしなかったり、茶番に敢えて乗っかってみたり……ま、俺様の見込んだ通りの働きはしてくれたゼ」

「感謝の心は飲み会じゃなく現金でお願いします」

 冗談ではなく本気でそう訴えるユグドに、ノーヴェは任せろと言わんばかりに背中を叩く。
 そんな二人の様子を、フェムは怯える目で眺めていた。

「恐ろしいですわ……わたくし、もしかしてとてつもなく巨大化する護衛団に入ってしまったのでは……」

 そう予感せざるを得ない、ユグドの働きぶりだった。

「法廷内の裁判員の視線の動きで、どの国とどの国が繋がっているか大体の把握も出来た。身内の敵も確信出来た。遺産の買い取りも確約。収穫だらけだゼ。カッカッカ」

「今度は翼の生えたハイドラゴンの着ぐるみをオーダーメイドしてもらいます! ああっ楽しみっ!」

 裁判では敵同士だった筈の二人が、まるで旧交を温めるかのように乾杯を繰り返す。
 その様子をユグドは、微かに微笑みながら眺めていた。

「あ、あのー……」

 そのユグドの背中をちょいちょいと弱々しくつつく指。
 振り向くと、そこには縮こまったノアの姿があった。

「ああ。そういえばノアさん、ノーヴェさんに恨まれてるかもって言ってましたね」
「声が大きい! 見つかったら殺されるかもしれないのよ私ってば! ユグド、私が死んでもいいって言うの!?」
「いや、大丈夫ですって……ノーヴェさん。実は貴方にメンディエタを支配してる魔王の討伐を依頼したいって人がいて……」

 すれ違いもあり、中々出会う機会のなかったノアとノーヴェ。
 ついにその二人が――――

「メンディエタの魔王? ああ、確かにそう名乗ってるヤツがいたが、滅びたって話だゼ」

 邂逅を果たす前にその理由そのものが消え失せた!

「……な」

「ついでにメンディエタも滅びたらしいゼ。今はシュッと違う名前の国になったそうだ。難儀な国だゼ」

「なあああああああああああああああああああああ!?」

 難儀なのは国よりも、その国に仕えていた侍女。
 ユグドは立ったまま気絶して動かなくなったノアの姿に、哀れみを覚えずにはいられなかった。











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