入廷したユグドに、凝視とすら呼べるほどの強い視線が注がれる。
 中々ない経験だったが、それは決して好んで得るべきものではないとも思いながら、重い足取りで証人台へと移動した。

「トリアンゴロ山脈に俺様と同行したユグド=ジェメローランだ」

「はい。ただいまご紹介に預かった、この中立国家マニャンに本拠を構える国際護衛協会『アクシス・ムンディ』所属、ユグドと申します。アクシス・ムンディです。護衛団アクシス・ムンディ、どうぞよろしくお願い致します」

 宣伝も兼ねまくった自己紹介の後、深々と一礼。
 新たな証人の登場に、法定内は驚嘆と混乱が渦巻く異様な雰囲気となったが――――

「……」

 原告席に座るルリィ=ジューズの顔色は変わらない。
 彼女にとっては、ユグドの登場は想定内だったようだ。

「いちいち弁護人を通すのも面倒だから、俺様が直に問うゼ。ユグド、お前さんは『琥珀の間』をシュッと見たな?」

「ええ。間違いなく確認しました」

 そして、ユグドがそう答えた後でも、その姿勢に変化はない。
 容姿の印象通り、凛とした佇まいだ。

「証人が虚偽の発言をすれば、偽証罪に問われる事となります。間違いありませんね?」

「はい」

 念押しされても、ユグドは最低限の言葉で肯定するのみ。
 生まれて初めての法廷、しかも国際裁判という場ではあったが、当事者ではない事もあり特に緊張はなかった。

「では、琥珀の間をはじめといた琥珀色の空間は坑道内に存在したのですね?」

「いえ、存在はしていません」

「……それはどういう」

 先程のノーヴェと同様、一見矛盾と思しき供述に対し、それでも裁判長は冷静に問う。
 その姿に感心しつつ、ユグドは一呼吸置いて真実を答えた。

「幻覚です。現実には存在しない『琥珀色の空間』の幻覚を、何者かによって見せられていたんだと思います」

「幻覚……ですか?」

 ユグドの余りに唐突なその見解に、流石の裁判長も眉をひそめる。
 実際、裁判でこのような証言をすれば、疑われるというより荒唐無稽との誹りを免れないだろう。

「当然、裁判で証拠もなく証言する間抜けはいないゼ」

 だが隣のノーヴェは堂々としたり顔で頷き、その視線でルリィを射貫く。
 坑道内の彼女はそれだけで怯え逃げ出すくらい弱々しい人物だったが、今のルリィは皇帝の威圧を正面から受け止め、余裕の笑みさえ浮かべていた。

「ではその証拠、見せて貰えますか?」

 原告が勝手に口を開くも、裁判長は注意せず、ノーヴェの動向を見守っている。
 他の裁判官、そして裁判員も同様。
 権力者達の注目を一身に浴び、その全てを上回る権力者は――――

「好きにやっていいゼ」

 全てをユグドへ預けた。
 既にこの展開を予想していたユグドは、頷く事も省略し、即座にルリィへと近づき――――その左手の手首を掴む。

「この五本の爪の中の一つが22の遺産です」

 そして、その手首を掴んだまま上げ、全員の目に触れるよう掲げてみせる。
 けれどルリィは一切動じず、ノーヴェと同じくらい鋭さを有した目をユグドに向けた。

「確か皇帝陛下は『わたしが22の遺産を所持していると知らなかった』と言っていました。今の指摘はそれと矛盾するのでは?」

「ええ。ノーヴェさんだって、オレだってわかりませんでしたよ。まさか幻笛ギャラルホルンがこんなに小さな角笛とは思いもしませんでしたから」

 そう。
 ルリィが所持しているという22の遺産とは――――幻笛ギャラルホルン。
 それは、親指大の大きさしかない角笛だった。
 そしてそれを、ルリィは左手の指を覆うようにしてはめていた。
 他に似た形状の爪を四つ、同じように指にはめる事で、カムフラージュしていた。

「幾ら22の遺産に精通していても、これではわかりません。何より貴方自身がそう仕向けている。まさか角笛を指にはめるのが常識的行為、とは言いませんよね? 意図的に隠していた。違いますか?」

「……」

 ユグドの極めて真っ当な指摘に対し、ルリィは答えない。
 ただ、その沈黙の間も一切感情を波立たせない。
 いよいよ、坑道内で会った人物とは別人としか思えないような振る舞いだ。

「幻笛ギャラルホルンは魔曲を奏でる楽器です。その魔曲の効果で、幻覚を見せられていたんです。彼女の描いたシナリオはこうです」

 説明魔のユグドは、公の場で堂々と長々しく説明が出来る機会を得た事で、最高に活き活きしていた。

「彼女の目的は、ノーヴェさんを窮地に追いやる事。より具体的には、国際裁判によって罰せられるという状況を作り、世界各国からの信頼を失墜させる事です。その為に用意したのが今回の計画なんですが、まず第一のポイントはノーヴェさんをトリアンゴロ山脈という三国共同の所有権が発生する場所におびき寄せる事。その為に彼女は、ノーヴェさんが好きな琥珀色の幻覚を見せ、興味を惹く作戦を思い付いた。まずは姿を隠しつつ、幻笛ギャラルホルンによって巡査隊に幻覚を見せ、ノーヴェさんに報告が行くようにする。そして実際にノーヴェさんが視察に来たら、調査隊の証言と齟齬が生まれないよう、再び同じ幻覚を見せる。そうすれば彼は水晶匙ザストゥンを使って坑道内を調べますよね。すると当然、幻笛ギャラルホルンに反応して、遺産が近くにあるとノーヴェさんは確信する。あとは、機を見て自分が姿を現し、拘束されればいい。遺産をただ置いておくだけでは、所有権の問題を当然知っているノーヴェさんが拾う筈もありませんけど、遺産を持っているかどうか不明な人物を拘束する事は十分あり得ますし、そう持って行く事も難しくありませんからね。あとは拘束された事実を国際裁判所に告訴すれば、所有権の侵害行為が疑われる行為としてノーヴェさんは裁判にかけられる。そこでノーヴェさんは当然『琥珀の間』について証言する。でも、実際にはそんな場所はない。となれば、ノーヴェさんの発言には信憑性なくなり、裁判にも負ける……中々手の込んだ計画です。けれども、どうやらツメを誤ったみたいですね」

 非常に長ったらしい説明ではあったが、裁判の場においてはこの程度の長さは日常的。
 ユグドは満足げに目尻を下げ、ルリィと再度向き合う。

「異議あり」

 一方、自身が犯人だと指摘されたルリィもまた、笑みを浮かべていた。

「中々愉快な推論を並べ立てましたけど、余りに推測が過ぎませんか? 確かに、私は幻笛ギャラルホルンを所持しています。ですが、これを貴方がたに使ったという証拠はないでしょう? 全て憶測に過ぎません」

「原告の異議を認めます。それともう一つ、これは私の個人的な疑問ですが……魔曲というからには、音が鳴るのでしょう? 自分達が今、魔曲を聴かされているという自覚は持てないものなのですか?」

 尤もな裁判長の指摘に、ユグドは深く頷く。
 当然、その答えは用意していた。

「ヒントは蝙蝠です」

「蝙蝠……?」

「蝙蝠は、超音波という人間には聞こえない領域の音を出しますよね。それと同じ原理で『耳には聞こえないけど、確かに鳴っている魔曲』を奏でたんだと思います。これは憶測ですけど」

 坑道内に飛び交う蝙蝠を見て、ユグドはその可能性に思い当たった。
 そして同時に、ルリィが犯人という"仮説"を導き出すに至った。

「これは、という事は、先程の原告の異議に対しては憶測ではないという証拠を提示出来るのですか?」

「いえ。出来ません。というか、する意味も大してないでしょう」

 そう肩を竦め答えるユグド。
 その姿に、裁判員の殆どは猜疑の目を光らせる。
 この男は、そしてこの男に全てを預けた皇帝ノーヴェは、果たしてクロなのか、シロなのか――――

「話が逸れつつありますけど、今回の裁判はそもそも、ノーヴェさんがルリィさんから22の遺産を没収する意思があったかどうか、が論点ですよね? その証拠だけを示せばいい筈です」

「……」

 ルリィの顔が、微かに曇る。
 ノーヴェはその様子を視認すると同時に、素早く裁判員全員に視線を巡らせた。

「証拠その一。もしノーヴェさんがルリィさんから遺産を手に入れるつもりだったのなら、所持品全てを没収して、その一つ一つを水晶匙ザストゥンで調べればいい。直ぐにどれが遺産かを確定出来ます。でも、ノーヴェさんはそれをしていない。彼女が未だに幻笛ギャラルホルンを持っているのが何よりの証拠です」

「それは今になって思えば、という事でしょう? 当時は思い付かなかっただけでは?」

「束縛した時点で所持品をチェックするなんて、当たり前過ぎる発想ですよ。ちなみに束縛を継続するよう提案したのはオレです。彼女は明らかに怪しい点があったので、一応」

「怪しい点とは?」

 ユグドとルリィの応戦に、裁判長が割り込んでくる。
 それに対するユグドの反応は迅速かつ簡易だった。

「彼女は坑道マニアと言うべき冒険者だと言っていました。でも、『琥珀の間』を前にして、その事を全く口にせず、感激した様子もなかった」

 それが――――ユグドの感じた"不自然な点"だった。
 あれだけ異様な部屋を坑道内で見かけたとなれば、坑道マニアならまずそこに食いつく。
 坑道マニアでなくとも、少なくとも驚きは見せるだろうし、仮に予めそういう場所があると知っていたとしても、一度くらい言及する筈。
 けれどルリィは、たったの一度も『琥珀の間』について語らなかった。
 それは明らかに不自然だ。

「つまり……彼女には貴方達二人が見たという幻覚が、見えていなかったと?」

「ええ。目の動きからもそう判断出来ました。だとすれば、彼女は幻覚を見せている側だと判断するのが妥当でしょう。あの場にはオレとノーヴェさん、ルリィさんしかいなかったんですから」

 幻覚を見せている人物。
 つまりは――――敵。
 束縛理由としては十分だ。

「それも主観的意見ではないでしょうか? わたしが単に話さなかった、というだけです」

「確かに。そして貴女のその意見も主観ですね」

「……」

 ルリィ自身、旗色が悪い事は認めているらしく、守勢に回り続けていた。
 実際、彼女の方こそ、『ノーヴェが自分の持つ幻笛ギャラルホルンを奪おうとしていた』という証拠を提示出来ていない。
 一方のユグドは、拘束理由を明確に示した。
 どちらの話の信憑性が高いかは明らかだ。

「ノーヴェさんが22の遺産を集めているのは事実でしょう。ですが、トリアンゴロ山脈において所有権を侵害し、遺産を手にしようとした事実はありません。束縛はルリィさんが敵かもしれないと判断したからです。実際、その後は彼女を解放し、何も取らずに帰しています。22の遺産を彼女が所持し続けている事が、その裏付けです」

 堂々と総括を語るユグド。
 その隣で、ノーヴェがこっそり親指を立てていた。

 


 ――――結局、その後ルリィから確たる証拠の提示はなく、審議の結果、ノーヴェは
 無罪となった。











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