国家間紛争や国際的な事件を取り扱う国際裁判を行う『国際ルンメニゲ法裁判所』、通称"国際裁判所"は、中立国家マニャンの首都ハオプトシュタットに本部を置いている。
 国家間の問題を解決する施設を置くのは、中立国家こそが相応しい――――そういった非常に単純明快な理由だけでなく、マニャンがルンメニゲ大陸の中央に位置する国という立地的観点にも起因する。
 それほど頻度は多くないとはいえ、各国から高貴な人物を招く為、なるべく移動距離に不公平が生じないように、という配慮だ。

 尤も、その割に建物自体は築九十八年とあってかなり古く、手入れは行き届いているが老朽化の感は否めない。
 エルフレド会議によって世界平和が制定された時点で建設が決まり、二年の歳月を経て完成した、当時としては最高峰の技術と材質によって造られた裁判所だったが、今となっては同都市の学舎よりも萎れている。

「では、被告人。名前を……」
「ノーヴェ=シーザーだゼ」

 そんな古びた裁判所の法廷にて、ノーヴェは敬語を使う事もなく、胸を張り自身の名を唱える。
 通常、ここまで堂々とした被告人は精神面の問題を指摘されて然るべきだが、今回ばかりはそういった声は一切聞こえない。
 皇帝が堂々としているのは当然だからだ。

「で、では、マケロワ検察官。起訴状を読み上げて下さい。要約で構いません」

「はい」

 そのノーヴェを前に、全く動じる事なく返事をし、男性検察官が起立する。
 彼の役目は、提出された起訴状に沿ってこの裁判を進行する事だ。

 国際裁判では、国内の裁判のように検察が起訴の決定権を有している訳ではない。
 ルンメニゲ連合が公訴権を有している。
 そのルンメニゲ連合の代表者がこのノーヴェなのだから、この裁判はノーヴェ本人が起訴した――――かというと、そういう訳ではない。
 ノーヴェはあくまで代表者であって、彼個人に公訴権はなく、あくまでルンメニゲ連合に与えられているので、代表者が被告人の場合は代理となる人物、すなわち帝国ヴィエルコウッドの次席者が中心となって起訴を決める。

 その次席者とは――――ノーヴェの叔父に当たる、グレン=シーザー。
 ノーヴェの父親にして、元皇帝であるレイネオルド=シーザーの弟だ。

 そのグレンはこの場にはいない。
 ただ、彼がノーヴェの起訴を認めたのは動かしがたい事実だ。

「ノーヴェ被告は某日、トリアンゴロ山脈の坑道内にて、冒険者ルリィ=ジューズを長期間の拘束を行いました。問題となっているのはその拘束の際、ルリィ=ジューズが『22の遺産』を所持していた点です」

 22の遺産――――その言葉に裁判員の数名が露骨に表情を変える。
 ルンメニゲ国際裁判は傍聴人を入れない為、この法廷にいるのは裁判長を含む裁判官、各国から招集された裁判員、被告のノーヴェ、ノーヴェの弁護人、検事のマケロワ、そして原告のみ。
 国際裁判の裁判員を担当する各国の首脳は、多忙につき代理人を派遣するというのが通例なのだが、今回は皇帝が被告人という前代未聞の裁判とあって、王族、大臣クラスの身分の人間が集まっている。
 ノーヴェはその面々の表情を自然な視線の流れで観察していた。

「今回、ノーヴェ被告には冒険者ルリィ=ジューズがトリアンゴロ山脈内で見つけたという22の遺産を強奪、ないし没収しようとしていた可能性があり、もし真実であればルンメニゲ法の定めたヴィエルコウッド・シェスターク・ホッファーの三国による共有所有権を無視する行為に該当し、所有権の侵害が認められる事となります」

 場のやや乱れた空気を律するかのように、マケロワ検察官の抑揚なき冷淡な声が鋭く響く。
 余りに特例と言える裁判でありながら、その声は一切の特別視を拒否するような意思の強さが滲んでいた。

「現在、検察官が読み上げた内容についてこれから審理をしていきます。ノーヴェ=シーザー被告にはルンメニゲ法に基づき黙秘権が行使出来ます。不利益な供述を強要されない事をここに保障し、裁判を進めたいと思います。被告人、公訴事実について誤りはありませんか?」

「ないゼ」

「本当に間違いありませんか?」

「ああ」

 繰り返しの質問は、皇帝ノーヴェだからという訳ではなく、裁判における通常のやり取り。
 更に弁護人への確認等が終わり、検察官による冒頭陳述が始まった。

「今回問題となっているのは、帝国ヴィエルコウッドの中枢たる被告が、三国共有所有権が規定されているトリアンゴロ山脈内で、原告であるシェスタークの冒険者ギルド【マゼ】所属・ルリィ=ジューズを拘束した事です。通常、身柄を拘束しただけでは所有権の侵害行為には当たりませんが、被告は22の遺産を収集している事で知られています。そして、原告はその22の遺産の一つをトリアンゴロ山脈で入手した事が確認されています。冒険者である原告は、保有者が明確でない限り、所有権に関係なく有形文化財を入手出来る。こういった事実関係から、被告は原告から22の遺産を没収しようとしていた事が強く推認されます」

 淡々と説明されていく陳述の内容に、ノーヴェは浮き上がってくる苦笑いを隠そうともせず、その鋭い目を常に法廷全体へと向けていた。

「被告はかねてから22の遺産について強い関心を示しており――――」

 その後は、ノーヴェがこれまで行ってきた22の遺産に関する調査、更には実際に手に入れた経緯などが述べられていく。
 各裁判員は、マケロワの話す内容を聞き逃すまいと集中し、各自メモを取っていた。
 そして、その注目度が最も増したのが――――

「――――被告が何故、22の遺産を集めるようになったか。それについては、被告の父であるレイネオルド=シーザーの存在が深く関与していると思われます」

 元皇帝に関する言及があった、この瞬間。
 それはつまり、帝国ヴィエルコウッドの若き皇帝が誕生した理由にも繋がるからだ。

 現在25歳のノーヴェが皇帝となったのは、今から更に5年前となる20歳の時。
 前皇帝の崩御などの特別な理由を除き、これだけの若さで皇帝に即位するなど、帝国ヴィエルコウッドの長い歴史の中では初めての事だった。
 本来なら皇太子として研鑽を積み、帝王学を身につけ、その名を国内外に浸透させるべき時期を全て飛ばし、まだ存命のレイネオルド=シーザーが皇帝の座を譲位する事で、22歳の新皇帝が誕生したのだが、その理由は明らかにされていない。

 その為、様々な憶測が国内だけでなくルンメニゲ大陸全土で飛び交っている。
 レイネオルド=シーザーが暗殺された事を隠蔽しているのでは、といった疑惑をはじめ、重病説、陰謀説は枚挙に暇がない。
 それは、ノーヴェが圧倒的な剣術を身につけ名実共に優れた皇帝となった現在も変わらない。

「レイネオルド前皇帝陛下には、ドラウプニル教団との癒着疑惑があり、その件で皇帝の座を……」
「異議あり! 証拠に基づかない意見が含まれています!」

 ノーヴェの弁護人が唱えたその異議は認められた為、マケロワ検事はそれ以上の言及を控えた。
 だが、そこまで話した時点である種の提議としては十分だ。
 何故なら、レイネオルドとドラウプニル教団の癒着は、様々な疑惑の中でも特に信憑性が高いと言われていたものの一つだからだ。
 各国の裁判員の中には、露骨に含み笑いを浮かべる者もいた。

「癒着はともかく、レイネオルド前皇帝陛下が22の遺産に少なからず関与していた事は確かです。被告はその父親の意思を受け継ぎ、22の遺産を収集している可能性が高いのではないでしょうか」
「異議――――」

 再度異議を唱えようとした弁護人を、ノーヴェが左手を挙げ制する。
 その制止行為は、マケロワ検事の発言を認めるに等しいものだった。

「これまでの行動からも、被告が22の遺産に対して執着心を抱いていた事は明らかであり、今回の拘束もその延長、つまり原告の持つ22の遺産を狙っての事だと原告は強く推認し、危機感を募らせました」

 原告――――ルリィ=ジューズは原告席で落ち着いた表情を浮かべ、ノーヴェではなく虚空に視点を定めている。
 その姿は、坑道内でノーヴェやユグドが見たあの着ぐるみを着た女性とは完全に別人。
 服装もフォーマルなもので固めている。
 ただし、あの毒々しい左手の爪のような物だけはしっかり装備していた。

「被告に質問です。彼女が怯えていた事は認識していましたか?」

「していたゼ。スタイリッシュに怯えている素振りを見せていた、って意味ではな」

「つまり、自身の行為が略奪を想起させるものだという自覚はあったのですね?」

「そいつは飛躍し過ぎだゼ。俺様はそこの女が遺産を持っているとは知らなかったからな」

 そのノーヴェの発言は、原告側と真っ向から対立する意思を表示したものだった。
 ルリィが遺産を所持していると知らないのであれば、奪おうとする訳がない。
 とはいえ、その供述そのものは特に意味を持たない。
 知らなかった事を示す証拠があるか否かが、この裁判の論点となり得る部分だ。

「ノーヴェ被告。貴方は22の遺産の在処を示す道具を所持していると伺っています」

「説明は正確にするものだゼ、検事。22の遺産が近場にあるかどうかをシュッと示す道具だ」

「……失礼しました。つまり、貴方は遺産が傍にあるかどうかがわかる状況にあった。そうですね?」

「シュッと肯定だゼ」

 検事、そして原告の訴えは明確だ。
 ノーヴェは22の遺産の有無を把握出来る。
 なら、ルリィ=ジューズが遺産を所持していた事も確実にわかる。
 その上で拘束したのなら、それは遺産を強奪する為であり、それ以外の可能性は考えられない。
 実に合理的な訴えと言えるだろう。

 よってノーヴェはこの理論を覆す必要がある。
 ルリィと対峙したあの場所に、他にも22の遺産が隠されていた為、ルリィが所持しているとは思わなかった――――そう話せば一応の説明はつく。
 だが、それには隠された遺産を証拠として提示するか、【水晶匙ザストゥン】を琥珀の間に持って行き、遺産が近くにある時の反応を示す事を証明しなければならない。

 ノーヴェは結局、あの琥珀の間から遺産を見つけ出す事が出来なかった。
 つまり必然的に後者を選択する事となる。

「トリアンゴロ山脈の坑道内に、琥珀色の道と部屋があるゼ。そこにさっき話に出た、『遺産が近くにあるかどうかを示す道具』を持って行けばいい。反応を示す筈だゼ。そこに遺産が隠されているとばかり思っていたんでな。その女が所持しているなんて想定してなかったゼ」

「琥珀色の道と部屋、貴方は『琥珀の間』と呼んでいるようですね。それについては、貴方が調査をさせていた巡査隊から窺っています。ですが……」

 語調は変わらない。
 だが、そこで一つ間を置き、マケロワ検事は僅かな強調の意を添え、その答えを示した。

「そのような場所は存在しない事が、既に確認されています」

「……何?」

 ノーヴェの眉尻が跳ね上がる。
 同時に、裁判員からもどよめきがあがった。
 皇帝の発言が覆された意味は重い。 

「間違いありません。該当箇所に調査隊を派遣したところ、琥珀色の坑道、及び部屋はなく、あるのは普通の坑道と空間のみ。これは公的な調査であり、見誤りや認識違い、虚偽の可能性は皆無です」

 淀みなく、そして一切の畏れもなく、検事は断言した。
 皇帝が法廷で話した内容が、事実と異なっていると。
 法定内における偽証罪は証人にのみ特定されている為、法律上の偽証罪は適用されないが、裁判官、裁判員への心証が最悪になるのは確実。
 ノーヴェは窮地に立たされた――――筈だった。

「その通りだゼ。お前さんの言うように、『今は』琥珀の間なんてものは存在しないんだろうよ」

「……今は、とはどういう?」

「さっきの検事の陳述と、俺様の陳述に食い違いはない。その証拠を今から見せてやるゼ」

 裁判長に対し口の端を歪ませ、ノーヴェは高らかにそう宣言した。
 そして、右手で指をパチンと鳴らす。
 その音は高らかに法定内へと響き渡り――――

「証人を呼ぶ。いいな?」

「え、ええ……構いませんが」

 そう裁判長が答える前に、ノーヴェの弁護人が法廷の扉を開け、廊下へと出る。
 その直後――――

「失礼します」

 証人として、ユグド=ジェメローランが入廷を果たした。










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